Episode002 新しい学校
和夫はこの町の注意事項を話し終えると、かなえの両親に数枚の書類を配った。
この町に住む為に必要な書類らしい。2人がその数枚の書類にサインをし終えると、和夫はすぐに書類を回収し、
「あともう少ししたら、昼食から、引っ越し業者の方が戻りますので、何か困った事があれば彼らに言ってください。彼らには僕の連絡先を教えてあるので。それではご機嫌よう」
そう言ってすぐに席を立ち、さっさと家から出て行った。
(そんなに忙しい仕事なのか? 町長補佐って)
ふと哲朗は思ったが、今はそんな事を考えている時間も惜しい。
「さぁ俺達だけでも、できる範囲で、先にある程度は荷物整理を終わらせようか」
※
5月9日(月)
転校初日。かなえは、星川町にある中学校『町立星川中学校』の、2-2の教室の黒板の前に立っていた。
制服も、転校生モノでよくありがちの『まだ届いていないために着ている、前の学校の制服』ではなく、ちゃんとこの学校のそれである。
「今日からみんなと一緒に勉強する、天宮かなえさんです」
クラス担任の加賀美麗香先生は、かなえのフルネームを白チョークで黒板に書くと、かなえをクラスのみんなに紹介した。
クラスのみんなは、かなえを興味津々な目でジロジロと見ていた。
それに対してかなえは、思わず苦笑いを浮かべた。
別に、ジロジロ見られるのが嫌というワケではない。ただ、かなえはまた感じていたのだ。
この町に引っ越した時にも感じた〝ナニか〟を。
(もしかして、幻覚なのかな?)
おかげでかなえの頭に、一瞬そんな考えが過った。
「あら? 顔色悪いわよ? 具合悪いの?」
そんなかなえの様子に気付いた麗香先生は、かなえの顔を覗き込むと、心配そうな顔で声をかける。かなえは慌てて誤魔化した。
「な……なんでもありません。ハハ……」
無理やり笑ったため顔が強張ったが、そんな事は気にしない。
麗香先生は心配そうにかなえを見たが、かなえの気持ちを汲み、話を進める事にした。
「そう。じゃあ自己紹介をしてくれる?」
「はい。○○市✕✕町の『市立△△中学』から転校してきた天宮かなえです。これからよろしくお願いします」
かなえの自己紹介に、クラスのみんなは拍手で応えた。
「じゃあ、かなえさんの席は……窓際の、後ろから2番目の席ね」
「はい」
かなえは自分の席の方へと歩き出す。
するとその最中、かなえは自分の後ろの席に座っている少年が、顔を窓側に向け居眠りをしている事に気付いた。
これはいけない、と思ったかなえは、すぐにその事を麗香先生に知らせた。
「先生、私の後ろの人、居眠りしてるんですけど?」
すると麗香先生は、急に思い出したかのように、
「ああ、彼はいいのよ」
「えっ?」
予想外の返答をされた。
普通、ここは先生が少年を起こさなきゃいけない状況のハズ。なのになぜ、先生は少年の居眠りを許しているのだろうか。
「彼は授業の前にはちゃんと起きるし、それに……」
「それに?」
「彼が真夜中までいろいろ頑張っているから、私やこのクラスのみんながこの町に居られるんですもの。少しくらいの居眠りは、大目に見てあげなきゃ」
「えっ? この町に居られる? それっていったいどういう……?」
どういう事なのか、ワケが分からないかなえは麗香先生に訊ねようとした。
だがその時。
「う~~ん……ムニャムニャ……」
太陽光が眩しいのか、少年はちょうどいいタイミングで顔を廊下側に向けた。
かなえは少年の顔を見た。口から涎が垂れていて少しみっともないが、その少年はそれなりに、整った顔立ちをしていた。
(コイツ、真夜中までいったい何してんだろ?)
なんだか残念な少年の様子を前に、かなえはふと思った。
※
「あ~~……よく寝た!」
麗香先生が言った通り、少年は1時間目開始の数分前に本当に起きた。
「本当に起きた。アンタ、どんだけ正確な体内時計持ってんのよ」
麗香先生の言った通りになった事に、驚きと呆れが混ざったかのような微妙な顔をしながら、かなえは少年に声をかけた。
「ん? お前誰だ?」
かなえを見るなり、少年はいきなりそう質問した。
寝ていたのだから知らなくて当然だが、それでも少々失礼だった。
「今日この学校に転校した、天宮かなえよ」
かなえは一瞬怒りを覚えたが、それでも改めて自己紹介をした。
少年は重たい目を右手で擦りながら記憶を辿る。するとすぐに彼は思い出し、
「転校生? あぁそうかそうか。そういや今日だったな。転校生来るの」
思い出すや否や、少年はすぐに1時間目の授業の準備に取り掛かった。
「ちょっと、名乗ってあげたんだから、アンタも名乗りなさいよ」
「ん? 名乗ってくれと言った覚えは無いんだが」
確かに少年はかなえに誰かを訊いただけで、名前は訊いていない。
「 と に か く ! 名乗ってくださる!?」
あまりにも失礼な態度の少年に、ついに我慢の限界を迎えたかなえ。
彼女は少年の机を両手で叩くと、彼に向かって(怒り皺+大きめの声+)笑顔で再度訊ねた。
「わ……分かった。分かったから抑えて抑えて」
少年は慌ててかなえを制し、名乗った。
「俺の名前は光ハヤト。【星川町揉め事相談所】の所長もしている生徒だ」
「えっ? しょ……所長!?」
(私と同い年の中学生が、私が昨日見た【星川町揉め事相談所】の……所長!?)
かなえはその自己紹介に、目を丸くするほど驚いた。
なにせ所長である。
本来であれば大人のみが就けるような階級である。それに、1人の男子中学生がなっていると言う。聞く人が聞けば厨二病の類の台詞にしか聞こえない。
(……って、そんなワケ無いよね)
なので、かなえはすぐに考え直した。
そして彼女は、少し間を置いてから改めて訊ねる。
「ウソでしょ?」
「ホントだよ?」
しかしそんな彼女の疑問は、即答された。
それもハヤトにではない。その隣の席に座る綾瀬清隆にだ。
まさかの第三者からの即答にギョッとしつつも、かなえはすぐに、彼の方に顔を向けた。すると清隆は苦笑しながら、さらにかなえに言った。
「なんでか知らないけど、ハヤトは所長をやってるんだ。この星川町が生まれた時からね」
「えっ? この町が生まれた時から!?」
だがその証言は、かなえをますます混乱させるだけだった。
「まぁそういう事だ。何か困った事があったら俺に相談してくれ。力になるぜ?」
ハヤトは柔らかい笑みを見せながら言った。
それは、混乱しているかなえをひとまず安心させるためか。
それとも、混乱するかなえに気付いていないからしたのか。
かなえには分からなかったが、とりあえずその証言の真偽については、今この場では説明してくれないのだという事は分かり、微妙な気持ちになった。
その言葉のおかげで、少しはこれからの学校生活に対して安心感を持てたが。
「ヒュウッ! か~~っくい~~!」
かなえの隣の席の伊万里優が茶化すように言った。かなえは、この場の雰囲気に対する返事も含め、なんて言ったらいいのか分からず……全く言葉が出なかった。
するとその時。
いいタイミングで授業開始のチャイムが鳴り響き、先生が入ってきたため、この話題は保留となった。
※
「はぁ、やっと授業が終わった~~」
放課後の終礼のチャイムと共に、かなえは伸びをした。
転校初日という事もあって、緊張したり、前の学校との習っているところの差で苦戦したため……というのも勿論あるが、彼女も彼女で、大半の人間のように勉強大好きな人間というワケではないのである。
「おっ! やっぱかなえちんも授業苦手?」
伸びを終えると同時に、隣の席の伊万里優が、かなえに話しかけてきた。
自己紹介の後、大半のクラスメイトと、かなえはすぐに仲良くなる事ができた。伊万里優とも、もうすっかり友達である。
そうなれたのは、かなえが積極的だからなのか、それとも……。
「うん。やっぱ机に座って黒板を見続けるのはちょっとね~~」
「だよねぇ。あ、そうだかなえちん、一緒にこの町のゲーセン行かない?」
「あ、行く行く!」
その後2人は、他の、ゲームセンターに行きたい人も誘うと、かなえの歓迎会も兼ねて、みんなで一緒にゲームセンターへと向かった。
一方でハヤトは、かなえ達がゲームセンターに向かうのを見届け、自分も仕事場に向かおうと席を立った……その時だった。
かなえの机の中に、ある紙が数枚入っている事に彼は気付いた。
「んっ? この紙は……」
※
かなえはゲームセンターの中で、新しい中学の友達と共に思いきり遊んでいた。
とても楽しいから、というのもあるが、前の中学の友達への未練を断ち切るためでもあった。
やっぱりまだ、前の中学の友達と別れたくないという気持ちはある。
だけど引っ越してしまったものは仕方ないと割り切り、新しい生活、新しい友達にできるだけ早く慣れようと、かなえは努力した……。
※
「はぁ~~……遊んだ遊んだ!」
ゲームセンターからの帰り道、かなえは笑顔で、叫ぶように言った。
遊びまくったおかげか、もうほとんど、心の中のモヤモヤが取れた気がした。
「でもかなえちん、ちょっと遊び過ぎじゃない? 私の家の場合は、もしもの場合が起こらない限り半分放任主義状態な感じだからいいけど、こんな時間まで」
一緒に帰っている優が、腕時計を見ながらかなえに訊ねてきた。
その針は、17時45分を指している。
「あぁ平気平気。私の両親、この町の病院に勤務してるから、ちょっと遅く帰っても、家には誰も居ないって」
「そ……そう。ならいいけど……じゃあ私、家こっちだから」
「うん。じゃあね」
ゲームセンターのすぐ目の前の丁字路で、2人は別れた。
※
「ただいまぁ……ってやっぱ2人共帰ってない……か……」
5分くらい掛けて、かなえは家に到着した。
だがその家には明かりが灯っていなければ、車庫の方に車も無い。彼女の両親は先ほど彼女が言ったように医者と看護師なのだから、帰る時間が遅いのだ。
「……とりあえず、宿題でもしよう」
でも急患が無い限り、できる限り早く帰ってきてくれる努力をしてくれている事をかなえは知っている。だからそこまで寂しさは覚えない。それどころか、患者のために戦いながらも娘にまで気を配ってくれる両親を誇りにさえ思う。だから彼女は、いつも通りに。転校前から続けているルーティンを繰り返す。
まずはいつも通りに玄関の鍵を開け中に入り、冷蔵庫に入っていた夕飯をいつも通りにレンジで温め、それを食べ、使用した皿を洗って棚にしまい、いつも通りに自分の部屋のドアを開けて中に入る。
「さて。宿題のプリントはどこかな、と……ってあれ?」
そして今日出た宿題を済ませるために、かなえはカバンの中を手で探った。だがどこにも宿題のプリントが無い。
最終手段として、カバンをひっくり返した。しかし宿題のプリントは……1枚もカバンの中に入っていなかった。
「無い! 無い!? いったいプリントはどこ!?」
焦りが込み上げる中、かなえは必死に考える。そして考えに考え抜いた末に……かなえはある場所にプリントがあると確信した。
「……中学校」
かなえは、急いでまた靴を履き……町立星川中学校に向かった。
なぜなら、そのプリントは明日までにやらないといけない宿題だから!