病院の秘密
午後22時54分
星川町 星川総合病院
「まさか……そんな事って……」
多貴子、奈美、そして奈央から採取された血液を調べた医師が、
3人の血液の検査結果が記載された用紙を呆然と眺め、呟いた。
信じられない。まさかこんなとんでもない事態が、今この瞬間に起きているだなんて。
急いで亜貴さんに伝えなければ、取り返しのつかない事態になるかもしれない!
医師は自分の助手達にあとの事を任せ、急いで病院内の、公衆電話のある場所へと向かった。
同時刻
亜貴と麻耶は、あのあと全治1週間だと医師に宣告された秀平に、
自身が入院している病室の窓から病室内へと招き入れてもらい、
無人の病院の廊下に向かって、おそるおそる、できるだけ音を立てないように歩き出した。
「監視カメラとかどうするんです? ここ総合病院でしょ?」
亜貴、麻耶と一緒に病室に侵入した和夫が、病室の出入り口からキョロキョロと廊下を見渡す。
廊下は薄暗く、光っている物といえば『非常口』の誘導灯と、
非常ベルのスウィッチと共に設置されたランプのみである。
だがそんな微々たる光でも、廊下に設置されている監視カメラをちゃんと視認できる。
すると秀平は、やれやれと思いながら和夫に言った。
「大丈夫だよ。さっき亜貴先輩が持ってきてくれたノートパソコンと、パソコンに繋ぐアンテナを使って、
病院の近くにある電線を中継して、この病院のセキュリティー・システムを乗っ取ったから、
監視カメラの向きを変えたりとかはもう朝飯前だよ」
「なにげにサラリと凄い事を言うね君」
和夫は呆れ顔で、正直に秀平のチートスペックに対する感想を言った。
亜貴、和夫、そして麻耶が病室から出て、とりあえず病院の階段へと向かった後、
秀平はベッドの下から、隠していたノートパソコンを取り出し、再び病院のコンピュータへと侵入した。
と同時に、折りたたみ式の携帯電話の、折りたたんだ状態と同じくらいの大きさの
小型無線機を1機取り出し、もう1機の小型無線機を持つ、亜貴と連絡を取った。
ちなみに小型無線機は、医療機器に影響を与えない特注品である。
「あ~……こちらS。A、応答願います。どうぞ」
『こちらA。感度良好。どうぞ』
「こちらS。最近担ぎ込まれた患者のリストを現在見ていますけど……少し妙です。どうぞ」
『妙? どんな感じなんだ? どうぞ』
「ええ。実はですね――――」
キーボードをカタカタと鳴らしながら、秀平は亜貴に〝ある事〟を告げようとする。
だが次の瞬間、突然亜貴のズボンの中に入っている携帯電話がバイブ音を出した。
『ん? ちょっと無線を切る。携帯電話が鳴り出した。どうぞ』
「了解です。ではその間にもうちょっと調べてみます。どうぞ」
そう言うと秀平は、亜貴との無線を一時的に切った。
「もしもし?」
和夫と麻耶が、周囲に人気が無いか気を配る中、亜貴は小さい声で電話に出た。
すると電話の向こうから、星川総合病院の医師の声が聞こえてきた。
『もしもし亜貴さん? 落ち着いて、聞いてくださいね?』
「!!? なにか分かったんですか!?」
思わず、声を少し大きくしてしまった。
和夫と麻耶が慌てた様子で、静かな声で亜貴にシィ~~っと言った。
亜貴は慌てて電話の受話器を押さえ、周りをキョロキョロと見回した。
しかし、周りには人の気配は無い。他の病室の患者も、起きてこない。
ふぅ……危なかった。もし今ここで、誰かに俺達の存在が気付かれたら、もう2度と侵入はできないだろう。
和夫と麻耶にジト目で見られる中、亜貴は安堵しながら、再び携帯電話に出た。
「で、なにが分かった?」
改めてそう尋ねると、電話相手である医師はもう1度、
『落ち着いて、聞いてくださいね?』と亜貴に念を押すと――――
『……………多貴子さん達の血液に……異星人の血液が含まれていました』
――――衝撃の、宣告をした。
「……な……ん……だと……?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。いったいどういう事なのか、ワケが分からない。
しかし、そんな亜貴の心情が分からないのか、医師は淡々と、話を続けた。
『3人の身体を調べましたところ、3人の右腕に注射針の痕が見つかりました。
おそらく多貴子さん達は、寝ている間に何者かによって、
注射で異星人の血液を身体に流し込まれた事により、死亡したと思われます。
異星人の血液は我々……いや、全ての異星人にとって、別の異星人の血は毒も同然ですので――――』
衝撃のあまり、亜貴は言葉が出なかった。
いや。正確には、どんな言葉を返したらいいのか分からなかった。
いったい何者が、なんの為にそんな事をしたのだろう?
その疑問が、亜貴の頭の中をグルグルと駆け巡る。
多貴子は言っていた。〝あの人〟の部下が自分達を監視していたと。
〝あの人〟とはおそらく、多貴子の再婚相手だろう。それだけは間違い無いと思う。
だけど俺は……………改めて思い返して、今初めて気付いたが、
なぜか相手の名前どころか、顔、そして勤め先さえも覚えていない。
なぜだ? 裁判所で確かに俺はソイツと会っているハズなのに……。
その事に最初に気付いたのは、裁判が終わった次の日の朝だった。
俺は、自分の曖昧な記憶にどうしても納得できなかった。
だから俺は、多貴子に電話をした。
だが多貴子に『もうかけてこないで』とだけ言われ、そのまま電話を切られた。
心配になり、(なぜかそれだけ)覚えていた多貴子達の新居に行ってみた事もある。
だが、いつどんな時に行っても、インターホンを押しても誰も出てこなかった。
最終手段として役所に行って調べた。
だが、なぜか外に出た瞬間ソイツの情報を忘れている。
いったいなぜだ? なぜ俺はなにもかも忘れてしまうんだ?
いやそれだけじゃない。俺が知らない間に、いったいなにが起こっているんだ?
これじゃ秀平に、多貴子の再婚相手の情報を調べてもらう事もできない。
いや……というかそれ以前に、なぜ今の今まで、その事を気にも留めていなかったんだ?
『……さん……きさん? ……亜貴さん!?』
とそこまで考えたところで、亜貴は電話の相手の医師に名前を呼ばれ、ようやく我に返った。
「!? ああ……すみません」
『気をしっかりもってください。我々も、全力で犯人に繋がる手がかりを探しますから』
「……はい。よろしくお願いします」
亜貴はそれだけ言うと、携帯電話を切った。
そしてすぐに、秀平との無線のやり取りを再開する。
「あー……こちらA。どうぞ」
『こちらS。さっき分かった事と、今分かった事、どちらを先に聞きますか? どうぞ』
……さすが仕事が早いな俺の元・部下は。
亜貴は自分の元・部下を誇らしく思いながら、その元・部下である秀平に言った。
「最初から全部、1度に話してくれ。どうぞ」
『了解しました。では説明しますね。どうぞ』
秀平がそのハッキング・スキルで突き止めた事実は全部で5つ。
1つ目は、亜貴達が今居るこの病院には、重度の『夏風邪』で担ぎ込まれた患者が異常に多い事。
2つ目は、『夏風邪』で入院した患者達のほとんどが、夜にこの病院に担ぎ込まれている事。
3つ目は、その患者達は未だにこの病院で入院しているが、どの入院患者用の病室にも入院していない事。
4つ目は、『夏風邪』だと判断した医師が、全てのケースで同じ人物であった事。
そして最後は、この病院の1階に足りない部分がある事だ。
「……最後のはいったいどういう事だ? どうぞ」
『はい。実はこの病院の見取り図を見たんですけど、この病院は基本どの階も長方形ですよね?
ですが1階だけ、なぜか1部屋分、スペースが欠けているんです。どうぞ』
「……まさか?」
亜貴は秀平の突き止めた5つの事実を頭の中で総合した。
するとすぐに、ある仮説に思い当たった。
だけどそれが、もしそれが本当なら……この病院は……。
「まさかそこに……〝隠し部屋〟が? どうぞ」
『……俺もそうだと思います。どうぞ』
亜貴達は秀平が見つけた、謎のスペースがあるかもしれない壁の前に居た。
1階の東側の階段を、降りてすぐ目の前の壁だった。
実はこの病院には、東西と2つの階段があるのだが、この東側の階段スペースは西側に比べ、少々狭い。
階段を降りたすぐ目の前の壁が、西側の1階の階段の壁よりも階段に接近しているせいだ。
「で、これからどうするんです? 壁を壊すのですか?」
和夫が例の壁を触りながら、亜貴と麻耶に尋ねた。
この壁の向こう側に謎のスペースがあるのでは、という考えには和夫も同意見だ。
だけど、壁を壊すという物騒な手段以外で、それを証明する方法は無い。
「……確かにそうだ。だけどな」
そう言いながら亜貴は麻耶に目を向けた。すると麻耶はニッと笑いながら、
自分が着ているワンピーススカートのポケットから、あるモノを取り出した。
ソレはまるで、携帯電話とメモリをコードで繋げて作ったかのような謎の機械だった。
「なんです? ソレ?」
和夫が麻耶に尋ねた。すると麻耶は、その機械のメモリに似た方を壁に当てながら、
「『超音波スキャナ』よ。本当は妊婦の身体の異常を調べる機械だけど、これはソレにちょっと改造を加えた物」
「……へ……へぇ。なんか、君達の居た結社の技術力も、凄いな」
どちらかといえば田舎である星川町に住んでいる和夫からすれば、
自分が知らない所で驚くべき技術革新が起きている事は、少々衝撃だった。
とその時、麻耶は『超音波スキャナ』の携帯電話に似た部分にある液晶画面を見て、ある事に気付いた。
「ん? 亜貴先輩、壁になんらかの仕掛けがあります」
「仕掛け?」
「もしかするとですが……やってみます」
そして麻耶は、壁のある部分をゆっくりと押した。
するとどうだろう。なんと壁に約2mの大きさの正方形の切れ目が入り、そのまま横にスライドした。
【星川町揉め事相談所】の、隠し部屋へと繋がる壁と同じ仕掛けだった。