Episode011 最後の頼み事
23時40分
町立星川中学校から自宅へと戻ろうとしていたハヤトは、突然その場で聞こえてきた着信音に反応して動きを止めた。
音がした方を見ると、そこにあったのはハヤトの穿いているズボンのポケット。どうやら音はそこから聞こえてくるようだ。
ハヤトはズボンのポケットに手を突っ込み、中に入っている物を取り出した。中に入っていたのは、彼が所有する携帯電話だ。
(誰からだ?)
ハヤトはそう思いながら、携帯電話を手に取り、開いた。画面には『和夫さん』と表示されている。
(どうしたんだ和夫さん? まさか、何か問題が起こったんじゃ!?)
様々な嫌な想像が頭を過り、ハヤトはすぐに携帯電話の通話ボタンを押すと、耳に押し当てた。
「……もしもし?」
おそるおそる、ハヤトは訊ねた。
すると受話器の向こうから『すまないハヤト君! 密航者を取り逃がした!』と慌てているため、早口になってしまっている和夫の声が聞こえてきた。
「なっ!? ……分かりました。すぐに戻ります」
ハヤトは一瞬絶句した。それだけ、和夫からの報告は衝撃的な内容だった。
しかしそれでも、慌てる事で事態がさらに悪化する可能性がある事を知っているハヤトは、即座に頭を振って冷静さを取り戻し、和夫にそれだけを言うと、すぐに町立星川中学校に戻ろうと駆け出した。
あの方向に逃げていなければいいと、心から思いつつ――。
※
0時3分
「和夫さん!!」
ハヤトは町立星川中学校に到着した。
「すまないハヤト君! 僕が少し目を離したばっかりに」
すると和夫は、ハヤトの姿を視界に収めるなり深々と頭を下げた。
その姿に、ハヤトは驚愕し顔を硬直させた。
真面目なのは良い事だとは思うが、さすがに顔を合わせた瞬間に頭を下げられると困惑するしかない。
「ちょっ……別に頭を下げなくても。和夫さんだけが悪いってワケじゃないし」
「いや、僕の責任だ。それに、ハヤト君には休めと言っておいてこのありさま……本当にすまない!」
ハヤトは困惑しつつ和夫に意見するが、彼はなかなか頭を上げようとしない。
「……和夫さん、休みなら、別の日に取らせてもらいますから。それより、状況を教えてください」
自分をこんなに思ってくれている和夫に対し、ハヤトは感謝の念と、申し訳ない思いが同時に芽生えた。けれどこのままでは埒が明かないし、これ以上時間をかければ密航者その他諸々がどうなるか分からない。なので彼は強引に話を変えた。
「あ、ああ……そうだね」
言われて、和夫はようやく頭を上げた。
そして少し間を置くと、ハヤトに状況を報告した。
「密航者は2人。男の子1人と女の子1人だ。おそらく、2人共アルガーノ星人。惑星アルガーノ原産の果物の入った箱に潜んでいたから間違い無い」
「惑星アルガーノ……か」
惑星名を聞いた途端、ハヤトの脳裏に、ある少年の顔が過った。
ボサボサ頭で目が鋭く、時々非常識な言動をするある少年の顔が。
「……もしかしてハヤト君、あの子の事、思い出してる?」
ハヤトの声色から、もしかして、と和夫は思った。
そしてこんな状況で不謹慎だとは自覚しつつも、彼はつい興味本位で……ハヤトに訊ねていた。
「ええ。そういやアイツ……この頃来ないな、って」
「……やっぱり気になります?」
予想が的中した和夫は、思わずニヤニヤしながらハヤトに訊ねた。それだけ彼らの脳裏に浮かんだ人物は、ハヤトと縁がある存在なのか。
するとハヤトは、これ以上無いほどの笑顔で――。
「まさか。逆に面倒事が1つ減ってせいせいしてますよ」
――キッパリと、そう告げた。
目の前に居るのは本当にハヤトなのか。
誰もがそう思いたくなるほどの爽やかな笑顔だ。
和夫は笑顔に気圧され「そ、そう」としか答えられなかった。
2人の言う、アイツとは誰なのか。
それが分かるのはまだ、先の話である。
「話を戻しますけど、密航者はどの方向に向かったんですか?」
「実は……星川町の唯一の出入抜け道なんだ」
「……予想してはいたけど、やっぱりそこですか」
ハヤトは、できれば自分の予想が外れていてほしいと、心から思っていた。
町の中ならともかく、町の外に逃げられたら捜索は困難だから、という理由も、勿論あるが、それ以上に――。
「早く手を打たないと、世間にこの町の存在が知れ渡る可能性がある」
2人同時に、息を呑んだ。
今の時点ではまだ、この町の存在を世間に知られるワケにはいかない。知られれば、現在アメリカで起きている事が日本でも起こるかもしれないからだ。
「ああ、そうだね。早く見つけないと」
その台詞を合図に、和夫はハヤトと共に、密航者が逃げていったと思われる星川町の唯一の出入抜け道のある方向へと駆け出した。
※
0時17分
「あぁもう……やっぱりここ通ったのか」
星川町の出入抜け道を確認した和夫は、頭を抱えた。
ハヤトと和夫が手にしている懐中電灯が、2人の足元を照らし出す。地面には、小さい足跡が2人分。密航者達がこの道を通った事は間違い無かった。
「今回も、地球での金稼ぎが目的か?」
ハヤトは顔をしかめながら言った。
「景気が悪いのはどの惑星でも同じだってのに……よく来るな」
「最近多いですよね。惑星アルガーノから来る密航者。確か、ロシアの共存エリアにも、数人来ましたよね?」
和夫の口から、溜め息が漏れた。
「……とにかく、早く密航者を見つけないと」
ハヤトはすぐに町の外に出ようとした。
しかしその直後、彼はその右手を和夫に掴まれ……止められた。
「待ってハヤト君。ロシアと違って、こっちは人員が少ないんだ。当てが無いのに捜しちゃダメだ」
「でも、このままじゃ……」
ハヤトは悔しそうに顔を歪める。
もしかすると、あのまま校庭に残っていれば、こんな大事にはならなかったかもしれない。
そんなもしもが脳裏を過り……ハヤトは、胸が締め付けられるかのような気持ちになったのだ。
「それに、まだ遠くには行っていないハズだ。まだ見つけ出せる」
そして、微かな希望を信じ、強引に和夫の手を逃れようと……ハヤトは手に力を込める。
とても、強い力だった。ハヤトが心の中で、どれだけ密航者の子供達の事を心配しているのか……それを感じさせる強さだ。
しかし和夫の言う通り、当ても無く捜せば余計見つからない可能性もある。
確かにハヤトの言う通り、まだ遠くには行っていないかもしれないが、だ。
ならばどうすればいいのか。
それは和夫にも分からなかった……と思いきや、
「あ」
和夫はふと、気付いた。
「そういえばこの町には、密航者捜しにうってつけの子が居るじゃないですか」
「…………まさか……アイツを連れて行けと?」
そして彼が告げた、状況が状況なためにハヤトでさえ失念していた答えに、当のハヤトは思わず目を丸くした。
「そのまさかですよ」
和夫は笑って答えた。
※
5月16日(月) 7時0分
「で、こんな朝早くに学校に呼び出して、なんの用? まぁ、月曜だったから別にいいけど」
かなえは町立星川中学校の自分の教室の黒板の隣の壁にもたれ、腕を組みながら訊ねた。
とても眠そうな顔だ。
いつもの起床時間の数十分前に起こされたためである。
今、教室には、ハヤトとかなえ以外、誰も居ない。とても静かだ。
耳に入るのはせいぜい、外から聞こえる鳥のさえずりくらいだろう。
そんな教室で、ハヤトはかなえの正面に立ち、告げた。
「約7時間前。この町に届けられる貨物に紛れ込んでいた異星人の密航者が、町の外に逃げた」
「えっ?」
いきなり何を言い出すのか、と言わんばかりに、かなえは面食らった顔をした。
確かにいきなりそんな、密航者の話をされてもどう反応をしたらいいのか、普通は分からないだろう。
「もしそいつらが町の外で捕まって、いろいろ調べられたら、この町の存在が世間にバレるかもしれない」
そしてそう告げた直後。
なんとハヤトは、突然かなえに向かって土下座をした。
「!!?」
いきなりの土下座に、かなえはさらに面食らう。
和夫の謝罪を見たハヤト以上の困惑を、かなえは覚えた。
「頼む。今すぐお前の力を貸してくれ!!」
「ちょ……ちょっと待って!! そんないきなり土下座されても、私はもうアンタの……その、時には危険な仕事に関わりたくないの!!」
かなえは力強く言った。腕組みはもうしていない。する余裕が無いくらい、彼女の心が高ぶっているのだ。
「アンタには悪いけど、私は普通の生活をしたいの!!」
かなえは周りに人が居ないのをいい事に、隣のクラスにまで響き渡るくらい声を張り上げ、心の底から思っている事を主張する。
それもそうだ。バスターウォルフの件で、彼女はハヤトがしている事がどれだけ危険な事かをすでに理解している。なのにそんな危険に、異能力を使える事以外は常人である自分が、自分から飛び込もうとするなど愚の骨頂である。
だが、それでもハヤトは諦めず……かなえ以上に声を張り上げさらに告げた。
「密航者は2人の子供なんだ!!」
「……えっ? 子供?」
するとその言葉は、かなえの心に強い衝撃を与えた。
なにせ密航者の正体が、かなえが想像していたような不法労働者の大人……ではなく、社会的弱者たる存在だったのだから。
「早く見つけないと……ていうかもう7時間以上経ってて、危険な事件などに巻き込まれてないとも限らないんだ!!」
ハヤトの目は、真剣そのものだった。
命を懸けてでも、その密航者達を助けたい。
その想いが、ビシビシと……かなえに伝わってくる。
するとその瞬間。
ハヤトの思いに触発されたのか、かなえの中で嫌なヴィジョンが過った。
来たはいいが、これからどうすればいいのかまるで分からず、途方に暮れ、この国を彷徨う異星人の子供達。そしてその果てに、飢餓のあまり途中で倒れて――。
今もどこかの国で起きている悲劇。
いや、貧富の差がある限り、どこにでも起きうる悲劇が、今度は異星人を襲う。
そんなヴィジョンに、彼女は目を見開いた。
いったいその密航者である子供達に何があったのか、かなえは知らない。
けれどこの地球へわざわざ密航してくるような子達なのだ。おそらく大人に頼れないような、理不尽な環境下にあるのかもしれない。
ヴィジョンを見た途端、かなえは胸が痛くなるのを感じた。
そして同時に彼女は、できる事ならば、その密航者である子供達を助けたいと心から思った。
ハヤトに、力を貸してもらいたいから、という理由で知らされたから、という原因があるものの、自分は、そんな悲劇を辿るかもしれない異星人の子供達の存在を知ってしまったから。
知ってしまって、それで見て見ぬフリをするなど彼女にはできなかったから。
そしてついには、己の異能力『感知』の事にまで思い至り……改めて思った。
――今使わなければ、一生後悔するかもしれない。
だがそんな思いと同じくらい、彼女は異星人絡みの事件にはもう巻き込まれたくないとも思っていた。
また、バスターウォルフとの戦いの時のように、危険な事をやらされるのではとどうしても思ってしまうのだ。
(私、どうしたら……)
ジレンマが、かなえを悩ませる。
だがそのジレンマは、ハヤトのこの一言で一瞬にして心の中から吹き飛んだ。
「危険な事件には絶対に巻き込ませない!! 子供達も!! お前も!!」
とてもとても、力強い声だった。
まるで、聞いた者全てを安心させてしまうような。
そんな常識の枠を超えた説得力がある声だ。
ハヤトのその言葉を聞いたかなえは、思わずフッと微笑んだ。
そこまで真剣に言われちゃかなわないな、と言わんばかりに。
そしてかなえは、しょうがないなとは思いつつ。
「ったく、そこまで言うんだったら……ちゃんと護りなさいよ?」
少々恥ずかしそうに頬をかきながら、密航者捜しの協力を承諾した。
「えっ!? じゃ、じゃあ……」
ハヤトは目を見開き、バッと頭を上げた。
「ただし、今回だけだからね。協力してあげるのは」
「ああ。それでも、ありがとう」
ハヤトはまた頭を下げながら、かなえに礼を言った。
「じゃあ早速助けに……って、そういえば学校の方はどうしよう?」
一刻も早く密航者である子供達の捜索に向かおうと走り出そうとした時、かなえは今さらながらその問題に気付いた。
捜索に何時間かかるか分からないが、捜索に行ったら確実に遅刻決定だ。
とそんなかなえに、ハヤトは立ち上がりながら言った。
「大丈夫だ。揉め事相談所の仕事に関わる奴は特権として、事件が起こった時とかは学校を休めるんだ」
「そ……そうなの!?」
かなえの顔がパァッと輝いた。
ハヤトが勤める【星川町揉め事相談所】に勤めるのも悪くないのではないかと、一瞬思ってしまったのだ。