アイドルと拉麺
6月9日(木)
とある旅客宇宙船内
「な……なんだコイツら!!?」
「つ……強過ぎる!!」
赤と青のシマシマのバンダナにドクロの模様が付いたTシャツ、
そして深い青色のジーパンを身に着けた青年達は、
自分達の目の前で起きている事態に対し、目を疑った。
【宇宙賊】である自分達が乗っ取った旅客宇宙船に〝ムリヤリ〟ドッキングしてきた、
小型宇宙船の乗組員〝2人〟が、自分達の仲間を次々になぎ倒しているのだ。
驚かない方がおかしい。
「こっの!!」
ハヤトが、1人の宇宙賊の目の前まで一瞬で近付く。
同時に、右手をきつく握り締め、その宇宙賊にアッパーカット。
その宇宙賊が伸びたら、次の宇宙賊にまた一瞬で近付き、今度は相手の首に回し蹴り。
1人につき、たったコンマ数秒で勝負を決めていた。
一方亜貴は、
「まったく。ハヤト君もムチャするよ。こういうのは警察に任せておけばいいのに」
そう言いつつ、眼前に迫る、1人の宇宙賊の走る勢いをそのまま利用して、
その宇宙賊を背負い、自分の後方から迫る別の宇宙賊目がけて、投げた。
【一騎当千】とは、まさに2人の事だと、その場に居る誰もが思った。
とその時、1人の宇宙賊が、人質を取って2人の動きを止めようと考え、1人の乗客に近付こうとする。
だがそれに気付いたハヤトが、その宇宙賊にまたまた一瞬で近付き、顔に膝蹴りを決める。
宇宙賊に、もう打つ手は無かった。
そして、動ける宇宙賊の数が残り4人になった時だった。
亜貴の後方から、1人の宇宙賊が迫る。
亜貴は、後ろから聞こえてくる宇宙賊の足音でそれに気付き、後ろ回し蹴りをその宇宙賊にくらわせた。
すると次の瞬間、グキィッと、亜貴の腰から嫌な音が聞こえた。
6月11日(土) 午後12時
星川町
ついにそれは始まった。
「さぁ、今週も始まりました! 『ブラリ~銀河グルメ~』!
今日は惑星ジ=アースの星川町に、お邪魔しています!」
『ブラリ~銀河グルメ~』のレポーターであるアリウス=カデニカ(女)が、
自分を映すカメラに向かってそう言った。
ちなみに惑星ジ=アースとは、宇宙連邦における地球の名称だ。
なんでも昔、地球のとあるお偉いさん達が、『地球』という名称で、
自分達が生まれた有人惑星を宇宙連邦に仮登録しようとしたのだが、
『この名前はダメです。なぜなら、そもそも地球とは、大『地』でできた『球』体という意味。
ですので、そういう意味では他の惑星も地球であります』
と宇宙連邦のお偉いさんに言われたから、しぶしぶ、英語で地球という意味である
『ジ=アース』という名前で、地球を仮登録したのだ。
「そして今日のゲストは……マニアなお前ら! 感謝しやがれ!
なんとあの『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』の主人公・キャリー役で有名な、
声優であり、歌手でもあるルナーラ=エールちゃんだぁ!!」
するとアリウスの右側から、13歳くらいの、髪を昭和アイドル風の段カットにした女の子が出て来た。
「こんにちは!! ルナーラ=エールです!!」
ルナーラは元気良く、カメラに向かって、『魔法少女』系の主人公の声にピッタリな甘い声で挨拶をした。
「さぁ、今日は番組初の試み! 現在、宇宙連邦に有人惑星として仮登録されている惑星ジ=アースの、
『星川町』という町にブラリッ! というワケなんですが、
ルナーラちゃんは惑星ジ=アースに対して、どんな印象を持ってます?」
「そうですね~~……宇宙中のサブカルチャーを一気に発展させた星……かな?
私が出演してる『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』も、
惑星ジ=アースの『魔法少女』というジャンルのアニメが無かったら生まれなかっただろうし!」
「確かにそうですね。ちなみに……惑星ジ=アースの言葉で1番好きなのは?」
「もちろん! 『モエ』です!」
とそんな会話を1分程続け、ようやく2人は中華飯店『王龍』に向かって歩き出す。
「これから向かうとこって、どんなお店なんですか?」
「この星の『中国』って国の料理を味わえる店……らしいわ」
「『ちゅーごく』……確か、白と黒のシマシマの動物とかで有名な国ですよね?」
「あれ? その動物が生息している国……『アフリカ』じゃ……?
と言ってるうちに、とうとう着きました! ここです!」
地球の事をあまり知らないレポーターであるアリウスは、
途中で話を切り上げ、中華飯店『王龍』に視線を向けた。
「なんか……迫力ある店ですね~~」
「この看板の文字の1つでもある、『龍』とかいう架空の動物ね」
店の前に着くなり、2人はまず、看板を背負うような形で
店の入り口の上に飾られている龍の木像に注目した。
「この店、いったいどういう所なんだろう?」
龍の木像に対し、少し恐怖を覚えたルナーラは、冷や汗をかきながら、そんな事を言った。
「こんなにも迫力ある看板を付けるくらいだから、店の人も、よっぽど迫力がある人かもしれませんね」
どういう理屈だ、と誰もが思うボケをかました後、アリウスは店のドアを開けた。
き……来た!!
中華飯店『王龍』店内に居る誰もが、同時に思った。
今、中華飯店『王龍』には、店主であるシュウレイだけではなく、店の常連客、そして――――
「来た! 来たよかなえお姉ちゃん! サインいつ貰っていいの!?」
「しっ! そういうのは収録後に言いなさい!」
――――エイミーやランスのような『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』のファンや、
その保護者的存在であるかなえしか居ない。
ふとルナーラが、テーブル席に居るエイミーの方へと視線を向けた。
エイミーが緊張のあまり、微動だにしなくなる。
と、そんなエイミーを見て、ルナーラは優しく微笑んだ。
次の瞬間、エイミーはその場で卒倒した。
「エイミー!?」
「エイミーちゃん!?」
なにが起こったのか理解できず、ランスが慌ててエイミーを助け起こし、
かなえは席を立ち、2人の後ろに立った。
するとエイミーは、かろうじて聞こえる小さい声で、ランスにこう言った。
「し……幸せ……」
「……そ……そうか?」
『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』は好きになったが、
声優への興味は全く無いランスにとって、その言葉の意味は理解できなかった。
「い……いらっしゃいアル!」
緊張しつつも、シュウレイはなんとか、いつものように挨拶をした。
ちなみに服は、いつもの深過ぎスリットのチャイナ服ではなく、
半そでTシャツ、膝まであるスカート、エプロン、そして頭には前掛けの布巾と、案外普通の服装だ。
この店がTVに出るという電話を貰った際、
『派手な服装、もしくは露出度が高い服装は控えてください』
と、何回も何回も注意された為だ。
ちなみに電話をしてきた人が、なぜそんなにもしつこく注意したのかというと、
極秘ルートで、シュウレイが深過ぎスリットのチャイナ服を着て営業していると、前もって知っていた為だ。
あれ? 意外と良い人そう……?
シュウレイを見て、ふとそう思いながら、ルナーラはアリウスと共にカウンター席へと座る。
「随分と賑わってますね! いつもこんな感じなんですか?」
「え!? ま……まぁ、そうアルネ。1週間に……2日はこんな感じアル」
アリウスの問いに、シュウレイは苦笑いを浮かべつつ答えた。
「へぇ~そうなんですか。それじゃあ、この店ご自慢の料理、お願いします!」
「了解アル!」
そしてシュウレイは、番組収録用にあらかじめ直前に作っておいたラーメンを2つ、カウンターに出した。
「おおっ! コレはいったい……」
アリウスが、ラーメンを見て少し驚いた顔をする。
「当店ご自慢の、『ドラゴンラーメン』アル!」
注)『ドラゴン』と付いているが、普通のラーメンである。
「これまで、他の惑星の麺系の料理も……いろいろ見てきましたが、
このような、スープの中に入っているような麺系の料理は見た事が……って、ルナーラちゃん!?」
「いっただっきま~~す!!」
アリウスの隣に座るルナーラが、今にもラーメンを、
カウンターに置かれている割り箸で食べようとしていた。
「ちょ……まだ話してる途中……」
と言ってる間に、ルナーラは割り箸を器用に使い、ラーメンをスパゲッティのように丸めて食べた。
な……なんて器用な娘アルか!?
シュウレイが、心の中で驚愕した。
同時に、本当のラーメンの食べ方を教えるべきかどうか迷った。
そんな中、ルナーラは満面の笑顔で、
「お……おいしぃ!!」
と、正直な感想を述べた。
「あ……ありがとうアル!」
ルナーラの食べ方など、ちょっと気になる所があったが、シュウレイはとりあえず、笑顔でお礼を言った。
「こんなにおいしい料理初めて! もう何杯でも食べられそう!
初出演からこんなにおいしい料理が食べられるだなんて、アタシ、超ラッキーかも!?」
んんっ?
その瞬間、その場に居る全員が、違和感を覚えた。
ルナーラのキャラが、微妙に崩れた。
その事に、みんな心の底で気付いたのだ。
そして、収録が終わると同時。
中華飯店『王龍』は『人のキャラを崩す程おいしいラーメン屋』、
という事で、宇宙中にその名が知られるようになり、
その日の夜から、宇宙中からいろんな異星人が星川町を訪ねるようになった。
だけど、この後まさかあんな事件が起こるだなんて、いったい誰が予想できただろうか? (byかなえ)