電脳の覇者
約2年前 午前12時00分
不動家 カルマの部屋
『本当に実行なさるのですか、主様?』
擬似人格プログラム『ミコガミ』は、パソコンの画面の中から、
現実世界に居る、自身の創造主である不動カルマに問いかけた。
部屋は暗かった。向かいの部屋で寝ている両親を、起こさないために。
そんな部屋の中で、カルマは覚悟を決めた顔で『ミコガミ』に言う。
「ああ、やるよ。でないと〝答え〟は永遠に闇の中だ」
『……分かりました。ならば私も全力で主様の想いに応えましょう』
『ミコガミ』は、それ以上なにも言わなかった。
そして言い終わると同時に、カルマが目指す目的の場所へと超高速で向かう。
目の前に『電脳世界』を隔てるファイアーウォールが見えてきた。
するとカルマは、目にも留まらない速さでパソコンのキーを叩きだした。
『ミコガミ』に、そのファイアーウォールの破壊に有効な武器プログラムを渡したのだ。
『主様の目的のため、破壊します』
『ミコガミ』の右手に、『ミコガミ』の体長の2倍程の大きさの大剣が顕れる。
『ミコガミ』はソレを両手で持つと、上段の構えをとり、
ファイアーウォールに接近すると、躊躇なく大剣を振り下ろす。
ファイアーウォールが、豪快に、縦に真っ二つになった。
同時刻
アメリカ 国防省庁舎
アメリカ合衆国の国防、そして軍事を統合する庁舎。
一般的には『ペンタゴン』と呼ばれている庁舎内には、
軍事情報を収集、調整するための情報機関が存在する。
『アメリカ防衛情報局(American defense Information Board)』。通称『ADI』。
そこに勤める職員達は今、かつて無い大ピンチに陥っていた。
「おいっ! 第1防衛ラインが突破されたぞ!?」
「排除プログラム、破壊されました!」
「敵〝達〟は現在、〝アレ〟関連の情報が載っている『電子倉庫』に向かっている模様!」
「回線を遮断しろ! なんとしてでもこれ以上進ませるな!」
「ダメです! 遮断が追いつきません!」
持ち場のパソコンのキーを必死に叩く者。指示を飛ばす者。
様々な職員が、様々な場所で〝未知のハッカー達〟への対処に追われていた。
コンピュータ内部への侵入者がたった1人であったなら、職員達でどうにかできた。
だが今回の敵の数は……およそ〝10万〟。
アメリカ国防情報局史上最大規模のハッキングだった。
「……はぁ。まさか10万人規模のハッキングをされるとはな」
肩にかかるくらいの長さの金髪をオールバックにした、30代後半くらいの男性。
『ADI』の情報管理部部長であるジャスティン・ローウォックは舌打ちした。
アメリカも国である以上、内外問わず敵が多い事は百も承知だった。
だがまさか、裏社会で『打倒! アメリカ!』なノリで協定でも結ばれているのか、
世界中のハッカー全員が結託しなければ成し得ない事件が起きるとは、夢にも思っていなかった。
「まぁ、タネはだいたい目星は付いてるけどね」
しかし、ジャスティンもプロだ。
10万人規模のハッカーの侵入、などという異常事態が起こるワケが無いと即、見抜いた。
確かにアメリカには敵が多い。だけど敵が、同じアメリカの敵と組む事などありえないのだから。
「『敵の敵は味方』などという言葉を聞いた事があるが、それは間違いだ」
ジャスティンは自分のカバンから、1枚の磁気ディスクを取り出しながら、告げた。
「『敵の敵も敵』なのだよ、ハッカー君」
同時刻
不動家 カルマの部屋
「!? ちっ! 気付いたか!」
カルマは眉をひそめ、舌打ちした。
画面には、目の前から迫り来る『ワクチンプログラム』という名の弾丸を斬り裂き、
消去する事で、なんとか自身へのワクチンの命中を防いでいる『ミコガミ』の姿があった。
「アメリカめ、自動追尾性のある攻撃をしてきたな」
なぜカルマは、アメリカの攻撃に対し警戒するのか。
それは、カルマ一人が行っている〟大規模なハッキングのタネに関係している。
実はカルマは、世界中の約10万機のパソコンと、ウィルスを介して強制的にリンクする事で、
自身のパソコンの演算能力を高めるだけでなく、『ミコガミ』の分身である、
通称『ダミープログラム』を大量生産し、数でアメリカの国防省のコンピュータへと挑んでいる。
相手のコンピュータを上回る演算能力でなければ、相手のパソコンを倒せないからである。
しかし、あくまでも1体以外は分身。操っている『本物』さえ消せば全て消える。
アメリカは、全ての『ミコガミ』に対し全力の攻撃をする事で、
犯人の手がかりを失う代わりに、事件を終息しようとしているのだ。
「……だけど、アメリカも甘いな」
しかしカルマは、まだ余裕を残していた。
「俺が創った『ミコガミ』の本気は、まだまだこんなもんじゃない」
キーボードのキーを高速で叩きながら、カルマは画面をまっすぐ見据え、指示を出す。
「やっちまえ、『ミコガミ』」
『承知しました。我が主様』
カルマの指示と同時、『ミコガミ』は透き通るような声で答え、そして応えた。
飛んでくるワクチンプログラム弾を、なんと指2本で挟んで止め、
左脚を軸としてその場で高速回転し、弾丸の威力を殺し、
弾丸内のプログラムを、発射主であろう相手の擬似人格プログラムに
飛んでいくように改ざんし、相手に向けて、投げて返した。
同時刻
アメリカ 国防省庁舎
「……………そ……んな……バカな!?」
ジャスティンは絶句した。相手の実力が、あまりにも規格外すぎたからだ。
自分が、ガンマンをモデルにして創り出した最高傑作である
擬似人格プログラム『ワイルドキッド』をいとも簡単に破壊する程に。
『も……しわけ……りませn……マスt――――』
『ワイルドキッド』が、創造主であるジャスティンにそれだけを言い残し、消去された。
同時に、国防省のコンピュータのファイアーウォール、そして排除プログラムが……………突破された。
同時刻
不動家 カルマの部屋
「さてと、目当ての情報はどこだ?」
『ミコガミ』に、国防省の『電子倉庫』内の情報を片っ端から見せてもらいながら、
カルマは今回の目的である、『ハヤトに関する情報』を探し始めた。
『キャロラント島』へと墜落した航空機事故で、行方が分からなくなった、ハヤトの情報を。
「あんな事故があったのに、日本人の死傷者について一切ニュースは報道しなかった。
あの事故には絶対なにかある。奇跡的にも事故を目撃した観光者は証言で、
『飛行機が謎の物体と空中で衝突した』とか言っていたし、
あの場所にはUFOがちょくちょく出現しているらしいし!」
もはやこれだけの情報をがあれば、アメリカがなにか重大な事実を隠蔽した事は明らか。
なのでカルマは、〝そういう事〟を隠していそうな国防省へとハッキングを謀った。
ちなみになぜ国防省なのかというと、宇宙人の遺体やUFOを保存していると噂される、
アメリカ空軍が管理する『エリア51』の情報もあると思われる場所でもあるからだ。
そして、カルマの予想通り――――
「……………?? 『地球生活支援団(E.L.S.)』? 『星川町』?」
――――その情報は見つかった。
「……なるほど。〝そこ〟に居るのか、ハヤト」
カルマは隅々まで目を通し、フッと微笑んだ。
そこに書かれている事が真実であり、そしてハヤトは今も生きていると、知る事ができたから。
もうカルマに、『ミコガミ』をペンタゴンに居続けさせる理由は無かった。
ならば、これからする事はただ1つ。
「じゃあ、さっさとトンズラするか『ミコガミ』」
『承知しました。我が主様』
そしてカルマは、『ミコガミ』に『ダミープログラム』を大量に創るプログラムをインストールし、
『ミコガミ』を大量に分裂させ、ランダムに『電脳世界』を駆け回らせ、
まんまとペンタゴンの『アメリカ防衛情報局』のコンピュータから逃げおおせた。
ちなみに世界中のパソコンにばら撒いたコンピュータウィルスは、数時間後に自己消滅した。
こうして彼らは、次の日にニュースで報道され、そして偽者が現れる程にまで有名となった。
彼らは【Searcher】。
真実のみを追い求める、探索者。
7月17日(日) 午後16時13分
『塔』 2階
カルマは『ミコガミ』と共に、『塔』のシステムの点検をしていた。
昨夜はなんとか取り返せたものの、未だ捕まっていないテロリストの構成員の1人である、
自分の二つ名を騙っていた少女が、このままなにもしてこないとも限らないからだ。
そして案の定、『ミコガミ』は『塔』のシステム内の異常を、
カルマはその異常の原因であろう、ギンが『塔』の機械に設置した物を見つけた。
「ハッキング対策の『妨害電波』を無効化する電波を発する端末か……なるほど。
アイツはコレで『妨害電波』を無効化して、後は俺の偽者に任せた……って事か。
おかしいとは思ったんだ。アイツは和夫さんと同じくらいしか、この『塔』を操作できないし、
俺の偽者が侵入するにも、日夜『監視カメラ』が町の周辺を見張ってるしな」
『確かに……そうですね』
『ミコガミ』は、いつもより少し声のトーンを落として返事をした。
なにか気になる事でもあるのか、とカルマはすぐに疑問に思い、『ミコガミ』に尋ねてみる。
「どうした? なにか気になるのか?」
『いいえ。ただ……その……主様は……』
「うん」
『ハヤト様に……ハヤト様が存在していない事になっている事についてを、お伝えしないのですか?』
――――――――静寂が、その場を支配した。
『す……すみません主様。口が過ぎました』
ちょっとした疑問であった。
だけどその疑問は、カルマにとって聞きたくもない事なのではないかと思い、すぐさま謝罪をした。
例えどんなに聞きたい事があっても、自重しなくては。
同時に、自分自身にそう言い聞かせながら。
しかしカルマは、すぐに謝ってきた『ミコガミ』に対し、笑顔を向けたまま答える。
「今は……やめておくよ。なぜそうなっているのか……ちゃんとした理由を見つけないまま言って、
ハヤトがショックを受けるところなんて、見たくないからな」
『……………そう……ですか』
笑顔ではある。だがカルマのその声に、どこか寂しさを含んでいる事を、
『ミコガミ』は瞬時に察し、さらに申し訳無い気持ちになった。
聞かなければ……主様はこんな顔をせずに済んだのに。
主様を補佐するため、そして独りにしないために、自分は創り出された。
その私が、主様の機嫌を損ねてどうするのだ?
様々な想いが、『ミコガミ』の中を駆け巡る。
だがそんな『ミコガミ』の思考を一時的に止めるように、カルマは突然告げた。
「でもいつか……言うよ。ハヤトと対等になれたら」
『……え?』
「俺は『E.L.S.』の正式な団員になるつもりだ。
正式な団員になって、正式な団員しか入れない所に入って、
『E.L.S.』がなにを、どうして隠しているのかを暴いて、そして……ハヤトの全てを奪還する。
いつになるかは分からない。でも絶対……やってやる。やってみせる」
キョトンとする『ミコガミ』をよそに、カルマはさらにそう続けた。
『ミコガミ』は迷った。
創造主であるカルマを応援するべきか。
はたまた正式な入団に反対するべきか。
分からなかった。
創造主カルマにとって、なにが最良の選択なのか。
ワカラナイ
ワカラナイ
ワカラナイ
ワカラナイ
ワカラナイ
ワカラナイ
ワカラナイ
ワカラナイ
ワカラナイ
ワカラナイ
だからこそ、彼女は同時に……願った。
例え間違った選択であっても、主様とその周囲の人達が、幸せになれる未来が待っていますように、と。