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涙の日。その日は

午後18時34分


ハヤトは町立星川中学校に停船している、わざわざチャーターした小型宇宙線に乗っていた。

言っておくが、操縦するのはハヤトではない。

亜貴と共に惑星イル=イーヌに飛び立った際にも雇ったパイロットの操縦だ。

「ハヤトさん、そろそろ発進します。シートベルトは締めましたか?」

「ああ! 締めた! だからすぐに発進してくれ!」

嬉しさと、焦りが含んだ声で、ハヤトはパイロットに指示を出した。

それを聞いてパイロットは、自分とハヤトが乗る宇宙船を、指示通りすぐに発進させた。



()(ぞら)――――星々の海へと――――



やっと……やっと見つけた。

自分が力及ばなかった為に、

〝1年前〟に失ってしまったモノが。

もう離さない。もう2度と、お前から離れるものか。



「待ってろ〝ハルカ〟。今迎えに行くからな」




午後21時2分


「……………こ……こは……?」

()()()()意識を取り戻した多貴子は、そう言いながら重たいまぶたをゆっくりと開けた。

いや、重たいのはまぶただけではない。体全体が重い。

そんな中、なんとか開けた両目に映ったのは、自分が知らない光景。

病院……ではない。かといって救急車の中でもない。

そうだ……奈美と奈央は!?

多貴子は慌てて、重くて動かない首を必死に、とりあえず右へと向けた。


するとそこには、マスクをはめた奈美と奈央の姿。

ちなみに多貴子から見て、1番奥から奈美、奈央、自分の順だ。

いや。よく見れば、多貴子の口にもマスクがはまっている。

……ここは……救急車の中なのかしら? でもなんで? 全然……覚えてない……

喫茶店『喫茶 恋悶心』で亜貴と会って……それから……それから……。


「!? 多貴子!? 気がついたか!?」

混濁した記憶を、必死に整理しようとしたその瞬間、突然視界の右側に亜貴が現れた。

その顔は、深い、深い悲しみに満ちている。

「あ……亜貴……ここ……は……?」

「……詳しくは話せないんだ。だけど、きっとお前と……奈美と奈央を救ってくれるから!」


亜貴が多貴子の右手を、薄い緑色のゴム手袋を装着した両手で、強く握り締める。

この時、多貴子は改めて悟った。

自分は、感染性のあるなんらかの病気にかかっているかもしれないのだと。

「大丈夫だ。みんな絶対助かるから、安心しろ!」

亜貴が、先程よりも強く右手を握り締める。


それを見て多貴子は、一言だけ。

「……ごめんなさい」

「いや、悪いのは俺だ! 俺が……()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「ううん。私こそ……ごめんなさい」

多貴子の顔が、後悔の涙でクシャクシャになる。

するとその時、2人の双子の娘である、奈美と奈央が同時に目を覚ました。


しかし多貴子同様、皮膚の1部が角鱗へと変質したその顔は少々青白く、息も苦しそうだった。

「……く……苦しいよぉ……」

「……た……すけ……て……」

「奈美!! 奈央!!」

亜貴が、多貴子のそばから奈美、奈央の2人の間に移動する。


「大丈夫だ! パパが付いてる! だから……頑張ってくれ!!」

亜貴は奈美の左手と、奈央の右手を、それぞれ掴みながら、まるで懇願するような顔をして叫ぶ。

胸が張り裂けそうだった。

自分のせいで 自分の家族がこんな事になるだなんて。

俺はどうなってもいい。だから神様……お願いだ。



「俺の家族を……たずげて……ぐだざい……」




午後21時26分

星川町 星川総合病院 駐車場


亜貴達は自分とその家族、そして和夫が乗っていた、

星川町に停船していたのだが、ムリを言って来させた〝小型貨物宇宙船〟から降りた。

駐車場に宇宙船を駐船させるなど、宇宙史上前代未聞の事だが、今はそんな事は言ってられない。

今にも儚い命が3つも失われそうなのだから。


「猛スピードで飛ばしたけどよ、間に合うかな?」

亜貴の元・家族が、病院の医師や看護婦が院内から運び込んだキャスター付担架で運ばれながら、

亜貴達をここまで運んだ小型貨物宇宙船のパイロットは、小型貨物宇宙船の外で不安げに呟いた。

すると、その隣に立つ和夫は険しい顔をしながら、

「……分かりません。でも……間に合ってほしいですよ。また……逢えたんですから」



病院内 廊下


「亜貴……伝えたい……事……が……」

キャスター付担架で運ばれながら、多貴子は自分の口に

はまっているマスクを取ると、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

亜貴はそれを見て『ムリするな』と涙声で言ったのだが、それでも多貴子は続けた。

「……家を……〝あの人〟の部下が……監視してたの」

「……えっ?」

「それで……なんだろうって思って……警察に電話しようとしたら……今回の事が……ウッ……ヴゥッッ!!」


ムリに話したせいか、多貴子が血を大量に吐いた。

皮膚にできた物よりも小さい、角鱗のような堅い異物を含んだ血を。

その吐血が亜貴の顔全体にかかる。右目にも、数滴入った。

右目に血が沁み、亜貴はウッと呻きながら右目を閉じる。


「多貴子!! ムリするな!!」

もう、これ以上傷付いてほしくなかった。身も心も。

だから亜貴は、涙目を多貴子に向けながら懇願するように言う。

だが次の瞬間、そんな事を気にしていられないような事を、多貴子は言い放った。



「聞い……て……それで……私達……ソイツをまんまと罠にハメて……家の中で……()()()()()……」



とその時、ようやく亜貴の今の右目の状況を悟ったのか、

多貴子の寝ているキャスター付担架を押していた看護婦の1人が、

「!? 大丈夫ですか!? すぐに消毒を!!」

そう言いながらキャスター付担架から手を離し、慌てて亜貴を引き止めた。

「やめろ! 俺は……アイツらに寂しい思いをさせた最低な男なんだ!!

だけど、せめて……せめて今だけはアイツらのそばに!!」

「危険です! なにが起こるか分からないんですよ!? 消毒してください!」


多貴子と……その後に続く奈美と……奈央の乗った、キャスター付担架が徐々に自分から離れていく。

そして多貴子達は、集中治療室へと、運ばれていった。

亜貴の耳に、多貴子の最後の言葉が、未だにこびり付いていた。

『まんまと罠にハメて……家の中で……()()()()()

多貴子は昔から、誰かに監視される事に対して異常な程の精神的拒絶傾向があった。

堂々と自分を撮ったりするのはなぜか抵抗が無いらしいが。

そしてそれ故、普通にどこかの会社に勤めるなどの、どちらかというと普通の社会人にはなれなかった。


「……まさか……本当に……?」

看護婦に連れられ、目などをを消毒できる設備のある部屋に行く途中、亜貴は目を丸くしながら呟いた。

だけど、多貴子ならやりかねん。

亜貴は多貴子の幼馴染であるが故、多貴子の事を自分が1番よく知っている為、確信した。

だからこそ亜貴は、ここが病院だという事も忘れ、

その心に怒りと憎しみの炎を灯しながら〝ある人達〟にメールを出した。



『多貴子の家に不法侵入者アリ。ただちに身柄を拘束せよ。』




数時間後


集中治療室から、3人の医師が出て来た。

ちなみに3人とも、白衣には血が付いていない。

集中治療室内にある別室にて着替えたのだ。

もしなにかに感染していた場合を考えて、だ。

そして医師達の内の1人が、俯きながら、消毒をし終えた亜貴に……ポツリと告げる。


「……()()……()()()()()()()

「…………………………え?」

次の瞬間、亜貴は膝から床に崩れ落ちた。

その顔には、もはや精気は無く。



家族が死んだ



全てを喪った



その事実だけが、亜貴の中を駆け巡る。

両目から涙がこぼれ落ちる。

ポトリポトリと、大粒の涙が。

そして亜貴は






自分の無力さ、愚かさを胸に――――大声で泣いた。







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