Episode025 異能力の秘密
6月7日(火) 17時8分
「ん゛~~……?」
かなえは眉間に皺を寄せて、星川町揉め事相談所の、自分専用の机の上に置いてあるパソコンの画面を覗き込んでいた。
そこには、今まで星川町内で起こった数々の揉め事を処理する際に動いた、様々な金銭の動きが一目で分かるエクセルの表が映っている。
「……なんで、赤字続きなワケ?」
そしてその表であるが……見ると半分以上が赤い数字であった。
クラスメイトが所長をしている事務所が、まさかの赤字である。かなえはさすがにクラスメイトとして、もっと言えば一身上の都合でどうしても見過ごせず、表に書かれている内容を細かく確認した。
下に行けば行くほど最近の、上に行けば行くほど過去の、今まで解決した揉め事相談の詳細と、その解決のために動かした金、そしてそのお金が何に使われたかについての詳細な内訳が記載されている。
中にはあのジェイドが破壊してしまった公共物の弁償金などの、そもそも揉め事関連の事件の被害なのか疑問に思う事案も書いてあった。というか、ジェイドではなくハヤトが支払うとは。ハヤトがジェイドを面倒臭そうな目で見ている場面しか知らないかなえとしては、これこそあの顔の原因ではないかと思った。
(アイツ、面倒見が良過ぎない? ……まぁそれよりも……なんで赤字続き?)
まさかジェイドだけが原因ではないだろうと思い、かなえはさらに、過去の記録を確認し……愕然とした。
「な、なんだか1ヶ月ごとの……スポンサー? から払われる事務所の運転資金が少ない気がするんだけど?」
元々相応の資金があるならともかく、大抵の仕事には資金提供者たるスポンサーが付きものである。そしてかなえが調べた限りでは、どうやら【星川町揉め事相談所】にもスポンサーが存在しているらしい。だが支払われた金額は、素人のかなえの目から見ても、どうもおかしかった。スポンサーも不況の影響を受けでもしない限り、信じられないほど少ないのである。
「…………はぁ」
その事実を知るなり、かなえは思わず溜め息を吐いた。
(なぜ運転資金が少ないのかはハヤトに訊くとしても……そんな貧乏事務所で、私これからもやっていけるのかな?)
さらには心の中で、弱音も吐いた。
同時に彼女は、自分の左手にチラリと視線を向ける。
そこには未知の文字がデジタル表示された腕時計……ではなく、かなえが星川町に引っ越して以来、求めてやまなかったアイテムが嵌まっている。
それは、異能力研究者であるアリアバルト=ストラスト博士が発明した『異能力リミッター』。かなえのように、異能力によって悩まされている存在のために発明された、異能力の制限装置である。
ちなみに効果範囲は半径2m以内。
腕時計の形をしているのは、周りに自分が異能力者だと知られたくない異能力者が居るからだ。
そしてそのお値段は、かなりの高額。
異能力を持つ以外は普通の女子中学生であるかなえには払えないレヴェルの金額であったハズ……なのだが、彼女はハヤトと〝契約〟を結び、ようやく入手した。
そしてその〝契約〟こそ。
ハヤトが代金を支払うのと引き換えに【星川町揉め事相談所】で金額分タダ働きをするという社会的な〝契約〟だ。
おかげでハヤトは戦力を得て、かなえも異能力による悩みを解消できてめでたしめでたしである。
ちなみに現在かなえがパソコンと向き合っているのは、タダ働きを始めた1週間前、ハヤトから、なぜか研修などを挟まず、いきなり相談所の会計の係を任されたからだ。
いきなりの本番に、さすがにかなえは抗議しようとした。
だが天宮は数学が得意な方だから大丈夫。生徒会の会計の仕事とそう変わらないからと押し切られ……彼への恩もあるため、渋々ながらも彼女は引き受けたのだ。
「……というか、なんで私……こんな能力持ってんだろ?」
するとリミッターを見ていたかなえの中で、またそんな疑問が浮かんだ。
そもそも異能力さえ無ければ、タダ働きをする事も無かったのだ。何度も疑問に思うのは当たり前である。
相手が異星人か否かを判別し、さらには異星人の居場所まで特定する事ができる異能力『感知』。
それが、かなえのチカラ。
リミッターが届いたのをキッカケに、心の余裕が生まれたためか、かなえはなぜ自分がそんな能力を持っているのかを疑問に思い始めていた。自分は普通の両親のもとで生まれ、普通に生活してきたハズ。そんな自分が、異能力を持っているハズが無いだろう、と。
1度、ハヤトにその事について訊ねた事がある。
異能力の存在を知っている彼ならば、何かを知っていると思って。
すると訊ねられたハヤトは、かなえにどう説明するべきかを、顎に手を当てつつ考え……こう答えた。
※
『異能力者ってのはたまたま生まれる存在なんだ。普通の人からな。なぜそうなのか……詳しい事は知らない。でも、ある教授が立てた説によると、遺伝子が親から子に受け継がれる際に、遺伝子の一部にエラーが起きて、そのエラーが起きた一部の遺伝子が異能力の源らしい』
『エラー?』
『ああ。ビデオテープだって、ダビングを繰り返すとエラーが起きるだろ? それと同じ』
※
「……一理あるけど、なんか納得できないな」
しかし、かなえはその答えに不満を感じていた。
なぜならば異能力に関する説明をしている時……最初分からなかったが、ハヤトの目が僅かに泳いでいたのだから。
(絶対、アイツは何か隠してる)
まだ状況証拠しかないが、かなえはなぜか絶対の確信を持ちつつ、揉め事相談所に設置されているトイレのドアを見つめた。
今、そのハヤトが用を足しているのだ。
だがかなえが視線を向けた直後。水が流れる音と共に、もうすっかり脚が治ったハヤトがトイレから出てきた。
「ふぅ。さてと仕事再開……って、なに見てんだ?」
視線に気付いたハヤトが、かなえに訊ねる。
するとかなえは、男子をジッと見ていた自分の事を後になって恥ずかしく思えてきたのか「……なんでもない」と赤面しながら返した。
「そっか」
一方でハヤトは、己を見ていたかなえの事はそんなに気にならないのか、トイレに入る際に中断した報告書の作成に取り掛かるために、再び所長の椅子に座った。
それを見たかなえも、気恥ずかしさを誤魔化すためにも、急いで相談所の会計の仕事に取り掛かる。
しかし心の中で、かなえは気になっていた。
ハヤトが、自分にいったい何を隠しているのかを。
おかげで赤字についての疑問は、頭から吹っ飛んだ。
※
18時4分
かなえが帰宅した後の事。
ハヤトは机の上に1枚の紙を広げ、考え込んでいた。
(…………やっぱりおかしいな)
彼の顔が、かなえがエクセルの表を見ていた時のように険しくなる。
ハヤトが見ているのは、揉め事の報告書などではない。
月一報告の前日にも確認した、かなえと、その両親の経歴が簡単に書かれた用紙――彼女達かその縁者でなければ確認できないハズの、市役所でしか入手できない天宮家のデータの一部だ。
どう見ても真っ当な手段で入手したモノではない。
もしかすると、違法スレスレの手段を使ったのかもしれない。
だがハヤトは、どうしても確かめたかったのだ。
たとえ天宮家のデータを、多少強引な方法で入手してでも……かなえの、異能力のルーツを。
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名前:天宮哲郎
年齢:39歳
誕生日:9月1日
0~18歳:◇◇県△△市◎◎町で過ごす。
18~22歳:上京し、大学に入学。
22~24歳:▽▽市立病院に外科医として勤める。
24~33歳:香織と結婚。娘・かなえを授かる。職場は変わらず。
33~39歳:転勤のため△△県の○○市✕✕町に引っ越し、そこで過ごす。
39歳:5月8日、星川町に引っ越す。
名前:天宮香織
年齢:38歳
誕生日:8月5日
0~18歳:△△県▽▽市□□町で過ごす。
18~22歳:上京し、大学に入学。
22~23歳:▽▽市立病院に看護師として勤める。
23~24歳:哲郎と結婚。かなえを出産。
24~32歳:6年間育児に専念。後に看護師に復帰。
32~38歳:転勤のため△△県の○○市✕✕町に引っ越し、そこで過ごす。
38歳:5月8日、星川町に引っ越す。
名前:天宮かなえ
年齢:14歳
誕生日:4月18日
0~8歳:△△県▽▽市□□町で過ごす。
8~14歳:両親の転勤のため同県の○○市✕✕町に引っ越し、そこで過ごす。
14歳:5月8日、星川町に引っ越す。
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見たところ、別におかしい事は書いていなかった。
しかしハヤトは、だからこそ余計疑問に思い「……どうして……こんな事、あり得ない」と、眉間の皺をさらに深くしつつ呟いた。
『人間には他の生物と同じように、ちゃんとした進化の段階があるんだ。けど「異能力者」は……そんな通常の進化の道とは異なる進化の道を辿った存在なんだよ』
するとその時、かつてある女性に教えられた言葉が……異能力関連の疑問にぶち当たるハヤトの中で、ふと甦った。
(……あの人が言っていた事が本当なら……絶対おかしい。異能力者である天宮の両親が普通の人なワケがない)
甦った事で、ハヤトは改めてその女性の言葉を意識した。するとさらに、かつて彼女から教えられた言葉が彼の中で甦る。
『そしてその異能力者が、どんな経緯で生まれるかと言うとね――』
そして、ハヤトは考えた。
この事を、かなえに伝えるべきか否かを。
だがすぐに、仮に伝えたとしても天宮家はそれを受け入れない。というか知らせない方が彼女達のためかもしれない……と考え直し、この問題を一旦保留にした。
なぜならば、異能力者が生まれるかもしれないその方法とは、
異星人との間に子を作る、という方法なのだから。