Episode003 星川町の秘密
17時56分
星川町に引っ越す前、かなえの両親はいつも6時半くらいに帰ってきていた。
本来ならば、両親共に病院勤めである関係上、夜勤なども勤めなければいけない事もあるだろうが、親として、娘であるかなえと共に過ごす時間を大切にしていたが故に、極力早く帰ってきていた。急患が出ない限りは。
そして、かなえの今の中学校での登校(歩き)時間は約25分。走ればギリギリ両親が帰ってくる前に家に戻れるであろう。
頭の中ですぐさまそんな結論を出し、一縷の希望を見いだしたかなえは、自分の体の事など二の次だと言わんばかりに、息切れを起こし始めながらも、躓きそうになっても、無理やり走る速度を上げた。
全ては……宿題のプリントを手に入れるために。
(でも、校舎は開いているかな?)
ゼェゼェと息切れをしている時、そんな疑問が一瞬、頭を過る。
けどかなえは、すぐにその考えを頭の中から閉め出し、何の根拠も無く、校舎が開いていると信じ、走り続けた。
なぜそこまでして宿題を手に入れんとするのか。
明日の朝にでも宿題をやればいいんじゃないか。
そう思う人は必ず居るだろう。
しかし残念ながら、無情にも今日出された宿題は、朝の空いた時間だけでやっても、絶対にやり切れる量ではなかった。
しかもその宿題を出した教師は、生徒の間では厳しい事で定評のある教師なためなんとしてでも宿題のプリントを手に入れなければいけない。
かなえはさらに走るスピードを上げる、とその時だった。
かなえは中学校の方から、今まで以上に強い〝ナニか〟の気配を感じた。
何事かと思い、バッと顔を中学校の方に向ける。
すると同時に、眩い光を放つ〝ナニか〟が、なんと中学校の上空に出現し、学校中を、グラウンドを照らすライト以上の眩い光で照らし出した。
「な……なにアレ……!?」
いきなり起こった理解不能な事態を前に、かなえは混乱した。
だが本当の事を言えば……かなえは、突如学校の上空に現れた、光を放つモノの正体を知っている。
今までTVで、何度も何度も取り上げられたモノではないかと、心の奥底で既に結論を出していた。
しかし自分の頭の中の常識が、今までの人生の中で構築されてきた常識が、その存在を断じて認めなかった。
(……はっ! というか、今は迷っている場合じゃない!!)
突如中学校上空に現れた非現実的な〝ナニか〟を呆然と眺め、つい現実を忘れていたかなえであったが、すぐに我に返り、中学校へと急いだ。
宿題のプリントを持ち帰るために。
そしてついでに、今、中学校で何が起こっているのかを知るために!
※
校門の前まで来た。
中学校上空に出現した、眩い光を放つ〝ナニか〟は、既に校庭に着陸していた。
現在校庭にて広がるのは、まるでSF映画のワンシーンのような光景であった。
(な……なによコレ?)
そしてそんな非現実的な光景を、遠距離ではあるが、現在進行形で目撃しているかなえは、まだ混乱しつつも心の中で呟いた。
(まさか……ドッキリじゃないわよね? だって〝宇宙人〟なんて、この世に居るワケ……ない、もの……)
そして、そんな混乱の中。ついにかなえは、目の前にある現実を構成するモノに名前を付けた。いや、付けてしまった。
認めたくなかった。だから心の中で今も否定をし続けている。
けれど目の前にて広がる現実が、その否定を、少しずつ塗り潰していく。自分が今まで信じていた常識が、その常識によって今まで形作られていった自分が、少しずつ少しずつ、崩壊を始めようとしているかのようだった。
そして、なかえの中の常識と、現実の事実が、かなえの中で激しくせめぎ合いを始めた……その時だった。
なんとUFOの出入口であろうハッチが突如開き始め、中から何人もの、驚いた事に地球人に非常によく似た外見の人達が、ぞろぞろと出てきた。
それを見てかなえは、一瞬ビビッた。
地球人っぽい外見の異星人など、聞いた事が無かったからだ。
しいて言えばアダムスキー型がそれに該当するであろうが、残念ながらかなえはそこまで異星人に詳しくなかった。
そしてそれ故にかなえは、意外にも冷静に、且つ早く結論を出す事ができた。
(あれ? もしかして、映画の撮影? なぁんだ。やっぱそうだよね。〝宇宙人〟なんて居るワケないよね?)
きわめて現実的な結論だ。
そして己が出した結論のおかげで一安心する事ができたかなえは、改めて中学校の敷地内に入る事にした。
だが、校舎の方へと向かっている途中で……彼女は気付いてしまった。
撮影している人達が、どこにも居ない事に。
「え……ちょ……コレ、いったいどういう……!?」
かなえは再び混乱し始めた。もう、何が何やら分からず、頭の中でいろんな情報や思考がグルグル回る。
もはやかなえの頭は、目の前で繰り広げられている現実に追い付いてなかった。
とその時だ。UFOから降りてきた乗組員の内の何人かが、ついにかなえの存在に気付き、顔を向けてきた。かなえは恐怖を覚え、ビクッと体を震わせた。
一方で、そんなかなえに気付いたUFO乗組員達は、かなえの心境を感じ取ったのかそうじゃないのか……少し緊張した面持ちで、かなえにおずおずと、話しかけながら近付いてきた。
どの国の言語にも当て嵌まらないであろう、謎の言語で。
かなえはさらに混乱した。
相手が何を言っているのかサッパリ分からなかった。もはや何をどうしたらいいのかさえも分からなかった。もはやかなえの頭の中は宇宙が誕生する前の如く混沌としていた。
いっその事この場からすぐに逃げて、全て夢であったと思い込めば全て丸く収まるだろうが、残念ながらかなえの脚は未知なる存在に対する恐怖で動かなかった。
すると、そんな絶体絶命の状況の中。
聞き覚えのある声が2つ……なんと、かなえの背後から聞こえてきた。
「おや天宮さん、夜に中学校に来てはいけないと言いましたのに……来てしまったのですか?」
「おいおいおい……なんでお前がここに居るんだよ?」
「…………………………えっ?」
まさかと思った。まさかこんな所に居るハズはないと……瞬時に思った。
できる事ならば、そうでなければいい。これ以上の頭の混乱を避けたいがために自分の頭の防衛本能が、切実に願う。
そしてそのまま、おそるおそる……彼女は後ろを振り返る…………………………目を丸くした。
そこにはかなえの予想通り、彼女の切実な願いを裏切り……町長補佐である黒井和夫、そしてかなえの席の後ろの席の光ハヤトが居た。
(な……なんでこんな所にこの2人が居るの!?)
あり得ない場面に居る、あり得ない2人を視界に捉えた直後、さらにかなえの頭の中はグチャグチャになった。
そして、かなえの混乱はついに最高潮に達し、
(ま……まさかコレって……うん。きっとそうよ。そうに違いないわ!)
ついに――。
(宇宙人をわざと地球に入植させて、武力行使による地球の侵略を防ごうって計画なワケね!!)
――SF系海外ドラマを少し観た事がある故に、そんな結論に至った。
ある意味、奇跡的な結論である。
「あ……あの、天宮さん?」
和夫はおそるおそる、呆然としているかなえに声をかけた。しかし返事は無い。かなえは未だに呆然としていた。
自分の中の常識が瓦解したのだから無理もないかもしれない、と和夫は思った。
かなえが至った結論を知らないばかりに。
すると次の瞬間、かなえは和夫の声を無視し、足元の土や近くに落ちていた小石を拾って、なんとハヤトと和夫に向かって投げ付けてきた!!
「ちょ……わっ! いきなりどうしたんだよ!?」
ハヤトは土や石を避けながら、叫ぶようにかなえに訊ねた。
「黙れ!! 人類の裏切り者!!」
しかしかなえはハヤトの言葉に耳を貸さず、まるで仇敵を前にしているかのように2人を睨み付け、叫んだ。
「お……おそらく彼女はUFOや異星人などの、普通の人にとっては非常識なモノを見て、気が動転しているのでしょう」
そんな中、和夫は土や石を素早く避けつつ、冷静にかなえの行動を分析した。
「ちっ! あぁもうっ! しょうがないな!」
その分析結果に、思わずハヤトは舌打ちした。
同時に彼は、面倒臭そうな顔で土や石を避けながら、かなえに数瞬で近付くと、かなえの鳩尾に1発、掌底突きを決めた。
「うっ!」
ハヤトの掌底突きにより、肺から空気が吐き出された事による苦しみ、そして腹を中心に起こった激痛による苦しみを味わい、かなえは呻き声を上げると、その場で気絶した。
※
それから、何時間経っただろうか。
「…………あれ? ここは……?」
ゆっくりと、目を開ける。明るい光がかなえの目の中に入ってきた。
かなえは顔をしかめ、目が光に慣れるまでまぶたを少しだけ開けた。
目が慣れると、まぶたを開けた。白い天井が目の前に広がっていた。
知らない天井であった。
「えっ!? こ、ここどこ!?」
見覚えの無い場所に居ると分かるや否や、かなえは慌てて上半身を起こし、周囲を細かく確認した。
天井の次に目に入ったのは、自分が寝ていた、これまた白いソファと、自分の腹の上に掛かっていた、同じく白いタオルケットだった。
ご親切にも、ハヤトによって気絶させられたかなえを、今居る部屋に拉致し……もとい運んだ者は、かなえをソファに寝かせ、さらには風邪をひかないようタオルケットを掛けてくれたようだ。
気絶する前の状況から見て、かなえを気絶させたハヤト、或いは町長補佐の和夫がかなえを運んだのかもしれない。
本来ならば、混乱の境地へと陥った自分を穏便な手段で対処しなかった事を大目に見てでも、少しくらいは感謝の念を抱くべき状況だ。
しかし、未だに混乱しているかなえにとってはそれどころじゃない。
彼女はさらに細かい情報を得るため、素早く周囲に目を走らせ、次に目に入ったのは――。
「ここは【星川町揉め事相談所】だよ。俺の家でもあるがな」
――かなえを気絶させた張本人でもあるハヤトであった。
ハヤトは、今までかなえが横になっていたソファの横に置いた椅子に座りながら律儀にも先ほどかなえが言った疑問に答えてくれた。
「…………はっ!?」
一瞬、かなえの体は硬直した。
自分が『人類の裏切り者』だと勝手に誤解しているハヤトが、すぐ目の前に居るからである。
けれどかなえは、仰天こそしたものの、なんとすぐに我に返り、さらにはソファから素早く降り、ハヤトの向かい側の壁に寄りかかった。
防衛本能が働いたのか。はたまた極限状態において重要な頭の切り替えが早いのか。どちらにせよ、ハヤトも目を丸くするほどの反応速度と行動力である。
「あ……アンタ、私をどうする気!?」
未だにハヤトに対して、かなえは警戒していた。掌底突きをくれた相手に対して警戒心を持つな、という方が無理かもしれないが、少なくともハヤトがこの場に居るという事は、かなえを、非常識な現場であった中学校からこの場まで運んだのは十中八九、彼であろう。
という事は、ハヤトはかなえに対して敵意は持ってはいないという事である。
ならばもう少し警戒心を解いてもいいかもしれないが、あいにく彼は、かなえが目撃した非常識の世界の中で平然としていた存在。
只者じゃないとかなえでなくとも理解できるので、警戒するに越した事はない。
かなえはハヤトに質問する事で時間を稼いだ。稼ぎながら、もしもの場合に備え一応周りに武器になりそうな物がないか、探した。
幸運にも、近くにあった業務用の机の上には、ボールペンや物差しなど……とりあえずは武器になりそうな物がたくさんあった。
ハヤトの言う通り、ここは本当に引っ越し初日に見た【星川長揉め事相談所】の中なのかもしれない。
(アイツが何かしてきたら……なんでもいいから使ってここから出なきゃ……)
緊張のあまり冷や汗をかきながら、かなえは鋭い眼差しでハヤトを見つめた。
一方ハヤトは、そんなかなえを見て思わず嘆息した。
確かに状況的に見れば警戒してもおかしくはないかもしれないが、それでも彼はクラスメイトとして少しショックだった。
「まぁ落ち着けって。とりあえずほれ、忘れ物」
しかし彼はその複雑な感情をなんとか抑え込み、とりあえず、より己への警戒を解くためにも、試しにズボンの右ポケットから、かなえが学校に忘れていった宿題のプリントを取り出し……彼女に差し出した。
そのプリントが何なのか、かなえはすぐに理解する。同時にプリントをハヤトの手から素早くひったくり、すぐに自分の制服のポケットの中にしまい込んだ。
それを見たハヤトは、もう1度嘆息した。
しかしこのままでは話が進まない、と思い直し……とりあえず現時点で話せる事を話す事にした。
「まさかお前がこの町の事を知らずに引っ越してきたなんて思わなかったからな。とりあえずお前の両親も呼んで、この町の事を改めて説明する。だから今は、落ち着いて待ってろ」
ハヤトは淀みが無い瞳で、真っ直ぐかなえを見つめながら言った。
対するかなえは、あまりに予想外な展開に思わず呆然としながらも、とりあえず頷いた。
※
数分後。
かなえの両親が【星川町揉め事相談所】に到着した。
「かなえ、無事!?」
「ケガとかしてないよな!?」
母の香織と、父の哲朗がかなえを呼ぶ。
「お母さん! お父さん!」
かなえは両親の方に走って行くと、すぐに2人を抱き締めた。
「こ……怖かったよぉ」
涙ながらに、かなえは両親に訴えた。かなえの両親は、そんなかなえを優しく、抱き締め返してあげた。
天宮家が落ち着きを取り戻し、ソファに座ると、ハヤトはお茶を用意し、かなえ達に差し出した。
「まぁ、お茶でも飲みながら」
とりあえず場の緊張をほぐそうと、ハヤトは笑顔で対応しようとした。
だがハヤトが喋っているその最中に、いきなり哲郎は話を切り出した。
「私達が、病院の血液倉庫の中で見たカラフルな血液。アレは……アレはいったい何なんだ?」
「えっ? カラフルな血液!? お父さん達の所でも何かあったの!?」
かなえは目を丸くして驚いた。まさか自分の両親も奇妙な体験をしていたとは、思ってもみなかったのだ。
「ああ。血液倉庫のドアが開いていたんで、ドアを閉めようとしたらふと、青色の血液を目にして……気になって中に入ってみれば、いろんな色の血液が……倉庫内にズラリと並んでいた」
哲郎は、何をどう話せばいいのか、頭の中で整理をしつつ話し出す。ハヤトは真剣な面持ちで、そんな哲郎の話を聞いた。
「あの病院にあった血液はいったい何なんだ!? それに娘は変な言葉を喋る人達や光る飛行物体を見たって言うし、いったいこの町はどうなっているんだ!?」
しかしついに冷静を保つ事ができなくなったのだろう。話している途中で、哲郎は感情的にハヤトに訊ねた。
しかしハヤトは、まだ黙っている。
「なんとか言ってくださいよ! この町はいったい何なんですか!?」
香織も、感情的になった夫につられたのか、自身も感情的になりつつ、ハヤトに訊ねてきた。
「いい加減、事実だと受け止めてください」
すると突然ハヤトは……何を思ったのか目を細め、絶対零度と言うべき冷ややかな声をかなえ達に向けて呟いた。
「「「!!?」」」
ハヤトの突然の、大人でも動揺してしまうほどの豹変ぶりに、天宮一家は思わず恐怖を覚え、ビクッと身を震わせる。そしてそんな中でハヤトは……ついに星川町の秘密を明かした。
「本当は分かっているんでしょう? あなた方が見たのはUFOと異星人と、異星人の血液です。そしてこの町は、地球人と異星人が共存している町なんです」
「そ……そんな事、信じられるか!! ちゃんとした説明をしてくれ!!」
信じられない事を平然と告げたハヤトを、哲朗は怒鳴りつけた。
だけどハヤトは彼の怒声に臆せず、冷静に説明した。
「まぁ、信じられないのも無理もありません。ていうかそれが普通の反応だ。でも目の前で起きてる事を事実だと受け止めない奴は……いつまで経っても前に進めやしませんよ」
ハヤトは、今度は強い眼差しで、かなえ達を見つめた。
まるで見る者全てに対して、強い思いを訴えかけるような眼差しだ。
すると案の定。かなえ達はその眼差しに、その言葉に、心を圧倒された。
正直に言えば、ハヤトにそう言われずとも、かなえ達は心の奥では、そうだと気付いていた。
しかし、そうだと分かっていても尚。
彼らにはどうしても受け入れがたいモノもあるし、それ以前に……まだ自分の中の常識と、今起きている現実の間で揺れている。
「……3日」
すると、その時だった。
そんなかなえ達を見て何を思ったのか……ハヤトはポツリと呟いた。
「えっ? なんですか?」
哲朗が訊ねると、ハヤトは右手の指を3本立て、かなえ達にそれを見せた。
そしてかなえ達が、不思議そうにその3本の指を見つめる中でハヤトは言った。
「今日入れて3日間。とりあえずこの町に住んでみてください。明後日になってもこの町が気に入らなければ、明々後日にあなた方のここでの記憶を消して、あなた方が住める別の町を紹介致します」