Episode013 此処に来た理由
謎の少年から、亜貴がキツイ蹴りを食らわされてから数十分後。
亜貴は蹴りを入れた兄とその妹に事情を訊こうと、改めて自己紹介から始めようとしたのだが、起きたばかりだからか、3人とも頭がうまく働かなかった。
仕方なく公園の中にある水道で顔を洗って眠気を取り、さらには脳への栄養補給のため、家を売って得た貴重な貴重なお金で亜貴はコンビニエンスストアでサンドウィッチを3人分買う。そして少年達と一緒にそれを、先程の公園のベンチにわざわざ戻ってモグモグと食べながら、亜貴は話を聞いた。
「……なるほどね。つまり君達は、密航者ってワケか」
一瞬驚きこそすれ、亜貴はそこまで大げさなリアクションをしないで話を聞く。
普通の人ならば、すぐに警察辺りに電話しようとするものであろうが、どうやら亜貴はそこまで厳しい性格の人ではないらしい。
「仕方なかったんだ」
密航者の中で唯一日本語を喋れる少年は、公園のベンチに座りながら呟いた。
妹であるエイミーは彼のそのさらに隣に座り、戦々恐々としながら事の成り行きを見守っていた。
亜貴はそんな少年少女を交互に見つめた。
そして2人に対し、どう話せば刺激しないで済むかを考えながら、まるで警官の如く、優しく、諭すように言う。
「でもねぇ君達、密航って――」
――犯罪だよ、と。
しかし亜貴が言い終わる直前、唐突に少年は話し出した。
「俺達が住んでたのは……10年前に起きたある事件のせいで、秩序と呼べるモノが無くなってしまった国なんだ。強い者が栄え、弱い者から消えていく……夢も希望も無い……まるで、映画や漫画で出てくる暗黒街のような国。そんな国に、俺達は住んでた」
なぜ、自分達が密航という罪を犯す事になったのかを。
「……そっか。その国から逃げるために密航なんて事を」
2人が密航した理由を聞き、亜貴は顔には出さなかったものの、まるで冷たい水を頭から被ったかのような衝撃を覚えていた。
最初。亜貴は2人が、出稼ぎが目的でこの国に来たのだと思っていた。
でも、違った。
この2人は、そんな理由でこの国に来たのではなかった。
秩序の無い、強者だけが生き残る世界。
それはまるで、動物の世界そのものだ。
そんな世界で、この2人の兄妹は、支え合って生きてきた。
そしてその世界の因果から逃れるために、危険を冒してまでここまで来た。
どれだけ辛い目に遭ってきたのだろう。
どれだけ怖い目に遭ってきたのだろう。
考えただけで、亜貴は悲しくなった。
未だにこの世界に、そういう悲しい一面があるという事実に。
だが次の瞬間、
「違う!!」
亜貴のその予想を、少年は大きな声で否定した。
「ッ!? 何が違うんだい?」
突然の大声にビックリしながら、亜貴は少年に訊いた。
少年は、先程と同じくらいの大声でその質問に答えた。
「確かに、国から逃げたかったからってのもある……けどそれだけじゃない!! 俺達が密航してまでここに来た理由は……俺達の国では治せないエイミーの病気を治すためだ!!」
「えっ!?」
さらなる衝撃を覚える亜貴。
同時に彼は確認のため、すぐにエイミーへと目を向けた。朝に会った時から全く変わらず、病人だとは思えないほど彼女は元気そうだった。
(……となると、まだ発症したばかりの病気か?)
そう思いつつ、亜貴はまた訊ねた。
「いったい……どんな病気なんだ?」
「『突発性他部位筋肉収縮病』」
「…………は?」
聞いた事が無い病名だった。
「別名『蛇霊縛呪病』。この国には無い、不治の病だ」
改めてそう説明されても、そのような名前の病気を亜貴は聞いた事が無かった。
「俺達はこの国に、この不治の病を治す事ができる医療団体があるって噂を聞いたんだ。なぁオジさん、その医療団体について、何か知らない?」
そう言われても、病名すら聞いた事が無いのだから、それを治せる医療団体など亜貴は知るワケが無い。
「いや、知らないな」
亜貴は正直に答えた。
「……そうか……くそっ!」
絶望的な答えを返され、両拳を握り、少年は体を震わせる。
「やっと……やっとここまで来たのに……手掛かりが無いなんて……ッ」
密航してまでここまでやって来たというのに。絶対に治せる、という希望を胸にここまでやって来たのに。今までの努力が無駄になりそうな気がして、思わず少年の目が涙目になる。
それを見たエイミーは、亜貴と出会った時にも使った、どこの国のモノなのかも分からない不思議言語で、兄である少年に何かを呟いた。
もしかすると『兄さん泣かないで』的な事を言っているのかもしれない。
そんな2人の様子を見て、亜貴は改めて、現在の自分の社会的立場を再認識し、わざわざこの日本にまで密航した2人に対して何もできない無力感と、そんな自分自身への怒り、そして悔しさを覚えた。
この2人を助けたら、十中八九……警察絡みの騒動に巻き込まれるだろう。
下手をすればもう2度と社会復帰できない身分に成り下がるかもしれない。
さらに言うならば、助けようにも……そのために必要な金がほとんど無い。
亜貴としては、2人を助けたかった。
なぜこんな小さい子供が悩んで、悲しんで、あまりにリスクが大きい無茶な事をしなければいけないのか。
本来そういう事は大人の役割ではないのか。
子供の無限の可能性を見極め、それに見合った道を見つけ、手助けするのが大人の仕事なのではないか。
そんな大人としての責任感が、亜貴の胸中に沸き起こったのだ。
だがもしも2人を助ければ、亜貴は密航者に手を貸したとして罪に問われるのは確実だ。
ならばどうするか。
人助けという険しい道を選ぶか。
自分のこれからのために安全な道を選ぶか。
亜貴は考えた。
考えに考えまくった。
そして逡巡の末、亜貴が出した答えは――。
※
同時刻
亜貴達が居る公園の駐車場に、3台の車が駐車されていた。
その内の2台は無人で、残る1台には人が乗っている。2人組の青年だった。
その内の1人が助手席の窓から、双眼鏡で公園の中を眺めていた。視線の先には今、亜貴達が座っているベンチがある。
「キシシシ……居るじゃんヨ居るじゃんヨ。初仕事から俺の異能力はチョー絶好調じゃん?」
青年が薄笑いを浮かべながらそう言うと、運転席に居る、もう1人の青年が声をかけてきた。
「ま……まさかホントにオマエ、SF映画とかに出てくる超能力者になっちまったのか?」
すると助手席の青年はニヤリと笑い、運転席の青年に返答した。
「ハハッ! 超能力者ねぇ……って言っても、地球に住むセーブツ以外のセーブツを『感知』する事しかできねぇけどナ」
「ソレだけでもマジパねぇよ。ってか話変わるけどヨ……この世に異星人だなんてモンがホントに居たとはネ。マジ今でも信じらンねぇ」
「あぁ。まったくダ。俺もつい最近まで信じなかったンだけどヨ……よくよく考えりゃ、チキューとおンなじよーな星があってもよくね? って思えてきたのヨ」
「…………」
運転席の青年は、助手席の青年が言いたい事は理解していた。
確かにこの、半径138億光年もある超巨大空間内に、命のゆりかごと言うべき地球と同じ環境の惑星が無いとは言い切れないし、そこに地球人と同じような知的生命体が居ないという根拠はどこにも無い。
だが異星人の存在を、地球人が宇宙で唯一無二の知的生命体であると信じている多くの地球人の1人として、運転席の青年はまだ完全に信じる事はできなかった。
だからより詳しい事実を知ろうと、助手席の青年の見ている方向を眺めながら、運転席の青年はさらに訊ねた。
「で、その異星人ってどんなヤツ?」
「ん~~……なんつーか? 見た目はただのガキだナ」
「ガキ? タコみてーな触手持ってたり、肌が灰色だったりしてねーの?」
「ソレは映画や小説の中だけの話ダロ? つうか、あるヤツが実際に見た異星人は俺らと全然変わらない容姿だったらしいゾ? 確かその異星人は……マダム頭巾型っつったっけか?」
『アダムスキー型』の間違いである。
だが運転席の青年は、そんな些細な事は気にもせず……というか異星人について全く知らないため「ソレってただ単に……UFOっぽい乗りモン乗った地球人じゃネ?」と返した。
そう言われると、さすがに助手席の青年は少し考えた。
「……まぁそうかもしンねェが」助手席の青年は面倒臭そうに言った。「とにかくウチのボスが、あの2人のガキを攫って来いっつったんだから、攫わないとなぁ。一緒に居る男は……まぁどうにかなンだろ?」
「あ? 誰か一緒にいンの?」
「ああ。30くらいのオッサン。でも万が一、俺らの正体がバレても、2人がかりなら捻じ伏せられるダロ? 特に心配する必要ねぇヨ」
「まぁ、そうだナ」
運転席の青年は、軽く頷いた。
「よしじゃあ、あのオッサンが2人から離れたら、作戦実行すんゾ」
「おうヨ」
そして2人は待ち続ける。
亜貴が、少年とエイミーから離れるのを。