Episode010 密航者は夜動く
「はぁっ!? ちょ……マジワケ分かんないんですけど!?」
かなえの混乱は、ついに限界突破した。
そもそもかなえにはSF知識がほとんど無いのである。にも拘わらずここまで話を強引に進めたのだから、こうなるのも当然だろう。
しかしそうなった原因たるハヤトは、かなえの反応に一瞬驚きはしたが、時間が足りないとでも言いたげに、さらに話を続けた。
「お前、昨日のバスターウォルフの件で、心の底からバスターウォルフに共感してただろ? ウチはそういう、異星人や異星獣の事を心から想ってくれる人材を求めているんだ。俺から見れば、お前はその条件を十二分に満たしている」
ハヤトの言葉に、徐々に熱がこもる。
その眼差しが、少しずつ真剣味を帯びていく。
それだけハヤトは、かなえを評価しているのだろう。
それだけハヤトは、かなえに可能性を感じたのだろう。
しかしそれらは、かなえに対してはただのプレッシャーにしかならなかった。
(も、もしかして私……とんでもない事に巻き込まれ始めているんじゃ?)
ハヤトの意見を聞いている内に、すぐにその事に感付いたかなえは、なんとか話を逸らさなければと、頭をフル回転させた。
「で……でもさ、私の他にもこの町に居るんじゃない? そういう人はさっ!」
表情筋が緊張するのもお構いなしに無理に笑みを浮かべながら、かなえは問う。
しかしそんな必死に考えたかなえの質問に対し、ハヤトは悲しげな顔をしつつ、逆にかなえに訊ねた。
「……そう思うか?」
「え、違うの?」
予想外の返答に、戸惑うかなえ。
ハヤトは真剣な顔で告げた。
「心の底から想ってくれている人は居るには居る。でも、みんな普通の人だ。普通の人に時に危ないこの仕事をさせてみろ……血を見るぞ?」
「ふぅん……ってアンタ!! 私に危ない仕事をさせようとしてたの!!?」
バスターウォルフを退治しに行った辺りから、もしかしてハヤトがしているのは命懸けの仕事ではないかと思っていたかなえではあったが、今回改めてそうであると知らされ、思わず怒鳴った。
あまりにも高い声量の怒声に、ハヤトはとっさに両耳を押さえた。だがすぐに手を離すと、めげずに再びかなえに訊ねた。
「昨日お前が、俺と協力してバスターウォルフを退治できたあの時、お前ならこの仕事をこなせるかもと思ったんだが……ダメか?」
「お断り!!」
しかしかなえの考えは変わらない。
彼女はそう言い残すと、すぐに相談所から出て行った。
かなえが出て行った後、ハヤトは自分の机にうなだれた。そして心の底から後悔した。
「はぁ。やっぱ……突然過ぎたな」
所員候補が現れて、浮かれていたのだろうか。
それとも、戦力集めに焦っていたのだろうか。
どちらにせよ、あんな勧誘はないだろうとハヤトは思った。
すると、その時だった。
「所員は集めないと言っていたのに、いったいどういう風の吹き回しだい?」
後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声がすると同時に、ハヤトは驚いた顔で振り返る。そして声の主を視界に捉えると、ハヤトは再びギョッとした。
なんと声の主は、先日ハヤトと所員を増やすか否かで衝突した、この町の町長であるジョン・バベリック=シルフィールだった。
そしてそのジョンが、気配も無く相談所の中に、いつの間にか入ってきていたのである。ギョッとするのも無理からぬ事であろう。
「なっ!? 町長!? いつから居たんですか!?」
「ついさっき。かなえ君と入れ替わりでね」
驚くハヤトに、ジョンは先日の衝突の事など忘れたかのようにニコニコと微笑みながら告げた。
「で、話を戻すけど……どういう風の吹き回しだい?」
「……似ていたんです。アイツがハルカに」
その後ハヤトは、町長に、かなえがハルカに似ていると思った経緯を説明した。町長は、時々うんうんと頷きながらハヤトの説明を聞いた。
「……なるほど。確かにかなえ君はハルカ君と似ている。ハルカ君……異星人や異星獣のために泣ける子だったから」
全てを聞き終わったジョンは、まだハヤトの隣にハルカなる人物が居た頃の事を思い返した。
「はい。だから俺、ハルカと心が近い天宮なら、もしかするとこの仕事をこなせるんじゃないかと」
それを聞いてハヤトは、淋しいような嬉しいような、そんな曖昧な表情で町長に言った。すると町長は苦笑しながら、
「でも、だからってあんな勧誘はないんじゃないかい?」
つい口を滑らせ、かなえと入れ替わりで入って来たハズの自分が知りもしない事を言ってしまった。
「……えっ? なんで勧誘の詳細を知ってるんですか?」
「……あっ!」
ハヤトに指摘され、ジョンはその事に遅れて気付く。
もはや無かった事にはできない事態に、彼は顔を硬直させ冷や汗をかいた。
すると次の瞬間、ジョンは「じゃ!」とだけ言って強引に誤魔化し、即座に相談所から出て行った。
(もしかして、町長……立ち聞きしてた?)
ハヤトは開きっ放しの【星川町揉め事相談所】のドアを見ながら、ふと思った。
※
23時31分
町立星川中学校の校庭に、再び宇宙船は現れる。
「オーライ! オーライ!」
【星川町揉め事相談所】所長である光ハヤトと、町長秘書である黒井和夫は、一隻の宇宙船を、中学校の校庭の指定着陸地点まで誘導していた。
この宇宙船は貨物宇宙船と呼ばれる宇宙船で、地球製が合わない異星人達のために、宇宙中のあらゆる食べ物や飲み物、生活用品が積み込まれている船である。
そんな貨物宇宙船が無事に校庭へ着陸すると、ハッチが開き、いろんな貨物が外に出された。同時にハヤトは自分が手にしている貨物リストに目を通し、ちゃんと注文通りの品があるのかを確認しつつ、リストの品の項目にレ点を付けていく。
「えーと……『カウラドナ産 プリグーパ肉』に『イル=イーヌのギーラ社出版 宇宙史教科書1年生用』よしっ!」
「それにしても……毎夜毎夜こんな作業をしていて、体の方は大丈夫なんですか、ハヤト君?」
目視だけでなく、声に出しながら作業をするハヤトへと、和夫がふと訊ねた。
「大丈夫ですよ。寝られる時間帯にちゃんと寝てますし」
テキパキと作業を続けながら、ハヤトは返答した。
すると和夫は、そんなハヤトを見て悲しそうな顔をした。
ハヤトは、それに気付かない。
いや、気付いていたとしても……ハヤトには、この町の中でも一部の者しか知らない、どんなに時間や労力を費やしてでも必ずやらねばならない事があった。
和夫が何らかの緊急事態の連絡でもしない限り、そのまま作業を中断しようとは思わないほどの事が。
しかしすぐに、そんなハヤトの疑問を解消しようとするかのように……和夫から返答が戻ってきた。
「ハヤト君、今更って感じもするんだけど……前みたいに、僕1人だけでこの貨物確認をやっていいんだよ? というか、そもそもこの仕事は町内会の仕事だよ?」
斯くしてその返答は、ハヤトの作業を止めうるだけの効力を秘めていた。
そして聞き終わるや否や、ハヤトはすぐに作業を中断して……和夫を見た。
とてもとても、和夫よりも悲しそうな顔で。
油断をすれば、泣き出してしまいそうなその顔で。
「でも、宇宙船の運転手から……いろいろ情報とか得られるから。もしかしたら、ハルカの情報も……」
そして、少年は。
その胸の内を吐露した。
「……そうか。そうだったね」
その言葉を、和夫は両目を閉じながら噛み締めた。
現在のハヤトの心を理解しているからこそ、どのように訴えれば、ハヤトを追い込まないように説得できるのかを……同時に考えながら。
「でも、それで君の体が壊れたら……もしもハルカ君が帰ってきても、悲しませるだけだ。だからハルカ君の情報は、代わりに僕ができる限り集める。だから君は、今夜は休んでくれ。いつかハルカ君が帰ってきた時に、元気でいられるようにね」
「で……でも……」
和夫の言葉を聞いても尚、ハヤトは反論しようとした。
だが、その次の言葉が出てこなかった。和夫の意見が正しいのだと分かっているからだ。
するとそんなハヤトに対し、和夫はさらに畳み掛けるように、
「君が、心も体も傷付いて、心配する人も居るんだという事を……分かってくれ」
真剣な眼差しを向けつつも、優しく、諭すようにそう告げた。
するとハヤトは、少し戸惑いながらも目を伏せ、
「……分かりました。あと、頼みます」
それだけ言うと、和夫に自分の分のリストを渡し、深く頭を下げ、自宅でもある相談所へと走って帰った。
※
帰る途中、ハヤトは電柱の前で立ち止まった。
バスターウォルフに破壊されなかった、電灯の付いた電柱だ。電灯には、蛾などの光に引き寄せられる羽虫が数匹、集っている。
ハヤトはそんな電柱に前屈みにもたれると、自分だけに聞こえる声で言った。
「なんだよ俺、まだこんなにも……幸せじゃないか。ハルカが居なくなったぐらいで……なに落ち込んでんだよ」
するとその時、電柱の下に……いくつかの水滴が落ちた。
なんだ、とハヤトは疑問に思う。
だが直後、彼はその正体を理解した。
それは……自分の流した〝涙〟だった。
※
同時刻
貨物宇宙船の貨物収納スペースから出され、町立星川中学校の校庭へと置かれたままとなっている未確認の木箱の1つが、なにやらガサゴソと動き出した。
『アルガーノ産 シエラ=スワラ』。
惑星アルガーノにて栽培されている、地球の『ラ・フランス』のような形をした水色の果物が容れられている、直方体の木箱だ。
そしてその木箱は最終的に、横に倒れ、その拍子に蓋が開く。
木箱の中には、シエラ=スワラの他に、惑星アルガーノの宇宙空港に居た兄妹が入っていた。
「ん? なんだ、今なにかが倒れる音が……?」
木箱の倒れる音に気付き、和夫はすぐに木箱に近付く。するとその瞬間、木箱に入っていた兄妹が、その場から猛ダッシュで逃げ出した。
「なっ!? お前らまさか密航者か!?」
和夫も猛ダッシュして、兄妹を追った。
だが歳の差のせいか、あるいは和夫が運動不足だったのか、兄妹の方が圧倒的に速く、和夫はすぐに2人を見失ってしまう。
「……さすが、地球人より身体能力が高いアルガーノ星人……ってところかな?」
全力で走ったせいで顔から滲み出てきた汗を、ズボンの右ポケットに入れていたハンカチで拭う。そして和夫は2人が入っていた木箱のラベルに書かれている生産地を確認すると、すぐに、なぜこうも簡単に逃げられたのかを理解した。
しかし理解したところで、現状は変わらない。
和夫は上着の胸ポケットから携帯電話を取り出し、助っ人を呼ぶ事にした。
「とりあえず、ハヤト君に知らせない……と」
しかし今回のような非常事態の時に1番頼りになる自分の味方は、先ほど家へと帰したハヤトしか居ない事を思い出し、ボタンを押そうとする寸前に手を止めた。
「ダメだ。これ以上ハヤト君に、無理をさせるワケには……」
和夫は思い悩んだ。
先ほどハヤトを説得して家に帰した手前、今さらハヤトに協力してくれと簡単に言えるワケがない。しかしだからと言って、自分1人ではどうする事もできない。
「くっそ!」
しかし結局。
和夫は携帯電話を手に取り、ハヤトに連絡を入れた。
己の無力を、呪いながら。