新たな誓い
7月21日(木) 午後17時12分
星川町揉め事相談所 裏庭
『星川町テロ事件』が発生して、早4日。
未だにテロ事件の際の恐怖が、星川町住民の心に根強く残り、
それが原因で、星川町から離れたいと言ってくる住民が現れ、
地球人異星人合わせて、少なくとも50人近くは去ったにもかかわらず、
それでもまだ星川町は、今まで通り存在していた。
もしも星川町が、ハヤトがかなえに説明した通りの町であるのならば、
テロなどという大きな事件が起これば、即刻地図上から抹消されるハズ。
なのになぜ未だに存在しているのかというと、死傷者が、普通の異星人ではなかったからだ。
死亡した、星川町の町長であったジョンは、〝とある太古の大罪人〟の子孫であるし、
植物状態で、未だに病院にて眠っているリュンは〝間者〟である。
ジョンの場合は、〝大罪人〟の子孫であるが故に、ジョンの〝事情〟を知らない一般人に、
ジョンばかりでなく、ジョンが〝存在する事〟を許可した『宇宙連邦』も非難中傷を受ける。
そうなると『宇宙連邦』の信用がガタ落ちし、宇宙の秩序が混沌に陥るため。
なので『宇宙連邦』が、このような事態になった場合に、ジョンの個人情報全てを〝抹消〟するのは必定。
ようはジョンは、宇宙の秩序を司る『宇宙連邦』の存続のための〝犠牲〟となったのだ。
そしてリュンにしても、スパイ行為を14歳の少女にさせるという問題行為をしていた
『イルデガルド』が『宇宙連邦』に叩かれ、組織の存亡が危ぶまれるので、
『イルデガルド』が裏に手を回し、リュンの個人情報全てを〝抹消〟するのは必定。
ちなみに、リュンの事を表沙汰にしてでも、『E.L.S.』の行動を妨害する事もできただろうが、
『イルデガルド』の敵は『E.L.S.』だけではないので、表沙汰には絶対できないのだ。
ちなみに、残った町民達のメンタルな問題についてであるが、
星川総合病院には優秀な臨床心理士が居るので、少々時間はかかるだろうが、
いつの日か町民達は立ち直ってくれると、『宇宙連邦』は信じて疑わないため、
メンタル方面の援助などは、一切しない意向のようである。
……………フザケんな……。
『E.L.S.』の操作によって判明した、リュンとジョンについての情報をハヤトから聞いて、
黄色いTシャツに黒いエアパンという出で立ちで〝腕立て伏せ〟をしているかなえは、心の中で思った。
みんな、つらい思いをしているのに……どうして『宇宙連邦』はなにも手を貸してくれないのよ。
腕立て伏せの回数が、〝50回〟を越えた。
というか……アンタらがちゃんとしないから、こんな事になったんじゃないの!!?
かなえの中で、『宇宙連邦』への怒りが湧き上がる。
アンタらは……地球を、他の星のように……〝異星人〟同士が共存できる星にしたいんじゃないの!!?
引っ越して来た頃は『宇宙人』と言っていたのが、いつからか『異星人』と言っている自分に気付かずに。
おそらくハヤトの影響だろう。ちなみに、なぜハヤトが、今まで『宇宙人』ではなく
『異星人』と言っていたかというと、地球も、『宇宙』という空間に在る惑星だからである。
「……凄いな天宮。もう70回越えたぞ?」
「えっ?」
と、『宇宙連邦』に対する怒りをパワーに変え、腕立て伏せの記録を伸ばしていたかなえに、
少し離れた場所から、かなえの腕立て伏せの回数をカウントしていたハヤトは、驚きの声を上げた。
まさかかなえに、これほどの体力があるとは思わなかったのだ。
中には100回を越す記録を持つ中学生も居るだろうが、かなえは中学での体育以外の運動には無縁だと、
ハヤトは今まで思っていたのだが……どうやらかなえは、運動神経が予想以上に高いようである。
だが、ハヤトに話しかけられた事により、緊張の糸が切れたのか、
「え……ちょ、わっ!」
急に腕を中心に力が抜け、地面に盛大に顔をぶつけた。
「あ……あ~~……その……スマン」
「……平気」
ハヤトの謝罪に対し、かなえは地面から顔を上げながら、真剣な眼差しでそう返した。
ハヤトはその眼差しに、一瞬飲まれそうになった。
それだけ、かなえのその両目には、強い〝決意〟が込められていたからだ。
……………やっぱり……テロ事件がキッカケか?
かなえの両目から視線を逸らしてから、ハヤトはそう推察した。
4日前に起こったテロ事件にて、かなえは自分の中の〝本当の気持ち〟を知った。
この町を、そして町のみんなの笑顔を、この手で護りたい、という気持ちを。
なので、強くなりたい、という気持ちは、ハヤトにも理解できる。
ハヤト自身も、自分の判断ミスで、テロ事件が起こってしまった事を悔いているのだから。
だが、ハヤトはかなえの両目に込められた〝決意〟から、それ以外の〝ナニか〟も同時に感じ取っていた。
ギンほど俺は『読心術』が得意なワケではないけど……あれは……なんの感情だ?
しかし、『読心術』は勉強不足であるため、詳しくは分からない。
……まぁ、いつか天宮が言ってくれればそれでよし。もし悪い事を考えてたら……叱咤するまでだ。
だけどすぐにそう思い直し、とりあえず、手で顔に付いた土を払うかなえに手を貸してやった。
「凄いな。まさか天宮、昔スポーツやってたのか?」
「……ううん。やってないけど?」
「ふぅん……まぁそれは置いといて」
ハヤトとしては、かなえの身体能力は少々気になる所ではある。
だがそれ以上に、時間が時間だ。かなえをそろそろ家に帰さなければ、
心の中では、未だかなえの入団に反対しているかなえの両親が、さらに心配する。
かなえの新たなる〝決意〟を、事件後、かなえは両親に告げはした。
だけど、危険すぎるという理由ですぐに反対された。
それでもかなえはめげず、何度も何度も、自分の想いをぶつけ……なんとか入団を許可させたのである。
けど同時に、次に大ケガをしたら、その時は〝団体〟に乗り込んででも退団させる、と釘を刺された。
それだけかなえの両親は、かなえを大切に想っているのだ。
「じゃあ、9月上旬にある〝テスト〟までは、今のトレーニングを続けよう。
このトレーニングを終えた後のお前の身体能力なら、絶対に『武装組』にも入れるだろう」
ハヤトは、かなえの記録を記した用紙を脇に抱えながら、かなえに正直にそう告げた。
「……そう。よかった」
かなえはそれを聞いて、ホッと一息ついた。
そう。読者の皆様の予想通り、かなえが今……正確には少し前からやっていたトレーニングは、
ハヤトが所属し、そしてギンが所属していた、異星人の地球での生活を支援する団体『E.L.S.』。
正式名称『Earth Life SupporterS』の、
『武装組』に入るためのテスト対策のための訓練なのだ。
「とりあえず今日はここまで。また明日にしよう」
「うん。また明日」
別れの挨拶を済ませると、かなえはフラフラになりながらも、
ハヤトの家の裏庭から表の庭へと回り、帰路へと向かった。
「え……ちょ、おい! 大丈夫じゃないだろお前!」
だがその途中、ハヤトはすぐにかなえを呼び止めた。
まさか、かなえは疲労困憊の状態で家に帰る気だったのだろうか?
もし途中で倒れたりしたら、いったいどれだけの人に心配をかけると思っているのだろう?
いや、それどころか、もし倒れたりしたら、せっかく許可してくれた入団も、
両親に取り消してもらえ、と言われるかもしれない。
「……大丈夫よ、これくらい」
「いいや。大丈夫じゃないだろ」
数秒の空白の後に聞こえてきた返答に、ハヤトは即、反論した。
「天宮、強くなりたいと思う気持ちは分かる。昔の俺もそうだったからな。
だけど、その焦りは、いつか自分自身を滅ぼす事になるぞ?」
「……………でも……」
かなえは分かっていた。
焦っていはいても、少しは冷静な自分が居るのだから、
ハヤトがなにを言いたいのかを、ハヤトの言葉から、ちゃんと理解していた。
おそらくハヤトも、昔、自分と同じような境遇だったのだろうと。
だけど、それでも、その反論に対し、かなえはか細い声で、反論した。
「敵は……敵はいつ来るか、分からないのよ!? だったら今の内に……
できるだけ強くなっておかないと、今度こそ、星川町が無くなっちゃうかもしれないじゃない!」
かなえの意見はごもっともである。敵は自分が強くなるのを待ってくれるワケが無い。
だから、ムチャをしてでも、すぐにでも、もっと強くならないといけない。
絶対に守りたいモノがあるのならば、尚更だ。
「……確かにな」
故に、ハヤトは始めて同意した。
「今この瞬間にも、『異星人共存エリア』を地球上から無くそうと思っているヤツが居るかもしれない」
「だったら!」
同意してくれたのをいい事に、かなえはハヤトの意見を言い包めようと、
さらに意見を出そうとする……のだが、
「だけどな、天宮。〝誰かを信じる〟……って事も大事だぞ?」
「……………は?」
ハヤトに、先に意見を言われてしまった。
しかもその意見、パッと聞いただけではなんの事か分からない意見だったがために、
焦って、緊張しっぱなしだったかなえは、またしても力が抜けたのか、トボけた声を出した。
「確かに俺は、星川町から目を離してしまったどころか、
親友の思惑にも気付けなかったマヌケだよ。だけどな」
ハヤトは、かなえの両目を、真剣な眼差しで見つめた。
そして、自分もテロ事件の後に、自分自身に誓った事を、かなえに告げた。
「もう俺は決めた。俺は、この町がちゃんと町として認定されるまで……学校行事で離れるなら別だが、絶対に町から離れない」
「……………ちょっと待って。アンタ、ハルカちゃんの事はどうする気?」
ハルカ。その名前をかなえの口から再び聞いて、ハヤトはまた寂しげな顔をした。
だけどかなえ同様、ハヤトも〝決意〟をしたのだ。
だからハヤトは、かなえのムチャを止めるためにも、敢えてこの〝決意〟を、かなえに告げようと思った。
「……………確かにハルカの事も気になるが……気にしすぎたら、
事件発生前のように、またデマに引っかかるかもしれない。
だから俺は、ちゃんと信憑性を確かめて、本当だと分かったら……警察に任せる」
「……へ? 警察?」
「さっきも言っただろ? 〝誰かを信じる〟事も大事だって」
そしてハヤトは、最後にかなえにこう告げた。
「だからお前も、俺を信じろ。俺を信じて、ムチャをし過ぎない程度に、ゆっくり強くなれ。お前が強くなるまで、星川町は絶対に俺が守りぬくから」
な……んで? なんで……ハルカちゃんをずっと捜してたアンタに……いきなりそんな〝決意〟ができるの?
ハヤトの〝決意〟を聞いて、かなえは混乱した。
今までずっと捜していた存在――――ハルカの捜索を、
どうしていきなり、今まで頼っていなかった警察に任せられるのだろうか?
例え自分が騙された事が原因だとしても、それだけで自分の〝信念〟が変わるのだろうか?
かなえは自分の中で、混乱を解消するためにいろいろと考察した。
だけどなにも答えを見つけられず、さらに混乱しかけたが……ふと気付いた。
……………ああ、そうか。
改めて、ハヤトという1人の人間を、見る。
……………そういえば……ハヤトはこういうヤツだったっけ。
そして改めて、ハヤトの〝在り様〟を知った。
ハヤトがこういうヤツだったからこそ……ハヤトは所長に選ばれたんだ……。
そう。ハヤトが元々、誰をも受け入れ、そして信じる広い心の持ち主だったからこそ、
今こうしてハヤトは、【星川町揉め事相談所】の所長をやっているのだと。
しかし今までは、ハルカの事を気にかけすぎていたため、あまり周りが見えていなかった。
けれど今回の事件で、ハルカの夢――――〝絆〟という繋がりによって生まれた、明るい世界を見てみたい、
という夢の事を改めて思い出し、まずそれを実現させないと、
例えまた会えるとしても、ハルカに顔向けできないと、ハヤトは思い直したのだ。
「……………分かったわよ」
そしてその事にやっと気付いたかなえは、
それに引き替え自分は……。
などと、光義兄妹と、自分との心の差を思い知って、
少々気恥ずかしいのか、そっぽを向いてそう返答した。
「よし。それじゃ俺の家で休んでけ。お前の両親には、俺が『帰るのが遅れる』って連絡しとくから」
「え゛っ!!? ちょ……待って!! さすがにそれはお父さんが誤解するかもしれないって!!」
「ん? 誤解って?」
「アンタは世間一般の父親事情を知らないの!!?」
だけどそんな心情も、このやり取りによってすぐに吹っ飛んでしまった。
かなえにとっては、良い息抜きな、いつも通りのハヤトとの会話である。
同時刻
亜貴達の家
「……ホントに……〝行く〟気なんですか、亜貴先輩?」
ランスとエイミーが、麻耶と一緒に、台所で夕食の支度をしているのを見計らい、
亜貴は秀平に、自分達のこれからに関する〝ある決意〟を告げた。
「ああ。ランスとエイミーのような被害者をこれ以上出さないためにも、どうしても情報が欲しい」
「だから俺は……【探偵結社『ミネルヴァ』】本社が残ってる、〝イギリス〟に引っ越したいと思っている」