それぞれの想い
7月15日(金)
白鳥銀一はベッドの上で目が覚めた。
直後、全身に激痛が走る。主に胸の部分が。
「っ!! ……ここ……は?」
激痛に耐えながら、目覚めたばかりで、未だに少し焦点が合わない目で周りを見渡す。
すると視界の端に、見知った顔がある事に気付いた。
同時に銀一の目の焦点が、ようやく合う。
「……なんや〝カルマ〟君。ワイを殴りにでもきたんか?」
「アホぬかせ」
カルマは銀一が仰向けで寝ている病院のベッドのそばの、見舞い客用の椅子に座りつつ、
「お前と同じで身動き取れないハヤトから、動けない自分の代わりに、
お前を見舞ってくれと頼まれたから来てやったんだよ〝裏切り者〟」
絶対零度と喩えてもいい程の冷たい眼差しで、感情のこもっていない声で、言った。
……………裏切り者……か。ワイにピッタリの称号(?)やな。
カルマの言葉を聞いた瞬間、思わず心の中で苦笑する。
理由がどうあれ、自分はハヤトや町の人達、そしてハルカさえも裏切ったのだから。
「だけどな」
……………ん?
しかし次に聞いたカルマの声は、なぜだか柔らかかった。
「お前は……宇宙のこれからを想って行動した。方法は許される事ではないかもしれない。
だけどお前のその行動は……きっとこれから先、どう転ぶかは分からないけど……
きっとこれからの宇宙の未来を変えるキッカケにはなったと思う」
「……………カルマくn――――」
「――――以上。ハヤトからの伝言だ」
もしかするとカルマは、自分の行動を、影からそれなりに評価していたかもしれない。
一瞬そう思い、敵ながら少し嬉しくなったが、続く台詞を聞いた途端に言葉を失った。
敵からの言葉とはいえ、嬉しい事には変わりないが。
そしてそんな銀一にカルマは、自分の中で湧き上がる怒り全てをぶつけるかのように、さらに告げる。
「俺はお前を絶対に許さない。ハヤトを傷付けただけじゃなく、みんなの心も傷付けた。
正直に言うと、俺はお前を……病院内とはいえ、この場で殺してしまいたい」
本気の目だ。銀一の『読心術』がそう告げる。
しかし銀一は慌てない。実際に自分はみんなを……リュンをも傷付けたのだから。
直接にせよ、関節にせよ、だ。なのでここで殺されても文句は無い。
「だけどな」
カルマの声が、再び柔らかくなる。
「それでもお前は……ハヤトの親友だ。だから殺さない。
もし殺せば、ハヤトやハルカちゃん……リュンさんも悲しむと思う」
そう告げると同時、カルマは席を立った。
「じゃあな、裏切り者。そろそろ俺はハヤトの所に戻る」
そして最後に銀一にそう伝えると、カルマはさっさと病室を出て行った。
カルマが病室を出て行った後、銀一は考えた。
どんな刑罰が下されるか分からないが、もしもまた出所できたら、自分はどう生きるべきなのか。
もしも地球の『星際化』が進み、地球が、たくさんの異星人が
移住する星になった時、自分はその中で冷静でいられるのだろうか。
そして、もしもまたハヤトとハルカ、
そしてリュンと会えたならば、自分は3人と、どう接するべきなのかを。
不動カルマは銀一の病室から、ハヤトの病室へと向かう途中で、思い返していた。
ハヤトと銀一の決闘の決着がついた直後、ハヤトがしてきた、電話の内容を。
『頼むカルマ!! 銀一を……ギンを助けてくれ!!
深く斬ってはいないけど……このままじゃ……このままじゃ!!』
雨音や、〝涙声〟が混じっていた……その電話。
カルマは黙ってそれを聞き、『分かった。ちょっと待ってろ』と返答した。
「ハヤト、傷付けられても尚……アイツを許すのか」
別にカルマは、銀一に対し嫉妬はしていない。
ただ単に、納得ができないのだ。
自分自身よりも、自分自身を傷付けた相手を気遣うという、ハヤトの態度を。
でも、同時にカルマはこうも思う。
だけど、あそこでアイツを助けようとしなければ……ハヤトはハヤトじゃないな。
とその時。カルマはふと気付いた。
途中、行き交う入院患者や看護婦が、自分の顔を見るたびにギョッと驚いている事を。
なんで皆そんな顔をするんだ?
なぜ皆が自分を見て驚くのか、カルマは疑問に思った。
だがその疑問は、前から歩いてきた5人の団体の内の、〝双子の兄妹〟によってすぐに解決した。
「おいおいどーしたカルマさん!?」
「なになに〝その顔〟怒ってるの!?」
そして2人はタイミングを合わせて、
「「ちょー怖っ!!」」
わざと自分の体を震わせながら言った。
……なるほど。あの野郎への怒りが顔に出てたのか。
ギンへの怒りのあまり、それを抑えるのを忘れていた。
カルマはすぐに、気分を落ち着かせるべく、ハヤトから教わった特殊な呼吸法を実践した。
バスターウォルフ戦にて、かなえも実践したあの呼吸法だ。
実践後、ようやくカルマの心は落ち着き、いつもの優しげな顔へと戻る。
と同時に、ここでようやく自分に話しかけてきたのが、
『星川町テロ事件』を解決するために駆けつけてくれた、
他国の【揉め事相談所】の所員達5人の内の2人である事に気付いた。
「今回はどうも……ありがとうございました」
1度全員と目を合わせ、深々と頭を下げる。
「いやいや。礼には及ばんよ」
白い髪と口髭を生やした、褐色の肌の老人が言う。
「『異星人共存エリア』を守るのが、私達の使命ですから」
両手に2つの盾を持った女性が言う。
「いやでもさー!」
「さすがに今回はー!」
そして『シャシュカ』というサーベルを武器に戦った双子の兄妹も、またまたタイミングを合わせ、
「「事件大き過ぎて疲れたよー!」」
そして最後に、『ハルバード』という武器を手に戦った〝ケヴィン・マーグナ〟も、
「まぁ、確かにな……それでカルマ君」
「は……はいっ」
「銀一君達の処分が……ついさっき決まったよ」
天宮かなえはリュンが眠っている病室に、優とユンファと共に居た。
もう2度と目が覚めないかもしれない状況にある、リュンの病室に。
リュンは昨夜の事件のせいで免疫が弱まった際に、ケイティによって毒を体内に注入された。
免疫が弱まっていた事で、毒の効果が予想以上に強く出て、生体機能のほとんどが停止してしまったのだ。
今は人工呼吸器や経鼻チューブで栄養を取るなどして命を繋いでいるが、
これらの機器に少しでも異常が起これば、数分と経たずに、確実に命を落とす。
「こんな……こんなのってないよ……どうして……どうしてこんな事に!?」
「なんで……なんでリュンがなきこがな目に遭わなくちゃいけなかったがだ!?」
優と、今も打っている点滴のおかげでようやく立てるまでに体調が回復したユンファが、
リュンの身体に被さっている、薄い掛け布団の上に自分の両腕を載せ、
さらにその上に自分の顔を載せると、大粒の涙をたくさん流し、心の底から、叫んだ。
親友を傷付けた相手への怒りを。
ギンの胸中に気付けなかった自分への怒りを。
そして、親友を護れなかった悔しさを。
天宮かなえも、2人の反対側で、同じく両腕をベッドに載せ、その上に顔を載せて泣いていた。
私は……護れなかった。
心の中で、そう呟きながら。
私が……もっと強ければ……もっと力があれば……リュンちゃんは……リュンちゃんは……。
自分自身の不甲斐無さを、ランスとエイミーを護れなかった事を自覚した時と同じように、呪った。
そして同時に、かなえは願う。
力が……欲しい……みんなを護るための……力が!!
もう2度と、目の前で誰かが苦しみ、傷付くのを見たくない。
せめて……自分の手が届く範囲に居る人達だけでも救いたい。
だからかなえは力を求めた。大切なモノを、何者からも護れる力を。
どうしたら、そんな力が手に入る?
かなえは泣きながらも、必死に考えた。
考えて――――
考えて――――
――――そして。
かなえは決心した。
黒井和夫は星川町公民館に居た。
もっと正確に言えば、自分の上司であり、町長であり、親友でもある、
ジョン=バベリック=シルフィールが入れられた棺が置いてあった部屋に居た。
ちなみにジョンの遺体は、すでに町にある葬儀社に預けている。
今夜にでも、通夜が執り行なわれるように。
和夫は充血した目で、ジョンの入れられた棺があった場所を見つめていた。
充血しているのは、昨夜に起きたテロ事件が終息した後に、
夜が明けるまで、涙が出なくなるまで泣き続けたためだ。
それだけジョンは和夫にとって、大切な親友だった。
家族と言ってもいい程、大切な存在だった。
そしてその想いは、ジョンも同じであった。
その証拠に、和夫を家族同然と思っていたからこそ、ジョンは和夫にある事を任せていた。
和夫はジョンの入れられた棺があった場所から、自分の右手の方へと視線を向けた。
和夫の右手には、フロッピーディスクが握られている。
記録媒体の、今時珍しい、あのフロッピーディスクである。
『俺になにかあったら、代わりに……俺の家の金庫にしまってある〝あるモノ〟を管理してくれ』
泣き終わると同時、星川町ができてすぐに、ジョンがそんな事を言っていた事を思い出し、
ジョンの遺体を葬儀社に預けた後、ジョンの金庫を試しに調べて、出てきた物だった。
『もしも「団体」の計画が失敗しかけたら、コレを使ってくれ』
と書かれた、メモ用紙と共に。
「……コレを使う時が、こなければいいな」
和夫はこのフロッピーディスクがなんなのか、おおかた予想が付いていた。
それは、かつてジョンから、ジョンの母方のご先祖様の犯した〝大罪〟の話を、聞いた事があったから。
大昔。全人類の記憶から一生消える事が無い大罪を犯したご先祖様の話を。
椎名亜貴はとある病室のベッドで寝転んでいた。
ちゃんと意識はある。
だけど、戦闘で激しく動いたために免疫が弱まり、そのせいで、
その後に襲ってきた謎の吐き気が未だに治まらない。
最初に覚えた時よりは幾分かマシになっているが、それでも軽い車酔いくらいの吐き気を覚えている。
「本当に良かったですよ。亜貴先輩と麻耶が無事で」
亜貴の寝ているベッドの、亜貴から見て右隣に置いてある見舞い客用の椅子の上。
秀平はそこに座りながら、小さいナイフでリンゴの皮を剥いていた。
だけど、その表情はとても険しい。
一応言っておくが、亜貴や麻耶が無事だった事は、心から本当に良かったと思っている。
だけど、その喜ばしい事を正直に喜べなくなる事が、今回の事件にはあった。
ジョンが殺害された事。
リュンが刺されて植物状態になった事。
2人と、そして今はこの場に居ない麻耶は、かつて探偵結社『ミネルヴァ』に勤めていた頃、
様々な国で、1日に何人……いや、何百人単位で、人が死んだり、重傷を負う場面を見てきた。
だけど、何回体験しようとも……人が死んだり傷付くのを見るのは……つらい。
しかし、いつかそれらは乗り越えていかなければならない。
過去にはもう、戻れないのだから。
犠牲になった人達も、みんなに、未来に突き進んでほしいと、願っていると思うから。
「……麻耶は?」
とそこで亜貴は、やっと麻耶の姿が無い事に気付いた。
どうしたのかと思い、亜貴は秀平にそう尋ねると、秀平は無理矢理ニッコリと笑って、
「麻耶は今、ランス君とエイミーちゃんを迎えに行っています。
2人共、順調に回復していますけど……まだちゃんと立てる程ではないですし」
「……そうか」
今井麻耶はランスとエイミーと共に、亜貴と秀平が居る病室へと向かっていた。
ランスとエイミーは、まだ全快ではないのでフラフラだが、
亜貴に大事な話があるので、麻耶の補助を借りて、必死に廊下を進んだ。
「ねぇ、本当に会うの? 亜貴せn……亜貴さんまだ寝てるかもよ?」
2人の体調が心配で、麻耶はおそるおそる、そう尋ねた。
実を言うと麻耶は、2人が異星人である事を未だに信じていない。
だが例え異星人であっても、亜貴が2人と共に生きる事を選んだのだから、
麻耶は亜貴のその選択を尊重したいと思っている。
亜貴をお慕いしているとか、そんな理由からではない。
亜貴と……ランスとエイミーの間に、自分が追い求めていたモノ。
仲間との間で感じるのと同じか、それ以上の〝温もり〟を感じたから。
麻耶はその温もりが、ずっと続いてほしいと思った。
だから2人には、これからも無事でいてほしかった。
なので麻耶は2人の体調が、非常に心配だった。
だけど2人は、そんな麻耶にニッコリと笑いかけ、
「大丈夫だよ、麻耶さん」
「俺達、強いし!」
力強い、言葉だった。
だけど『読心術』を使える麻耶は、すぐに悟った。
2人が自分に心配をかけまいとして、ムリして笑っている事を。
次の瞬間。麻耶は衝動的に、2人を正面から優しく抱き締めていた。
胸が凄く苦しくなって……すぐにでも、2人にこうしてあげたいと思ったから。
「大丈夫……よ」
抱き締めたまま、麻耶はランスとエイミーに、優しい声をかけた。
「私も……あなた達を……護るから……」
すると。
ポタリ、ポタリと。
ランスとエイミーの両目から、大粒の涙がこぼれてきた。
まるで心を覆っていた氷が、解けるように。
惑星アルガーノに居た時もそうだった。
2人きりでない時は。自分達以外にも人が居る時には。
緊急事態でもない限り、2人は心を閉ざして生きてきた。
周りに迷惑をかけたくないから。周りに合わせないと生きていけないから。
だけど、今は――――
「「あり……がと……う……」」
自分達には、ちゃんと心配してくれる人達が居る。
自分達の感情を、存分にぶつけてもいい人達が居る。
改めて気付いたから。2人は涙声で、正直に麻耶に礼を言った。
「……………どう……致しまして」
麻耶も。涙声で、そう返した。