キャロラント島
6月22日(水) 午前4時45分
星川町 不動宅
……ハヤト、もうキャロラント島に着いたかな?
夜明け前。突然目が覚めたカルマは、まず最初にそう思った。
なぜなら今日の朝、携帯電話にハヤトから、
『墓参りしにちょっと【キャロラント島】という島に行ってくる。天宮達のサポート頼む。』
という内容のメールが届いたから。
カルマは星川町よりも、ハヤトの事の方が心配だったのだ。
別にハヤトが、事故に巻き込まれるとか、そういう心配ではない。
ハヤトが、事故の裏で起こった事に気付いているのか?
もし気付いていないのならば、いつかその事を受け入れられるのか?
ある経緯でハヤトが巻き込まれた事故についてほぼ詳しく知っているカルマは、
この町で、ハヤトから町の事、そしてこの地球上で
なにが行われているかを知った事で、ある1つの〝事柄〟に気が付いた。
ハヤトが知ったら、ハヤトがどんな行動を起こすか分からない事柄を。
ハヤトがこの町に帰って来た時、その〝事柄〟に気付いてなさそうだったら、そのままにしておこう。
この世界には、知らなくてもいい事があるのだから。
ハヤトを思い、カルマは自分の心だけにその〝事柄〟を留めようと、自身に誓った。
とその時だった。カルマは窓の外から、強烈な、何者かの気配を感じた。
「……誰だ? 泥棒? いや違うよな。この町に泥棒なんて……」
町に入る事を許されているモノ以外は絶対入れない上に、
町に住む誰もが幸せに暮らせているこの星川町に、泥棒など居るハズが無い。
家出したどこぞのクラスメイトか?
そう思ったカルマは、窓のカーテンを開け――――
――――窓ガラスが割れると同時に、カルマが消えた。
6月21日(火) 午前9時45分
キャロラント島近辺の小島 岩場
「……ったく。ここら一帯をなんだと思ってるんだ。あのバカップルは」
顔に青筋を作りながら、ハヤトは一応持ってきた2本の日本刀を鞘に収め、
岩場から、さっき自分が乗って来た小船に乗り込んだ。
キャロラント島へと向かう船に備えられていた小船だった。
なぜハヤトがこの小船に乗り、キャロラント島ではなくこんな岩場に来たのかというと、
「ひ……ひぃっ!?」
「も……申し訳ありません!!」
ハヤトが乗る小船の、数m後方に停船しているジェットスキーに慌てて乗り込む、
派手な水着を着た、2人の外国人カップルのせいだ。
「チッ! こんな場所であんな事……ムナクソ悪い」
ハヤトは思い出しただけで、ヘドが出そうになった。
ああホント……なんでこんな場所に場違いな人間が居やがるんだ!?
数分前
キャロラント島行きの船の中
船の甲板に設置されている、船の外側に向けられた座席で、ハヤトは寂しそうな目で俯いていた。
その周りには、ハヤトと同じく例の航空機事故で家族、または恋人、親友などを喪った人達。
もうあの頃には戻れないのか。
もう2度とアイツを抱き締められないのか。
なんであの飛行機に乗せてしまったのだろう。
どうしてあの子なの? なんで私じゃなくてあの子なの?
様々な思いが、皆の心に渦巻いていた。
中には、思わず涙を流す人も居る。
ハヤトはその声を聞いて、
そして言葉にせずとも伝わってくる思いを感じ、
胸が苦しくなるのを感じた。
皆の心と同調したから、だけではない。
多くの人達の命を奪ったあの航空機事故で、生き残ってしまった事による罪悪感。
事故を起こした加害者とその仲間を、のうのうと地球に移住させている事への罪悪感。
一般的には『サバイバーズ・ギルト』と呼ばれる罪悪感と、
事故以来、ハヤトと〝ハルカ〟にできた〝夢〟ゆえに生まれた罪悪感が、ハヤトの心を締め付けているのだ。
一応言っておくが、それらは本来、ハヤトが背負うべきモノではない。
それらは事故の加害者などの、ハヤトの運命を決定付けた者達が背負うべきモノだ。
だけど、それでも、ハヤトはそれらに、今までずっと耐え続けた。
その先に待つ〝輝ける未来〟を、信じているから。
とその最中、ハヤトは甲板から落ちないようにする柵の隙間から、
この近辺では絶対に見られないあるモノを、チラッと目撃した。
ジェットスキー。そして水着を着た、2人の男女。
あの2人、この岩場でなにを……まさか。
ふと、なにかに思い当たったハヤトは、急いで船の操縦室に向かうと、
ただちに船長に、船に備えられている小船を使う許可を貰い、先にキャロラント島に行くようお願いした。
男女がジェットスキーを停船させた場所から少し離れた岩場に、ハヤトは小船を停船させた。
そしてゆっくりと、ゆっくりと、慎重に岩場を進むと、
案の定、その男女による〝卑猥な声〟が聞こえてきた。
ハヤトは瞬時に、怒りの形相で日本刀を、2本とも鞘から引き抜いた。
「おいテメェら。死者が眠る島の近くで卑猥な事してんじゃねぇぞゴラァ!!!!」
そして〝卑猥な事をしている最中のバカップル〟の咽元に、日本刀の切っ先を向けた。
午前9時56分
「クソッタレ。いつかこの島とその周辺の小島買い取って、あんなバカップルが来ないようにしてやる」
そう言いながらハヤトは、両親を含め、たくさんの人達が眠るキャロラント島へと、小船で上陸した。
キャロラント島は昔、島全体にいろんな木々が生えた、自然豊かな島だったらしいが、
例の航空機事故によって起きた爆発により、島の森の6割が無くなり、
代わりに森だったエリアには、小さい雑草によって形成された草原がある。
その草原の中心部に、それはあった。
【慰霊碑】
平たい巨大な岩ででき、表面に『慰霊碑』という文字、
そして『事故で死んだ乗客156名の名前』が刻まれたそれは、
2年前の今日、この島に墜落した航空機の乗客達の霊を慰める為、
そして2度と同じ事故を起こさないという戒めの為に建立されたモノ。
慰霊碑の前で、船に乗って来た被害者の関係者である人達が集まり、黙祷をしている。
それを見てハヤトは、急いでその人達の集まりの1番外側に立ち、黙祷を始めた。
黙祷は、すぐに終わった。
事故の被害者の関係者である人達が、自分達が乗って来た船へと戻って行く。
ハヤトもその人達と共に、船へと戻ろうと歩き出す。
……来年は、ハルカを連れてこの島に来よう。絶対に。
思わず、涙が出そうになりながらも、そう心に決めて。
するとその時、事故の被害者の関係者である人達の流れに逆らい、
慰霊碑へと向かう3人の男女が、ハヤトの目に留まった。
3人の内の1人は、アメリカの揉め事相談所所員である、ケヴィン・マーグナであった。
そして残りの2人は――――
「……2年ぶりですね、ディーテ夫妻」
〝紫色の髪の毛〟を生やした、惑星ホルンティカの民であり、事故の加害者でもある夫婦だった。
ハヤトと、ディーテ夫妻の目が合う。
ハヤト。ケヴィン。ディーテ夫妻。
事故の被害者の関係者である人達が、4人を避け、通り過ぎて行く。
そして、その人達が4人から十分離れた時、
「……はい」
「……2年ぶりですね」
ディーテ夫妻は、ハヤトにそう挨拶し、そのまま慰霊碑へと向け、歩き出す。
「で、なんで去年は来なかったんだ、ハヤト?」
ハヤトがディーテ夫妻の後ろ姿を見つめていると、2人の付き人であるケヴィンが、突然話しかけてきた。
ハヤトは、ディーテ夫妻から目を離さず、返答する。
「……仕事が忙しかったんだ」
「仕事? 仕事だと!?」
答えた瞬間、ケヴィンがハヤトの胸ぐらを掴む。怒りの形相を浮かべて。
「あの人達が!! 去年お前が来てくれなくて!! いったいどれだけ不安になったと思ってるんだ!!?
もう、自分達とは会ってくれないんじゃないかって!!
もう、自分達とは向き合ってもくれないんじゃないかって!!
その時お前はなにをしてた!!? 仕事!!? 仕事よりも大切な事があるだろうが!!」
ケヴィンには、つらかった。
アメリカの『異星人共存エリア』に住む事になったディーテ夫妻が、
ハヤトや、他の事故の被害者の関係者達への罪悪感を胸の奥にしまい、
『異星人共存エリア』に住み続けるのを見続けるのが。
だからケヴィンは、去年墓参りに来なかったハヤトを、許せなかった。
そんなケヴィンに、ハヤトはなにも言えなかった。
去年、墓参りに行かなかったのは事実なのだから。
だけど、ハヤトは思う。
行かなかった事は、すまないと思ってるよ。だけど……だけど……。
ハヤトの脳裏に、忌まわしい過去の記憶が蘇る。
それは、航空機事故に巻き込まれた時の記憶ではない。
その1年後に起きた、忌まわしい出来事の記憶だ。
すると、その時だった。
キャロラント島の上空に、突如、謎の小型の飛行機が、音も無く出現した。
それに気付いたのは、地表に突如、小型飛行機による巨大な影ができた為。
全長およそ10mの、黒い、戦闘機に似た形の飛行機だ。
「な……なんだ!?」
「見た事が無い飛行機だ。っていうかいったいどうして接近に気付けなかった!?」
ハヤトは、その小型飛行機を眺め、よく観察し……そして気付いた。
自分達の上でホバリングしている小型飛行機が地球製ではない事を。
……無音の機体。なるほどな。あとは迷彩機能さえ付ければ、俺や、ケヴィンにも分かんねぇな。
しかし、誰が乗ってるんだ? 事故の被害者の関係者? でも、ディーテ夫妻の他に誰が……!?
そして、その疑問はすぐに解決した。
「光ハヤトおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおっっっっっっ!!!!!」
聞き覚えのある、声がしたから。