Episode020 謎の来訪者
5月31日(火)
月の裏側。
そこは万物の霊長としてこの地球上に君臨する人類どころか、古今東西あらゆる地球生物でさえも肉眼で見る事ができない――未知の領域。
宇宙や星々の謎を解くために、人類が宇宙へと放った、英知の結晶が1つ『人工衛星』が映した映像でしか見る事が叶わぬ――神秘の領域。
そしてその神秘性が在るが故に。
必然的に月にも、地球を舞台とした都市伝説の神秘性にも劣らない、数々のミステリアスな都市伝説が誕生した。
曰く。月の裏側には異星人、もしくは第二次世界大戦で敗北したナチスの残党達の秘密基地があると。
曰く。月に生息する異星人が、自分達と、秘密基地の存在を秘匿するために月の自転を止めていると。
正直に言えば、それらはとても荒唐無稽で、信憑性が無い都市伝説だ。
しかしだからと言って。果たして全部が全部空想と言えるのだろうか。
『嘘から出た実』という諺の通り、都市伝説の中には偶然にも、事実を言い当ててしまったモノもあるのではないか。
そしてこの宇宙においては――ある1つの都市伝説が、見事的中してしまった。
その当たってしまった都市伝説とは、月の裏側に在る異星人の秘密基地の存在。
地球を侵略するために、遥か彼方にある惑星からやってきた異星人達の前線基地――というワケではない。残念ながら。
秘密基地でないならいったい何なのか。
それは我々が住まう地球に、旅行目的や物資の輸出入のために訪れる異星人達のための『宇宙空港』だ。
かつて地球に密航したランスとエイミーが隠れていた貨物宇宙船も、地球の航空レーダーに引っ掛からない処置をするため1度寄った場所である。
まぁその存在が秘匿され続けているという点では、秘密基地と大差あるまいが。
そんな月の裏側の宇宙空港に、一隻の、地球の『異星人共存エリア』行きの旅客宇宙船が着陸した。
無事に着陸すると同時に『本日は当機をご利用いただき、誠にありがとうございます』とありふれたアナウンスが入り、続いて『ただ今より、到着先の惑星の航空レーダーに探知されないための処置を開始致します。万が一の可能性を考え、お手数ではございますが、搭乗されておられますお客様はその間、宇宙空港にてお待ちくださいますようお願いします』とありふれないアナウンスが入った。
それもこれも『異星人共存エリア』という実験場の存在からも分かる通り、地球人が全員、異星人受け入れに対して寛容というワケではないから。普通に来訪した場合、下手をすれば対空ミサイルを放たれかねないからだ。
ならば最初からその処置を宇宙船に施せばいいではないか、と思う方も居るかもしれないが、そうすると、犯罪者でない限り残すべき記録が残らないため、地球にほど近い月で処置を施すしかないのである。
そんな理由から乗客達が宇宙空港へ移動を開始し、そして移動が終わるや否や、処置の前に、まず乗客の有無、そして座席などの点検のため、青い制服を着た数人のフライトアテンダント達が動き出した……その時である。
フライトアテンダントの1人が、席に座り眠ったまま、船内に取り残されている少年の存在に気付いた。
気付いたフライトアテンダントは、すかさず少年へと声をかけた。
「お客様、起きてください。機内の点検のため、1度お降りになってください。他のお客様はもうお降りになられましたよ?」
「……んあ? もうそんな時間なのか」
彼女の声を聞き、少年は寝ぼけ眼を手で擦りながら、ゆっくりと目を開けた。
「はい、そんな時間ですよ」
フライトアテンダントの女性は笑顔でそう答えると、
「それにしてもお客様、1年ちょっと前から、ちょいちょい当旅客宇宙船をご利用になられていますよね? 地球に何かあるのですか?」
少年の顔に見覚えがあったのだろう。前々から抱いていた疑問を、勤務中であるにも拘わらず自然とぶつけていた。
「ああ。絶対に倒さなきゃいけねぇヤツが、あの惑星に居るからな」
すると少年は、フライトアテンダントの質問に対し、誇らしげに、宇宙船の窓の外から見える地球を指差しながらそう答えた。
だがその答えは、話し相手のフライトアテンダントどころか、彼女以外のフライトアテンダントにとってもワケが分からないモノだった。いや、それ以前にとても物騒だったので、彼女達はそれ以上、口を挟む事ができなかった。
※
同日 7時38分
地球人と異星人が共存する町『星川町』に住む女子中学生である天宮かなえは、友人のリュンとユンファ、そして優の3人と登校していた。
ちなみにハヤトに紹介された、異能力リミッターはまだ装着していない。彼の話によると、リミッターは6月の上旬頃に届くらしいからだ。
(やっぱ……すぐ手に入るワケじゃないんだ)
それを知ると、かなえは少し落ち込んだ。
予想はしていた。
宇宙は、とてもとても広い。
だから届くのだってそれなりに時間が掛かる、と。
ワープ航行技術自体はあるそうだが、それを使っても数十回ワープしなければ、地球に届かないらしい。
(まぁでも、いつか必ず届くんだし……落ち込んでるだけ損よね)
だがいい加減、彼女はそのような気分でいるのにもウンザリしてきた。
故にすぐに、気持ちを切り替えたかなえは、改めて気合を入れ直した。
(もう少しの辛抱! リミッター届くまで、頑張れ私!!)
そしてかなえは、友達との会話に参加し――。
「そういえばかなえちんさぁ、明日から【星川町揉め事相談所】の所員になるんだって?」
――ようと思った瞬間。
いきなり優に、あまり思い出したくない話題を振られた。
「えっ!? なんなんなんなん!?」
「聞いてないぜよかなえちん!?」
リュンとユンファが、目を輝かせながらかなえに詰め寄った。
いつの間にやら、優も目を輝かせながらかなえを見つめている。
「えっ……ちょ、なに!? なんなの3人共、その目は!?」
これにはさすがのかなえもギョッとした。
なぜにここまで友人達が迫ってくるのか本気で分からない。
「ま、まさかかなえちん……ハヤト君の事を……ッ!?」
「まぁ、確かにハヤト君は……『町立星川中学校』女子全員が、かなえちんが転校してくる前に決めた『彼氏にしたい男性ランキング』第3位になるくらいイケメンやからな~」
「お近付きになりたい気持ちはよう分かるぜよ~」
しかしそんなかなえの事などお構いなしに、優とリュン、そしてユンファは勝手にうんうんと頷き合いながらそう解釈した。
聞いた途端、内容が内容だけに、反射的にかなえの顔が火照った。恥ずかしさのあまり頭が混乱し、言葉に詰まってしまう。
だが今ここで誤解を解いておかなければ、これからの学園生活が厄介になるかもしれない。故に彼女は、なんとか反論する。
「え、私の転校前にそんな事やってたの……って、いやいやいや、ハヤトとは全然そんなんじゃないってば。確かに顔立ちは良いと思うけど……タイプじゃないわ。ていうかお近付きになりたいなら、なんでみんなは相談所の手伝いをしないの?」
だが混乱した頭で考えつつ話したため、最初、若干論点がズレそうだったが、なんとか修正しつつ、かなえは訊ねた。
「いや、実はウチらも……この町が出来て数ヶ月経った頃に手伝いを申し出たんやで?」
するとリュンは、あっさりとした口調でそう返した。
「……えっ!? そうなの!?」
リュンが答えたまさかの事実に、かなえは一瞬面食らった。
まさか相談所の手伝いを、自分からしたがる物好きが居たとは。しかもそれが、自分の友達だったとは。
【揉め事相談所】の裏の仕事を知ってしまったかなえからしてみれば、あまりにも信じられない事だった。
「でもハヤト君に『この仕事は普通の子には危ないよ』って言われてな」
「そうそう。で、その後ハヤト君に相談所の裏の仕事を教えられて……」
「それで仕方なく私達は『民間協力者』っちゅう形で、困った時にだけ手伝う事に決めたの」
「そ……そうなんだ」
(なんかハヤト、モテモテだな)
3人の連続トークに、かなえは圧倒されつつそう思った。
顔立ちは整っている上に性格も悪くない。しかも人間離れした強さを持つ。
最後のは余計かもしれないが、それでも、ハヤトはハヤトでそれなりに、異性を引き付ける魅力を持っているのは確かだった。
まぁかなえの場合、先ほど言った通りハヤトは好みのタイプというワケではないので、友人達ほど盛り上がる事はできないが。
「でも、どうしてかなえちんが『民間協力者』じゃなくて『所員』として採用されたんだろ?」
そして話題は、優が放ったこの疑問を合図にして唐突に変わる。
「た、確かにそうやな! なんで引っ越してきたばっかのかなえちんが採用されるんや!?」
「そういえば、前にバスターウォルフをハヤト君が倒した時……かなえちんがそばに居たという噂があるけど……」
「まさかかなえちん、ハヤト君の仕事を手伝えるくらいの、なんらかの才能があるの!?」
しかし彼女達は、新たに生まれた流れにすぐに順応し、ほんの数秒でかなえへの質問へ移行する。
「え……え~~……っと……」
他に盛り上がる話題が無いのだろうか。
なぜか男女関係の話題に敏感に反応する友人達に対して、かなえはどう答えたらいいのか分からなかった。
友人達の迫力に気圧されている、というのもあるがそれ以上に、異能力『感知』を自分が持っている事を説明できないからだ。
説明できるならばそうしたい。だがもしその事を告げれば3人がどう反応するか分からない。
様々な物語の中で語られる、異能力者に対する差別の事が脳裏を過り、かなえは何も言えなかった。
「おっ! 噂をすれば!」
するとその時だった。
優が、悩めるかなえの背後へと視線を向けながら声を上げた。
(…………まさか……?)
優の台詞からして嫌な予感を覚え、かなえはすぐに振り返った。
するとそこには予想通り、自分達と同じく歩いて登校しているハヤトが居た。
かなえ達が今いる場所から数十m先にある、十字路の右側の道。そこからかなえ達が歩いている通学路へと、欠伸をしながら入るハヤトが。
「よしっ! この際よ! 直接ハヤト君に、なぜかなえちんを採用したか、訊ねてみよう!」
優の突然の提案に、リュンとユンファはすぐに頷いた。
「えっ!? ちょ……まっ……!?」
『善は急げ』とばかりに、すぐにハヤトの居る方へと向かう優達。
かなえは咄嗟に止めようとしたものの、3人は自分達を捕まえようとするかなえの手を簡単にすり抜け、速足でハヤトの方へと駆けていく。
(ヤバい……このままじゃ異能力の事バレるかも!?)
かなえは未だかつてない危機感を抱いた。
『かなえをなぜ採用したのか?』
その答えは、かなえがきつく口止めしている。
そのためハヤトは優達に、かなえの異能力の事を言う事はおそらくあるまい。
でも優達が、なんらかの方法で突き止める可能性が……もしかするとほんの少しだがあるかもしれない。
その考えにまで至ったかなえは、慌てて優達を止めようと駆け出した。
「光ハヤトォォォォーーーーッッッ!!!! やっと見つけたぞォォォォーーーー
ッッッ!!!!」
だがまさに、その時。
星川町を囲っている、森林の動物にまで聞こえそうで。
この場で起こっている、全ての悩みを吹き飛ばしかねない。
さらには立ったまま舟を漕いでいる者を、1発で覚醒させ得る。
そんな、凄まじい大声が。
平和な通学路に、突如響き渡った。
水を差される形となったかなえ達は、思わず一瞬唖然とした。
だがその一瞬が過ぎると、音源と思しき方向へと、大声を聞いた者は全員一斉に振り向いた。
みんなの視線の先――ハヤトの数m前方に、1人の少年が現れるのが見えた。
いや、正確には『降り立つのが見えた』という表現の方が、正しいだろうか。
声を発した少年は、なんと民家の屋根から通学路へと飛び降りたのだから。
なんとも危ない登場の仕方であろうか。下手をすれば確実に捻挫してしまう登場シーンである。
そんな危なっかしい謎の少年は、1度見たらなかなか忘れられないような見た目をしていた。
生やした頭髪は緑色で、何日も手入れしていないのかボッサボサ。着ている服も少々ボロボロで、ちゃんと洗濯をしてるのか怪しいところだ。一方、体格はハヤトよりガッシリしており、おそらく年齢はハヤト達より2、3歳上であろう。
そんなボロボロ年上少年は、ハヤトに向かって再び叫んだ。
「光ハヤトぉ!!!! 俺と勝負だぁ!!!!」
「……………………はい?」
かなえは、全く状況を理解できなかった。