痛みの果てに
子供というのは、なぜ怖いモノ知らずな部分があるのだろう?
かなえは走りながら思う。いや、思わずにはいられない。
自分もまだ子供である上、後先の事を考えていないにもかかわらず、だ。
なぜなら、かなえの予想が正しければ、今回の事件は、これからとんでもない事態に向かうのだから。
「もうっ! ハヤトとギンは相談所の方に行っちゃったみたいだし……私がやるしかないじゃない!!」
叫ぶように言いながら、かなえは走るスピードを上げた。
午前7時54分
商店街
そこには2人の子供が居た。町立星川小学校に通う、小学3年生の異星人の少年達である。
言っておくが、学校は休みではない。2人は学校をサボって、ここに来たのだ。
2人は商店街にいくつかある店の、店先に置くタイプの看板の陰に隠れながら、例の植物を見ていた。
植物の周りには『KEEP OUT』と書かれた規制線が、
植物の周りの地面に突き刺さった、鉄製の棒の外側に沿ってグルグルと巻かれている。
それはまるで、絶対不可侵の結界のようだった。いや、実際そうなのだ。
植物の正体が分からない以上、今のところはこうして、誰もが植物に近付かないようにしなければいけない。
なので今、商店街に人は居ない。ハヤトとギンがもしもという時に備え、商店街の皆を避難させたからだ。
「なぁ、やっぱやめようぜ?」
「なに言ってるんだよお前、怖いのか?」
少年の1人が、もう1人の少年を挑発する。
するともう1人の少年はカチンときて、
「ば……バカ言うなよ! そんな事無いよ!」
「ならいいけどよ。じゃあ行くぜ」
そう言うと少年2人は、謎の植物に、徐々に徐々に近付いて行く。
なぜ? それは2人が、この植物がどれだけ恐ろしい物か分かっていないから。
故に、子供は『度胸試し』と称した、時には恐ろしい結果|に《》繋がる行為を実行できる。
少年達が『KEEP OUT』と書かれた規制線を超えようと、テープに手をかける。
その瞬間、2人の手から冷や汗が吹き出てきた。
これからなにが起こるか? なにも起こらないか?
予想できないその瞬間を前に、2人は緊張せずにはいられない。
だがすぐに2人の少年は意を決して、テープを乗り越える。
とその時、少年達の頭上でガサリ、と怪しげな音が聞こえた。
「「??」」
なんの音なのか、と疑問に思い、少年達は頭上を確認する。
特に変わった所は無い。最初はそう思った。
しかし次の瞬間、なんと植物のツルがまるで軟体生物の触手ように動き出した。
「「!!!!?」」
突然の予想できない事態に、少年達は恐怖のあまり動けない。
「な……ななななんだよあれ!?」
「し……ししししし知るか!」
少年達がその場で言い合いを始める。
その間に植物は、少年達へと徐々に徐々にツルを伸ばしていく。
なにが起こるのか、まだ分からない。
だけど少年達は分かっていた。
早く逃げなければ取り返しのつかない事になると。
動け動け動け動け動け動け動けえええええぇぇぇぇえええええええっっっっ!!!!
早く逃げようと、足に力を集中しようとする。
しかしその集中は恐怖により相殺されてしまい、全く足が動かない。
植物のツルが、少年達の髪を撫でる。
もうダメだ、と少年達は同時に思った。
だが次の瞬間、少年達の手を――――誰かが握った。
誰だと思い、少年達は握られた手の先を見る。
そこに居たのは、かなえだった。
「逃げるわよ!!」
かなえが少年達に、まるで渇を入れるかのように、叫んだ。
すると少年達の足は、不思議な事に動くようになった。
誰かがそばに居るという安心感が、少年達の足の緊張を解いたのだ。
少年達はかなえと共に走り出す。
しかし、なぜかかなえは少年達に比べ、少し遅れていた。
現在かなえの頭痛は、気をしっかりもたないと気絶するレヴェルまで酷くなっているからだ。
……………な……なん……で……あの植物の気配……リミッターで能力抑えてるのに……感じるの?
かなえの意識が、徐々に遠のく。
植物のツルが、かなえの異変に気付いたのか、動きの遅いかなえを執拗に狙うようになる。
そして――――ついにかなえは植物のツルに、左足を捕らえられてしまった。
「!!!!? きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああっっっっっ!!!!!!!」
かなえは植物によって、一気に植物のそばまで引き寄せられ、宙を舞った。
「や……ヤダヤダヤダヤダヤダあああああぁぁぁぁぁああああああっっっっっ!!!!!」
かなえは必死に植物から逃れようと、左足に手を伸ばそうとする。
だが激しい頭痛と遠心力により、手を伸ばそうにも伸ばせない。
すぐにジェットコースターに乗る人のように、手を上に伸ばしてしまう。
とその最中、かなえは見た。
植物のツボミが開き、その花の中心に、まるでウツボカズラの穴を思わせる穴があるのを。
ツボミが高い所にあった為、どれくらいの大きさのツボミか分からなかったのだが、
この瞬間、ようやくかなえはこの植物が、いったいどういう植物なのかを理解した。
この植物は、人などの動物を食べる、食虫植物ならぬ、食肉植物だという事を。
そして次の瞬間、かなえは食われた。
「!!? 天宮!!?」
「かなえちゃん!!?」
かなえが植物に食われた瞬間、ようやくいろんな道具を背負ったハヤト達が商店街に姿を現した。
「クソッタレが!! アレは〝そういう植物〟かよ!!」
「っていうかなんでかなえちゃんがここに居るんや!!? 学校でバテてたんとちゃうん!!?」
「アイツの事だ。どうせ誰かを助けるためにムチャしたんだろ!!? 昔の俺のように!!」
ハヤトとギンは、植物の方へと全速力で走った。
すぐになんらかの対処をすれば、かなえを助けられるのだと信じて。
するとその時、ハヤトとギンは視界の隅で、ガタガタと体を震わせながら、
店の看板の陰に隠れている、かなえに助けられた少年2人を捉えた。
……ホント……ムチャしやがって。
ふとそう思いながら、ハヤト達は植物へと向かって行く。
植物がハヤト達に気付いたのか、今度はハヤト達に向けて、植物はツルを勢いよく伸ばしてくる。
だがその動きは、かなえを捕らえた時の動きとは違う。
まるで、自分を攻撃してくる敵に対する〝自己防衛〟のような、攻撃的な動きだ。
まさかとは思ったがこの植物……やっぱり〝アレ〟か!!?
ハヤトの、ちょっと聞きかじった程度の知識の中に、植物の正体であろうモノがあった。
もし本当に〝ソレ〟だとしたら……急いで天宮を助けなきゃヤバイ!!
ハヤトのスピードが、さらに上がる。ジェイドを追いつめた時と同じくらいに。
「なっ!? ハヤト!?」
植物の攻撃をかわしながら、ハヤトの超スピードを見て、ギンは目を丸くした。
そこには、自分が知る以上に速くなったハヤトが在った。
ハヤトが徐々に徐々に、植物との間合いを詰める。
途中、背負っていたモノを道路に投げ捨てた。
背負っていては、スピードが出ない為だ。
今ハヤトが持っているのは、霧峰兄妹とレイア博士から借りた、『双月』の代わりの日本刀2本。
天宮……待ってろ!! 今この植物をかっさばいてやるからな!!
「ギミックオン!!」
『双月』と同じように、淡い光をその刀身から放つ2本の日本刀で、ハヤトは植物の茎を斬り裂いた。
かなえは彷徨っていた。暗い暗い、闇の中を。
そこは、静寂のみが支配する闇のセカイ。
だが不思議な事に、その空間には熱気や冷気が存在しない。
いや。温度という概念そのモノが無いのかもしれない。
そんなセカイの中で、かなえはまるで、宇宙を魂だけの状態で彷徨っているような錯覚を覚えた。
ここは……いったいどこ……?
彷徨いながら、かなえは思う。
そして自分の身になにが起こったのか、一つ一つ思い出し、
そっか……私……植物に食べられたんだっけ……。
改めて、自覚する。しかし、なぜか恐怖は無かった。
なんでだろ? こういうのを……前に経験したから?
かなえは考える。考えて考えて考えて――――そして思い当たった。
そうだ。これはまるで……お母さんのお腹の中に居るような……。
そこまで考えた時、かなえの意識が、徐々に途切れ始めた。
あ……そうか……食べ……られたんだった……私……。
かなえの意識が、徐々に徐々に堕ちていく。
深い深い――――闇の奥底へと。
私……死ぬんだ……。
堕ちる途中、かなえは自分の死を自覚した。
その瞬間、かなえの中で、溢れんばかりの悲しみが沸き立つ。
死にたくない。死にたくないよと、強く強く思う。
しかし、まるで闇の底から手が伸び、ムリヤリ魂が引きずりこまれるように、かなえの意識が堕ちて――――
『よいか? この■■だけは、決して唱えてはならぬ』
……………なに?
堕ちゆく最中、かなえは謎の声を聞いた。
耳から聞こえてくる声ではない。
頭の奥底にあった……聞き覚えの無い記憶の中の、誰かの声だった。
『もし唱えれば、お前は全てを――――』
だ……れ……? 誰……な……の……?
ワケが分からない事が起こり、かなえの頭の中がグチャグチャになる。
そしてかなえは――――