Episode021 来訪者の正体
「光ハヤトォォォォーーーーッッッ!!!! やっと見つけたぞォォォォーーーーッッッ!!!!」
「……ん!?」
それは、登校途中の事だった。
どこからともなく、謎の大声が通学路に響き渡った。
偶然にもそれを聞いた不動カルマは、思わず体をビクッと震わせた。
台詞からして、自分ではなく友人であるハヤトに用があるのだろうが、それでもいきなりその場に大声が響き渡れば、自分には関係無くとも反応してしまうのは、生物の持つ防衛本能のせいだろうか。
「……な、なんだぁ!? ハヤトが何か関係しているのか!?」
聞いた瞬間、蛇に睨まれた蛙が如く、そして己の姓と同じく、不動金縛りの状態になったものの、すぐに正気に戻るカルマ。
そしてその声の中に、親友の名前があった事を思い出すと……途端に彼はハヤトが心配になった。
「……ハヤト、無事でいろよ」
カルマは呟き、すぐに大声がした方へと駆け出した。
ハヤトとは違い、彼は喧嘩や格闘の類は大の苦手だ。
(だけど、きっとそんな自分にも……何かできるハズだ)
心の中で、自分にそう言い聞かせ、彼は親友のため、恐怖を押し殺し、声がした場所へと向かう。
そして、行き着いた先で彼が見たモノは――。
「……ぁ……が……」
ガッシリとした体格の少年が、立ったまま気絶した瞬間。
そして、
「…………ハヤト、これはいったい……どういう状況なんだ?」
見事その少年の鳩尾に正拳突きを決めた瞬間の、親友の姿だった。
「あ、カルマ」
カルマの存在に気付いたハヤトが、彼へと振り向いた。
ハヤトはどこか草臥れたような……もしくは迷惑そうな顔をしていた。カルマは自分に向けられた顔ではと思い、一瞬憤りを覚えた。
だが自分を見た瞬間に、ハヤトの顔の緊張が僅かに解けた。
その事に気付くと、先ほどの顔は、己ではなく気絶した少年へと向けられたモノなのではないか、とカルマは考えを改めた。
「ちょうどよかった」
ハヤトの顔の緊張が、さらに解ける。
それにより、カルマは自分の考えに確証を得た。と同時に、ハヤトが自分に迷惑そうな顔をするハズないじゃないか、と反省した。
「コイツを保健室に運ぶの、手伝ってくれないか? さすがに放置はマズいし」
自分が気絶させた少年に指を差しながら、ハヤトは訊ねた。同時に、また彼の顔が強張った。
どうもハヤトの、カルマと、指差した少年への顔色の変化が顕著だ。それだけでカルマもようやく理解した。
――気絶している少年は、少なくともカルマのような友人ではないのだと。
だが同時に、彼の中に疑問が湧いた。
そこまでハヤトの顔をコロコロ変えさせる、おそらく、ハヤトに喧嘩を売ったであろうこの少年は……いったい何者なのかと。
とりあえず運ぶ事を了承し、気絶した少年の足の方へと回り、両足を抱えると、カルマは早速ハヤトにその事を訊ねようとした。
だがハヤトは質問してほしくないと言わんばかりに、カルマから目を逸らすと、すぐに少年の上半身を、脇から抱え込んで持った。
仕方なくカルマは、ハヤトと歩調を合わせて中学校へと歩き出す。
※
「で、ハヤト、コイツ誰?」
だが諦めきれないカルマは、道中、思い切ってハヤトに訊ねてみた。
するとハヤトは、話す事さえ嫌なのか、またしても顔を強張らせたが、
「…………半年くらい前に会って以来、俺を一方的にライバル視していやがるアルガーノ星人だ。ちなみに名前はジェイド」
いずれは親友にも知られる事だ、と割り切り、嫌々ながらも答えた。
「へ、へぇ……お前にもライバルが居たんだ」
まさかの予想の斜め上を行く答えに、カルマは一瞬呆然とした。
だが、これはこれで面白い答えだ、とでも思ったのか、彼はすぐにニヤニヤ笑いながらハヤトをからかった。
「いや、だからコイツが勝手に俺をライバル視してるんだって」
勘弁してくれ、と心の中で思いながら、ハヤトは溜め息を吐いた。
※
天宮かなえは、スカートを両手で押さえた格好のまま、学校へと向かうハヤトとカルマ、そしてジェイドを見て呆然としていた。
(な……なに? 今のスピード……?)
ついさっき、自分の目の前で起こった事が理解できず、困惑しているのだ。
いや、正確に言えば、何が起こったのかは、しようと思えば、今からでも言葉で表現できる。だがそれが起こるまでの展開があまりにも早かった。
それこそ、ついさっき起こった出来事の余波でスカートが捲れそうになるという創作作品の中だけで起こり得る、あり得ない現象が起こるほどに。
(ま、待って……とりあえず何が起こったかを整理しよう)
思考の迷路に入り込みそうになる寸前。かなえはハッと我に返った。
そしてこれ以上自分の頭が混乱しないよう、丁寧に、先ほど起こった事を頭の中で整理した。
かなえはまず、ハヤトに倒された少年の名を『少年Ⅹ』とした。
異星人が存在するのとは別の意味で、あまりにも現実離れした現象に思わず呆然とし、ハヤトとカルマの会話をちゃんと聞いていなかったため、かなえはジェイドの名前を覚えていなかった。
最初『少年Ⅹ』が、ハヤトの目の前に突然出現。
次にハヤトが、面倒臭そうな顔をしながら構え。
同時に『少年Ⅹ』が、ハヤトに向かって行った瞬間――。
――ハヤトが『少年Ⅹ』に正拳突きを決めていた。
(…………速過ぎて……全然見えなかった)
ハヤトと『少年Ⅹ』の間には、数mの間合いがあったハズだった。
しかしその間合いを、ハヤトは一瞬で詰め『少年Ⅹ』に一撃を与えた。
まるで海外のコメディ・アニメでよく見られる逃げ足。もしくは、日本におけるバトルモノの超高速戦闘に匹敵する超スピードをハヤトが出せなければ、けっして成立しえない出来事だ。
(漫画やアニメじゃあるまいし……強風ってほどじゃないけど、スカートを押さえなきゃいけないくらい強めの風を起こせるほどの超スピードなんて……普通、人間に出せるモノなの!?)
この星川町に来てから何度目かになる混乱に、かなえは再び襲われた。
なにせ彼女は、そんな現実離れした速度を出したハヤトを目の前で……今回のも足して3回も目撃していたのだから。
1回目は、バスターウォルフ戦での事。
あの時のハヤトは、バスターウォルフの反応速度に迫らんばかりの速度で反応し見事バスターウォルフを撃退した。
2回目は、ランスとエイミーと亜貴を救出した時の事だ。
あの時のハヤトは3人を助けるため、3人と車の間に超スピードで移動し割って入った。それも車に轢かれるという、即死レヴェルのリスクを一切恐れずに。
バイクに乗っていた、同じく3人を追っていた男を倒した町長補佐の黒井和夫も凄かったが、バイクに関しては、亜貴たちが簡単に逃げられないよう、通せん坊の役目を果たしていたのか、徐行していたため簡単に追い付けた。
(…………アイツって、いったい何者なの?)
バスターウォルフ退治、そしてランスとエイミーの誘拐未遂事件、そして今回、目の前で起こった出来事を第三者目線で今まで見てきたからこそ、かなえは改めて疑問に思う。
人間よりも感覚が鋭い野生宇宙生物に負けず劣らずな身体能力。
そして死を恐れていないかのような、大人顔負けの冷静さと実行力。
果たしてこれらは、中学2年生の男子生徒如きが、簡単に身に付けられるモノであろうか?
もしそうでないのだとしたら、光ハヤトとはいったい何者なのだろうと……。
と、かなえの中でハヤトへの謎がさらに深まった時だった。
「おお~~っっっ!! ついについについに帰ってきたわよあの男!!」
「もうこの町にけぇへんかと思ったで!!」
「早く学校中に知らせなぁイカンぜよ!!」
優、リュン、ユンファによる、なぜかハイテンションな会話が、かなえの後方で始まった。まるで憧れの先輩辺りが母校に帰ってきたかのような会話だ。
「……あの男、みんな知ってんの?」
なぜ3人がそこまで盛り上がるのか。そして心の奥で、何気に『少年Ⅹ』の正体が気になっていたかなえは、さり気なく3人に訊ねてみた。
「……ああっ! そういえばかなえちん、知らなかったっけ!」
すると優が、やはりハイテンションな口調で教えてくれた。
彼女の話によると『少年X』の名前はジェイド=コナーズ。
出身は、密航者であったランスとエイミーと同じ、惑星アルガーノ。
なぜか『強いヤツ』を捜す旅をしているらしく、その旅の途中でハヤトに出会い瞬殺され……以降、ハヤトに幾度となく挑戦し続けている少年、だそうだ。
「……話は大体分かったけど……どうしてみんな、そうハイテンションなワケ?」
かなえは眉根を寄せ、頭上に疑問符を浮かべながら質問した。
彼女は本気で、友人達がそこまで盛り上がる理由が理解できなかったのだ。
すると3人は、さらにテンションを上げて、
「なぜって!! そりゃハイテンションにもなるで!!」
「ハヤト君とジェイド君のガチバトル!!」
「男と男のぶつかり合いに!!」
そして3人は、タイミングを合わせたかのように――。
「「「テンション上がらない人が居ますか!!?」」」
――目をキラキラさせながら叫んだ。
(…………ま、まさか……娯楽が少ないこの町における娯楽の1つなの!?)
いつもと違う自分の友達を見て、かなえはようやく、ジェイドのこの町における立ち位置を大体理解したのだった。
※
7時46分
「ふぅ……重たかった!」
「あぁ……まったくだ!」
ジェイドを保健室のベッドに寝かせると、ハヤトとカルマは、すぐに隣のベッドに座り込んだ。自分達より年上の少年を運んできたのである。無理もなかった。
「ていうかさ、この町を護るってのも大変だな。いつもこんな忙しいなんてさ」
「いや、もっと忙しい時があるよ。この町にはいろんなヤツが出入りするからな。特に今年の大晦日なんかは」
ハヤトは険しい顔つきで、保健室の窓の外を見た。
カルマには、ハヤトがどこを見ているのか分からなかった。
だが、ハヤトのその揺るぎない『なにがなんでも、星川町を存続させる』という決意は、ビシビシと伝わってきた。
そしてそんなハヤトを見ていて、カルマは悲しい気持ちになった。
――ハヤトだけに、この町の命運を背負わせていいのか?
――自分も、町のために何かできないだろうか?
そう、自問自答せずにはいられなかった。
でも、自分では答えを出せなかった。
だからカルマは、ハヤトの目を見て訊ねた。
「……なぁハヤト、俺は先日、お前の知る星川町の秘密を全て聞いた。それで俺はお前と同じ夢を叶えたいと、心の底から思った。だからハヤト、教えてくれ。俺に何ができるかを」
ハヤトと同じ、修羅の道を歩む覚悟を決めて。
「…………カルマ……」
親友の覚悟を、ハヤトはその口調、そして表情からすぐに理解した。
同時に、自分の夢と、それを叶えるための修羅の道を共に歩む覚悟を決めさせた事に、嬉しさと申し訳ない気持ちを覚えた。
本当は、彼には普通の中学生としての生活を送ってほしかった。家族と共に平和を享受していてほしかった。
ハヤトが身を投じている世界は、それだけ過酷な世界だ。
けれどだからこそ、ハヤト1人で歩み続ける事は難しい。
それこそ、異能力を持っている事を除けば、普通の女子中学生であるかなえを、巻き込まなければいけないほどだ。
だがハヤトは話してしまった。
己の心の弱さ故に、話してしまった。
もう後戻りはできない。だからこそ。
「ありがとう」
ハヤトも、カルマの覚悟に応える覚悟をし。そして親友の覚悟に感謝した。
本当は『ありがとう』だけでは感謝しきれないほど、ハヤトは嬉しかった。
でも、それ以上の感謝の言葉が頭に思い浮かばない。
だから再度、ハヤトは言った。
「ありがとう」
そして、彼は告げる。
カルマにしかできない役目を。
ハヤトが星川町に居ると突き止めた彼にしかできない、重要な役目を。
「……そんなので、いいのか?」
カルマは、呆気に取られた顔をしながら訊ねた。
「ああ。お前にしかできないよ、この役目は」
ハヤトは真剣な表情で頷いてから、さらに続けた。
「なにせお前は――」
しかし最後まで、その言葉は紡げなかった。
キーンコーンカーンコーン♪ キーンコーンカーンコーン♪
ホームルーム開始5分前を告げる予鈴が、校舎に響き渡った。
急いで教室に向かわなくては、2人とも遅刻になってしまう。
「……話はまた今度だな、カルマ」
「ああ。そうだな」
なんだか中途半端な会話になってしまった。
まだまだ話していたいと、同時に2人は心の中で思った。
――けど時間はまだまだある。
――続きは放課後にでもすればいい。
しかしすぐにそう考え直すと、2人は同時に教室へと駆け出した。