踏み越えし者達
数十分前
墜落した小型宇宙船内
ジェイドに壊されたハズのパイロットが、突然動き出した。
ゴキリゴキリと体中から音を出しつつ、グシャグシャになった宇宙船から這い出す。
「……〝検体〟達の戦闘を記録……送信し……自爆せよ」
まるで、ヴォイスチェンジャーによって変えられた声に似た声を発しながら。
そして次の瞬間、
キリキリキリキリキリキリキリ
まるで、油を差していない機械の音のように耳障りな音を立てながら、
パイロットの両目が高速で回転し、そのまま顔から飛び出した。
しかしその眼球には、なぜかパイロットの血が付着していない。
代わりに眼球には、まるでトンボの羽のような、透明な羽が付いている。
そして、かつて目があった体の部位には、血管や神経の代わりに、様々な色の配線コードが。
そう。パイロットは人間ではなかった。
ある1つの目的の為に作られ、そしてその目的を果たす為、様々な機能が特化された、
宇宙全体で『ヒトカタ』呼ばれている、人型ロボットだ。
パイロットの眼球以外が、機能を停止する。
と同時に、体から分離した両目が超高速で羽を羽ばたかせ、ある方向へと飛んで行った。
そして、眼球が体から100m以上離れた瞬間、宇宙船が半径25mにも及ぶ、大爆発を起こした。
現在
ハヤトとカルマが乗って来た宇宙船に装備されていたレーザーライフルによって、
ドゥームーンの生物ジオ・ワームを追い払う事に成功し、宇宙船は静かに砂漠の上に着地した。
「ふぅ。まさかジオ・ワームが生息するこの惑星に居たとはな。
ホントよかったぜ。メチャクチャ遠い惑星に居なくて」
そう言いながら、ハヤトだけが宇宙船から降りた。
暑さなどほとんど気にせず、ジェイドから絶対に視線を外さずに。
その視線には、まるでやんちゃな子供を叱る親のような厳しさと、
まるで友人に裏切られた時のような、悲しみが込められていて、
その視線はジェイドの胸に、チクリチクリとなにかを突き刺した。
「ハッハァ!!!!!! まさかこんなに早く、また戦えるとは思ってもみなかったぜ!!!!!!」
だけどジェイドは、その胸に突き刺さるなにかがなんなのか考えもせず、
ただただ自然に、いつも通りにハヤトを見つめて、そう言い放った。
「……ジェイド……お前……いったいどうしちゃったんだよ?」
ハヤトは怒りと悲しみのあまり、声を震わせた。
「お前は……俺を叱ってくれたあの時のお前は……いったいどこ行っちまったんだよ?」
そしてそう言うと同時、ハヤトはその場から消えた。
それを見て、宇宙船の中から事の成り行きを見守っているカルマは、一瞬目を見張った。
すると次の瞬間、ハヤトはジェイドの後方へと、突然姿を現した。
ハヤトがまた踏み越えた!?
カルマの脳裏に、ハヤトとジェイドの戦いを初めて見た時の映像がよみがえる。
ただ怒りに任せて、己の限界を踏み越え、ジェイドを一方的に追い詰めたハヤトを。
ハヤトが腰に挟んだ2本の鞘から、2本の日本刀を抜刀した。
ジェイドは、ハヤトが後方から現れた事を気配で察したのか、勢いよく、裏拳を後方へと叩き込み――――
――――また、ハヤトが消えた。
ジェイド……お前はどうして、超えちゃいけない一線を踏み越えたんだ?
以前、ジェイドを追い詰めた時と同レヴェルの超スピードで、
ジェイドの周りを高速で移動しつつ、ハヤトは悲しげな目でジェイドを見つめ、思う。
お前が一線を踏み越えちまったら……お前を止める為に……。
ハヤトが、ジェイドの前方に、しゃがんだ姿勢で現れる。
……俺も踏み越えなきゃいけねぇじゃねぇかよ!!
ジェイドは前方のハヤトに渾身の、下方に向けてのパンチを放つ。だが、
「!!!!!!?」
なにやら硬い手応えを一瞬感じた後に、すぐにそれは残像へと変わり、本体は別の場所に現れる。
バカな!!!? 動きは捉えられるんだ!! 捉えられるのに……なんで攻撃が当たらない!!!?
今のジェイドの身体能力は、先程ハヤトを倒した時よりも、格段に上がっている――――ハズだった。
だがジェイドは、どういうワケか、徐々に自身のスピードが落ちていっているような、変な感覚に襲われていた。
――――目では捉えられるのに、体がそれに付いていけない――――
――――それは、心と体が極限状態に陥った時に、稀に見られる生理現象――――
――――そして、ジェイドの体が悲鳴を上げている証――――
ジェイドの反応速度が、徐々に、徐々に落ちてきた。
その隙を突き、ハヤトがジェイドの右腕の腱を斬り裂いた。
ジェイドの右腕が、ダランとたれる。
「!!!!!!!?」
あまりの痛みに、ジェイドの顔が歪む。
ハヤトはさらに、その隙を突き、今度は左腕の腱、左足の腱、右足の腱と、
超スピードで移動しつつ、ジェイドの全身の腱を斬り裂いていった。
「ガアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!!?」
ジェイドから、喉を潰すのではと誰もが思う程の悲鳴が上がる。
「終わりだ。ジェイド」
ジェイドを背に、ハヤトは静かに告げた。
ジェイドが後方で、うつぶせに倒れ込む。
だが、ジェイドは死んではいない。
腱を斬られ、体が動かせないだけ。
ジェイドの体を、砂に帯びる高熱が襲う。
だがジェイドは、そんな事を気にも留めず、
「まだだ……まだ俺は……終わってない……」
必死に体を動かそうと、全身に力を込めながら、途切れ途切れに言った。
すると、ハヤトはジェイドの方へと向きを変え、ジェイドに向かって言い放った。
「ジェイド。『蛇霊縛呪病』を抑え込む薬かなにかを、
どこぞの誰かから貰ったみたいだけど、お前が貰ったのは、そんな夢のような薬じゃない。
っていうか、そんな夢の薬は、何年何十年何百年かかっても、できやしない。
もしそういう薬が存在する世界があるのなら、その世界には、
呼吸さえしなくても生きている、人間らしさの抜けた人間が居るだろうな。
お前が貰ったのは多分、体の生理機能を麻痺させる1種の〝麻薬〟だ」
次の瞬間、ジェイドの目は、絶望の目へと変わった。
「……んだ……と……?」
「まぁ、その様子じゃ依存性の無いヤツかもしれないな。だが、今はそんな事が問題じゃない」
そう言ってハヤトは、ゆっくりとジェイドに近付くと、ジェイドの胸ぐらを掴み、自分の顔へと近付け、
「お前はいったいどうしちまったんだ!!? 麻薬なんてモンに手を出す程堕ちやがって!!」
ハヤトの目は、相変わらず怒りと悲しみに満ちていた。
ジェイドは、そんなハヤトの目を見つめながら、
「……仕方……なかった」
そしてジェイドは、ハヤトに告げた。
自分がなぜ、力を求めるかを。
1年以上前に、なにが起こったのかを。
伝えずには、いられなかった。
ハヤトに、そんな目で見つめられては。
ジェイドから、大体の事情を聞いたハヤトは、ただただ、真剣な目でジェイドを見つめた。
……………似ている。
ジェイドに、少し前までの自分が重なった。
ムチャばかりして体を壊したにもかかわらず、それを反省せず、
他人の心配など気付きもせず、以前と同じように黙々と仕事をする自分と。
見ていて、自分の中に苛立ちが募る。
ジェイドの顔を、思いっきり殴りたい気持ちに駆られる。
だがハヤトは、なんとかその感情を抑えつけ、
「……ジェイド、今からお前を近くの病院に搬送する。
だけどな、今回は医療費とかは一切出さない。自業自得だしな。それと」
そこまで言って、ハヤトは1回深呼吸をして、
「『本当の強さ』とはなんなのか分かるまで、2度と俺の前にそのツラを見せるな」
ただ、それだけを告げた。
その台詞に、ジェイドは目を丸くし、
「な……んで……だ? ひか……り……ハヤト?」
だが、ハヤトはその言葉に返答せず、代わりにジェイドの胸ぐらから手を離し、
体を、足を軸として時計回りに1回転させ、そのままジェイドに、右腕による肘鉄をくらわせる。
「ゴブファッ!!?」
その一撃は、正確にジェイドのみぞおちにヒットし、ジェイドはその場に崩れ落ちた。
「……もう、なにも喋るな」
ハヤトは涙目になりながら、今は意識の無いジェイドに囁いた。
同時刻
ハヤト達の着地地点 上空
〝検体〟達の戦闘を記録……本部に送信……完了。
ただちにその場から離れ……自爆します……。
ジェイドが乗って来た宇宙船の、『ヒトカタ』であるパイロットから飛び出した2つの眼球が、
ハヤト達を撮影し終わると同時に、羽を超高速で羽ばたかせ、その場から飛び去った。