謎の男と運び屋
「アンタ、とんでもないモンをこの町にバラ撒いてくれたな!」
青年は、シュウレイのアホらしい証言によって、一瞬言葉を失ったが、
すぐに、より鋭い眼差しでシュウレイを睨み、一喝した。
それに対し、シュウレイは『ヒィッ』と小さい悲鳴を上げる。
かなえはまた、2人の間に入った。
「待って! とりあえずここでケンカはやめて! 他のお客さんが見てるでしょ!?」
かなえは、店に居る数人の客に視線を向ける。
すると、青年はなんとか怒りを抑え、シュウレイに小声で言った。
「とりあえず、表で話そう」
かなえ達は、とりあえず青年の提案通り、中華飯店『王龍』の入り口の前に出た。
そして、青年は語り出す。【コショウ】とはいったいなんなのかを。
「アレは、正確には【胡椒】じゃない。
【コショウ】というのは、〝ある組織〟がその粉の正体を隠す為に使った、偽の名称だ。
アンタが、この子が言ってた『被害者かもしれないヤツ』に食わせた粉、
それは、他の星では【オルプス】という名称で知られる、〝麻薬〟だ」
「……えっ?」
シュウレイが、生きる気力を失ったような、光が消えた目で青年を見る。
「といっても、この子の証言を聞く限り、その被害に遭った子の身に起きた症状は軽い。
【オルプス】を摂取した人は、ひどい時には薬物依存だけでなく、
脱力感、幻覚に幻聴、その他諸々の症状が出るからな。
アンタがバラ撒いた【オルプス】、もしかすると品種改良されたヤツかもしれないな。運がよかった。
もしかすると、その被害に遭った子を、なんとか助ける事ができるかもしれない」
「「ええっ!?」」
かなえとシュウレイは、同時に驚いた。
するとここで青年は、なぜか急に、
「この星でいう、熱帯雨林というのを、お前らは知ってるな?」
麻薬の話とは全く関係の無い話をしだした。
変えられた話を聞いた途端、かなえはムッとした。
小バカにされたような気がしたのだ。
だが、そんなかなえをよそに、青年は淡々と語り出す。
「熱帯雨林は、あらゆる病気に対抗しうる、様々な薬の材料となりうる薬草の宝庫だ。
人類は今まで、命懸けで、あらゆる病気に対抗するための薬草を、熱帯雨林の中から探し出した。
もちろん、麻薬によって引き起こされる症状に対抗するための薬も。
宇宙は広い。そして広いからこそ、宇宙中にある、いろんな星の、
数多くの熱帯雨林には、無限の可能性がある。だから、絶対なんとかなる」
その後、かなえはハヤトに、事件の全貌を報告。
ハヤトはすぐに宇宙警察の刑事であるアロウ、そしてルナーラの担当医にかなえからの報告を連絡し、
そのおかげでルナーラに、適切な処置を施す事ができた。
そしてシュウレイと、シュウレイに【オルプス】を渡した貨物宇宙船の運転手は逮捕された。
でも、2人は【コショウ】の正体が【オルプス】だと知らなかった為、多少の情状酌量の余地はあるだろう。
そして、その日は町民全員、身体検査を受ける事になった。
少しでも【オルプス】の反応が出たら、反応が無くなるまで、病院に通院する事になるそうだ。
そして、読者に忘れられているかもしれないあの2人は……。
「おいレニス、なんだかとんでもない事になっちまったな」
「そうだねバルト」
青年の到着よりも一足遅れて、ようやく星川町に到着した、運び屋のバルトとレニスは、
路地裏から、町民全員が『星川町総合病院』に並ぶのを見ながら、呟いた。
「これじゃあ、依頼の品がどこにあるか分からないね」
「ああ。だが探すしかねぇ。依頼の品が例え宇宙警察に押収されていても――――」
「依頼の品って、コレの事?」
2人の後方から、2人にとっては聞き覚えがある声が聞こえた。
2人は瞬時に、後ろを振り向いた。
そこには、バルトとレニスが探している小包を左手に持ち、
先程は持っていなかったハズの、剣のような武器と、
それを収める鞘を、腰のベルトにかけている人物が居た。
以前2人を追い回し、この町ではかなえ達に追い回された青年だった。
「……またテメェかよ?」
「バルト、もしかしてだけど……ヤるしかない?」
レニスが、青年の持つ小包を見ながら、バルトに尋ねた。
「ああ。どっちみち逃げ回っても、いつかは追い付かれんだ。
今ヤらねぇと、一生コイツから逃げおおせる事はできねぇ!!」
次の瞬間、2人は同時に、青年に向かって飛びかかる。
すると青年は溜め息をついて、
「はぁ……だから……」
目にも留まらぬ速さで、腰のベルトにかけた鞘から武器を抜き、武器の柄で、2人の腹部を強打すると、
またまた目にも留まらぬ速さで、武器を鞘に収めた。
バルトとレニスは、空中で呻き、地面の上に落ち、倒れた。
「ぐ……くっそぉ……」
「は……速すぎ……る……」
2人は、腹部を走る激痛で、顔を歪ませながら青年を見た。
すると青年は、肩から力を抜き、2人に告げた。
「俺はただ、アンタらに尋ねたい事があったから、最初、宇宙空港で声をかけたんだ」
その台詞に、バルトとレニスは唖然とした。
……………もしかして、俺達の勘違い?
バルトとレニスは同時に思った。
「一応、〝餌〟を持っていてよかった。じゃないと君達、また逃げるかもしれないし。
ちなみに、この小包の中身は、この町の【揉め事相談所】で働いている子に預けた。って、そんな事はどうでもいいか?」
『どうでもよくねぇ!!』
バルトとレニスは同時にそう言おうとしたが、その前に青年は、バルトとレニスの上着の襟を掴み、
「あっ! そうだ。この町来た時においしそうな飲食店を見つけたんだ。詳しくはそこで話そっか」
青年は、バルトとレニスを『明星食堂』へと、ズルズルと引きずって行った。
同時刻
某惑星 『イルデガルド』本拠地
1人の男が、とある女が使っている部屋に、ノックしてから入ると、女に言った。
「おい、さっき情報が入ったんだが」
「ん? なにかしらん?」
「お前が通販で買った、美肌効果がある【コショウ】という名称のお香、
手違いで惑星ジ=アースの星川町に届いたらしいんだが……」
「ジ=アース……ですって? ゴミ虫以下の人種が集まる、あの星に!?」
女は怒りのあまり顔を歪ませながら、男に尋ねた。
だが女は男の返事を待たず、そのまま立ち上がると、
「すぐに取りに行きます!! ゴミ虫ごときが、あのお香を使うなど言語道断です!!」
本拠地の外れにある宇宙空港へ、女は早足で向かおうとした。
だがそれを、男が呼び止める。
「話を最後まで聞け!! お前が買ったあのお香、あの中身がお香じゃなくて、
麻薬である【オルプス】だった事が分かったんだ!!」
「お……【オルプス】……ですって?」
聞いた瞬間、女は唖然とした顔で、男を見た。
「届いたのが惑星ジ=アースでよかったな。もしお前の所に届いていたら、大変な事になってたぞ?」
その言葉を聞いた途端、女は体を震わせた。
6月13日 17時37分
星川町揉め事相談所
かなえは、自分の机に突っ伏しながら考えていた。
自分の前に現れた、謎の青年の正体を。
ちなみにランスとエイミーは、事務所の奥でTVを見ている。
あの人、いったい何者だったんだろう?
かなえは、青年について分かっている事を、頭の中で整理した。
・星川町の住人ではない。
・異星人の気配はしない。
・この町に初めて来たっぽい。
・必ず後方から現れる。
・セクハラ野郎。
だけど、整理すればする程、青年の謎は深まるばかり。
かなえは思わず頭を抱えた。
とその時、事務所の玄関のドアが、突然勢いよく開かれた。
かなえはビクッと体を震わせ、ドアの方を見て……驚いた。
なんとそこに居たのは、麻薬の被害者である、アイドルのルナーラ=エールだった。
「えっ!? あれっ!? アンタ病院に居るハズじゃ!?」
確か、ルナーラの退院は明後日くらいのハズ。なのになぜ、ルナーラはここに居るのだろう?
そう思っていると、ルナーラはかなえに近付き、そして言った。
「ここの所長から聞きました。アタシのために、事件をすぐに解決してくれたそうですね」
「あ~~……いや、私だけのチカラじゃないけどね」
かなえは照れくさそうに、右手で頭をかいた。
「とにかく! アタシのために事件を解決してくれて、ありがとう。今日はそれを言いに来たの」
「あ~……うん。どう致しまして」
別にルナーラのために事件を解決したワケじゃないんだけど、とかなえは言おうとしたが、
場の雰囲気が壊れると思い、敢えて言わないでおいた。
とその時、事務所の外から、聞き覚えの無い女性の声が聞こえてきた。
「ルナーラ!! そろそろ病院に戻りましょ!!」
「んん~~……分かってるわよジャーマネ!!」
ルナーラは、マネージャーの女性にそう言うと、次にかなえに向かって、顔を真っ赤にしながら、
「あ……あと……次会った時、『お姉様』と呼んであげてもよろしくてよっ!!」
「……………へ?」
一瞬、かなえは返答に困った。
だがそんなかなえはお構いなしに、ルナーラは足早に、その場を立ち去った。
「……………な……なんなのあの子……」
かなえは混乱しつつ、呟いた。
すると同時に、再び事務所の玄関のドアが開き、今度はハヤトと亜貴が事務所に入って来た。
「「ただいま」」
「えっ!? ハヤト!? 亜貴さん!?」
突然に次ぐ突然の来客(ハヤトは客ではないが)に、かなえは心臓が飛び出そうになる程驚いた。
「もうっ! びっくりするじゃない! 帰って来るなら前もって言ってよ!」
「いや、前に携帯電話で、今日ぐらいには帰れるかもしれないって連絡したんだが……?」
ハヤトの意見を聞き、かなえは記憶を辿った。
確かに、4日前くらいにそんな連絡を聞いた気がする。
「と、そんな事よりも天宮」
「な……なに!?」
「さっきのやり取り、偶然聞いたんだが……お前、もしかして女に好かれる性格してんのか?」
「え゛!?」
この時、かなえは初めて自覚した。
自分が、とんでもない〝フラグ〟を立ててしまった事を。