Episode024 月一報告の夜
5月31日(火) 11時43分
【星川町揉め事相談所】へと、光ハヤトは憂鬱な気分で帰宅した。
ジェイドの見送りを終えたら、すぐに風呂に入って眠りたかったのだが、今日がなんの日だったかを、現在の住まいでもある【星川町揉め事相談所】に帰る途中で思い出したからだ。
「あぁもう……なんで今日が〝月一報告日〟なんだろ?」
そう文句を言いながらもハヤトは、己の武器である、二振りの日本刀を保管している隠し部屋がある壁とは、反対側にある壁に右手で触れる。
するとその壁は、日本刀を保管している隠し部屋が開いた時と同じように、縦一文字に切れ目が入り、自動ドアの如く、左右にスライドした。
壁の向こうは、畳八畳分の広さはある洋室だった。
その部屋には武器などの物騒な物は1つも無かった。代わりに天井には、5つのスポットライトが、円を描くように取り付けられ、それぞれのスポットライトの真下の床には『日』『米』『英』『露』『埃』という具合で、直径50cmはある、5つの大きい文字が書かれていた。
ハヤトはその中の『日』の文字の上――即ち、スポットライトの1つの明かりが当たる位置へと、カッカッと杖を突きながら歩き出す。
杖付きというハンデはあるものの、暴走したという後ろめたさがあるためか、彼は煩わしさを顔には出さず、文字の上までただただ歩く。
文字の上には、5分も掛からずに着いた。
ちなみに文字の上への到着時刻は、11時44分31秒。
まだ中学生であるハヤトにとっては、普通なら明日に備えて就寝していなければいけない時間であるが、たとえ、この場に彼の体を心配する人が居ようと……今夜ばかりは眠っているワケにはいかなかった。
「3秒、2秒、1秒……間に合ったか」
腕時計で、ハヤトは時間を確認する。
そして時計の針が、23時45分を指した瞬間だった。
5つのスポットライトが、23時45分になった瞬間に全て点灯し――その5条の光の内の1つがハヤトを照らした。
すると、彼を照らす光以外の光の中に……4体の人影が浮かび上がる。
『米』の光の中からは、スーツ姿の20代前半の男性。
『英』の光の中からは、黒い神父服と片眼鏡を身に着けた30代後半の男性。
『露』の光の中からは、防寒服を着た金髪碧眼の10代後半の女性。
『埃』の光の中からは、ヒジャブと呼ばれる中東の装束を纏った、ハヤトより5歳くらい年下に見える少女……という具合だ。
4体の人影は、まるで幽霊のように半透明だった。
だが彼らは幽霊のような、超自然的な存在ではない。その証拠に、まるで二次元の映像の如く、彼らの体に時々ノイズが走る。
そう。彼らは科学の力で現れた存在。
ぞれぞれの頭上で、燦々と光り輝くスポットライト型の投影装置によって、遠くに居ながら、あたかもこの場に居るかのように映し出された存在――つまり、立体映像なのである。
ちなみにこのスポットライト型投影装置。
地球人と異星人が共存する星川町に存在しているところからして理解していただけるだろうが、地球に存在する技術だけで生まれたモノではない。
そしてそんな投影装置を用いてまでハヤトが通信しようとする、この4人は何者かと言えば……何を隠そう、日本の星川町以外の『異星人共存エリア』の【揉め事相談所】で、ハヤトと同じく所長をしている人達だ。
『どうしたハヤト? 杖など突いて。ケガでもしたのか?』
『埃』と書かれた文字の上に映る女性――つまりエジプトから通信している揉め事相談所所長が、まるで老婆のような嗄れた声で、己が見ている立体映像に映る、杖を突くハヤトを心配し、訊ねた。
意外に思う人も居るだろうが、声を変えているのではなく元からの声だ。
「ちょっと無茶してな。まぁ気にしないでくれ」
暴走した結果とは恥ずかしくて言えず、ハヤトは言葉を濁した。
『そうか。ならば早速、報告会を始めよう』
『米』の文字の上に映る男性――つまりアメリカから通信している所長が、ハヤトが言葉を濁した事などお構いなしに、淡々とした声で、強引に本題に入った。
『まずはワタシからだ。以前報告したが……ウチは、町にこそ異変は無かったが、どこぞのハッカーのせいで「ペンタゴン」に隠されていた機密データを、アメリカ中のパソコンにばら撒かれてしまった。おかげでマスコミなどが大騒ぎだ』
アメリカの所長が、わざとらしく肩を竦める。
まるでイタズラ好きなペットのイタズラを、目撃したかのような呆れが、誰の目にも見て取れた。おそらくまだ絶望的な事態にまで発展してはいないのだろう。
『大丈夫なのぉ~~? 1つ1つのパソコンから~~……機密文書のデータを~~
……消すんでしょ~~?』
『露』の文字の上に映る女性――つまりロシアから通信している所長が、おっとりとした口調で訊ねる。
『心配無い。君達の居る「異星人共存エリア」から募った〝団員達〟がとても優秀でね。あと数週間もすれば解決する』
『なら~~……いいけど~~……』
『それで、犯人の目星は付いているのでございますか?』
『英』の文字の上に映る男性――つまりイギリスから通信をしている、神父であり所長でもある男が、アメリカの所長に訊ねた。
『ああ。犯人は「セーブ・ド・アース」だ』
アメリカの所長は即、断言した。
『なんと。あの「セーブ・ド・アース」か』
するとエジプトの所長が、苦々しい顔をしながら呟いた。
『セーブ・ド・アース』
それは異星人の存在を知っている者達の中で、異星人を特に忌み嫌っている者達によって結成された秘密団体である。
その全貌は未だに明らかになっておらず、謎の部分も多いが、その活動内容は主に『異星人共存エリア』に関する情報をリークし、世論を動かし、ハヤト達の活動を妨害する事であるのが、これまで確認が取れた彼らの言動から判明している。
ようはハヤト達にとって、地球側の敵である。
『まぁそれは置いといて、みんなの町ではどうだ? 変わった事はあったか?』
しかしアメリカの所長は『セーブ・ド・アース』を『それ』呼ばわりし、さらには強引に話題を変えてきた。
今は『セーブ・ド・アース』の事を話し合っている時ではなく、各国の『異星人共存エリア』で起こった事を話し合う時だから……という真面目な理由も勿論あるだろうが、それ以上にアメリカ側は、テロ組織『セーブ・ド・アース』関連の事件の揉み消しで忙しいのだ。
その後、ロシアの所長、イギリスの所長、エジプトの所長の順番で、それぞれが受け持つ『異星人共存エリア』の報告がされた。3人の住む町では、特に変わった事は無かったらしい。
そしてついに、ハヤトが報告する番になった。
ハヤトは1度溜め息を吐いた後、改めて報告した。
「星川町にバスターウォルフが現れて、その数日後、星川町に来た密航者が、正体不明の地球人に誘拐されかける事件が起きた」
次の瞬間。
ハヤト以外の4人の所長達は瞠目した。
『バスターウォルフのみならず……誘拐未遂事件だと? 本当なのか?』
「報告会でウソついてどうするんだよ?」
動揺のあまり声を震わせるエジプトの所長の確認に、ハヤトは気落ちした。
己のした報告が、自分を含めた、ここに集った【揉め事相談所】所長達にとっては到底看過できない事態――宇宙情勢がさらなる変転を始めた事実を告げているのを、彼自身も自覚しているためだ。
その事実とは即ち、特定の異星人を排斥しようとする勢力ではなく、利用しようとする存在。
地球と他の星々を繋ごうとする以上、必ず生まれ関わってくるであろうと、彼らの中で予測されていた第三勢力の出現だ。
『ロシアでも~~……たびたび密航者は現れるけど~~……密航者を~~……誘拐だなんて~~……』
ロシアの所長が話に加わった。
『まさかとは思いますが……「イルデガルト」なる、地球移住反対派の異星人達の差し金でしょうか?』
イギリスの所長が、おそるおそる意見を出した。
『イルデガルド』
『セーブ・ド・アース』と同じく、全貌が不明の組織。
地球の存在を知る異星人の中で、地球人を忌み嫌う者達が結成した秘密団体で、ある意味『セーブ・ド・アース』とは気が合いそうな組織だ。
その活動内容は、地球の『異星人共存エリア』に色々な人や物を秘密裏に、意図的に差し向け、地球人と関わるとロクな事がないぞ、と他の異星人達に思わせるという……なんとも回りくどい組織である。
そして、ハヤト達にとっては宇宙側の敵でもある。
「バスターウォルフに関しては『イルデガルド』の差し金だと思う。エサを求めるだけなら、星川町ではない町に現れてもおかしくないからな」
ハヤトは私見を述べた。
そもそもバスターウォルフは、日本で言うところの江戸時代後期から、明治時代初期にかけて、地球に連れてこられた外来種だ。
そして心無い飼い主によって地球に置き去りにされるなどが原因で、現在もその子孫が、地球上を彷徨っていると言われている。
もしその子孫を『イルデガルド』の構成員が発見・捕獲し、星川町に比較的近い地点で、しかも空腹状態で放したのだとしたら。
他の町を襲わず、星川町に現れるという不自然な状況にも納得である。
『じゃあ~~……誘拐犯の方はどう思ってるの~~?』
「誘拐犯については……まだ何も分からない」
ハヤトは頭を振った。
「昔からあったけど、俺達が確認できていない組織なのか。それとも、結成されたばかりの若い組織なのか。もしくは『セーブ・ド・アース』や『イルデガルド』の一部が独立して生まれた組織なのか。異星で執り行われている実行犯への取り調べの結果などを基にして、その段階からこれから調べる必要がある」
『なるほど。そんな連中が動き始めたんじゃ……早くこっちに居る助っ人達を君達に返した方がいいな』
アメリカの所長が、腕を組みながら言う。
『できるだけ~~……早めに返してくださいね~~?』
『いつ私達の町に誘拐犯が現れるか分かりませんから、早めにお願いします』
『ウム……確かにな』
「あ、そうだ。最後にもう1つ」
他国の所長達が助っ人の返却をせっつく中、ハヤトは言い忘れていた事があったのを思い出し、声を上げた。
『どうした、ハヤト?』
エジプトの所長がハヤトに訊ねる。
「ウチの相談所に……事務員として、1人仲間が増えた」
ハヤトは、言葉を選びながら簡潔に報告した。
『あら~~……あなたが仲間を作るだなんて~~……いつぶりかしら~~?』
するとロシアの所長は、珍しいモノを見るかのようにハヤトを見た。
『それで、その方は私達の〝団体〟に入るに相応しい方なのですか?』
一方イギリスの所長は、まずその事を気にした。
異星人を誘拐しようとする未知の勢力が新たに出現したのだから、ある意味当然の疑問と言えるだろう。
「ああ、問題無い」
ハヤトは即答した。
「事務仕事もある程度こなせて、異星人の事を大切に思ってくれている。しかも異能力『感知』を使える」
そして一応、その仲間であるかなえが異能力を使える事も話しておいた。新戦力を隠す理由が無いし、なにより信頼する仲間の前だ。隠し事はしたくなかった。
すると、その時だった。
突然4人の所長は驚いた顔をした。
『なんだと!? 異能力!?』
『え~~!? という事は~~……』
『その方はまさか!?』
どうやらハヤトの報告――主に異能力の辺りは、彼らにとって看過できない情報だったらしい。
『ハヤト、もしやその者は……日本では2人目の――』
そんな中、エジプトの所長が、ハヤトに質問しようとした。だが質問の途中で、ハヤトはその答えを告げた。
「いや、それがそうじゃないみたいなんだ」
ハヤトは肩を竦めながら答える。
「そいつと、そいつの家族の経歴を確認してみたけど、全く問題無かった」
『なに? いったいどういう事だ?』
アメリカの所長が、頭上に疑問符を浮かべつつ訊ねてきた。
「分からない」
その質問に、ハヤトは困った顔をしながら答えた。
どうやらかなえには、ハヤトにも解けない謎があるらしい。
「だけど経歴に問題が無ければ……別に仲間にしてもいいよな?」
そして質問に答えると、彼は4人の所長達に逆に訊ねた。
『まぁ、経歴に問題が無ければ、別にいいと思いますよ?』
『私も~~……同じです~~……』
『ウム。私もだ』
するとイギリスの所長、ロシアの所長、そしてエジプトの所長から、すぐに肯定的な意見が来た。
『そうだな。じゃあ、その者を我々の新しい仲間に加える事に――』
そしてアメリカの所長も、ハヤトに肯定的な返事をした……その時だった。
『ショチョー! 早く通信切ってくれへん? 時間が勿体無いで! MOTTAINAIやで!?』
アメリカの所長の立体映像から、流暢な関西弁が聞こえてきた。
「……んん?」
ハヤトは、その関西弁に聞き覚えがあった。
なぜなら、その声の主は。
「…………ギン、元気そうですね」
『ああ。彼はウチのムードメイカーとしても頑張ってくれているよ。さすがは君の部下だ』
「いや、俺の部下だという事は別に関係無いと思うけど?」
ハヤトは苦笑しながらアメリカの所長に言った。するとアメリカの所長は朗らかに笑いながら、
『さて、時間も時間だし、そろそろお開きにしよう。じゃあみんな……これからも警戒を緩めないように』
「ああ」
『はい~~』
『分かりました』
『ウム』
アメリカの所長による、報告会の終了の言葉と共に、十人十色ならぬ四人四色な返事が戻ってくる。
それと同時に、スポットライトの光が消えた。
部屋が元の暗い状態に戻り、静寂も戻る。それを確認すると、ハヤトは部屋から出て、部屋を元通りに隠したのだった。