中華飯店『王龍』
6月9日(木) 午後12時25分
町立星川中学校
ハヤトと亜貴が連邦留置場に向かって、そしてランスとエイミーを天宮家が預かってから2日後。
給食を食べ終わり、机をくっつけて一緒に食べている優、リュン、ユンファの3人と、
これからなにをしようかと話し合っていた時だった。
かなえの制服のポケットの中の携帯電話に付いているランプが、チカチカと点滅し始めた。
メール、あるいは着信の合図だ。
ちなみに言っておくが、町立星川中学校では、携帯電話の所有が認められている。
ただし、使用していい時は休み時間や昼休みだけ。
ちなみに、授業中に使っているところを見られたら、その人の携帯電話は2度と返ってこないどころか、
携帯電話を販売している会社に連絡され、2度と携帯電話が買えないようになってしまう……らしい。
「ん? 誰からだろ?」
かなえは二つ折りの携帯電話を開いた。
画面には『光ハヤト』、そして『着信中』の表示。
メールを使わないという事は……緊急の用事?
そう思い、かなえは皆に『ちょっとトイレ』と言って廊下に出ると、
人気の無い場所で立ち止まり、電話に出る。
「もしもし?」
『ああ、天宮。予定じゃ2日後に帰れるハズだったんだけど、
ちょっと困った事が起きて、帰れるの4日後になるかもしれない』
「困った事? いったいなにがあったの?」
連邦留置場という所の、監視カメラの映像の確認に行くだけではなかったのか?
いったいなにが起こったら、予定より2日、帰るのが遅れるのだろうか?
『帰る途中で「宇宙賊」に襲われてる旅客宇宙船を見つけてさ』
「??」
自分達が乗る宇宙船が『宇宙賊』に襲われたのならともかく、
どうして旅客宇宙船が『宇宙賊』に襲われたから、帰るのが遅くなるのだろうか?
関連性が見当たらない上、ワケが分からない事を言われて、かなえは疑問に思った。
と、そんなかなえをよそに、ハヤトは淡々と話を続けた。
『その旅客宇宙船を襲ってる「宇宙賊」を
亜貴さんと一緒に制圧したら、亜貴さんギックリ腰になっちゃって』
「……ハイ!?」
『宇宙賊』を亜貴さんと2人で制圧した!?
かなえには信じられなかった。
いや、かなえ以外の皆も信じないだろう。
『近くにある有人惑星の病院に寄って、亜貴さんのギックリ腰を治してから帰るから、
もうしばらくの間、ランス達をよろしく頼む。それじゃ!』
その言葉を最後に、電話は切れた。
かなえは呆然と、その場に立ち尽くした。
ちなみに、遥か彼方に居るハヤトの携帯電話が、なぜかなえの携帯電話に通じたかというと、
宇宙警察も利用していた『コスモネットワーク』なるモノを使ったからである。
『コスモネットワーク』とは、音声及び映像の情報をワープさせる事で、
どんなに離れた場所に居る相手にも情報を伝える技術である。
6月10日(金) 午後6時11分
【すまん。急患が入ったから、今日は遅れる。】
ランス、エイミーと一緒に、台所のTVで『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』の
再放送を見ていたかなえの携帯電話に、父の哲郎からそんなメールが届いた。
今日は5人で外食……って約束だったのに……。
昨日の事を思い出し、かなえは溜め息をつきながら思う。
実は昨日、哲郎が『たまには外食にするか。人数多くなったし』と、
突然そんな事を思いついた為、今日の晩御飯は外食、という予定だったのだ。
まぁ、急患なら仕方ない……か。でもどうしよう?
かなえは眉間にシワを寄せ、これからどうするべきか、考えた。
外食にする予定だった為、元々ご飯は昼間までの分しかない。
かなえが料理を作ればいいのではないか?
そう考える人も居るだろう。
だがとても残念な事に、かなえは料理が壊滅的に下手だった。
目玉焼きでさえ、真っ黒コゲにしてしまうレヴェルなのだ。
……………こうなったら、あそこ行きますか。
ある結論に辿り着いたかなえは、アニメに釘付けのランスとエイミーに言った。
ちなみにランスは、エイミーの『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』に対する情熱に根負けし、
(一応)今では『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』のファンになっていた。
「ランス君、エイミーちゃん。アニメ見終わったら私と一緒にハヤト行きつけの中華料理屋に行こっか!」
「「ちゅーかりょうりや??」」
午後6時46分
「ここが……そうね」
かなえ、ランス、エイミーの3人は、例の中華料理屋の前に来ていた。
店は、街中にあるような小さな喫茶店と、同じくらいの大きさ。
看板は、店の入り口の上に飾られた龍の木像が、背中に乗せているように見えるよう、飾られていた。
看板に書いてある、その中華料理屋の名前は『中華飯店【王龍】』。
ハヤトが夜の見回りの際、軽い夜食を、時々食べに来る中華料理屋らしく、
ハヤトが言うには、『【王龍】の料理は超ギガウマな上に安い』らしい。
「かなえ姉ちゃん、『ちゅーかりょーり』ってなに?」
「かなえお姉ちゃん、『ちゅーかりょーり』ってなに?」
店の前に着くなり、ランスとエイミーは、かなえに同じ質問を、同じタイミングでしてきた。
恐ろしい程タイミングが合った2人の質問に、かなえは一瞬驚いたが、すぐに笑顔で答える。
「『中華料理』っていうのはね、この星の、中国っていう国の料理の事よ」
「「へぇ~~」」
2人はそう返答するが、ちゃんと理解したのかは不明であった。
「まぁ……とにかく入ってみますか。味は食べてのお楽しみ♪」
そう言ってかなえは、『王龍』のドアを開けた。
言い忘れていたが、『王龍』の入り口は手動である。
「いらっしゃいアル~~!」
店に足を踏み入れた瞬間、店の調理場から、誰かがかなえ達に挨拶をした。
お団子頭で、整った顔立ちをした、赤いチャイナ服の上にエプロンを着た女性だ。
彼女の名前はリン・シュウレイ。中国生まれで日本育ちの、『王龍』の店主だ。
「ん? 新顔アルな。まさかキミが、ハヤたんが言ってた、
転校生のかなえたんと、アルガーノ星人の兄妹アルか?」
今や、かなえに対し『転校生』という呼び方は期限切れだと思うが、かなえは敢えて、笑顔でそうだと答えた。
ってか『たん』付けるのやめてほしいな、とも思いながら。
かなえは、ランス、エイミーと共に、空いているテーブルに着くと、改めて店の中を見渡した。
店には、かなえ達を足しても、両手で数えられる程度しか客は居なかった。
そして店の従業員は、シュウレイ以外、見当たらない。
どうやら、彼女1人でこの店を切り盛りしているようだ。
客少ないけど、やっぱり1人での切り盛りは大変そうだな~~
店の仕事をテキパキとこなすシュウレイを目で追いながら、かなえはふと思った。
そしてシュウレイがレジの仕事へと移った時、偶然にも、
店のレジの横の壁に貼ってある〝あるモノ〟が、かなえの目に留まった。
……………えっ!? ウソ!!?
見た瞬間、かなえは目を丸くする程驚いた。
「お客様、ご注文はお決まりアルか~?」
かなえが驚くのとほぼ同時。
『調理場』と、テーブルが並べられた『飲食スペース』を繋ぐ通路から出て来たシュウレイが、
かなえ達の居るテーブルに、注文を取る為に近付いて来た。
かなえはすぐさま、レジの横の壁に貼ってあった〝あるモノ〟についてシュウレイに尋ねようと、
シュウレイの方へと視線を向けようとして……また目を丸くした。
シュウレイは、先程説明したように、赤いチャイナドレスの上にエプロンを着ている。
それだけならまだいい。中華料理屋だから、そういうサービスもアリだろう。
問題は、チャイナドレスのスリットの方だ。
なんと、シュウレイのチャイナドレスのスリットが、腰の辺りまで入っているのだ。
見る角度にもよるが、下手をすればパンティーが見えるかもしれないレヴェルだ。
「な……ななななななあああああぁぁぁぁあああっっっっ!!?」
「ん? どうしたアル、かなえたん?」
かなえの反応に対し、小首を傾げるシュウレイ。
ちなみにランスは、シュウレイから、顔を赤くしながら目を逸らし、
エイミーは、なぜ兄がそんな反応をするのか分からずにいた。
「あ……あなた!! いくらなんでもスリット深過ぎでしょ!!?」
かなえはシュウレイに対し、外にまで聞こえるのでは、と思うくらいの大きな声で注意した。
するとシュウレイは笑いながら、
「大丈夫アルよ。競泳水着を中に着ているネ」
「ええっ!? そうなの……ってそういう問題か!! 子供が見てるでしょーが!!」
かなえはランスとエイミーを指差しながら言う。自分も子供であるが。
するとシュウレイは、悲しげな顔で俯くと、
「あ~……でもこの店、両親が居なくなる前から客が少なかったから、こうでもしなきゃ客が増えないネ」
「えっ? 両親が居ないって……」
かなえは、シュウレイの中の、あまり思い出したくない記憶を
よみがえらせてしまったのでは、と思い、口をつぐんだ。だが――――
「ウチの両親、今は隠居してオーストラリアに居るアル!」
――――その心配は無用だった。
「ま……紛らわしい!!」
コントにも似た(いや、似てるか?)やりとりを終えた後、
かなえは疲れた顔で、椅子に座ったままテーブルに突っ伏した。
「あ~~……ドッと疲れた」
「大丈夫? かなえお姉ちゃん?」
エイミーが優しくかなえに声をかける。
かなえはエイミーの方に顔を向けると、ムリヤリ笑顔を作り、
「うん。大丈夫よ。相談所の仕事に比べれば……ね」
そう言うと、また疲れた顔に戻った。
数分後
注文の品を持って、シュウレイがかなえ達の座っているテーブルの前に現れた。
「ラーメン3丁と、ギョーザ1品お待ちネ!」
かなえはすぐに自分の頭をテーブルからどける。
と同時にかなえは、シュウレイに聞き忘れた事があるのを思い出した。
「そういえばシュウレイさん、レジの横の壁に貼ってある〝アレ〟って……」
そう言いながらかなえは、レジの横の壁に貼ってある〝アレ〟を指差す。
かなえが指差したモノ、それは1枚の、A4サイズの紙だった。
だが、ただの紙ではない。誰もが驚く、ある内容が書かれた紙だ。
紙にはこう書いてある。
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中華飯店【王龍】が、町歩き番組
【ブラリ~銀河グルメ~】に出ちゃうアル☆
ちなみにゲストは……声優であり歌手でもある
【ルナーラ=エール】ちゃんネ!
収録は……なんと明日!
サインとか貰うなら明日がチャンス!
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「昨日の夜、その番組を放送しているTV局から電話があって、いきなり決まったアル」
かなえの質問に、シュウレイは淡々と答える。
「確かゲストは……『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』のキャリーの声をやってる人……だったネ」
「ふぇ!? ふぁふぃーふぁんふぉ『ふぁふぁふぉひほ』ふふふぉ!? (えっ!? キャリーちゃんの『中の人』来るの!?)」
ラーメンを食べながら、エイミーが驚いた顔でシュウレイを見る。
「来るアルよ~~! だからエイミーたん、絶対明日も来るヨロシ!」
「うんっ! 絶対行く!」
口の中のラーメンを飲み込み、エイミーは笑って、そう答えた。