Episode012 2人の密航者
同日 7時34分
「あぁ~あ……なんか面白い事起こンねぇかなぁ~~」
とある町のコンビニエンスストアの外に設置されているゴミ箱の横にて、茶色くボサボサな髪を生やした、耳にピアスを付けた1人の青年が呟いた。
青年の手には、そのコンビニで買った甘辛フライドチキンが握られており、彼はそれを、なんとヤンキー座りをしながらクチャクチャと音を立てて食べている。
見る人が見れば、とてもとても不快な気分になる光景がそこにあった。
そんな不快な光景を生み出している、この青年の名前は檜山一哉。
この極東の弓状列島たる日本を代表する、新社会人の1人であった。
そんな彼がなぜ平日にこうしてのんびりとしているのかというと、ちょうど1週間前に、勤めていた職場でクビにされて、フリーターになったからだ。
職場をクビにされた時、檜山は最初、それはそれはショックを受けた。だがすぐに、自分が本当に好きな仕事を見つける良い機会だと思い直し、フリーター生活を今の今まで満喫していたのだが……。
「正直、全然面白くないンだナ。フリーターって」
檜山は深い溜め息を吐いた。
「つうかこの日本には……俺が探し求めるような面白い仕事が全然無い!! なンでだ!? ホワイ!?」
檜山は、周りの事など気にせず、絶叫に近い声を張り上げる。
コンビニを出入りする人や、その前の道路を歩く人達が、ヒソヒソと何かを言いつつ檜山を一瞥し、通り過ぎて行く。
「ったくよぉ、そもそもなンでこうなったンだっけ? 俺はただ、ひたすらに仕事頑張ってただけなのに、あのクソ上司!! 俺がほんの少しミスっただけでクビにしやがって!!」
檜山はまたまた周りを気にせず、今度はありったけの上司への不満を声に出す。
「ならそう簡単に従業員をクビにしない、我々の下で働く気はありませんか?」
すると、その時だった。
檜山の背後から、聞き覚えの無い男の声が聞こえた。
突然の事にギョッとするフリーター檜山。
だがもう失う物が何もないためか、はたまたそれだけ精神的にも社会的にも追い込まれているのか、檜山はおそるおそる……胡散臭いご都合展開にも拘わらず振り返った。
振り返った先には、黒いソフト帽とオーバーコートを着た初老の男が居た。
正直言って、胡散臭い事この上ない服装だった。
さらによく見ると、男の目は左右共に色が違う。右目が緑色で、左目が青色……いわゆる、オッドアイである。
そしてそんな初老の男は、檜山に向けて、さらに続けてこんな事を言った。
「もっとも、仕事内容は壮絶ですが」
※
8時3分
星川町から、出入抜け道を歩き続けておよそ1時間。
いわゆる星川町の隣町の、とある公園に設置されたベンチの上にて、夜間の寒さ対策で新聞紙を自身に何重にも巻いた、1人の成年が目を覚ました。
「……ん? ……もう、朝か……」
そう言うなり、成年は未だに眠たい目を右手で擦りながら上半身を起こす。新聞紙がガサゴソと音を立て、破れ、男の着ているヨレヨレのワイシャツと黒いズボンがあらわになる。
成年の名前は椎名亜貴。彼はホームレスだった。
と言っても、そんな彼も数日前までは、ごくごく普通の生活をしていた。
妻が居て。2人の子供が居て。みんなで2階建ての大きな家に住み、仕事の方も順調にこなしていた。
だが、もうすぐ30歳の誕生日を迎える数日前……亜貴の不幸は始まった。
まず、亜貴が勤めていた会社が突然倒産。
次に、妻の浮気が発覚。しかも浮気相手が勤めている職場は、亜貴が勤めていた会社よりさらに収入が良い所だった。
その事がキッカケで、最終的に亜貴は妻と離婚。そしてその後の、2人の子供の養育権を巡る裁判で、亜貴はなぜか敗訴し、2人の子供は、子供を育てられる環境を持っている妻が引き取った。
その後、亜貴は必死になって転職活動をした。
不景気なのは分かっていた。だけど、働かなければ金は手に入らない。金が無ければ生活ができない。
しかし結局転職はできず、ついに亜貴は……家を売らなければいけないほど貧乏になってしまい――。
――そして、今に至る。
「というか俺、悪くないよな? なのになんで俺はこんなに不幸なんだ? まさかコレが厄年ってヤツなのか? 不幸にもほどがあるだろ絶対」
あまりに理不尽な不幸を味わったせいなのだろうか。
亜貴は思わずブツブツと愚痴を言いつつ、すぐそばに設置されていたゴミ箱の中へと、毛布代わりの新聞紙を捨てた。
ホームレスと言っても、亜貴には、家を売って得た金がいくらかある。
でもその金も、数日すれば無くなってしまう。その前になんとか転職先を見つけなければならない。
「いざって時には、他のホームレスのみなさんに知恵でも貸してもらおうかな? ていうか、ホームレスっていったいどんな生活して――」
そしてだからこそ彼は、少々消極的になっているものの、今度こそ転職をしようと……まずは求人情報誌を手にすべくコンビニに向かおうとして……目を疑う衝撃の光景を目にした。
最初に、亜貴の目に映ったのは……亜貴が昨日から眠っていた公園のベンチとは向かい合うように真正面に設置されている、もう1つのベンチ。
次に映ったのは、そのベンチの上に覆い被さる新聞紙。
最後に映ったのは、その新聞紙の下でスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている、緑色の髪を生やした、5歳前後くらいであろう1人の少女。
(…………なっ!? お……女の子ぉ!?)
寝起きであったがためにそれが現実である事を認識するのに時間が掛かったが、最終的には目の前のあり得ない光景を前に驚き、一瞬で目を覚ます亜貴。
(ま、まさかこんな女の子もホームレスなのか!?)
ホームレスとしての経験値が低い亜貴にとって、それは衝撃的な光景だった。
(っていうか、死んでいないよな!? 大人でもちょっとキツイ冷え込みだったぞ昨日の夜は!!)
だけど、さすがに少女が心配になったのだろう。
亜貴は昨夜の冷え込みを思い返して青褪めながらも、少女の寝ているベンチへと急いで近付き、声をかけた。
「ちょっと君、大丈夫か?」
声をかけるとすぐに、少女の瞼はわずかに動き、ゆっくりと、目を開ける。どうやら朝である事も関係して、眠りは浅かったようだ。
(よ……よかった。死んでるかと思ったよ)
少女が生きていた事に、亜貴はホッと胸を撫で下ろした……のも束の間。
「kzYwCLsqkNg3r8O9Ez0epqxU08x?」
少女は亜貴に対し、ワケの分からない言語を発した。
(…………えっと……どこの国の言語だコレ?)
女の子が発した不思議言語に、亜貴は困惑した。亜貴の知る限りで、こんな言葉は聞いた事が無いからだ。
いやそれ以前に、もしかすると世界中どこを探しても、そんな言語は存在しないのではないか? とさえ思えてくる不思議言語だった。
(ど……どうしたらいいんだ? このまま逃げるか? いやダメだ! こっちから話しかけておいてそれは無責任だ!! 無責任だぞ俺!!)
朝っぱらから、この比較的平和な島国・日本では絶対に見かけない光景を目にしさらには聞いた事が無い謎言語で話しかけられるという、寝起きの人間にはハード過ぎる朝を迎えたせいか、頭がうまく回らず、亜貴は必死になって、この場をどう切り抜けるかを考え始める。
だがその思考は、突然遮られた。
「おいお前!! 俺の妹に何してやがんだぁ!!」
声の高い、何者かの怒鳴り声が聞こえたと思った次の瞬間、亜貴の横っ腹に衝撃が走ったからだ。
(な……なん……だっ!?)
新たに起きたイレギュラーな事態に、一瞬、頭の中が真っ白になる。
だが走行中の自動車と比べると、比較的威力が低かったせいか、歯を食い縛る事でなんとか意識を繋ぎ留める事ができた。
そして、吹っ飛ばされるまでのほんの数瞬。
亜貴はせめて、何が起きたのかを知らねばと、どうにか衝撃が走った横っ腹へと視線を向け……また驚いた。
なぜならそこに居たのは、なんと頭にネコミミカチューシャを装着した少年。
不思議言語を話す少女より数歳は年上であろう、緑色の髪を生やした少年だったのだから。
そして亜貴の横っ腹に走った衝撃の正体が、その少年の、ただの跳び蹴りだったのだから。
謎の少年のただの跳び蹴りの衝撃で、亜貴の体は、少女が寝ていたベンチの後方に、なんとノーバウンドで十数mも吹っ飛んだ。
するとそんな危機的状況の中、滞空時間が長かったせいか、物事を考える余裕ができた亜貴の中で……さすがに疑問が浮かんだ。
(ちょ……ちょっと待て!?)
次の瞬間。
亜貴の体は奇跡的に、遊具などにぶつからず、何も無い地面に叩き付けられた。そして盛大に転び、土埃に塗れ、痛みを堪えながら……彼は思う。
(どうして小学生くらいの子のただの跳び蹴りが……大人の、しかも男を十数mも吹っ飛ばせるんだ!?)
「何もされていないか、エイミー!?」
一方で、亜貴を吹っ飛ばした謎の少年は、ベンチで寝ていた少女ことエイミーに駆け寄り、慌てて訊ねた。
するとエイミーと呼ばれた少女は、少年によって吹っ飛ばされた亜貴を見るなり顔を強張らせた……かと思えば、すぐにその顔を悲しみで歪め、亜貴へと言ったのと同じ不思議言語を、今度は少年へと向けて叫んだ。
「GClATqlMQ6ejiNZGlAmHm2hV! uSELBqKjJ5p8kz!」
「えっ!? 何もされていない!?」
どうやらエイミーは、亜貴の無実を証言してくれていたようだ。
それを聞いた少年は血相を変え、倒れている亜貴に慌てて駆け寄った。
「ご……ごめんなさい!! 生きてますかぁ!!?」
「おい……生きてますか? って、もしかして俺を殺すつもりだったのか?」
少年の言葉の内容に、聞き逃せない疑問形が含まれていた。
それを遅れて認識するなり、少々頭にきた亜貴は、片眉をヒクッと動かしたが、なんとか笑みを作りつつ、逆に少年に訊ね返す。
「えっ!? い……いや全然!! そんなつもりは無いよ!!」少年は慌てて弁明する。「でも俺、ちょっとキレたりすると、力加減ができなくて!!」
なんともハタ迷惑な理由を言われた。
当然ながら亜貴は怒りを覚えたが……同時にふと思い出す。
――かつて2人の娘を、妻と共に育てていた時期を。
そして思い出してしまうと、この少年の暴挙も仕方ないかと、まだ怒ってはいるものの……不思議と許せてしまった。
少年が少女を護ろうとするその姿が、かつて娘を護ろうとしていた己と重なったのか。
「冗談だよ、冗談」
とにかく苦笑いを浮かべ、子供に対しまだまだ甘い大人は少年にそう言った。