巡回とアイドルと
6月12日(日) 午前11時43分
かなえは町の巡回をしていた。
いつもは、ハヤトが暇な時にやっていた事らしいのだが、
「っていうか、なんで【揉め事相談所】の所員がこういう事しなくちゃいけないのよ!?」
今、地球に居ないハヤトに言うべき文句を、かなえはその場で叫ぶように言った。
確かに、言われてみればおかしい。というか、最初からおかしな事だらけだ。
そもそもなぜ【揉め事相談所】が、
『町の巡回』や『貨物の整理』、『密航者である異星人の捜索』に『異星獣の捕獲』
などの管轄外の仕事をしなければいけないのだろうか?
普通、『町の巡回』は警察組織もしくは町内会の人の、『貨物の整理』は専門の業者の、
『密航者である異星人の捜索』は完全に警察組織の、
『異星獣の捕獲』は保健所の仕事……のハズだ。
「……【星川町揉め事相談所】っていったい……?」
ハヤトのもとでタダ働きを始めた時から、【星川町揉め事相談所】とはなんなのか、ずっと考えてきた。
でも、そのたびに、
『……知りたい?』
バスターウォルフが星川町に現れた日、ハヤトがそう言いながら、不敵な笑みを浮かべたのを思い出す。
もし聞いてしまったら、2度と自分は日常へ戻れないのではないか?
そんな気持ちにかられてしまう、背筋が凍るような、不気味な笑みだった。
「……深入り……しない方がいいのかな?」
かなえは俯きながら、そう呟いた。
すると次の瞬間、
かなえの腹の虫が鳴った。
「……と……とりあえずなにか食べてから考えよっかな?」
顔を赤らめながら、かなえは周囲を見回し、飲食店を探した。
ちなみに、なぜ家で食べないのかというと、かなえの家で預かっているランスとエイミーは、
この町でできた同年代の友達の家に遊びに行っていて、昼食は友達の家で食べるから。
そしてかなえの両親も、今日は仕事で家に居ないからである。
かなえは周囲を見回しつつ、前へ前へと進み……そしてあるモノが目に留まった。
「ん? あれは……中華飯店『王龍』?」
自分が今歩いている道、数十m先の右側に、『王龍』の看板に付いている龍の木像が見えた。
そして、店の前に大行列を成す、数十人くらいの客も。
「……他のとこを探そっかな?」
確かこの町にはもう1つ、『明星食堂』とかいう飲食店があったハズ。
そう思い、かなえは自分の記憶を頼りに、『明星食堂』に向かおうとした……その時、
「ん? なに……アレ?」
かなえの近くにある電柱に隠れながら、中華飯店『王龍』に近付く、『怪しい人』が居た。
今年の6月。地球温暖化などの影響で『ちょっと暑くなってきたかな?』と感じる月。
なのにその人は、ソフト帽を頭にかぶり、サングラスとマスクを付け、オーバーコートを羽織っている。
これほど『怪しい人』が居るだろうか、と思うほど怪しかった。
一応……声かけた方がいいかな? 町の治安の為にも。
そう思い、携帯電話を右手に握り締め、かなえはその人に近付き……気付いた。
「……もしかして……ルナーラ=エール?」
その台詞を聞いた途端、その『怪しい人』はビクッと体を震わせ、
かなえの左手を掴むと、かなえを近くの路地裏へと強引に連れ込んだ。
「ちょ……なになに!? 離して!!」
『怪しい人』に路地裏へ強引に連れ込まれる。
そんな、危険なニオイを漂わせるシチュエーションのせいで、かなえはパニックに陥った。
すると『怪しい人』は、マスクとサングラスを外しながら、
「暴れないで! それと大声出さないで!」
と小声でかなえに注意した。と同時に、かなえは見た。
そして、やっぱり、と思った。
『怪しい人』の正体は、アイドルのルナーラ=エールだ。
「まさかこのアタシの変装を見破る人が居るとは思わなかったわ」
かなえの左手から手を離すと、ルナーラは溜め息をついた。
「あ~~……変装見破ったのは……私の異能力のおかげなんだけど……」
かなえは苦笑いを浮かべながら、ルナーラに変装を見破った理由を説明しようとした。
実はかなえ、最近自分の異能力が少し強くなったらしく、
リミッターを身に付けてても、異星人に近付けば、相手の異星人の気配を感知できるようになったのだ。
「まぁ! それはともかく!」
かなえの説明を途中で遮り、ルナーラはかなえの目を見据えると、言い放った。
「アタシがこの町に来た事は、ジャーマネには絶対内緒よ! いいわね!?」
「ん?」
かなえはルナーラのキャラに、違和感を覚えた。
昨日、中華飯店『王龍』に来た時は猫をかぶっていたのだろうか?
今のルナーラは、なんか強気なキャラだな、とかなえは思った。
ルナーラと別れ、かなえが『明星食堂』の前に着いた頃には、とっくに12時を過ぎていた。
ふぅ。やっと着いた。もうお腹ペコペコ……。
そう思いながら、かなえは店の引き戸を開けようと手を伸ばした。
だが、かなえが引き戸に手をかける前に、店の引き戸が勝手に開いた。
自動ドア?
かなえは一瞬そう思ったが、違った。
中に居た客が、内側から引き戸を開けたのだ。
「ん。失礼」
そう言うとその客は、体の向きを変え、かなえの横を通り抜けようとした。
その最中、かなえはその客の顔を見た。
自分より2、3歳年上の青年だった。
髪は紫がかった黒色のショートヘア。瞳は銀色。
そして、女を思わせるような、整った顔立ち。
キレイ……こんなにもキレイな人が、この世に居たんだ……。
かなえは青年から目を離さず、ふと思った。
すると青年は、かなえの視線に気付き、
「なんだい?」
と優しげな瞳で、かなえに尋ねてきた。
突然そんな事を尋ねられ、かなえはまたパニックに陥った。
まさか自分に声をかけてくるとは、思ってもみなかったのだ。
だが次の瞬間、
「……あの! どこかでお会いしましたか!?」
考えるより先に、なぜかそんな台詞が、自分の口から飛び出した。
次の瞬間、かなえは顔を真っ赤にした。
な……なに言っちゃってんの私!? こんなキレイな人と会った事あるワケ……。
だが次の瞬間。かなえの脳裏に、銀色の瞳をした、小学校の上級生くらいの少年が、
自分を覗き込み、なにかを言っている……たった2秒程度の、そんな映像が浮かぶ。
……えっ? な……なに今の!?
次の瞬間、かなえの心臓が、高鳴り始める。顔が、変な事を青年に尋ねた後よりも熱い。
な……なんなの? なんなの? この気持ち……。
かなえの中に、胸を締め付けるような、とても熱い〝なにか〟が生まれた。
「……ゴメン。たぶん、人違いだ」
なぜか寂しげな目をしながら、青年はかなえにそう告げると、かなえから目を逸らし、そのまま立ち去った。
「あっ!」
かなえは、慌ててその青年を追いかけようとした。だけど途中で、足が止まってしまう。
追いかけて、追い付いたところで、いったいなにを言えばいいんだろう?
そう、思ったのだ。
「なぁかなえちゃん、聞いてよ?」
『明星食堂』のカウンター席に座ったかなえに、
『明星食堂』の店主である新垣秀太郎が、かなえに言った。
「?? なんですか?」
かなえは、エビフライ定食のエビフライを箸に持ったまま、言葉を返した。
「さっき、かなえちゃんとすれ違った男、居ただろ?」
秀太郎の言葉でかなえは、先程の、銀色の瞳を持つ青年の事を思い出した。
するとその瞬間、また顔が火照り始めた。
その事を秀太郎に隠す為、かなえは下を向きながら、秀太郎に返答する。
「あー……うん。居たね。ソイツがどうかしたの?」
「それがさぁ……あの男、ウチに食べに来たのかなって思ったら、いきなり
『品名に「コショウ」と書かれた、小さい小包を見てないか?』
って聞いてきたんだ。まったく、冷やかしもほどほどにしろってんだ!」
「ふ……ふぅん……変な人ですね。【コショウ】を探してるだなんて」