Episode026 亜貴達の家
だがよくよく考えれば、その可能性も無かった。
なぜならば、かなえの両親は『星川総合病院』の初出勤日である5月9日に、異星人達にとって害となるウィルスなどを持っていないかどうかの検査を、健康診断も兼ねて同所で受けたからだ。もしもかなえの両親のどちらかが異星人であれば、その時の『血液検査』で判明するハズである。
だが、そういう報告は一切無い。
「まさか、天宮は養子とか? ……そんなワケ無いか」
ふとそんな予想が浮かんだが、ハヤトはすぐに否定した。
もしそうならば、市役所から入手したデータにそれが記載されるハズだ。
即ちかなえは、純粋な地球人である哲郎と香織の実子で間違い無いハズだが……ならばなぜ彼女は、異能力を使えるのか。ハヤトはその訳が全く分からず、頭上に疑問符を浮かべた。
するとその時だった。
机の上に置いてある電話が鳴り出した。
業務用の電話だ。どうやらまた揉め事が起こったようだ。
「……まぁ、またいつか考えりゃいいか」
その音に気付いたハヤトは、新たな事件を前に、いつまでもかなえの異能力の事を考えているワケにはいかないと考え直し、電話に手を伸ばした。
かなえの異能力については、確かに謎だらけで気がかりではあるが、それ以前に自分にはすべき事があるのを改めて思い出したのだ。
「はい、こちら【星川町揉め事相談所】……えっ? 宇宙警察?」
そして受話器を耳に当てたその瞬間、彼は顔を一瞬で強張らせた。
その言葉通り宇宙警察からの電話なのだ。悪い報告なのは、まず間違い無い。
「……はい。はい。分かりました。すぐに向かいます」
話の内容を、時々頷きつつ全て聞くと、ハヤトは電話の相手に最後にそう伝え、すぐに電話を切った。
ある場所へと、すぐに向かうために。
※
18時21分
ハヤトは、とある一軒家の前に居た。
【星川町揉め事相談所】よりも、ちょっとばかし小さい一戸建ての家だ。
その家のインターホンを、玄関前に着くなりすぐに押す。
すると中から、パタパタと、玄関へと駆けてくる可愛らしい足音が聞こえ、すぐにドアは内側から開けられた。
「は~い! ……ってあれっ? ハヤト兄ちゃん?」
そして出迎えてくれたのは、パジャマ姿で、頭にネコミミカチューシャを付けた1人の少年。かつて、密航者として星川町に現れた2人の子供の内の1人、ランスだった。
「やぁ。この町にはもう慣れた?」
元気そうな様子のランスに、ハヤトは優しく微笑みながら訊ねた。
その様子からして、彼が今どれだけ幸せなのか充分、分かるだろうが、それでもランスはニパッと、見た方が元気をもらえるような眩しい笑顔で「うん! 町の人みんな優しいし!」と答えてくれた。
この町に初めて来た時には全く見せなかったその笑顔と元気な返事に、ハヤトは心の中でホッと一安心した。
「そっか、それは良かった」
「ところで、何の用?」
「ああ。亜貴さんに会いに来たんだけど……居る?」
「居るよ! ちょっと待ってて!」
そう言ってランスは、パタパタと家の居間へと走って行った。
なんやかんやあったが、現在一緒に暮らしている保護者・椎名亜貴を呼びに行くために。
★ ★
夜の◇▽町上空に、音速並みの速度で幾度も交差する2つの光があった。
1つは、白い光。そしてもう1つは、その白を塗り潰さんとする黒き光だ。
両者は一見、拮抗しているように見えた。
だが徐々に、白い光の方は速度を落とし……ついには黒き光に圧倒され、建造物を破壊しながら、大地に激突する。
激突と同時に、土煙が吹き荒れる。
そして土煙が晴れた時、その墜落地点に居たのは……なんと1人の少女。
まるで妖精をモチーフにしたかのような、とある『特殊な服装』をした、小学生くらいの年齢の少女だった。
彼女は自分の口や額から滴り落ちる血を右腕で拭うと、すぐに、黒き光が居るであろう上方を見て……絶句した。
既に、黒き光――黒衣を身に纏った彼女の敵は攻撃を終えていた。
敵の放った、半径10メートル以上はあろう闇黒の魔力球が少女に迫る。
しかし少女は、希望を捨てない。諦めない。
迫る絶望を見据えつつも、彼女は己の歴戦の相棒に指示を出す。
『アルス・ディバイン……お願い、斬り裂いて!!』
少女は度重なる敵の攻撃で、もう体力も魔力も限界間近だった。
しかし彼女の相棒――意思を持つバスタードソード型の魔武器【アルス・ディバイン】は『御意に』と彼女の願いを聞き入れる。
これ以上、少女の魔力を食えば……彼女の寿命を縮めてしまうのを承知で。
『 全力全開!! 気分爽快!! いざ、豪快に道を斬り拓かん!! 』
アルス・ディバインが、まるで口上の如き台詞を発する。
すると同時に、アルス・ディバインの刀身が……強烈な白き光を放つ!!
『なっ!? なんだこの輝きは!?』
少女の敵――闇黒の魔力球を放った黒衣の男が、さらなる一撃……魔力残量からして確実に命を削る一撃を放たんとする少女を見て目を丸くした。
『あなたに教えてあげる。護るモノがある者が、どこまで強くなれるかを!!』
世界のために命を懸ける少女が、叫ぶ。
と同時に彼女は、日本の剣術でいう『居合』の構えを取り、
『魔法秘剣術!! 「斬空・横一文字」!!』
右腕でアルス・ディバインを、真横に振り抜く!!
アルス・ディバインに込められた魔力が、その動きに合わせて放出される。
放たれた魔力は三日月型の斬撃となり、魔力球を横に真っ二つに斬り裂く。
そしてそのまま魔力斬撃は、魔力球の後方に居る『黒衣の男』に直撃した。
『ば……バカな!? そんな、バカな!? この娘の……この娘のどこにこれほどのチカラがぁあああああああああああ――――――――ッッッッ!!!?』
『黒衣の男』の断末魔が、夜空に響く。
そして彼はそのまま……その場で消滅した。
★ ★
18時24分
「……他の星で作られた〝魔法少女アニメ〟って、凄いな」
日本の魔法少女アニメを参考にして、異星で制作された次世代型魔法少女アニメ『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』を観ながら、パジャマ姿の亜貴は驚いた。
なぜなら『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』は、今までの魔法少女アニメと違い、物語の主人公の人生が大人の想像を超えるくらい過酷なモノであるからだ。
※
物語は、イギリス生まれの主人公であるキャルロット(通称キャリー)が、両親の仕事の都合で、日本の小学校に転校する事になった所から始まる。
最初はクラスの皆と仲良くできていたのだが、ある日、自分の後に転校してきた1人の少年のせいで、キャリーはクラスメイトからイジメを受けるようになった。
約3年間も。
そしてある日、イジメによる感情の爆発がキッカケで、自身の中で眠っていた、魔術師としてのチカラが覚醒。
高ぶる感情の赴くまま、彼女は学校を半壊させてしまう。
数時間後。なんとか心が静まると、キャリーは警察に捕まるのを恐れ……その場から失踪。
そして時は流れ、その数年後。
魔術を使いながら逃亡生活を続けていたキャリーは『ある出来事』をキッカケに『魔界』の住人『魔人』と、魔人からこの『人間界』を守ろうとする『魔術連盟』なる組織の戦いの事を知ってしまう。
さらに己が魔術師に目覚めた間接的な原因である転校生が、その魔人である事を知ったキャリーは、そのオトシマエを付けるべく、戦いへと身を投じていく――。
※
ハッキリ言ってメチャクチャなストーリーである。
さらに、バトルシーンではリアルな流血シーンを入れるなど、魔法少女モノとはとても思えない……もはや子供向けではない生々しい演出がされている。というかむしろ、大きいお友達向けのアニメではなかろうか。
だがこの事をかつてハヤトに相談した時『ケンカをしたら、相手も自分も傷付くんだぞ、と教えるために、制作陣が敢えてあんな描写に挑戦をしているらしい』という事実が発覚し、保護者としては教育上、許容できないが、そんな挑戦にも一理あるんじゃないかと亜貴には思え……彼はもう何も言えなかった。
しかし、そんな亜貴とは対照的に、
「おお~~!!」
兄であるランスと同じく、パジャマ姿で頭にネコミミカチューシャを付けた少女エイミーは、亜貴の隣でそんなアニメを観ながら歓声を上げた。彼女は彼女で、兄と同じく、初めて星川町に来た時には全く見せなかった笑顔だ。
どうやら彼女も、幸せになれたみたいだ。
「なぁ、エイミー……コレ、そんなに面白いか?」
そんな彼女に、亜貴は苦笑しながら訊ねた。
魔法少女アニメというモノを、あまり視聴する機会が無かったからなんとも言えないが、それでも彼にとって『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』は、凄いとは思うが面白いとは思えなかったからだ。
「え? 面白いよ?」
「……そっか」
しかし本気の顔でそう返され……彼の言葉はそれ以上続かなかった。
だが、これだけはさすがに理解できた。
――どこの星の女の子も大抵、魔法少女アニメが好きなのだと。
と亜貴がこの世の真理の1つへと至った直後だった。
パタパタと可愛らしい足音と共に、ランスが居間に戻ってきた。
「亜貴さん、ハヤト兄ちゃんが亜貴さんに用だって!」
「えっ? ハヤト君が?」
こんな夜分遅くにいったい何の用だ、と亜貴は思った。
だが夜分の用事という事は、それだけ緊急の用事である可能性がある。
その事に思い至り、彼はすぐに自室に戻ると、パジャマの上にジャンバーを着て玄関へと向かった。
しかし、玄関のドアを開けようとするまさにその瞬間。
なんと居間にて、ランスとエイミーの兄妹喧嘩が勃発した。
「エイミー、なんでチャンネル変えてるんだよ!! 今日は俺が『降魔特捜ハジャレンジャー』を観る番だろ!!?」
「だってキャリー面白いんだもん!!」
「キャリーは録画してるだろ!! ほらリモコン渡せ!!」
「やーあー!!」
そして2人は、落ちていたTVのリモコンを同時に掴んで取り合いを始めた。
「こらっ! 仲良くしろ! リモコン壊す気か!?」
またもや起こった喧嘩に、亜貴はもう何度目かの怒鳴り声を発した。
すると2人は、同時にビクッと体を震わせる。
身体能力が高い事で有名な惑星アルガーノの民も……いやもしかすると、どこの星の子供も、大人に叱られるのは苦手なのかもしれない。
そして2人は、惑星アルガーノの民特有の馬鹿力で壊さないよう、慎重にTVのリモコンをテーブルの上に置くと……また叱られるのが嫌なのだろう。今度は平和的な話し合いを開始した。
ちなみに『降魔特捜ハジャレンジャー』とは、日本の特捜モノを参考に、異星で制作された次世代型特捜モノである。
江戸時代の日本を舞台に、人間を殲滅し、自分達だけの世界を創ろうとする妖魔軍団『アルタナーダ』と、江戸幕府の命により極秘に結成された特殊部隊『ハジャレンジャー』の戦いを描くという、これまたメチャクチャなストーリーの作品だ。
『魔法少女!? ウルトラ★キャリー』共々、地球上では同じ局で放送されそうな作品だが、しかし幸か不幸か、この二作は異星では放送局が別々になり、さらには放送する曜日と時間が同じになってしまったため、いつも仲が良くても、毎週火曜日だけは必ず……2人はチャンネル変更の権限を懸けた喧嘩をしているのである。
※
玄関のドアを開けると、真剣な顔をしたハヤトが立っていた。
そんなハヤトの顔から、ただ事ではない事態が起こった事を察した亜貴はすぐに気を引き締め「……どうしたんだい、ハヤト君?」と真剣な顔でハヤトに訊ねた。
するとハヤトは、ランスとエイミーには聞こえないよう注意し、必要最低限の声を出した。
「亜貴さん、大変な事が起こった」
「大変な事?」
亜貴も小声を出した。
「ランスとエイミーを誘拐しようとした2人組の、捕まえた方が……異星の留置所から脱走した」
「な……なにっ!?」
思わぬ知らせに、亜貴はつい大声を出した。