Episode017 過去を知る少年
「えっ? ちょ……この人アンタの知り合い?」
カルマなる少年の発言に、かなえは目を丸くした。
まだまだ謎が多いハヤトではあるが、彼も1人の人間である。星川町の外にも友人が居る可能性はある。あるのだが……まさかその友人が星川町に引っ越してくるとは想像もしていなかったのである。
「あ、あぁ……小学校の時の友人だ」
そしてハヤトも、自分の友達が町外から引っ越してきた事に驚き、目を丸くしていた。どうやら彼にとっても、この展開はイレギュラーであるようだ。
「ふ、ふ~ん……小学校の時の、ね」
驚きのあまり素っ気ないハヤトの紹介に、これまたハヤトと同じく驚きの展開に目を丸くしていたかなえは、呆然とするあまり、これまた素っ気なく答えた。
だが徐々に、時間の経過と共に我に返り始め……ふと気付いた。
「……え、小学校の時の?」
そう。ハヤトの、小学校の時の、町外の友人である。
ハヤトが【星川町揉め事相談所】所長になる前の、友人である。
(という事は、このカルマってヤツ……ハヤトの過去を知る人物!?)
冷静に考えてみれば、自分が抱いていた謎の1つの答えを知っている重要人物の登場である。かなえは再び、今度は心の中で仰天した。
さすがに2度も、異性の前で驚く様を見せたくはなかったかなえだった。
「久しぶりだな、ハヤト」
そんなかなえの心中の驚きなど露知らず、カルマは友人と再会できた事に心の底から喜び、笑みを浮かべながら歩いてきた。
「……お前も元気そうで良かったよ」
それを見たハヤトも、微笑みながら言葉を返した。
驚きはしたものの、彼も小学校以来の友人と再会できた事が嬉しいのだ。
「ん? そういや、その隣の子は誰?」
友人と再会の喜びを分かち合う最中、カルマはハヤトの隣へと視線を向けた。
視線の先に居たのは、かなえである。どうやら失礼にも彼は、ようやくかなえの存在に気付いたらしい。ハヤトと再会した喜びで、眼中に無かったのだろうか。
どっちにしろ、かなえはちょっとムッとした。
「ああ、そういえば紹介していなかったな。俺と同じクラスの天宮だ」
一方でハヤトは、かなえに目配せしてから、かなえを紹介した。自己紹介しろ、的な意味合いの目配せだった。
(言われなくても自己紹介くらいするわ! 悪い印象与えたくないし!)
なんだか自分が、マナーがなっていない存在だと思われているかのような失礼な目配せだったので、カルマの無視により少々神経質になっていたかなえは、心中で即ツッコミを入れた。
さらには、まだ出会ってから日が浅いものの、少なくとも、ハヤトの前で失礼な事をした覚えが無いので、本気でその場で怒ろうかとかなえは考えた。
ちなみに、ハヤトの机を叩いたり、混乱の中でハヤトと和夫に対し石や土を投げたりした事はあるのだが……あれらは状況が状況であるため、かなえの中ではノーカン扱いであった。
「……天宮かなえです。私もこの町に引っ越してきたばかりで――」
そんな中で、かなえはなんとか堪えた。
まさかの再会で、男2人のテンションがどうかなったのだろうと強引に解釈し、怒りを抑え、改めてカルマに自己紹介した。
うまく仲良くなれれば、謎過ぎるハヤトの過去を教えてくれるかもしれない人物なので、できるだけ懇切丁寧に。
しかし。
「もしかして、お前の彼女か?」
カルマはかなえの自己紹介を遮った上に、彼女を指差しつつ、ハヤトに訊ねた。
もしかして聞こえていないのか、と思われかねないほどの無視っぷりだ。もはや喜びのあまり眼中に無かった、どころのレヴェルではない。
これにはかなえもカチンときて、思わず青筋を浮かばせた。
(なっ!? 人が自己紹介している最中に!! ていうか……ハヤトの彼女か? ですって? んなワケ無いでしょ!?)
そして無視された怒りと、ハヤトの彼女と間違えられた恥ずかしさが入り交じる感情によって、トマトの如く真っ赤となった顔のまま、彼女はカルマに反論しようとしたが……一瞬早く、ハヤトは真顔で言った。
「んなワケ無いだろ? ただの同級生だ」
「…………」
自分が言いたかった事を先にハヤトに言われ、少しやり切れない気持ちになったかなえ。
と、そんなかなえを余所にカルマは、
「まぁ、確かに……お前好みの子じゃあ……ないよなぁ」
「なっ!?」
(なんて失礼な事を、本人の目の前で堂々と言うんだこの男は!!)
心の中で怒りの炎が燃え上がり、思わず怒声を浴びせそうになったが、かなえは口から出そうになったそれを必死に抑えた。
ここでカルマに悪い印象を与えてしまったら、謎過ぎるハヤトの過去について、2度と聞き出せなくなるかもしれないからだ。
「ところで……2人はこの時間に何を? 今日学校休みだっけ?」
しかしそんなかなえの心中など露知らず。
カルマはふと思い出したかのように、いきなりその質問をしてきた。
予想だにしないタイミングで、いつかは来ると予想していた質問だ。
(……えっ? な、なんて答えたらいいの!? さすがに『宇宙人を助けに行ってました』なんて言えないし……)
おかげでかなえは、先ほどまでの怒りなどすっかり忘れて、どう答えたらいいか迷い、言葉に詰まった。
もしや狙った質問なのではないか、と思えるほどに絶妙なタイミングだった。
「ちょっと町の外までボランティアにな」
しかし質問にハヤトは、真顔で答えた。
かなえの感情をコロコロ変えるような、いろいろ失礼なカルマと、一時とはいえ同級生だったからだろうか。それとも揉め事相談所の所長故に、今まで様々な人の相手をしてきたからだろうか。
見ていたかなえが驚嘆するほど、その咄嗟の嘘は見事だった。
けれどその言葉の裏で、ハヤトは苦悩していた。
なぜなら『異星人共存エリア』関連の〝計画〟が、4月の時点で次の段階へ移行していた事を知ったのだから。
次の段階への移行とは、即ち……異星人という存在に対し、比較的寛容な人達の受け入れから、かつての天宮家のような、異星人の存在を信じない、もしくは異星人に悪い印象を持つ人達の受け入れの事である。
天宮家が星川町に引っ越してくる前、職業安定所でテストを受けた事から分かる通り『異星人共存エリア』は誰彼構わず住める場所ではない。国による厳しい審査を経た末に、初めて住む事が許可される、下手に問題を起こせば無くなりかねないデリケートな実験場なのだ。
故に『異星人共存エリア』が世界中に作られた当初は、異星人達にとって都合の良い、その存在に対して寛容な者のみが住まう事を許された。
だがいつまでもそのままでは、いざ『異星人共存エリア』の存続が『宇宙連邦』に許可され、さらには異星人の存在が表社会にて公表された場合、異星人に対して悪い印象を持つ地球人が黙っていない。そのほとんどが、異星人をすぐに地球から追い出せと騒ぎ立てるだろう。
そしてそれを防ぐには、異星人に悪い印象を持つ地球人も『異星人共存エリア』に受け入れ、彼らと共存が可能である事を教え、味方になってもらうしかない。
だがすぐに受け入れればそれはそれで問題が起こる可能性もあるので、異星人に悪い印象を持つ地球人の受け入れ人数や、その受け入れ時期を数段階に分けて受け入れる事になったのだった。
ちなみに寛容な人に対しては、ハヤトは最初から、異星人の存在を正直に教えていた。だがそうではない人達に対しては、教えていなかった。
もしも最初から、正直に教えてしまえば、そうではない人達に該当するカルマやその家族が……何かしないとも限らないのだから。
だからこそハヤトは、嘘を吐いた。友人に本当の事を言いたい気持ちを心の隅に追いやり、ハヤトは嘘を吐いた。
たとえ友人であろうとも、何かをしないという保証はどこにも無いのだから。
「ふぅん。総合の授業?」
カルマは顎に手を当てつつ訊いた。
どうやら、うまく誤魔化しが利いたようだ。
ハヤトは心の中で安堵し、言葉を紡いだ。
「ああ、そうだ。でもって、今から学校に帰るところ」
「あ、そうなんだ。呼び止めてごめんな」
「いいって。俺も会えて嬉しかったし」
ハヤトは笑って答えた。
「じゃあ、また後でな」
そして自然な流れで、うまく会話に区切りを付けると、ハヤトは学校のある方向へと体を向け、そのまま歩き出す。かなえは慌てて彼の後に続いた。
するとその瞬間。
カルマはハヤトの背中に声をかけた。
「なぁ、放課後ウチに来いよ。またいろいろ話そうぜ!」
「……ああ!」
ハヤトはその言葉に、そして昔と変わらない友人に嬉しさを感じ、笑みを浮かべつつ答えた。
※
「で、行くんだ? あいつのウチ」
カルマの家を後にして学校に向かう途中、かなえは、やっと喋れる、と思いつつハヤトに訊ねた。
「そりゃあ、行かなきゃマズイだろ?」
「……まぁ……そうよね」
かなえは少し残念そうな顔をした。
今回は突然ではあったが、ハヤトの過去を知るチャンスであった。
だがカルマの失礼さのせいで、ついつい訊きそびれてしまったのだから。
(でもまぁ……同じ中学だろうし、いつか話せる時も来るわよね)
だけどかなえは、すぐにそう考え直した。
失礼な相手ではあったが、彼も人間。コミュニケーションの手段は探せばいくらでも見つかるハズなのだから……。
※
放課後
ハヤトは校舎から出ると、そのままカルマの自宅へと向かった。そして家の前に立つと、インターホンを押した。
ピンポーン、と中で音が聞こえてくる。
するとその数秒後。
カルマが玄関のドアを開け、ハヤトを出迎えてくれた。
「お、来たな! まぁとりあえず上がれよ!」
「ああ」
ハヤトはカルマに導かれ、家の中に入った。
「そういや、オジさんとオバさんは?」
家の中は、カルマ以外の声がしない。
なんだか気になったので、ハヤトはカルマに両親の事を訊ねてみた。
「ああ。さっき買い物に出かけた」
「そっか」
別にカルマの両親に何かがあったのではないのだと知って、畳部屋であるカルマの部屋にいくつか置いてある座布団の1つに、ハヤトは安心して座った。お坊さんが座るような分厚い座布団だ。
「それにしても、あれからもう2年くらいか」
カルマは自分とハヤトとの間にテーブルを置き、自分も厚い座布団に座ると、話を切り出した。
「そっか……2年も経つのか。俺があの事故に遭ってから」
ハヤトは、2年前に自分の身に起きた事を思い返した。
そう。あれはハヤトが両親と、祖父の葬式のために、アメリカに行った帰りの事だった。
◆ ◆
約2年前
ハヤトの祖父はアメリカに住んでいた。
と言っても、祖父がアメリカ人というワケではなかった。
ただ祖父は、アメリカの田舎、というモノが好きだった。
西部劇の映画を観た影響だと、両親は言っていた。
だがどこまで本当かは、ハヤトは知らなかった。
しかし一方で、祖母はアメリカの田舎が嫌いだった。
祖父と同じく西部劇の映画を観た影響で、砂埃が時々舞うような、不潔な世界と勘違いしていたからだと両親から聞いていた。
だから祖父は祖母が死んだ後に、アメリカに移り住んでいたそうだ。
その祖父が、死んだ。
ハヤトは学校を休み、両親と共にアメリカに行った。
葬式は、スムーズに進んだ。
そもそも血が繋がってるのは、両親と、今は亡き祖父だけだったので、小規模な葬式で終わったのだ。
そして祖父の遺言に従い、その遺灰を、海に撒く『海洋葬』にすると、葬式は終了した。
※
数時間後
太平洋上空を飛行中の、日本行きの旅客機のエコノミークラスで、ハヤトの父は思わず呟いた。
「……親戚、居なくなっちゃったな」
「……そうね」
ハヤトの母は淋しげな顔をしながら、小声で言った。
それ以上、言葉が続かなかった。
これ以上、何を話していいのか分からなかった。
両親の座る席の間の席に座るハヤトも、口を開かなかった。
そもそも話す事が全く無かったし、もしも話したところで、今のこの暗い雰囲気を変えられるとは思えなかったからだ。
すると、その時だった。
突如、地震かと思うほどの激しい揺れが起き……機内全体が、真っ白になった。