母親のぬくもり
6月7日(火) 19時21分
星川町 天宮宅
「エイミーちゃん、私と一緒にお風呂入ろっか!」
かなえの部屋に自分の荷物を置いたエイミーに対し、かなえは笑いかけながら言った。
エイミーは、かなえに突然そんな事を言われ、一瞬、どう返答したらいいか分からなかった。
そんなエイミーに、かなえは続けて言う。
「さっき自分の家でお風呂に入ったのは知ってる。でも、この家まで来る時、また体(ほんの少しだけど)汚れたでしょ? だから、私と一緒に入り直そう?」
するとエイミーは、コクリと、無言で首を縦に振った。
ハヤトと亜貴が、連邦留置場へと向かう数分前。
ハヤトは、ランス、そしてエイミーと一緒に天宮家の玄関前に立ち、同じく、玄関前に立っているかなえと話し合っていた。
ランスとエイミーを、自分と亜貴が地球に戻るまで天宮家で預かってほしい、という内容の話だ。
なんで私の家なの? 別に嫌ってワケじゃないけど、優ちゃんやリュンちゃんやユンファちゃんの家に預けてもいいんじゃ?
かなえは最初そう思った。だけど、
「いきなりでスマンな、天宮。ランスとエイミーがどうしてもお前の家で亜貴さんを待つって聞かなくて」
そういう理由があるんなら……しょうがないな。
かなえはわずかに微笑みながら、思った。
現在
天宮宅 浴室
「じゃあエイミーちゃん、シャンプーしてあげるから、ネコミミカチューシャ取ろっか」
そう言ってかなえは、お風呂場に置いてある『シャンプーハット』を手に取る。
エイミーは『シャンプーハット』をジッと見つめ、かなえに尋ねる。
「かなえお姉ちゃん、それなぁに?」
「これ? これはね、『シャンプーハット』っていってね、シャンプーが目に入らないようにするための道具よ」
「へぇ~」
初めて見る『シャンプーハット』に、エイミーは興味津々だ。
かなえはそんなエイミーの頭から、優しくネコミミカチューシャを取った。すると不思議な事に、
「OgfSNSvV2zswFMZRjXuSELBqKjJ5p8kzU8382w1hN? (ねぇねぇ、『シャンプーハット』って、どう使うの?)」
いきなりエイミーの喋る言語が、エイミーとランスの故郷の星であるアルガーノの言語になった。
……このカチューシャ、いったいどういう仕組みなんだろ?
エイミーとランスに出会った時から、かなえはずっとそんな疑問を抱いていた。
もしかしたら、付ければなにか分かる?
ふとそう思い、かなえは意を決してネコミミカチューシャ頭に付ける。
正直言ってメチャクチャ恥ずかしかった。だが次の瞬間、
エイミーの喋っている言葉が日本語に翻訳され、頭に響いた。
「!!?」
瞬時にかなえは、ネコミミカチューシャの仕組みを理解した。
「……なるほど、〝骨伝導〟ね」
【ネコミミカチューシャ型翻訳機】
それは〝骨伝導〟による、翻訳内容の伝達を可能にした、夢の翻訳機。
仕組みは簡単。まず、相手の話した言葉が、カチューシャのネコミミの中に入り、瞬時にカチューシャ装着者の出身国の言語に翻訳。
その翻訳した言葉を、カチューシャが頭蓋骨に〝骨伝導〟で伝える事で、装着者は相手の言葉が分かるのだ。
さらに、装着者が話したい言葉を、カチューシャが装着者の脳波から予測し、ソレを瞬時に、相手の異星人の故郷の星の言語に翻訳し、装着者に〝骨伝導〟で伝える事で、相手への返事も可能になる。
ちなみにこのカチューシャ、異星言語の勉強の教材に使えるのではないかと、最近注目を集めていたりもする。
……この翻訳機、見た目はアレだけど、すごい仕組みなのね。でも……どうして〝ネコミミ〟?
かなえの中で、さらなる疑問が生まれた。
とそんなかなえにエイミーは、
「わぁ~~……かなえお姉ちゃん、すっごい似合ってるよ! なんて言うんだっけコレ……『ナエ』?」
萎えてどうする?
かなえはエイミーに萌えられ、喜ぶべきかどうか迷いつつ、心の中で軽くツッコんだ。
ちなみになぜネコミミなのかというと、ネコミミカチューシャ型翻訳機を開発した会社が、今の時代に1番合ったデザインの翻訳機だと判断したからだそうだ。
髪の毛、そして体を洗うのが終わり、かなえとエイミーは湯船に浸かった。ちなみにネコミミカチューシャは、エイミーの頭に付いている。
ふぅ……1日の疲れ(主に相談所の仕事)が癒されるわ~~
肩まで湯に浸かりながら、かなえは思った。
とその時、かなえの右隣に座るエイミーが、恥ずかしそうな顔でかなえを見つつ、なにかを躊躇っているようなそぶりを見せた。
「?? どうしたの、エイミーちゃん?」
そう尋ねると、エイミーは顔を真っ赤にして、小さい声で、
「か……かなえお姉ちゃん……」
「なぁに?」
「……ギュー……ってして――――」
次の瞬間。かなえはエイミーを後ろから、優しく抱き締めた。
「……え……え……?」
断られるかも、と思っていた。
変な誤解をされるのでは、とも思っていた。
だけど、エイミーの中で、そんな疑念が、一気に吹っ飛び――――
「それくらい、いつでもしてあげるわ」
かなえは、エイミーとランスの故郷の星である惑星アルガーノが、今どういう状態なのか、ハヤトや優達からある程度聞いている。
だからこそ、かなえは、エイミーに対して、心の底から、こうしてあげたいと思った。
――――エイミーの両目から、ポロポロと、涙が流れ落ちた。
「……私ね……お母さんと……お父さんが居ないの……」
ポツリポツリと、エイミーはかなえに、話し出す。
「お母さんとお父さんの……お友達が……お母さんとお父さんは……暴徒に……殺されたって……」
かなえになら、打ち明けてもいいと思った。
「私が……生まれてすぐの……事だって……」
自分の心の底で、今まで溜めてきたモノを。
「だから私とお兄ぃ……お母さんとお父さんとの……思い出が全然無くて……だから私……」
「……うん……うん……」
かなえは、涙目で、エイミーの話を聞いていた。
聞いているだけで、涙が出そうになる。
世界にはまだ、こんな小さい子に、つらい運命を歩ませる、歪んだ部分がある事。
そして、自分ではそれを変えられない事による、悔しさのあまり。
「……お母さんが居るって……どんな感じなんだろうって……ごめんなさい……」
「なんで謝るの?」
かなえは、より強く、エイミーを抱き締めた。
「エイミーちゃんが謝る必要なんか無いよ。それと、もう泣かないで。寂しい時は、いつでも私が、こうしてギュー……ってしてあげるから」
そう告げた途端、エイミーは声に出して――――泣いた。
『泣かないで』と言われても、涙が止まらなかった。
今までエイミーは、兄であるランスと、過酷な生活をしてきた。
だけど、前に自分がかかっていた病気を治す為に地球に向けて密航し、亜貴と出会い、そして……ハヤトとかなえに出会い――――
「……ありがとう……かなえお母さん」
「……うん……どう致しまして」
――――エイミーは今、とってもとっても……幸せだった。
2日後
惑星イル=イーヌ
「……この男……なにも喋ってないのに、どうして相手と会話できるんだ?」
留置場の監視カメラに映った映像を、ハヤトは驚愕しながら見ていた。ハヤトの右斜め後ろから見ている亜貴もだ。
画面には、2人の男が映っている。
ランスとエイミーを誘拐しようとした2人組の内の1人と、顔が見えない程、深くフードを被った謎の人物。
映像の内容はこうだ。
カメラの死角から突然姿を現した、深くフードを被った謎の人物が、牢屋に入れられている誘拐犯に対し、ただ見つめている。
だけど誘拐犯の方は、
『やっぱ来てくれたンスね。待ちくたびれましたヨ?』
『ああ……アイツ死んだンすか。良いヤツだったのに』
『!? ……これからは今まで以上頑張りますンで……どうかそれだけはご勘弁を……』
と、まるでフードの謎の人物がなにを言っているのか分かるかのように、1人で喋っていた。
「もしかして……この男、俗に言う『精神感応能力者』ってヤツじゃ?」
「いえ、それはありえません」
亜貴の質問に対し、ハヤトはハッキリと、そう断言する。
「もしこの男が『精神感応能力者』なら、監視カメラの映像が一瞬でも乱れるハズだ」
「……どういう事だ?」
「異能力者は普通の人よりも、身体から発せられる電磁波の量が多いんです。能力使う時なんか特に。そんな異能力者が監視カメラのそばに来たらどうなります?」
なるほどな、と一瞬で亜貴は、ハヤトが言っている事を理解した。