Episode028 連邦留置所
地球を離れてから約45時間後。
数十回にも亘るワープ航行の末に、ハヤト達はようやく、誘拐犯を収監していた『連邦留置所』がある惑星の軌道上に到着した。
《乗客の皆様、お疲れ様です。現時点を以てワープ航行を終了し、宇宙空港への着陸態勢に入ります。当機のご利用、誠にありがとうございます。またのご利用を、お待ちしております》
「亜貴さん、ほら着きましたよ? 大丈夫ですか?」
目的の惑星に到着したのを、宇宙船のガイダンスボイスによって把握し、さらには窓の外の様子を直接確かめて知ったハヤトが、ゲッソリと顔がやつれている亜貴に呼びかける。
すると彼は、苦しそうな顔のまま顔を僅かに上下させ「ああ」と声を出した。
まだ喋る余裕はあるらしい。だがどこからどう見ても苦しそうなその顔は、すぐに病院に行った方がいいレヴェルだ。
ちなみに亜貴がこうなったのは、目的地である太陽系外の惑星に向かう事による緊張のせいではない。
いや多少は緊張のせいもあったかもしれないが、理由のほとんどはハヤトの忠告に従わず、その結果として1回目のワープ航行開始直後に『ワープ酔い』を起こし宇宙船に置いてあるエチケット袋に吐いたせいだ。
「うっぷ……まさかワープがこんなだとは……」
その際、胃の中の物をほとんど出したハズであるが……それでもまだ何かを吐き出しかねない顔で口を押さえながら、亜貴は呟いた。
※
ちなみに『ワープ酔い』とは、宇宙船がワープ航行時に潜る『歪曲空間』の異質な世界観を、脳が処理しきれないがために起こる生理現象である。
人体の影響に個人差こそあるが、知的生命体であればどのような存在にも起こるため、一時期ワープ航行時だけ乗客を眠らせる特殊な装置が席に取り付けられたりしたのだが、どういう体質なのか、その『ワープ酔い』に快感を覚えるという乗客達からクレームが来たため、現在はこうして、客席にアイマスクを置いて、乗客の任意で利用する方針になっていた。
そして今回の場合……亜貴はワープ航行を直に感じたいがために、アイマスクを使わず、目を閉じていなかった。
正直言って自業自得である。
※
ハヤト達が来たのは『イル=イーヌ』という名前の有人惑星だ。
地球と同じく緑と水と日光に恵まれた惑星で、海と陸の割合も7:3とこれまた地球と大差は無い。
「地球と……あまり変わらない星だな。ホントにあの星、地球じゃない別の星なのかい?」
ようやく吐き気が治まり始めた亜貴が、窓の外の惑星イル=イーヌを眺めながらそう訊ねるのも無理もなかった。
「基本的に有人惑星は、地球と変わらない星です。ただ違うのは、その星に住んでいる、人間を含む生き物の遺伝子構造と、科学技術のレヴェルです」
「へぇ、そうなんだ」
意外な答えに、亜貴は目を丸くして驚いた。
※
ハヤト達は惑星イル=イーヌの、ウーヴァルン市という名前の地域の宇宙空港に降り立った。
地球の場合『宇宙空港』は月の裏側に存在しているのだが、イル=イーヌでは地上にあった。
地球とは違い星際化が完了――即ち、異星人が地上に降りても全く問題無い惑星だからである。
「k5URG8xAluHjv9puO43GSKjtwGRjXugKLBq3?」
「S05FTo8xAh8pRjXueKLBqKzNuEXpFNJ」
「8v8F0j82apwFL! jqk4UAJbiRv3!」
そして星際化が完了しているため、空港では様々な星の言語が飛び交っていた。
「??」
空港の様々な検査をパスし、ロビーに着いた途端、亜貴は口をあんぐりと開け、その場に立ち尽くした。
ちなみに検査は全自動であったため、彼は検査の時、今に至るまで異星語を話す空港職員に会う事は無かった。
「亜貴さん、待たせてすみませ……ってどうしたんですか?」
亜貴より少し遅れて検査をパスしたハヤトが、亜貴に訊ねた。
「…………俺、異星人の言語……分かんないんだけど」
「あー……そういえば。じゃあ、コレ付けてください。異星語の翻訳機です」
そう言ってハヤトは、持ってきたカバンから〝ある物〟を取り出した。
ランスとエイミーも身に付けている、あのネコミミカチューシャだった。
※
イル=イーヌを始めとする、宇宙連邦に加盟している惑星の自動車にはタイヤが無い。だがその代わりに、車の底に付いている『重力制御装置』により、道路から数cm浮いている。
SF映画によく(?)登場する『ホバーカー』だ。
ハヤト達は留置所へと向かうため、まずは空港のタクシー乗り場に向かい、そのホバーカーの1つであるホバータクシーを捜した。
すると幸いにも、ホバータクシーは数台見つかった。ハヤト達はその中の、自分達に1番近い位置に停車しているホバータクシーに乗り込んだ。
「jXuSpqxU0S2Lt8xAluHjv9puO4Q?(お客さん、どちらまで?)」
タクシー運転手が、イル=イーヌの言語で話しかけてくる。
「SoGiqkLJAJ0EqxU0AJbGiq3hhAJ4tqx!(ウーヴァルン署までお願い!)」
ハヤトはすかさず、運転手の質問に答えた。
ちなみにハヤトはネコミミカチューシャを付けていない。
地球の星川町在住の異星人達は、基本的に日本語で会話をするために使っていなかったようだが、どうやら彼は異星語を話せるらしい。
それを見て亜貴は、帰ったら異星言語を勉強しようと心の中で誓ったのだった。
付けているだけで恥ずかしい、異星語翻訳機でもあるネコミミカチューシャと、早くサヨナラしたいのである。
※
数十分後
ハヤト達は目的の留置所がある、ウーヴァルン市の『ウーヴァルン署』の駐車場に到着した。
ウーヴァルン署は、まるで日本の学校のような形の建造物だった。
日本人の少年がこの都市に住んでいれば、間違い無く、ここを小学校だと勘違いしてしまうレヴェルでとても似ている。
逆に学校と違う点はといえば、大時計が設置されている個所にイル=イーヌ警察の紋章が描かれている、などがあるだろうか。
その建物の出入口に、黒い制服を着た、少し頭がハゲかけた50代前半の男性が立っていた。ハヤトと亜貴はタクシーの運転手に料金を払い、急いでタクシーから降りると、その男性のもとへ走って向かった。
※ここからは読者の皆様にも分かりやすいよう、日本語の台詞が出ます。
※というかいちいち異星言語にするのは正直面倒臭いので日本語にします。
「グランツ警部」
ハヤトが、出入口に立つ男性の名前を呼んだ。
グランツ=ベルフォルン。ウーヴァルン署の警部である。
「おぉ……ハヤト……よく来てくれた……」
グランツは苦笑しながら言った。
「ところで一応この事件は……宇宙警察の方の管轄だから……彼らに君への連絡を一任したが……ちゃんと内容は伝わっているかね?」
「はい、もちろん」
ハヤトは頷いた。
「ウチの町で預かっている密航者を誘拐しようとした犯人の、赤髪の方が脱走したんですよね?」
会話から分かる通り、ハヤト達に電話したのはグランツやその同僚ではない。
いやそれ以前に、ハヤトに今回の事件の報告をした宇宙警察と、グランツが所属する警察組織は別モノと言ってもいい。
なぜなら宇宙警察とは、宇宙空間の様々な場所に宇宙ステーション型の本部及び支部を構える警察組織で、主に罪を犯した後に異星へと逃亡した犯罪者を逮捕するのが仕事。
そしてグランツが所属する、地上の警察組織……一般の方々には地上警察という通称で主に呼ばれる組織は、その惑星にて罪を犯し、そのままその惑星のどこかに潜伏している犯罪者を逮捕するのが仕事。こちらは地球の警察と何ら変わりない。
ようは同じ警察でも、担当する犯罪者の種類が違うのである。
しかし時には、地球でいう国際刑事警察機構と現地の警察のように連携を図る事もあるため、別に反目をしているワケではない。
むしろ犯罪者の捜索範囲が、星際化の影響で宇宙規模にまで広がったがために、常に情報を交換し合っている間柄と言ってもいい。
「ところで……そちらの男性は?」
亜貴の存在に気付いたグランツが、ハヤトに訊ねた。
「こちらは誘拐犯から惑星アルガーノ出身の密航者を護ってくれた亜貴さんです」
グランツのそばまで歩いてから、ハヤトは亜貴を紹介した。
「おお……君がそうか……まぁ……密航者の逃亡に加担したというのは感心しないが……とりあえず感謝する」
そう言うなりグランツは、亜貴と握手を交わした。
「あ……はい、どうも」
グランツの言葉が胸に突き刺さり、思わず苦笑しつつ亜貴は答えた。
そして握手を終えるなり、グランツはすぐに『連邦留置所』へと案内した。
※
連邦留置所とは、その名の通り連邦の傘下の惑星にある留置所の事を指す。
無論、例によって所内も星際化が進んでおり、どこの惑星の民かなど関係無く、法を犯した者達が平等に収監されている。
亜貴、ランス、エイミーの3人が遭遇した『異星人誘拐未遂事件』の犯人も、先日までここに収監されていた。
本来であれば地球上に専用の留置所を造って収監すべきであろうが、もしも地球に異星人関連の犯罪者用の留置所を造った場合、あり得ないだろうが、もしも今回のように犯人が脱走した時に『異星人共存エリア』の存在が世間に知られてしまう可能性があるため、異星にある連邦留置所をこうしてお借りしているワケである。
宇宙空間にそういう施設を造ればいいのではないかという意見も勿論あるだろうが、残念ながらそのタイプの施設は、様々な問題――大型の隕石や彗星が接近した場合の防衛機構の維持費や、エネルギー供給問題、所内でイレギュラーな問題などが起こった場合、それを解決できうる専門家などを、宇宙警察の本部や支部と同様に、場合によっては異星からいちいち宇宙船に乗せて招かねばならない問題が一昔前に明らかになったがために、必要経費の節制のために造られなかったという残念な経緯がある。
※
ハヤト達はグランツに『連邦留置所』にある客人用の待合室に連れてこられた。
部屋にはファミリーレストランに置いてあるのと同じタイプのテーブルと、学校の体育館で並べられる椅子と同じような椅子が数脚、自動販売機1台、そして地球のTVよりも数mm薄型なTVが1台あるだけの、殺風景な部屋だった。
「とりあえず……座ってくれ」
グランツは部屋のドアを閉めながら言った。
ドアを閉めるまでの間、この部屋に来るまでにも聞いた、留置されている犯罪者達の様々な声が聞こえてきた。
『無実だって言ってんだろぉ~……くそぉ……』
『おい若造……その目ン玉よこせやケヒヒヒヒッ!!』
『おいテメェ、ナニ見てやがンだ!?』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごm――』
聞いているだけで不快になる声だ。
しかしドアが閉まると、それらの声は急にピタッと止まる。
ドアや部屋の壁に、外からの音を完全に遮断する素材が使われているのだ。
ドアを閉めると、グランツは懐から1枚のディスクを取り出した。
地球にもある記録媒体であろうか。彼はそれを薄型TVへ持って行く。
「ホント……わざわざ遠くから足を運んでもらって……すまないね。なにせ……星から星への映像の転送技術は……まだまだ未完成で……送れたとしても……画質が凄く悪い状態で届くからな……。こっちからそちらへと郵送する事もできるが……途中で連中の仲間に強奪などをされるかもしれなかったからな」
「気にしないでください。久しぶりに他の星へと行く口実ができましたから」
(久しぶり?)
その言葉に引っ掛かりを覚えた亜貴が、疑問符を浮かべる。
異星言語を話せる辺り、そしてハヤト自身の立場上、彼は地球以外の星へと何回か行ったりしているだろう。
――だがなぜ『久しぶり』なのか。
――しかもなぜ口実が必要なのか。
亜貴はそこに疑問を覚えてならなかった。
しかしすぐに亜貴は、1つだけ心当たりがある事を思い出す。
それはハヤトが、ちゃんとした休みを今まで取っていない可能性だ。
たとえ【星川町揉め事相談所】の所長という立場であろうとも、というか、その立場だからこそ、数日程度は休みを取れるだろう。なんなら中学校の友人と異星へ旅行できるだけの、休みが。
だが亜貴は、ハヤトが休みを取った話を1度も聞いた事が無い。
それにハヤトは、亜貴の見てきた限りではいつも誰かのために動いてばかりだ。
もしやそのオーバーワークが、先ほどの『久しぶり』に繋がるのか。
いやだとするとその『久しぶり』な異星への渡航に口実が必要なのはなぜだ。
(ハヤト君。まさか君は……プライベートの時間を、かつて休息以外の事に使っていたのかい?)
そうとしか、思えなかった。
そしてその事実を確認するためにも、亜貴はハヤトに訊ねようとした。
だがとても聞ける雰囲気ではなかった上に、ちょうどいいタイミングでグランツがディスクを薄型TVにセットしたため、この話は一旦保留にした。
数秒後、ディスクに記録された映像が画面に映る。
それは異星人誘拐未遂事件の犯人が収監された牢屋を映す監視カメラ映像だ。
映像は暫くの間、牢屋の中で昼寝をしている犯人を映していた。
だが数分後。
明らかに警察関係者ではない、顔が完全に隠れるフードを被った人物が、カメラの死角から突然現れた。
「なっ!?」
「誰だコイツ!?」
ハヤトと亜貴は、同時に声を上げて驚いた。
宇宙警察と地上警察の違いは、某リリカル魔砲少女に出てきた『本局』と『地上本部』の違いみたいなモンです(ぇ