Episode015 仕掛け発動
『ユートリノ医療団』という医療団体の一員を名乗っていた2人の青年が、亜貴の放った蹴りにより悶絶したのを確認すると、亜貴は青年2人を細い路地裏へと放り捨て、少年とエイミーと共に、すぐさま人通りの多い道へと走り去った。
本当ならば悶絶している2人を拘束しておいた方がいいとは思うが、生憎、亜貴は拘束用のロープを持っていなかった。
さらに言えば2人の他にもエイミー達を拉致しようとしている者が居る可能性があるために、時間稼ぎとして2人を細い路地裏へと放り捨てたのだ。
「スゲェじゃん亜貴オジさん!!」
走りながら、少年は目を輝かせ亜貴を称賛した。
「アンタあんなに強かったのか!!?」
「……まぁな」
亜貴は少しばかり照れながら、なぜピンポイントで密航者の少年達の前に人攫いが現れたのか、そしてこれからどこへ逃げるべきかを考えながら適当に答えた。
(なぜアイツらはコイツらの前に現れた? 時間帯的に他にも子供は居ただろ?)
相手は普通の人攫いではないのか……と亜貴は考え、今度は密航者の少年少女を見た。髪が緑色以外はアジア人として通る肌の色をした少年少女を。
(髪が緑色以外は、日本人とあまり変わらない子供だぞ? まさか空港かどこかの監視カメラを解析して、攫ったとしてもメディアに取り上げられないような密航者を選んで? いやそれだけで、ここまで早く、あそこまで正確にコイツらの位置がバレるか? いやそれ以前に、それが本当だとしたらどうして連中は監視カメラを確認できるんだ?)
しかしいくら考えても、答えは出ない。
(それだけアングラな組織の連中なのか? だったら……今はとりあえず人通りが多い道を進むとして……最終的にはどこに向かう? 警察署? だが警察に行ったらコイツらが捕まる……だけど俺達に目的地は無い。どうする? どうする!?)
さらに亜貴は考えた。だが今の自分達の立場からして、どこへ行っても自分達が不利になるような気がした。
(くそっ! せめて俺が勤めていた職場が潰れていなければ!!)
今さらながら後悔するが、そもそも会社関係者の誰もが倒産後、このような状況になる事など想像できまい。
さすがにそれだけは亜貴も分かっていたが、それでも心中で後悔せずにはいられなかった。
すると、その時だった。
「ん? なんだ?」
亜貴は周囲の異変に気が付いた。
「どうしたんだ、亜貴オジさん?」
「なんか……人が減ってきてないか?」
「えっ?」
少年はすぐに周囲を見回した。
つられてエイミーも、無言で周囲を見回す。
亜貴の言う通り、確かに人通りが多かった道から人の数が減っていた。
3人が逃げ込んだ時には、たくさんの人が通りの中を行き来していたのに、今は自分達を含めて手で数えられるほどしか居ない。
いやそれどころか、現在、道を歩いている人達まで……周りの建物の中へと次々に入っていく。
「いったい、何が起きているんだ!?」
突如起きた異常事態に、亜貴は一瞬混乱し立ち止まった。
しかし、追われている事を改めて思い出し、それどころではないと気持ちを切り替えると、追っ手に追い付かれてなるものかと再び兄妹と共に走り続けた。
だがそんな3人を絶望が襲う。
3人の背後から、車が猛スピードで向かってきたのだ。運転席には、茶色いボサボサの髪を生やした青年が乗っている。
「「なっ!?」」
亜貴と少年、そしてエイミーは驚愕した。
まさか、少なくなってきているとはいえ、まだ歩いている人が居るというのに、その歩行者が死ぬリスクを無視して、車で追ってくるとは思わなかった。
亜貴は追っ手のそんな手段を選ばないやり方に怒りを覚えた。だが今すべき事をすぐに思い出し、叫んだ。
「走れぇっ!!」
その声を合図に、3人は同時に猛ダッシュした。
肺が潰れるくらい……いや意識が飛ぶくらい、3人は走った。
3人の総合的な戦闘力がどれくらいかは知らないが、いくらなんでも車が相手では勝ち目は無い。だから今は、なんとしてでも追っ手の車から逃げるしかない。
だが走っている最中。
少年はなぜか今の状況に対し違和感を覚えた。
(な……なんだ? なんだこの違和感? 何かがおかしいのか? でも……でも、いったい何が!?)
だが頭ではおかしいとは思うが、その肝心の違和感の正体を掴めない。
すると、その時だった。
違和感の正体が……数m前方にいきなり現れた。
そしてその正体は、激しいエンジン音と、大量の排気ガスを出すバイクに跨った赤髪の青年だった。
「「な、に……ッ!?」」
前方のバイク。
後方の自動車。
亜貴達は挟み撃ちにされた。
逃げ道はもう、どこにも無かった。
「もォ逃げらんねぇゾ手前らああああぁぁぁぁーーーーッッッッ!! 死なねェ程度に軽く轢かれて俺達に拉致られやがれええええぇぇぇぇ――――ッッッッ!!」
前方の赤髪の青年が、バイクのエンジン音に負けない声で叫ぶ。
亜貴は咄嗟に兄妹を抱き締めた。せめて車の衝撃から、2人を護るために。
だが絶体絶命な状況である事には変わりない。もし自分の命と引き換えに兄妹を救えたとしても、兄妹はすぐに青年2人に捕まってしまうかもしれない。
万事休す。
だが……その時だった。
「居た!! あそこ!!」
「「あそこか!!」」
最初に、赤髮の青年の後方から複数の声が聞こえた。
次に赤髪の青年が、己の後方より現れた、亜貴より数歳年下であろう成年の使う中国拳法『壁拳』を腹に受け、一撃で伸びた。
最後に中学生くらいの少年が、伸びた青年のそばを、そして亜貴達のそばを――目にも留まらない、風の如き速さで走り抜けた。
「「……えっ?」」
一瞬の出来事に、3人とも目を丸くした。
亜貴は慌てて少年の走り抜けた方向へと目を向ける。すると少年の右手に、鞘に収まった状態の日本刀らしき武器が収まっているのが見えた。
(なっ!? あの子何を考えてるんだ!? 迫ってくる車に突っ込むなんて!?)
亜貴は咄嗟に、少年に『危ない!!』と叫ぼうとした。
だがそれよりも先に、少年は叫ぶ。
「日本刀型宇宙武具、仕掛け発動!!」
そして、少年は抜刀した。
まるで月のような、淡き光を纏った刃が――鞘から抜き放たれる。
次の瞬間。
車は光を纏った日本刀によって、縦に真っ二つにされ。
そして少年の背後で……まるで輪切りにした食材のように倒れた。
同時に、少年の持つ日本刀の刃から……光は消えた。
「「「な……ななな……なななああああぁぁぁぁーーーーッッッッ!!!?」」」
いきなり目の前で起きた信じられない出来事を前に、亜貴、エイミー、エイミーの兄である少年、車に乗っていた茶髪の青年は驚愕した。
さらには、
「ちょ……ちょっと、いったい何が起こったの? なんかピカッて光ったけど……って、なにコレ!?」
中国拳法を使った成年の後方から現れた、短髪で、どちらかといえば可愛い部類に入るであろう……中国拳法を使った成年と、車を真っ二つにした少年の知り合いらしき少女までも、驚いた。
「ああ。ちょっと切り札を使っただけだ」
対する車を真っ二つにした少年は、少女の方を向いて、絶対にちょっとどころの問題じゃないだろう事を軽い調子で言う。
「ど、どういう切り札を使ったら車がこんなにキレイに真っ二つになんの!!?」
そんな誰もが納得できかねない少年の返答に、当然の事ながら少女も納得する事ができず、少年に問うた。
「ギャーギャーうるさい」
しかし質問に答える以前に、少女の声を不快に感じたのか。少年は自分の右耳に右手の人差し指を入れながら文句を言った。
「2人共……会話してないで、早く2人を連行しましょう」
すると、その時だった。
事件現場だというのにアホな会話をしている少年少女を見かねたのか、中国拳法を使った成年が2人の会話を遮った。
「……そうですね。さっさとこのチンピラ2人を……ってあれっ!?」
数瞬の熟考後。少年は、成年の声にはなぜか丁寧な口調で答えると、自分が真っ二つにした車の運転席を見て……思わず目を丸くした。
気になって、亜貴達も車の運転席に目を向ける。
そこには、先ほどまで居たハズの運転手が居なかった。
亜貴達は、すぐに少年が目を丸くした理由を理解した。
「に……逃げられた!!」
少年の声が、今やなぜか無人となっている商店街に虚しく響いた。
※
同時刻
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
茶髪の青年こと檜山一哉は、必死になって近くの住宅街を走っていた。
(な……なんだよなんだよなんだよなんだよなんだよなんだよいったいどうなってんだよぉっ!!?)
先ほど、目の前で起きたワケの分からない出来事に混乱を覚えながら。
正直、その全てが夢だと彼は思いたかった。しかし、全ての出来事は、ちゃんと現実で起こっている。
その事実が檜山を精神的に追い込み、さらに彼の怒りを増大させる。
「ああくそ! こんな仕事だとは思ってなかったぜちくしょう!! こんな仕事、今すぐ辞めてやる!!」
檜山はまた、叫んだ。
仕事に対するありったけの不満を込めて。
「……お辞めになるのですか?」
とそんな檜山の前に、またしても前触れも無く突然に、あの初老の男が現れた。檜山は反射的に、ギョッとして立ち止まる。
「もう1度、訊きますが……本当に、お辞めになるのですか?」
檜山が答えなかったため、初老の男は改めて……檜山が止まるのを見計らって、訊ねた。
「当たり前だ!! くそっ!! アンタがこの仕事を紹介しなければ!!」
初老の男を睨み付けながら、檜山は叫んだ。
そもそもその仕事をする事を承諾したのは自分であるというのに。全て自業自得であるというのに。
すると初老の男は、驚いた事に自分より年下の檜山に対し、何の躊躇いも無く頭を下げた。
「申し訳ありません。まさかヤツらだけでなく、あのリストラ男も、ここまで首を突っ込むとは思っていませんでしたので」
「フザけんなクソジジイ!!」
ところが檜山の怒りは収まるどころか、ついに最高潮に達した。
だが初老の男は、そんな檜山に対して動揺するどころか「これだから最近の若者は」と言いたげな顔で逆に呆れていた。
「はぁ……コレだけは使いたくなかったんだけどのぅ。こうなってしまっては仕方がない」
そして溜め息まじりにそう呟くと、ふと顔を上げ、檜山の目を真っ直ぐ見て――念じた。
〝義眼型宇宙武具『魔眼』――仕掛け発動〟
次の瞬間。
檜山が、突然その場でうつ伏せに倒れ込んだ。
両目を開けたまま。
まるで人形のように。
「すみませんね。あなたのような人はみんな、こうする決まりなんですよ」
そして初老の男は、檜山の前から、慌てる事も無く、まるで散歩であるかのようにゆっくりと歩きつつ、その場を後にした。