かなえのこれから
ハヤトは植物の茎を、その手に持つ2本の日本刀の、光り輝く刀身で斬り裂いた。
植物の茎は思ったより柔らかい。なんの抵抗も無く斬れた。
もしかすると、ギミックを発動させるまでもなかったかもしれない。
「よしっ! イケるでハヤト!」
そう言いながらギンは、すぐさま2撃目を自分が入れようと、
手荷物の中の、自分のアトラスツール以外を全て捨てた。
手に持つは、長さ3mもの長さを持つ長めの槍。
ギンの、槍型のアトラスツール『八千夜』である。
「そこどきぃやハヤト!! ギミックオン!! 『シューティn――――」
ギンが、なにやら技名が付く程の技を繰り出そうと、構える。
するとそれを見たハヤトは慌てて、
「待て待て待て待て!! お前の〝ソレ〟は威力が高過ぎるだろ!!?
商店街にとんでもない被害を与えるからやめろ!!
それにもし当たった部分に天宮が居たらどうする!!?」
「うっ……確かに……」
ギンが技を放つ寸前に、慌てて構えを解く。
とその時だった。
ハヤトが植物に付けた傷から、また新たにツルが生えてきた。
「!!!?」
そしてハヤトが驚いたその瞬間に、そのツルが、まるで鞭のようにハヤトの腹を強く打ちつける。
「ガハッ!?」
その衝撃で、ハヤトは近くの店の2階に吹っ飛ばされた。
ガラスを割り、障子を破り、木製のドアを壊し――――ようやく衝撃による勢いが止まる。
吐き気がした。胃の中から鉄のニオイを含んだ――――大量の血が湧き上がり、口から出そうになる。
腹を中心に体全体に激痛が走る。肋骨が1本か2本折れ、内臓に傷が入ったかもしれない。
くそっ! 自動再生……だと? これじゃあ天宮を……助けられねぇ……。
ハヤトは俯き、考えた。今の自分とギンで、どうやってかなえを助け出すかを。
しかし激痛と、頭を打ったのか意識が朦朧としているせいで、うまく頭が働かない。
すると、その時だった。
「スマン。待たせたな」
前方から声が聞こえた。その瞬間、ハヤトは寒気がした。
何者かが居るハズの前方から、気配が全く感じ取れないのだ。
まさか幻聴じゃ……ないよな?
そう思いながら、ハヤトはおそるおそる顔を上げ、そして見た。
紳士服に似た正装を着て、その上に黒衣のローブを纏った、
紫がかった黒色の髪を生やす、銀色の瞳の青年を。
「だ……れ……だ……?」
口から血を吐きそうになりながらも、意識が朦朧としながらも、ハヤトは1文字1文字、言葉を紡ぐ。
すると相手は、少し微笑みながら、
「『始末屋』の、リリフ=ルーシャだ」
そう言って、ハヤトに手を伸ばす。
「し……まつ……や……?」
……ハハ……やっと来やがった……待たせやがって。
心の中でそう思いながら、ハヤトはリリフの手を取った。
「にしても、とてもマズイ状況だな」
ハヤトはリリフにおんぶされ、建物の外へと出た。
それを見てギンは、植物の攻撃を必死にかわしながら、ハヤトに声をかける。
「は……ハヤト!! 大丈夫k――――」
「彼に今話しかけない方がいい」
だが急に会話を、リリフに遮られる。
「は!? なんでや!?」
「彼は今吐き気が激しくて、うまく話せる状態じゃないんだ」
「あ……あぁ……なるほどな」
「とそんな事より」
「っておい! 急に話変えんなや!」
リリフのペースに、ギンは翻弄されながらもなんとかツッコミを入れる。
ハヤトも心の中で、掴みづらいなコイツ、などと一瞬思う。
だが、そんな2人のペースなどお構い無しに、リリフは話を進めた。
「今から中に居る人を救出すると同時に、この植物を始末する。
中に居る人が今、とんでもない事になっているかもしれないから、君は毛布を持ってきてくれ」
ギンの方へと視線を向けながら、リリフは指示を出した。
「!? お……おうっ!」
ギンはその指示に従い、慌てて近くの商店街の店の中から毛布を探そうとしたが、
「ってあれ? 人が植物に食われたなんて言ってへんぞ? それにハヤトは喋れへんしなんで――――」
ふとその事に気付き、ギンは疑問に思った。だがその質問を聞く前に、
なんとリリフはハヤトをその場に置き、植物の方へと走り出した。
「「!!!!?」」
2人はリリフの行動の意味が分からなかった。
だがすぐに、2人はリリフの考えを悟る。
植物にわざと食われ、かなえを救出する気なのだと。
だけど……入った後は……いったいどうやって出るんだ?
ふと、ハヤトは思う。
だが次の瞬間、リリフは植物のツルに足を絡み取られ、食われた。
リリフは暗い空間の中を泳いでいた。
……なるほどな。この変な液体……睡眠薬が少々混ざってる。
液体の中に墜ちる前、リリフは鼻で液体のニオイをちょっとだけ嗅ぎ、
液体の正体を知った為、液体の中に入ってから全く息をしていない。
故にリリフは、かなえと同じように意識を刈られる事は無かった。
どこだ……どこに居る?
暗い暗い空間の中、リリフは必死にかなえを捜した。
自分の進むその先にかなえが居ると確信して。
数分後
急に植物の動きが止まった。
「「「「!!?」」」」
ハヤト、ギン、そしてかなえに助けられた少年達が目を丸くする。
その次の瞬間、信じられない事が起こった。
なんと植物が一瞬にして凍りつき、粉々になったのだ。
「な……なんやこれ?」
ギンが思わず、呟いた。
だがハヤトは、すぐにリリフが、植物になにをしたのか気付いた。
「そうか……『冷凍爆弾』だ」
「『冷凍爆弾』!? まさかあの……宇宙連邦の連邦軍の兵器かいな!?」
【冷凍爆弾】
宇宙連邦の連邦軍が使う化学兵器。
野球ボールくらいの大きさの球状の兵器で、
そこから突き出たボタンを押せば、半径20m以内の空間の温度を、
『絶対零度』と呼ばれる『-273℃』まで一瞬で下げる事ができる。
「なるほどな! 『絶対零度』まで下がればあの植物の細胞も
崩壊するっちゅうワケか……って! かなえちゃんどないなったんや!?」
ギンが慌てて、手に入れた毛布を持ちながら、植物があった場所まで駆ける。
すると、夏の暑さを忘れるどころか逆に凍える程寒い、白い冷気が立ち込める空間の中で、
ギンはまるで繭のように丸くなった黒いコートを見つけた。
よく見るとそのコートは、人2人分大きい。
まさか……と思い、ギンはおそるおそるそのコートに近付いた。
すると急にコートが、まるで卵の殻が割れるようにバリバリとヒビが入り、崩れ落ち……そしてギンは見た。
その中に居たリリフと、彼に抱えられたかなえを。
ふぅ。まさかこのスーツに付いてたローブが砕けるとは。
『絶対零度』の中でも砕けないとか広告に書いてあったのに……まぁ手に入れておいてよかった。
その一方リリフは、自分が着ている服と、砕けたローブを交互に見つめ、ふとそう思った。
そしてすぐに、ギンの立っている方に手を伸ばし、
「早く毛布をくれ。この子が凍え死ぬぞ?」
……………は?
一瞬、ギンはなんの事か分からなかった。
だが、すぐにかなえの方へと視線を向け、
「!!!!!!!!!!?」
目を見開く程驚いた。
なぜなら、かなえの制服が所々溶け、下着がチラホラ見えたからだ。
数時間後
かなえは白い部屋の中で目を覚ました。
「……私……生きてるの?」
言いながら、かなえは上半身をを起こす。
なぜか制服じゃなく、薄い緑色の服を着た自分の身体が、妙にダルい。
まだ疲れが残っているのか? それとも植物に食われた時に沈んだ謎の液体の作用か?
「……アハハ……ムチャした……せいかな?」
とにかくかなえは、自分自身に対し、わざと笑ってごまかした。
だが、そんなごまかしも長くは続かず、かなえの心の底から、とてつもない恐怖が沸き上がった。
それは、普通だったら植物に食われていた時にも感じているハズだったモノ。
……………怖い……怖いよ……もうイヤだ……。
心の底から、かなえは恐怖した。
なぜだろう? なぜ今頃、またこんなにも怖いと感じるんだろう?
するとそこへ、血相を変えた両親が部屋のドアを勢いよく開け放ち、入って来た。
かなえの居る部屋へと向かう途中、かなえの居る部屋から、かなえの声が聞こえたからだ。
見ると、2人は白衣を着たままだった。
仕事を中断して帰って来た? 違う。ここは、かなえの両親が勤める『星川総合病院』。
かなえは、両親が勤める病院の病室で目を覚ましたのだ。
「かなえ!! 大丈夫か!!?」
「大丈夫!!? どこか痛い所とか無い!!?」
両親が同時に、かなえに尋ねた。
すると次の瞬間、かなえの両目から、大粒の涙が溢れ出て――――声を上げて泣いた。
両親が病室から居なくなってから、かなえは病室を出て、病院内のある病室へと向かった。
まだ足がおぼつかない。しかも少しめまいがする。
それでもかなえは必死に、1歩1歩踏み出す。
どうしても、伝えたい事があったから。
今すぐにでも……絶対に。
かなえは目的の病室の前まで来た。
その病室のプレートには【光ハヤト】と書かれている。
かなえは数回深呼吸をしてから、意を決してドアをノックし、
そのままハヤトの返事を聞かずに、病室に入った。
「……どうした、天宮?」
腹に包帯をグルグル巻き、かなえと同じ服を着たハヤトが、ベッドの上から優しくかなえに声をかける。
来る事が分かっていたのか? 勝手に入って来た事を咎めなかった。
だから正直、かなえは言いづらかった。だけど、言わねばならない。
「ゴメン……私、揉め事相談所……辞めるわ」