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27/110

Episode027 宇宙(ソラ)へ

 

 19時10分


 町立星川中学校の校庭に、一(せき)の宇宙船が停船していた。

 翼を()(たた)む事ができる『トムキャット』などの戦闘機に似た形をしている宇宙船で、その全長は10mほど。高さは3m程度。

 ジェイドが行き帰りに使っていた旅客宇宙船や、日用雑貨などが積まれている貨物宇宙船とは違い、どこかこじんまりした宇宙船だ。


「亜貴さん早く乗って!」


 そんな宇宙船のハッチの階段へと、一足先に足を掛ける者が居た。

 何の因果か【星川町揉め事相談所】の所長を務めている中学生・光ハヤトだ。

 彼はその背に、登山者が使うような大きめのリュックを背負っている。中はパンパンだ。しかし彼は疲れた様子を見せず、遅れてやってきた星川町の住民こと椎名亜貴へと叫ぶようにそう言った。


「あ……ああ、ちょっと待ってくれハヤト君!」


 どう見ても、長旅に出る印象を受けるハヤトの言葉を受け、2~3日分の荷物が入ったスーツケースを持った亜貴が、遅れてハッチの階段に足を掛ける。彼は息を切らしつつも、なんとかハヤトと共に宇宙船に乗り込むと、近くの座席に座り一息ついた。


 ハヤトもすぐに席に着く。

 すると同時に宇宙船のハッチが音を立てて閉まり……途端に船内は、静寂に支配された。


 ハヤトと亜貴、そして運転手以外、船内に人が居ないからだ。

 というかそれ以前に、この宇宙船はジェイドなどの異星人が行き帰りに使用する旅客宇宙船でも、物資を運ぶ貨物宇宙船でもない。


 この宇宙船は、ハヤトがチャーターしたモノだ。

 亜貴達が巻き込まれた『異星人誘拐未遂事件』の実行犯が収監()()()()()『連邦留置所』へと、向かうためだけに。


     ※


『連邦留置所』とは、宇宙中の犯罪者達が(しゅう)(かん)されている留置所である。

 現在地球中の国家が加盟せんとしている『宇宙連邦』に加盟している星に、必ず1つか2つは存在し、そこで働く者達は『宇宙連邦』の管理下にある軍『連邦軍』の上層部の者も特に一目(いちもく)置くほどに高い、いろんな分野での実力者達であるため、脱走成功率は0%……のハズだった。


 ()()()()()()


     ※


 宇宙船内は、まるでプライベートジェットのような間取りになっていた。

 適度に沈むフカフカのソファ、テーブルに冷蔵庫にTVなど、大統領専用機こと『エアフォースワン』と比べると小さ過ぎるが、それに負けないくらい豪華な設備が整っている。


「いいですか亜貴さん? あなたは一応、密航者の逃亡に加担した犯罪者です」


 そんな一流の座席を、ハヤトは見慣れているのか。

 彼はいつもの事務的な調子で、亜貴へと説明を始めた。


「本当は星川町からは、ランスとエイミーと同じように、あと2ヶ月は出られないんですが、今はなんとか俺の権限で、一時的に町から出られるって状況です」


 その内容は、亜貴が現在置かれている状況。

『異星人誘拐未遂事件』の(あと)に、星川総合病院でも説明した内容だ。


 亜貴、ランス、エイミーの3人は、本来であれば星川町に宇宙警察が来た時点で逮捕されている立場である。しかし現在、そんな状況になっていないのは、ハヤトがかつて宇宙警察に提案した事があるからだ。


 ――異星人共存エリアを、留置所の代わりにしてみてはどうですか?


 そんな、聞く者によっては何を言っているのかと本気で心配しそうな提案を。

 まぁ実際『異星人共存エリア』は、許可がなければ外に出られない点については留置所と少しは似ているが、それでも町民の安全上、受け入れ(がた)い提案だ。


 しかしハヤトは、何も考え無しにそんな提案をしたワケではない。

 彼は偶然知ったのだ。実際にそんな、開放的かつ、自然豊かな留置所が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


     ◆     ◆


 その留置所の事を知ったのは、彼が星川町に引っ越してから数日後の事。

 当時まだ一緒に居た家族と夕食時に視聴していた、地球の方のバラエティー番組の中で、その留置所は紹介されていた。


 最初ハヤトは信じられない気持ちで番組を()ていたが、番組内で紹介された『孤島である(ゆえ)に1人も脱走者が居ない』や『開放感があるおかげで犯罪者が(おだ)やかな気持ちになり、釈放後、再び罪を(おか)す確率が減っている』という報告に納得して、もしかして『異星人共存エリア』にもそういうチカラがあるのではと考え、地球外に出る用事の最中に宇宙警察と(えん)出来(でき)た時、試しにそんな提案をしたのである。


 一応「まぁ住人の安全を考えて、窃盗(せっとう)とかの軽犯罪を(おか)した犯罪者限定ですが」と補足するのを忘れずに。


     ◆     ◆


「……ああ。分かってる」

 ハヤトの説明に、亜貴は(けわ)しい顔で答えた。


 両膝で握り込んだ彼の両手が、強く握ったせいで白く変色している。

 それだけで、どれだけ亜貴がこの予想外の緊急事態を前に緊張し、さらに悔しさを覚えているかが分かった。

 誰だって、自分の知り合いを事件に巻き込んだ犯人が脱走したと聞かされたら、冷静ではいられないだろう。


 いつまた自分達に、相手が魔の手を伸ばすのか予測できないからだ。


 ハヤトには、そんな亜貴の気持ちが痛いほど分かった。

 自分達を害した存在に脱走される経験こそ無いものの、身近の誰かが、常に危険に(さら)されているという点では、ハヤトも亜貴も同士であるからだ。

 しかし彼は、同士に対する同情などの感情を、同情した事で気を緩め、大事な事を言い忘れてはいけないと、胸を痛めつつ無理やり(おさ)()け……説明を続けた。


「ですから、向こうに着いたら勝手な行動はやめてください。俺が責められるし、亜貴さんだって刑期が()びてしまうかもしれないですから」


「ああ……分かってる」

 1度奥歯を強く噛み締め、悔しそうな顔をしてから……亜貴は答えた。


     ※


「じゃあ、出発してください!」


 一通りの説明を終え、ハヤトは宇宙船の運転手に指示を出した。

 ハヤトの指示に運転手は「了解!」とハキハキと答え、すぐに宇宙船のエンジンのマスタースイッチをオンにする。


 するとその瞬間。

 轟音(ごうおん)が、宇宙船の外に響き渡った。


「エンジン異常無し! 高度計、姿勢指示器、レーダースコープオン!」


 パイロットが、指差称呼をすると共に宇宙船の計器を起動させる。


「計器異常無し! 両翼展開確認! 重力制御装置、正常!」


『トムキャット』などの可変翼戦闘機と同じように、()(たた)まれていた宇宙船の翼が展開される。次に、船底(せんてい)に設置されている『重力制御装置』が作動し――宇宙船は浮上した。


 地球の重力を程よく無力化し物質を浮き上がらせる『重力制御装置』の効果で、宇宙船が50mほどの高さまで上昇する。

 それを高度計で確認した運転手は、次に宇宙船の船首(せんしゅ)を空へと向けた。


「補助推進装置、オン!」


 そしてその指差称呼と同時に、浮上用に使う『重力制御装置』とは(こと)なり、(せん)()部分に設置されている噴射口から、推進用の高温のガスを噴出させ……ついに宇宙船は星の海へ向かって、宇宙ロケットとほぼ同レヴェルの猛スピードで発進した。


     ※


 数分後


「……あれ?」

 亜貴は口をポカンと()けながら、間抜けな声を出した。


「どうかしましたか?」

 ハヤトが、気になって声をかけた。


重力()とか、全然感じなかったんだけど……なんで?」


 飛行機やロケットの発射時、もしくは加速する時は必ず、強烈な重力が乗組員を襲うハズである。しかし宇宙船発進の際、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。疑問に思うのも無理もない。


「ああ。それは宇宙船の船底に『重力制御装置』が付いているからです」

「じゅ……重力制御装置!?」


 宇宙進出系のSFモノの物語ではよく登場する技術である(ゆえ)に、亜貴も勿論(もちろん)その技術の存在を……()()()()()()()()()知ってはいた。

 しかし己が現在保護しているランスとエイミーが異星人であると知った時から、もしかして実在するのではないか、と思い始めていた。


 そして現在、その予想が当たっているのだと面と向かって言われた事で……亜貴はハヤトがそばに居るのに、そして地球外に出る目的からして、そうするべきではないと分かっているのに。


 思わず童心(どうしん)に帰って、はしゃぎそうになった。


 だがこのままではいけないと、自分の中で沸き起こりかける童心をなんとか(おさ)()け、亜貴は気分転換にと宇宙船の窓の外を眺めた。






 ()()()()()()()()()()()






 地球上からは望遠鏡を使わなければ、その細部まで見えない月が、月内部の空洞の天井が(もろ)くなって()いた穴まで見えるほど……ハッキリと亜貴の双眸(そうぼう)に映った。


 その瞬間。

 亜貴の中の童心はさらに刺激された。


 過去、多くの犠牲を払ってまでして人類が目指した場所の1つが、こんなに近くにある。犠牲となってしまった多くの、高き宇宙(ソラ)を目指さんとする人達を出し抜く形で今……亜貴の目の前に。


 正直に言えば、亜貴はその犠牲を思い、少々申し訳ない気持ちに駆られはした。

 だが同時に彼は、月のそばまで来た事によって、自分がその場所に辿(たど)()けた事を自覚し純粋な感動を覚え、その場ではしゃぎたい衝動にも駆られてしまう。


(月は人を狂わせると言うが、もしやそれだろうか?)


 必死に童心を(おさ)()む亜貴の中に、そんな疑問が(よぎ)る。

 だが、その事実関係を解明できる者はこの場には居なかった。


 とその時だった。


「亜貴さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ハヤトの声に、亜貴は現実に呼び戻された。

 まだ童心が暴れたいと藻掻(もが)くが、自分よりも年下の少年の前ではしゃぐワケにはいかないだろうと思い直し、無理やり(おさ)()む。


「もうすぐ、空間歪曲型のワープ航行になるんです。周りの景色は……見たければ見てもいいですけど『ワープ酔い』起こしますよ?」

「……え? ワープ酔い?」


 初めて聞く謎の言葉に、亜貴は困惑した。

 そして困惑のおかげなのか、彼の童心はすぐに()りを(ひそ)めた。

 ちなみに、ワープは理解できた。空間の(ゆが)みなどを利用して、遠く離れた場所へ空間転移する事だ。しかしそれに酔うとは、いったいどういう事だろうか。


 亜貴は(しば)し考えようとする。


 だが考える時間はほとんど無かった。

 次の瞬間。宇宙船の前方の空間が『重力制御装置』によって(ゆが)められ、宇宙船が震動を始めたからだ。


「うわっ!?」

 揺れるとは思っていなかった亜貴が、咄嗟(とっさ)に座席の肘掛けを握り締めた。


「ワープ航行時に通過する『歪曲空間』を発生させる時は、いつも揺れるんです」

 左手で肘掛けを掴み、椅子の前に設置されたテーブルの上に置いてある物に右手を伸ばしつつ、ハヤトが説明した。


 亜貴はハヤトの視線を追った。

 そこにあったのはアイマスクだった。


 続いて亜貴は、己の座る椅子の前のテーブルを見た。

 そこにも同じく、なぜかアイマスクが置いてあった。


「空間を捻じ曲げる影響か、その際にこうして時空震動が起こるんですよ」

 ハヤトはすぐにアイマスクを付けながら、さらに説明した。

「そしてその『歪曲空間』なんですが……()()()()()()()()()()()、アイマスクを付ける事をおススメします」


 そして、説明を終えた瞬間。


 宇宙船が、ハヤトが『歪曲空間』と呼んでいる空間へと徐々に入り始めた。

 そして、入って行くにつれ……亜貴には宇宙船と、その中に存在するモノが歪曲しているように見え始めた。


 計器が――。


 パイロットが――。


 ハヤトが――。


 そして亜貴が――。


 宇宙船が、完全に『歪曲空間』の中へと入った。

 同時に『歪曲空間』は、元から無かったかのように――消えた。


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― 新着の感想 ―
毎度お世話になってます。話数が多いので少しずつ読んでますが、メン・イン・ブラック的な路線でありながら独自性があって飽きずに読めます!!!
[一言] 個人チャーターの宇宙船イイなあ!!ww ロマンがあるなあ( ˘ω˘ )
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