しばしの別れ
……なんか……青い春って感じだな、あっちは。
ギンとリュン、そしてその友達みんなを、昔を懐かしむ目で見ながら、亜貴は思う。
自分にも、昔あんな青春があったな、と。
思い出すは、高校時代。
幼馴染でもあった、俺の元・奥さんに惚れたとかで、
〝アイツ〟といろいろと話し合っt……………あれっ? そういや……なにかを忘れてるような?
頭の中のなにかが欠けたような錯覚を急に覚え、亜貴は自身の記憶に対し違和感を覚えた。
なんとか思い出そうとするのだが……やはり思い出せない。
まぁ、いつか思い出すだろ。記憶っていうのはそういうモンだ。
亜貴はすぐに思い直し、現実に目を向ける事にした。するとその直後、ランスとエイミーが目をキラキラさせながら、
「おぉ~~!! なぁ亜貴さん!! アレが俗にいう〝らぶこめ〟ってヤツだね!!?」
「アレが〝らぶこめ〟なんだね亜貴さん! ところで〝らぶこめ〟ってなに!? お米好きな人の事!?」
ギンとリュンのやりとりを見て興奮したのだろう。2人はいきなりそんな質問を亜貴にぶつけた。
「……ああ……確かに『ラブコメ』ってヤツだな。それとなエイミー、お米好きな人の事じゃないぞ?」
いったいどこでそんな用語を覚えてくるんだか、と思いながら亜貴はフッと微笑んだ。
なんだかんだありながらも、亜貴がランスとエイミーに出会ってから、もう2ヶ月経つ。
最初出会った時に比べると、2人はいろんな表情ができるようになった。
最初ランスは、妹のエイミーを守る為に、自分の全てを
懸けていたのか、笑顔が想像できない程疲れきった顔をしていた。
エイミーは、『蛇霊縛呪病』による死を予感していたのか、目の中の光が弱かった気がする。
この町の皆のおかげだな。ホント、ハヤト君達に出会えて良かった。
もしハヤト君達に見つけてもらわなかったら――――どうなっていたんだろう?
いや、考えないようにしよう。今は……そう。一応俺も――――
とその時だった。
「亜貴さん?」
ランスの声によって、亜貴は我に返る。
「ランス、どうし……んん?」
優しくそう尋ね、ふと気付く。
緊張しているのか、ランスが足を小刻みに震わせているのを。
いや、よく見ると隣のエイミーの足も小刻みに震えている。
そういやコイツら、幽霊なんて正体不明の存在に対して、すっごい怯えてたな。
数日前に、夜に放送していた心霊番組を一緒に見た後、
ランスとエイミーが『心此処に在らず』状態になったのを、亜貴はふと思い出す。
「あ……うん。もう俺の番だから……」
「ああ。そういや……もうお前の番か」
くじ引きでランスは、クラスの友達とのペアで5番目に、
エイミーはランスのクラスメイトである女の子とのペアで、
6番目に『肝試し大会』のコースを回る事が決まっていた。
そして今、4番目にコースを回ってきた子達が、あと数mでゴールだという状況だった。
だが4番目の子達は、腰が抜けたのかあまり早く走れていない。
「もうすぐだな。頑張れよ?」
亜貴が、ランスの頭を優しくクシャリと撫でようと右手を伸ばす。
だがランスは、そんな亜貴の右手を左手で掴み、顔を赤らめながら、
「待って。その……今は……そういうのしてほしくないっていうか……いや、嫌ってワケじゃないけど!!」
「?? 別にいいけど……」
そう言いながらも亜貴は、心の中では、
ランス……心の方もちょっとだけだけど成長したな。
などと少し嬉しかったりする。
ホント久しぶりだな。こういうの。アイツと離婚して、子供達と別れて以来だ。
小さい子の成長を感じて、こんなにも嬉しい気持ちになるなんて。
本当の親ってワケじゃないけど、俺も……こんな気持ちになっていいんだろうか?
妻だった人や、子供達に対する未練がある今の俺に、ランスとエイミーを、
我が子として愛する権利があるのだろうか?
「そ……それでさ、亜貴さん」
またもやランスの言葉で、亜貴は我に返る。
「どうした?」
「その……俺達さ、あと1ヶ月くらいで自由の身だろ?
それでさ……その後の事を昨日エイミーと一緒に考えたんだけど……な?」
「う……うん……」
「??」
なぜかモジモジしながら、恥ずかしそうな顔をするランスとエイミーを見て、亜貴は小首を傾げる。
なんだろう? 言いにくい事なら言わなくていい……って言った方がいいのか?
ふと考えるが、話す話さないはランス達次第だと、すぐに思い直す。
とその時だった。
「ランス! 健治!」
「次お前らだぞ!?」
4番目にコースを回った子達が、ランスと、ランスの友達に声をかける。
するとランスは『おうっ!』と自分を呼んだ子達に声をかけると、相変わらず顔を赤らめながら、
「じゃ……じゃあ亜貴さん。また後で」
「お……おう」
相変わらず足を微妙に震わせながら亜貴の手を離し、健治という名前の友達と共に、スタート地点へと歩いて行く。
「……いったいなんなんだか……な。エイミー、お前は……話してくれないのか?」
自分の陰に隠れながら、兄であるランスに手を振っているエイミーに、一応亜貴は尋ねてみた。
するとエイミーは、よりいっそう顔を赤くし、亜貴の服の裾を掴みながら、
「……ごめんなさい。お兄ぃと一緒に……話したいの……」
「……そう……か」
亜貴はそれ以上聞かなかった。
エイミーがそう言うのだから、いつか2人は話してくれる。
そう、信じているから
これまでも
そして、これからも
とその時だった。亜貴の携帯電話が、急に鳴り出した。
「……誰だこんな時に」
亜貴は少し苛立ちながら、携帯電話の通話ボタンを押した。
その瞬間、亜貴はまるで、時が止まったかのような錯覚を覚える程、驚愕した。
なぜなら相手は――――
「た……多貴子?」
亜貴の――――元・奥さんだったのだから。
「にしてもハヤト、まさかお前が不正をするなんてな。曲がった事が嫌いなお前がさ」
『肝試し大会』の主催者達が集まる、行事用のテントの中で、
『肝試し大会』でギンとリュンが引く時だけ使った、即席で昨日作製した
イカサマ専用のクジの箱を振りながら、カルマはハヤトに言った。
「……そりゃあ、ちょっと複雑な気持ちなんだけどさ……
クラスメイトの恋を、前進させてやりたいじゃないか」
「確かにな。面白そうだし!」
ハヤトとカルマは、互いにニッと笑う。
とその時だった。ハヤトの携帯電話が、突然鳴り出した。
「んん? 誰だこんな時に。もしもし?」
ハヤトは少し苛立ちながら、携帯電話の通話ボタンを押した。
すると次の瞬間、ハヤトは目を見開いた。
「なんだって!?」
思わず、大声を出しながら勢いよく立ち上がってしまう。
そのせいで、周りに居る子供達がビクッと体を震わせた。
「ど……どうしたハヤト?」
「……見つかったって」
「?? なにが? いや誰かか?」
「ああ。俺の異星に居る知り合いが……ハルカが見つかったって」
一方その頃、ギンとリュンは子供達が進むコースとは別のコースを歩いていた。
「なんでワイらだけ、子供達とは違うコースが用意されてるんやろか?」
「ああ……うん。そうやね」
相変わらず顔を赤くしながら、ギンとは目を合わそうともせずにリュンは呟く。
一緒に漫才した時のあのリュンはどこ行ったのか、と思う程の変わりぶりだ。
まぁ〝自分の本当の気持ち〟を、本気で意識してしまえば、こうなるのも当たり前だろうか?
ど……どないしよ!? ギンと2人きりや! どないしたらええか分からへん!
いきなりラヴイベントに放り込まれ、どうしたらいいのか、
逆に分からなくなったリュンは、心の中でパニックに陥っていた。
だが、そんなリュンに早くも救世主……………ではなく小悪魔が。
リュン達が進む先にある、とある1本の、緑が生い茂った木の上。
そこに小悪魔こと……かなえ、優、ユンファの3人が居た。
「フッフッフッ! リュン、アンタの恋!」
「私達が成就させてやるぜよ!」
「もう見てられないもんね!」
3人はガッシリとした枝の上に乗りながら、リュンとギンの姿をバッチリ捉え、小声で言った。
「でもさ、どうやって2人を急接近させるのよ?」
と、ここまで来てかなえは、ちゃんとした計画を知らされずに来た為、改めて優とユンファに尋ねた。
「フッフッフッ! よくぞ聞いてくれましたかなえちん!」
そう言って優が、背中に背負っていたバッグから、〝あるモノ〟を取り出す。
ソレは――――
――――長い紐に繋がれたコンニャクだった。
「フッフッフッ! コレをリュンの背中にそぉ……っと垂らして……」
「一気にキャッキャウフフな展開にする計画ぜよ!」
「……うまくいくかしら?」
かなえは正直、成功するか不安だった。
だってあまりにもアバウトな作戦だから。
「おっ! 噂をすれば……目標接近!」
「さっそく垂らすぜよ!」
「……大丈夫かなぁ?」
優が紐の先を持ち、コンニャクを垂らす。
紐の長さ――――OK
落下速度――――OK
コンニャクは、目標の背中へと――――
「ひゃぁん!」
リュンの口から、今まで聞いた事の無い、色っぽい声が漏れた。
そのギャップに、かなえ、優、ユンファは、思わず噴き出しそうになる。
そして『暗闇の中でのコンニャク』という、恐怖が倍増する媒体による
攻撃を受けたリュンは、あまりの恐怖に、そのままギンの胸元へと飛び込んだ。
優とユンファの思惑通りに。
「りゅ……リュン?」
「え!? あっ! 違っ!! これは……その……」
リュンの心臓の鼓動が高まる。同時に体中が熱くなる。主に顔の辺りを中心に。
「リュン……お前……」
ギンが、リュンの目をまっすぐ見つめてくる。
そのせいでリュンは、さらに恥ずかしい気持ちになるが、あまりもの眼力に、こちらも目が離せない。
「え……と……ぎ……ギン……」
〝自分の本当の気持ち〟を伝えようにも、緊張のあまり言葉が詰まる……のだが、
フニフニ
「……………ん?」
フニフニフニフニフニ
「リュン……お前……最初会った時に比べて、おっぱい大きくなったなぁ!
もしかしてやけど……かなえちゃんより数cm大きいかもやで?」
「えっ!? えっ!!? えええっ!!?」
ドキドキイベントの最中、リュンはギンに胸を揉まれた。
「あ……あのセクハラクソ優男~~……よくもリュンちゃんをぉ~~~~!」
かなえは、リュンとギンをくっ付ける際に使ったコンニャクを軽く握り、
ギンに投げつけようと、腕に力を込めていた。
限界だった。もう限界だった。自分や自分の友達に対し、セクハラを続けるギンに。
だからかなえは、怒りに任せてコンニャクをギンに投げつけようとする。
しかしそれを、優とユンファがかなえの腕を押さえ、必死に止める。
「ま……待ってかなえちん!」
「それやったらバレるぜよ!」
ちなみに3人は小声で喋っています。
とその時だった。ギンの携帯電話が、急に鳴り出した。
「なんや。ええところで」
ギンは少し苛立ちながら、携帯電話の通話ボタンを押した。
すると携帯電話から、慌てた様子のカルマの声が聞こえてきた。
『ギン! 大変だ! 実は――――』
「な……なんやて!?」
ギンは、目を見開く程驚いた。
――――この日、ハヤトと亜貴、そして町長補佐の黒井和夫が、星川町から姿を消した。