Episode005 動き出す者達
5月14日(土)
「あと……〝8ヶ月〟をきってしまった」
まるで肉食動物が如き鋭い眼光を正面に向けつつ、1人の男性がそう呟いた。
男性が居るのは、とある惑星にある……とてもとても暗い部屋。
と言っても、アイヌ神話などで語られる地獄のようにジメジメ湿っている場所というワケではなく、逆にその場所は、酷く質素で、無機質で、ただそこに在るだけで息が詰まるような……監獄の如く閉鎖的な空間だ。
その部屋の中央に、大きな円卓が1つ置かれている。
そしてそれをグルリと取り囲むように、先ほど言葉を放った男性を含めた複数の男女が、置かれている椅子に座っている。どうやらここは、現在会議室として機能している部屋らしい。
「あの最近話題の〝例の星〟の共存エリア。作られてから、もう1年と……4ヶ月は経ちますねぇ」
男性の放った言葉に対し、別の男性が溜め息まじりに呟いた。男性の右隣の椅子に座る、彼より頭2つほど背の低い男性だ。
「あぁ。もう1年と4ヶ月だ」
改めて教えられたその事実に、最初に言葉を発した男性は、難しい顔で深い溜め息を吐いてから……さらに続けた。
「だが未だに……『人種差別』などの問題が起きないのはなぜだ?」
それは、彼にとっては純粋な疑問。
まるで必ず起こるのが〝当たり前〟だと言わんばかりの言葉だ。
確かに異なる思想を持つ者達が共存すると、人種差別が起こりやすくなる。
だがだからといって全員が全員、差別をするような人間ではない。中には考えが異なる相手を理解しようとする、もしくは相手にこちらの常識を教えた上で、双方共に納得しうる解決策を見いだそうとする者も居る。
それこそが、この世界での〝当たり前〟のハズだ。
しかし彼の頭の中の常識では、そうではないらしい。
「それだけ町民同士の絆が固い……という事かしらん?」
すると今度は、同じく会議に参加している1人の女性が、自分の髪を人差し指でクルクルと弄りながら、囁くように言った。
「ふん。絆か……」
女性の言葉を聞くなり、男性は、どこか遠くを見るような目をして黙り込んだ。
「どないしてん?」
会議の参加者である、これまた別の男性が、急に黙り込んだ男を心配し……どういうワケか関西弁に似た発音の言葉をかける。
すると男性は、怒りで顔を歪め……まるで鬼のような形相を見せた。
それを見た会議のメンバーは、全員驚きのあまり、揃って目を見開いた。関西弁を放った男性など「まさかあの惑星の一部地域と偶然似た発音の、俺の故郷の言葉かけたんはマズったかなぁ」と戦々恐々としている。
「キズナなんてモノ……あの惑星の民が持ち合わせているワケがない!!」
しかし、関西弁の男性の心配は杞憂に終わった。
男性の声を。彼らと認識を同じとする男性の……その言葉を聞いた事で。
と同時に、会議に集った者たちの視線が鋭くなり、その双眸に怒りの炎が宿る。男性の言葉に改めて同調し……地球人に対し怒りを覚えたのだ。
「見ていろ、あのキレイな星にのうのうと住み続ける穢れた人種め!! お前達のその化けの皮、どんな事をしてでも引っ剥がしてやる!!」
そして男は、改めて同志達の前で宣言する。
と同時に、男は怒りに任せ……左手で円卓を思いっきりぶっ叩いた。
衝突の瞬間。
円卓が木端微塵になった。
※
同日 16時48分
「はぁ……やっぱ事務仕事は疲れるな」
【星川町揉め事相談所】所長という、誰もが、重い肩書きを持っているなと思ってしまう肩書きを持つ中学生である光ハヤトは、相談所の椅子に座ると、左手で右肩を揉みながら呟いた。
現在ハヤトは、町長に提出する報告書などの書類を書いている。
だが、実はハヤトは事務仕事というモノが大の苦手であるため、ほとんど書けていなかった。
「……ハルカ……お前いったいどこ行っちまったんだ?」
何をどういう風に報告すべきか迷っていると、ハヤトはふと、1人の少女の顔を頭に思い浮かべた。
かつてその少女は【星川町揉め事相談所】で事務員として働いていた……とても優秀な所員だった。
だが――。
とその時である。
何者かが事務所の玄関のドアを軽くノックする音が、ハヤトの耳に入った。
「どうぞ」
ハヤトは軽く返事をしながら、玄関の方へと顔を向けた。
ドアが開く。そこに居たのは、ハヤトの1.5倍は高い身長と、背中が隠れる程の長さの金髪が特徴的な男性だった。
「……町長」
その男性を視界に入れるや否や、ハヤトは目を丸くして驚いた。
なぜなら彼こそが、この星川町の町長であるジョン・バベリック=シルフィールだったのだから。
「チョリーーッス! 仕事、捗ってるぅ?」
事務所の中に入るなり、ジョンは気さくな口調でハヤトに声をかける。なんだか部下の気が抜けてしまいそうな軽い口調である。
だがハヤトは、むしろさらに気を引き締め、すぐにまた書類と向き合った。
「す……すみません! すぐに終わらせます!」
言うと同時、ハヤトが慌てて書類にペンを走らせる。それは、見る人が見れば、真面目な人だという印象を受けるだろう行動だ。
だがそれは同時に、見る人が見れば、自分自身を追い込んでいるようにも見える行動でもあった。
まるで、目の前の現実から、無理やり目を逸らそうとしているかのような……。
ジョンは暫く、そんなハヤトを見つめた。
だが、やがて見るに見かねたのか……彼はついに声をかけた。
「ハヤト君……やっぱり、いい加減誰かに仕事を手伝ってもらった方がいいんじゃないのかい?」
ジョンの意見を聞き、ハヤトのペンの動きがピタリと止まる。
その言葉には、ハヤトを気遣う優しさが含まれていながらも、現実を再認識してほしい気持ちが込められていた。
だからハヤトは、自分に向けられた、その優しさを無視する事ができなかった。
「君は最近、仕事の合間にハルカ君の捜索もやっているそうじゃないか」
「…………」
「しかも、せっかくの休日まで使って。そんなんで君、体の方、大丈夫なのかい?誰かに手伝ってもらった方が、君の負担が少しは減るだろう?」
「町長。お気遣い、ありがとうございます」
ハヤトは背中を向けながら、静かにジョンに告げた。
「でも……〝アイツ〟はアメリカの、異星人と地球人の共存エリア『シガレット・タウン』の外で起きたゴタゴタの処理に行ってるし、なにより、この町の人達を、ハルカと同じような目に遭わせたくないんです」
「……町民ナメるな、ハヤト」
1人で無理をするハヤトに、ジョンは怒りを込めた声で言い放った。
「この町に集まった人はみんな、この町に異星人が居る事を、そして異星人絡みの揉め事が起こる事を承知でこの町の住民になってくれた温かい人達なんだ」
ジョンは1度深呼吸を挟み、さらに続けた。
「君の気持ちには同情する。でもね、1人にできる事には、限界があるんだ。いい加減誰かに仕事を本格的に手伝ってもらえ。じゃないと君、早死にするぞ?」
「…………」
しかしジョンの言葉に、ハヤトは揺るがなかった。
むしろ黙ったまま、なんと再び書類を書き始めた。
ハヤトの態度に、ジョンは苛立ちを覚えた。
だが、本気で怒りたい気持ちを必死に抑えつつ、
「はぁ……断固無視か。ならもう勝手にしろ」
ジョンは最後にそれだけ言うと、すぐに相談所を出て、入ってきた時の気さくな感じが嘘に思えるほど乱暴にドアを閉めると、早歩きで自宅へと向かった。
ジョンが相談所を出てから、ハヤトは思う。
正直に言えば、ハヤトはジョンの気持ちをとても嬉しいと。
だけど、ハヤトの気持ちは変わらない。簡単に変わるワケにはいかなかった。
「温かい人達だからこそ……時に危ないこの仕事をそう簡単に手伝ってもらうワケにはいかないんですよ、町長」
ハヤトは静かな声で、今はこの場に居ないジョンに言った。
※
同時刻
星川町と隣町の境界線上に位置する、とある茂みの中から、3人の女子中学生が姿を現した。
天宮家が引っ越しの際に自家用車で通った道であり、町の住民が町外へ出られるようには作りつつ、且つ星川町の秘密が外部へ漏洩しにくいように作られた、星川町と隣町とを繋ぐ唯一の出入抜け道である。
そんな星川町にとって重要な場所から姿を現した女子中学生の1人は、数日前に星川町へと引っ越してきた転校生少女・天宮かなえ。
あとの2人は、かなえの親友であり、星川町で地球人と共存している異星人でもあるユンファ=ミィと、リュン=リリック=シェパードだ。
(しかし驚いたわ。まさかこの町の宇宙人が町の外に出られるなんて)
星川町を取り囲む大自然を敢えて整備しない事で、獣道すら確認しづらいようにして、ほぼ完全に星川町を隠している秘密の道を通ったが故に、服や素肌に付いた葉っぱや土を取る作業に追われながら、かなえはふと思った。
実は驚くべき事に、星川町には『異星人が町の外に出てはいけない』決まりは存在しなかった。町民が閉塞感などによるストレスを覚えて、町から居なくなるのを抑えるためである。
だがその代わり、町内の家に必ず数枚は保管されている、町が発行した『外出許可証』を、町長、もしくは【星川町揉め事相談所】所長である光ハヤトに提出した上で、星川町在住の地球人を、監督役として必ず1人は同伴させねばならないが。
(もしかして……私が前に住んでいた町にも、この町の宇宙人が来た事があったりして……?)
異星人が町外へ出るのが条件付きで自由、というなんともオープンなルールが、かなえにそんな想像を抱かせる。
地球のいろんな事にカルチャーショックを受ける異星人。
想像しただけで、なんだか新鮮な気持ちになり、思わず顔が綻んでしまう。
「いやぁ、ホンマありがとーなかなえちん」
するとその時、地球の言葉を覚える際に、何をどう間違えてしまったのか、関西の言葉を参考にしてしまったリュンがかなえに話しかけてきた。
「おかげで久しぶりに町外に出る事ができたでぇ」
自分の手で葉っぱと泥を払いながら、ユンファも改めてかなえに礼を言う。
「あっ! いいよいいよ別にお礼なんて。私もちょうど暇だったし」
かなえは、どこかぎこちない笑みを作りながら言葉を返した。
別にかなえは、まだ異星人を怖がってるワケでもなければ、リュンとユンファが苦手なワケでもない。
ただ、かなえはまた感じているのだ。
星川町に引っ越してから感じる〝ナニかの気配〟を。
(もしかしてコレ……宇宙人の気配、なのかな?)
ハヤトにこの町の秘密を教えられた時から、かなえはそう考えていたが、確信が無かった。
でも今日、異星人であるリュン、そしてユンファと一緒に町外に出かけた事で、やっと確信できた。
自分には、宇宙人の気配を『感知』できる『異能力』が備わっているのだと。
なぜ確信できたかというと、町の外に出ても、その〝気配〟を感じ続けたからである。一応書いておくが、その気配とは、リュンとユンファの気配だ。
(にしても、どうにかならないかなぁこの気配。感じるだけならともかく、時々、風邪をひいたみたいに悪寒や頭痛がするし、これじゃいつか倒れるかも……?)
これからこの、今のところ良いトコ無しの謎異能力と付き合っていく事を考え、かなえは思わず溜め息を吐いた。
冗談抜きで、この能力の欠陥は……文字通り頭痛の種なのだ。
するとそんなかなえが心配になったのか、ユンファはかなえの顔を覗き込んだ。
「……もけんどてかなえちん、楽しくなかったの?」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ。ハハ……」
リュンと同じ関西弁、だろうか。
聞き慣れない方言による質問に、かなえはすぐには答えられず、またぎこちない顔を作ってしまう。
(能力抑えるSF的アイテムとかあったらなぁ)
そんな不満を心の中で言いつつ、それでもかなえは無理やり笑った。
――とその時だった。
かなえは、リュンとユンファの2人の気配よりも遥かに強い何者かの気配を感じ取った。
(な……なにこの気配!? こんなに強い気配……引っ越した次の日に見たUFOみたい……!?)
かなえは反射的に、周りを見回した。
星川町民の気配であってほしい、と心の中で願いつつ。
けれど今感じるその気配は、いつも感じる気配と何かが違っていた。
ただ強いだけじゃない。その中に、怒りにも似た感情が含まれている……そんな感じがした。かなえの、生物としての本能が『逃げろ!』と叫んでいる。かなえは自分の本能に素直に従い、リュンとユンファを急かした。
「ねぇ、もう遅いし、早めに家に帰らない?」
「えっ?」
リュンは自分の腕時計を見た。
針は17時4分を指している。
「確かに遅いけど、急ぐほどやないんやない?」
「い……いいから、早く帰ろう」
2人がパニックに陥らないよう、かなえはできる限り自然を装い、2人の背中を押した。