Episode016 ハヤトのチカラ
12時54分
「ご協力、感謝します!」
星川町に存在する唯一の中学校である町立星川中学校の運動場に、1人の男性の声が響く。声の主は黒色の制服を着た、20代後半くらいの成年だ。
彼はハヤトに向かって敬礼していた。
その背後には、空色と黒色の外装と、赤く点滅する横長のライトが特徴的な宇宙船が着陸している。
宇宙船の出入口付近には、成年と同じ制服を着た他の成年達が、例の誘拐犯たる赤髪の青年を、船内へと連行するのが見えた。
「はい。そちらもいつもご苦労様です」
ハヤトは敬礼に応えるように、笑顔で成年に声をかけた。
するとハヤトの背後に立っているかなえが、話に付いて行けないとでも言いたげな表情でハヤトに訊ねた。
「ねぇ、この人たち誰?」
どうやら、相手が誰なのか知らされずに同行させられたようだ。
「ん? ああスマン。誘拐犯を連行するのに忙しくて説明してなかったっけ」
ハヤトは頬をかきながら苦笑した。
確かに抵抗する犯罪者、しかも異星人絡みの事件を起こした犯人を、地元の警察ではなく星川町に連行するのは、なかなか骨が折れる作業だろう。かなえに説明をしている暇などあまり無かったのも納得である。
「この方達は、SF系小説でもお馴染みの『宇宙警察』だ」
ハヤトはかなえにも分かりやすいよう紹介した。
「……えっ? 宇宙警察?」
かなえは目を丸くした。
これまで、SFな事情で作られたものの、どちらかと言えば日本の田舎とあまり変わらない環境の星川町で生活してきたせいか、こうしていきなりガチなSF用語である『宇宙警察』が実在していた事を知らされると、さすがに驚くのだ。
「そういえば、先ほど我々に、異星人誘拐未遂事件の犯人の1人である、あの赤髪の男だけでなく、男が狙っていた密航者の2人が居ると報告しましたよね? その2人はどこですか?」
赤髪の青年を指差しながら、警官の1人がハヤトに訊ねる。
ハヤトは、営業スマイルから真顔へと表情を変えて答えた。
「ええ……片方がちょっと厄介な状態になっていまして。2人共町の病院に預けています」
「厄介な状態?」
「はい。『突発性他部位筋肉収縮病』。地球でいう『筋肉痛』ですね」
※
突発性他部位筋肉収縮病。
それはアルガーノ星人の子供だけが発症する病気……というより体質である。
体中の筋肉が収縮する文字通りの病気だが、その正体は『筋肉痛』のような筋肉の危険信号が……暴走したモノだ。
というのもアルガーノ星人は、他の異星人とは違うタイプの筋肉の危険信号を、長い長い進化の過程で手にするに至っていた。
それは激しい運動をすると、無意識の内に自身の筋肉を収縮させてしまい、一時的に激しい運動ができないようにするというモノだ。
だが子供のアルガーノ星人は、筋肉の収縮のレヴェルが不安定であるため、時に命の危機に関わるレヴェルまで筋肉が収縮する事があるという。
つまり『突発性他部位筋肉収縮病』とは、アルガーノ星人特有の体質であるが、この体質を手に入れた当時のアルガーノ星人は、筋肉痛という概念を知らなかったがため、この筋肉痛の一種と言うべき体質を病気の類だと誤解し、今に至っているのである。
※
「なるほど。それを治すためにこの星に」
密航者達に同情したのか、警官は俯いた。
ハヤトは1度頷いてから、さらに言った。
「はい。でもあの体質は、無理に運動しなければ起こらないモノ。あの子達は親が居ないから、その事を知らないまま今まで生きてきて……」
「……誰かに間違った情報を教えられ、この惑星に来た」
警官が顔を上げ、ハヤトの台詞を繋ぐ。
「この星に『突発性他部位筋肉収縮病』を治す事ができる医療団体があるという、間違った情報を。そしてその間違った情報を植え付けた者の仲間が、今日捕まえた赤髪の男というワケですね」
「ええ。ですからあの子達に罪は無い。あの子達は騙されて、仕方なく密航という手段を使って、この惑星に来た。ただそれだけです。だから……」
ハヤトは少し間を置き、警官に言った。
「……あの子達を、この町に預けてくれませんか?」
などという爆弾発言を。
「「えっ!?」」
もちろん警官と、ハヤトの背後に居るかなえは同時に驚いた。
しかしハヤトはそれに構わず、さらに話を続けた。
「罰金は俺が払います。だから、頼みます。あの子達を……この町に預けてくれませんか?」
(ちょ……ちょっとちょっとナニ言ってんのアンタ!? 警察相手に、そんなワガママが通るワケないでしょう!?)
驚きのあまり目を丸くしつつ、かなえは思った。
法律とは治安を守るために存在し、そして存在している法律に、我々が自主的に従っているからこそ、この世の治安はある程度守られている。
そしてハヤトが言った事は、その法律の在り様へと喧嘩を売るも同然の事。
もし通してしまえば、同じような事を言って刑罰を受けるのを免れようとする人も出てくる可能性が……法と秩序を乱しかねない可能性があるワガママだ。
そんなワガママなど、法の実行者たる警官が受け入れるワケがない。
だが、そんなかなえの予想に反し警官は、
「はぁ、しょうがないですねぇ。分かりました。この町に2人を預けましょう」
やれやれと肩を落としてはいるものの、ハヤトの願いを聞いてしまった。
「え……ええっ!?」
(な……なんで警察がアイツのワガママを聞くの!?)
非常識過ぎる警察の対応に、かなえはまたまた驚き目を丸くした。
「ありがとうございます」
ハヤトは、警官に向かって深々と頭を下げた。
※
そして、宇宙警察は地球を後にした。
ハヤトとかなえはそれを運動場で見届けると、かなえの両親が勤めている病院へ向かった。亜貴、エイミー、そしてエイミーの兄の3人に会うためだ。
(それにしても、宇宙警察に対して、犯罪者の引き渡しの拒否ができるなんて……ハヤトはいったい、どれほどの権限を持ってんの?)
病院に通じる道をハヤトと共に歩きながら、かなえはふと思った。
そもそも【星川町揉め事相談所】の所長に就任している時点で規格外だが、それに加えて宇宙警察に意見を出せるなど、半端どころか、普通ではない。
(というかそもそも私……ハヤトの事、何も知らないな)
だが途中で、根本的な謎が明らかにされていない事に彼女は気付く。
一緒のクラスになってまだ数日だが、未だにハヤトがSFな事情により作られた星川町の揉め事相談所の所長である事、そしてかなえの助力付きではあったもののバスターウォルフを退治したり、車を真っ二つにできるほどの戦闘力を持っていること以外、何も知らない事に。
(知る必要が無いから、今まで訊かなかっただけだけど。でも……なんでだろう?改めてコイツの過去が気になる)
しかし謎だらけであるが故に、かなえは改めてハヤトに対して、知りたい気持ちが少しずつ沸き起こってきた。
(この前コイツの口から出た『ハルカ』という人物が気になるから? いや、確かにそれもあるだろうけど、それだけじゃない……そんな気がする)
それは単なる好奇心か。あるいはハヤトに対して思う事があるのか。
今のかなえには、その根源にある思いの正体は……まだ分からなかった。
※
(妹を護る兄貴……か。なんだか、昔の俺と『ハルカ』みたいだな)
一方でハヤトは、密航者の2人の事を考えていた。
誘拐犯が乗っていた車を真っ二つにする寸前、彼は密航者である2人を横目ではあるが確認していた。
そしてその時に、彼は見た。
亜貴が密航者の兄妹を護るため、2人を抱き締めている中。
兄もまた妹を、自分の身を犠牲にしてでも助けようと抱き締めていたのを。
それはハタから見たら、家族としては当然の行為なのかもしれない。
だがハヤトにとってその光景は、とても懐かしく、そしてとても淋しさを覚える光景であった。
(……だからなのかな? あの2人を、宇宙警察に渡したくないって思ったのは)
ハヤトの中で。
密航者の兄妹と。
かつての自分と。
その隣に居た少女が重なる。
それは、もしかすると2度と戻らないかもしれない光景。
そして同時に、どんな手段を使ってでも取り戻したいと思う光景でもあった。
だからこそ彼は、あの2人を、自分達と同じような目に遭わせてはいけないと心の奥底から思い、宇宙警察にあのような要求を出したのだった。
※
そうこうしている内に、2人は病院に到着した。
2人は病院のエレベーターに乗ると、6階まで上がり、渡り廊下を抜けた右側にある談話室へと歩き出す。
そこに設置されているソファに、亜貴達が座っていた。
亜貴達は現れたハヤト達の姿を確認すると、一瞬顔を強張らせた。
ハヤト達はいわば、密航者とそれに加担した者達に裁定を下しに来た立場なのである。警戒するのも無理もないかもしれない。
するとハヤトは、そんな3人を見ると、警戒心を解くためにフッと微笑みかけ、
「全てを、お話し致します」
包み隠さず、3人に全てを話した。
ハヤトはまず、地球人である亜貴に、密航者の兄妹が異星人である事を教えた。
亜貴に異星人の存在を信じてもらうのは、そう難しくはなかった。彼はすでに、エイミーとその兄の、地球人のモノとは思えない言語と身体能力を、目の当たりにしているからだ。
ちなみに兄の名前は、ハヤトが全てを話した段階でランスだと判明した。
すると今まで兄の名前を気にかけていなかった亜貴は「そういえば名前を聞いていなかったな」と今さらながら思い出し、当のランスは「あれ? そうだっけ?」と忘れていた。
次に、ランスとエイミーに、今の自分達の状況を伝えた。
本来ならば宇宙警察に『不法入星』の罪で逮捕されているところだが『星川町に住み、問題を起こさない』という条件付きで、逮捕を免れたという状況を。
その決定に、当初2人は戸惑った顔をした。
だがすぐ真剣な顔になり、ハヤトとかなえに頭を下げた。
※
数十分後
ハヤトはかなえと共に、病院を後にした。
次に向かうのは、最初に彼らが落ち合った星川中学校だ。
特権によって行かなくてもいいのだが、そのままサボる事に、かなえが罪悪感を覚えたため戻る事にしたのである。
ちなみにハヤトは、貴重な学園生活を無駄にしたくないという理由で『そのまま登校する派』だった。
かなえは疲労を感じながらも、なんとか歩いた。
なぜならば、彼女は早朝から密航者を捜すために星川町周辺の町……それも山中を1時間近く歩き続けた先にある町を走り回り、そして星川町に戻ってからは町立星川中学校経由で病院にまで行ったのだ。
疲れない方がおかしい。
「はぁ……疲れた」
「すまないな、天宮。無理に付き合わせて」
「あー……別にいいわよ。私が自分から協力したんだから」
確かにかなえは、ハヤトの影響なども勿論あったが、最終的には自分自身の意志でハヤトに協力した。
だがそれ以外にも『事件が起こったら学校に行かなくてもいい』魅力的な特権に惹かれたから行動していた。
けどそれは敢えて言わないでおいた。
「さて……後は、ランスとエイミーの新しい家探しだな。あ、でも亜貴さんはどうするんだろ? 放課後にでも訊かなきゃな」
「えっ? アンタあれだけ走ったりして、まだ仕事をすんの?」
腕を組んで考え込むハヤトのその言葉に、聞いたかなえは驚愕した。
常人ならばとっくにぶっ倒れてもおかしくない距離を移動し続けていたというのに、かなえと違ってハヤトはまだ動けるのだ。
驚かない方がおかしい。
「ああ。仕事だからな」
ところがハヤトはかなえの驚愕に対し、それが当たり前であるかのように、静かにそう答えた。
「え、なんで? 仕事だからって、なんでアンタだけここまで頑張らなきゃ――」
――いけないの? 仕事だからと言って、ここまで町に貢献するなんて……。
かなえには理解できなかった。
だからかなえは、そう言おうとした。
だがかなえより先に、ハヤトが口を開く。
「いつか……この町に帰ってくるかもしれないヤツが居るんだ」
「えっ? それって……」
もしかして、例の『ハルカ』という人物と関係があるのだろうか。
気になったかなえは、すぐにハヤトに質問しようとした……その時だった。
かなえ達から少し離れた、とある一軒家の玄関のドアが突然開く。
すると中から、自分達と同い年くらいの少年が出てきた。小さめのレンズの眼鏡と黒色の短髪が特徴の少年だ。
(あれ? あんなヤツ、この町に居たっけ?)
まだ引っ越してきてから数日ではあるが、そこまで大きい町でもないため、ある程度住人の顔は覚えているハズのかなえも見た事の無い顔だった。
(というかあの家、空き家じゃなかったっけ?)
しかも今歩いている道はかなえ達の通学路でもあるため、空き家状況は常に自然に目に入ってくる。なのでいよいよかなえは……小首を傾げるほど疑問に思った。
だが、すぐにその疑問の答えは見つかった……というより聞いた。
「ここが星川町かぁ。なかなか良い町だな」
少年は玄関のドアを閉めると、周りを見ながらそう言った。
どうやら台詞からして、彼は最近引っ越してきた新参者のようだ。
かなえはようやく、いろいろ納得した。
するとその時だった。
視線に気付いたのか、少年がこちらに顔を向けた。
(ま、まさか『今日学校休みなの?』とか訊ねられるんじゃ?)
かなえは瞬時にそう思い、動揺した。
下手をすれば学校をサボるような不良だと勘違いされかねないからだ。
まぁ特権に惹かれて堂々と学校をサボる時点で、不良じみてはいるが。
だがかなえの予想に反し、彼女達と視線が合った少年の口から出たのは……意外な台詞だった。
「ッ!! お前……ハヤトか!!?」
少年は、確実にハヤトを見ながら……そう訊いた。
「なっ!? まさか、カルマ……?」
すると同時に、かなえの隣に居るハヤトも……目を丸くしつつ呟いた。
どうやら2人は、顔見知りのようだった。
時期的には某アサシンな教室よりも早く書いてはいるのですが、あの子の名前の二番煎じな感じになるのはなぜだろう(苦笑
ちなみに名前の由来は某ゲーム・アニメのOPです(笑)