Episode001 星川町へようこそ
この世には、様々な『都市伝説』なる〝伝承〟が存在する。
ミミズバーガー、耳から白い糸、ベッドの下の殺人鬼、下水道の白いワニなどの小さい伝承から、フリーメイソンやイルミナティ、300人委員会などが画策している世界規模の陰謀などの大きな伝承まで、様々な『都市伝説』が。
そしてその伝承たちは、あらゆる者の心を魅了し、中には『都市伝説』を題材としたアニメやドラマ、ゲームなどを生み出した。
今や『都市伝説』は、多くの者に夢を与える〝伝承〟ではなく、様々な情報媒体を発信するための土台とも言えるモノであった。
けれどそれらの多くは、ただの見間違いや、古くからの伝承が現代風にアレンジされた伝説であったり、なんらかの宣伝のために敢えて流されたデマであったりと『都市伝説』にロマンを感じる者達の夢をぶち壊しかねない真実であろう。
けれど、中には。
もしかするとそれらの中の一部が事実であり、その事実を隠す為に、敢えて話を大きくしてみせた――そんな話があったりするのではなかろうか?
例えば……地球にある存在が入植しているという事実を隠すために――。
「ねぇ、知ってる?」
昼休みの屋上。
1人の少女が、いきなりそう質問した。
「なになに?」
訊ねられた友達は、興味津々な目で訊き返す。
「ほんの一握りの人にしか、その存在を知らされない謎の町が……日本のどこかに在るんだって」
「謎の町? それってどんな町なワケ?」
「え~~と……噂によるとその町はね――」
※
5月8日(日)
父親が運転する車で、天宮かなえは両親と共に『星川町』という町へと向かっていた。その町にある、新しい家に引っ越すためである。
本日は晴天。絶好の引っ越し日和。しかしそんな外の天気とは裏腹に、かなえの心には、まるで曇り空の如く暗い感情が沸き起こっていた。
「星川町か。いったいどんな町だろうな」
「早く馴染めるといいわね」
しかしそんな娘の思いなど気付いていないのか。
舗装されていない山道を、自家用車でガタゴトと、強引に走らせる父の哲郎も、助手席に座る母の香織も、まるで遠足の前日の子供のようにはしゃいでいる。
いや、もしかすると実は気付いているが、自分達の娘がすぐに吹っ切れてくれると信じているのかもしれない可能性もあるが、だとすると、後部座席に座っているかなえは……そんな両親の考えとは裏腹に、不機嫌そうに車窓の外を眺めていた。
彼女がなぜ、ここまで暗い気持ちなのか。
それは、星川町という町にそもそも引っ越しをする事になった原因が……両親にあるからだ。
◆ ◆
数日前まで哲朗と香織は、ごくごく普通の病院に勤める、ごくごく普通の医者と看護師だった。
だがある日、2人は自分達が勤める病院の不正に気付いた。
そしてこのままではいけないと。自分達を頼ってくれる患者達や、これから先の未来で頼ってくれるかもしれない方々のためにも……なんとか不正の証拠を集め、病院を変えようと行動を開始。
病院長を始めとする上層部の人間を尾行するなどして、たった数日で……2人は不正の証拠まであと一歩、という所まで迫った。
だが、証拠を集めようとしているのがバレたのか。
突然2人は、病院長直々に解雇を命じられ、さらには病院内への立ち入りを禁止された。
だけど2人は諦められず、その後も何回か、不正の証拠を集めるため病院内への侵入を試みようとした。
だが、毎回病院玄関には……なんと数人のヤクザ風の男が配備されていたため、結局諦めた。
病院長が雇ったのか。それとも自分達が解雇された後、本当にヤクザの組長辺りが入院したのか。
分からないが、とにかく2人は身の危険を感じ、証拠集めを断念した。
いっその事、マスコミに話すべきではと1度は思ったが、確実な証拠が無ければどうしようもない。
仕方なく2人は他の病院に勤めようと決意し、職業安定所で紹介された、いくつもの病院を回った。
しかしどの病院も、2人を受け付けなかった。
もしかすると病院長が、嫌がらせで手を回したのかもしれない。
「こうなったら……診療所でも開こうかな?」
職業安定所のロビーで、哲朗は俯きながら呟く。
すると香織は、哲郎に言うべきか否か迷いつつも……結局、夫に現実を告げた。
「でもあなた……お金無いでしょう?」
次の瞬間、2人の口から同時に溜め息が出た。
でもそうでもしなければ、現実を直視しないで判断しかねない程にまで追い詰められているのだから、言わないワケにはいかない。
するとその時だった。
職業安定所の受付をしている、1人の女性所員が、大声で2人を呼んだ。
「天宮さん、1件だけありましたよ! あなた方が勤務できる病院!」
どこか爽快な、今の2人とは対極に位置する声だった。
そんな女性所員の声を聞くと、2人は受付へとダッシュで向かった。そして受付に着くと同時に「どこですか!?」と、2人同時に女性所員に訊ねた。
2人の迫力に、女性所員は一瞬驚いた顔をした。
だが驚いている場合ではないと、すぐに真顔に戻し、
「まぁここでじゃなんなので、奥へとどうぞ」
右手の指先で職業安定所の奥の部屋を指し示し、2人にそこへ行くよう促した。
さっそく女性所員に奥の応接間に案内された哲郎と香織は、その病院がある場所についての説明を受けた。
病院の名前は『星川総合病院』。
『星川町』という、約1年前に出来たばかりの町に建設された病院なのだが、町が作られたのと同時に建ったため、まだ人手が足らないらしい。
「今のところ、この病院以外の病院は、あなた方を受け付けていません。もしこの病院に勤務するのであれば……今がチャンスですよ?」
女性所員はそう言うと、2人の返答を待つ。
「「そこに決めます」」
即答だった。
「……分かりました。では、3日後にテストをしますので、他に、その町に住むご予定のご家族の方がおられましたら、その方と一緒に受けてください」
天宮夫妻のあまりにも早い決断に、半分呆れながらも女性所員は説明を進めた。
「えっ? テスト?」
「な……何のですか?」
テストと聞いて少し不安になったのか、2人はおそるおそる所員に訊ねた。所員は苦笑いを浮かべながら、哲朗と香織に追加の説明をした。
「星川町に住むに相応しい人なのかどうかを調べる、簡単なテストです。星川町は
……なんというか変わった町ですので」
哲朗と香織は、互いに顔を見合わせ……首を傾げた。
※
それから、3日後のテスト当日。
かなえ、哲朗、香織はそれぞれ個室に分かれ、テストを受ける事になった。
それぞれの部屋では、職業安定所の所員が1人ずつ、室内に2つ置いてある椅子の内の1つに座って待っていた。もう1つの椅子はおそらく回答者用だろう。
3人それぞれに対して行われたテストの内容は、簡単に言えば、それぞれの所員が出す質問に答える、ただの面接であった。
しかし、その面接というのが変だった。
『どんな人とでも仲良くなれる自信がありますか?』
などの普通の質問もしてきたが、
『サンタさんをいつまで信じていた?』
『宇宙のかなたには何が在ると思う?』
などの変な質問もしてきたのだ。
テストが終了すると、質問者である3人の所員が、所長に結果の報告をしに行くために席を外す。かなえ達は、再びロビーで待たされる事になった。
「合格できるといいわね」
香織はワクワクしながら言った。目が輝いている。
「ああ。この感じは、大学に受かった時以来だ」
哲朗は緊張しながら言う。こちらも目が輝いている。
一方かなえは、このテストに疑問を抱いていた。
たかが町に住むのに、なんでテストをしなきゃいけないんだろう、と。
※
数分後。
天宮家を面接した所員の1人が戻ってきて、かなえ達に合否を発表した。
結果は、見事『合格』であった。
哲郎と香織はまるで子供みたいにはしゃいだ。かなえは、このテストを怪しいと思いながらも……とりあえず両親と一緒に喜んだ。
以上が、天宮家が星川町へと引っ越す羽目になった経緯である。
◆ ◆
かなえは思う。
(そもそも……お父さん達が不正に気付いたのがいけなかったんだ。不正に気付かなきゃ、引っ越す事なんて無かったのに……)
かなえは引っ越しが嫌いだった。
仲が良かった友達と、別れる事になるからである。
(ユリちゃん、アミちゃん、メグちゃん、シオリちゃん、ミチちゃん……今頃どうしてるだろう?)
前の学校の友達の顔が頭の中に浮かぶ。
同時にかなえの目から、1粒の涙がこぼれ出た……。
※
数分後。
まだ町らしきモノが見えていないにも拘わらず、車は停止した。
「おかしいな」
哲朗は頭をかきながら困惑した。
「どうしたの?」
何がどうおかしいのか気になったかなえが、父に訊ねた。
「職安がくれた地図によると、この辺に分かれ道があるハズなんだけど……」
哲朗は左手に地図を持ち、周りを見渡した。
しかしいくら見渡そうとも、分かれ道らしき道はどこにも見当たらない。
「本当にここで合ってるの?」
香織は夫から地図を取り上げた。
そしてジックリと地図を見つめると「あら、ホントだわ。なんで分かれ道がないのかしら?」と、夫の言う事が事実であった事を知り、彼女は首を傾げた。
かなえは後部座席から身を乗り出し、母の持っている地図を見た。
確かに地図によると、この辺に分かれ道があるハズだった。だが、道があるハズの場所は茂みに覆われている。
「まさか、あそこ通らなきゃいけない……とか?」
かなえは、おそるおそる父に、茂みに目配せをしながら訊ねてみた。
「う~~ん……他に道は無いし、とりあえず通ってみようか?」
哲郎は、とりあえず家族に訊いてみた。
「私は別にいいけど、お母さんは?」
「私もいいけど……崖とか無いよね?」
かなえはともかく、香織は心配そうな顔で哲朗に訊ねた。
「大丈夫。地図によると、この向こうに崖は無いみたいだ」
哲朗は地図を信じ、茂みの中へと車を走らせた。
※
数十分後。車を泥などで汚しながらもようやく茂みを抜け、かなえ達は1本の道に出た。星川町と外とを繋ぐ道だ。3人は、その道をさらに車で進んだ。
※
数分後。
ようやくかなえ達は、星川町に辿り着いた。
長い長い道のりを経た末に到着したその星川町は、他の町となんら変わらない、長閑な田舎町だった。
井戸端会議をするオバさん達。
空き地や公園で元気いっぱいに遊んでいる子供達。
コンビニの前でたむろする中学生。
自営業に励む八百屋や魚屋。
他の町でも見る光景が、星川町にもあった。
(へぇ……結構普通の町じゃん)
窓の外の長閑な光景を前に、かなえは心の中で何気なくそう思った。
すると、その時。
「!?」
突然かなえは、町中から〝ナニか〟の気配を感じ取った。
ホラー映画のオチ――もとい、クライマックスシーンを見た時の、あの悪寒にも似た感覚がかなえを襲う。
(な……なにコレ!? 町中から……感じる!?)
かなえは、注意深く車の外を見渡した。だが別に怪しい人などは居ない。
いや、逆にそれが不気味である。もしかすると目には見えない〝ナニか〟が居る可能性も捨てきれないのだから。
けれどかなえは、これ以上ブルーな気持ちになりたくないので、敢えて楽観的に考える事にした。
(き……きっと気のせいよ気のせい。私、よっぽど疲れてるんだわ)
顔をしかめる程に不快な〝ナニか〟を感じながらも、彼女は無理やり、そうだと己に言い聞かせる。そして次に、気晴らしも兼ねて……車窓を全開にし、外の風を浴びた。
(やっぱ都会とは空気が違うわよね。空気が)
車内に流れ込んでくる風を思いっきり吸い込み、かなえはそんな事を思う。少し気分も良くなった気がする。
とまたまたその時。
今度はかなえの目に、興味深い建物が飛び込んできた。
なぜ興味深いかというと、その建物は、一見普通の平屋の一戸建ての家屋だが、玄関のドアの横に立て掛けてある看板に、こんな名称が書いてあるからだ。
【星川町揉め事相談所】
(揉め事相談所? この町にはそんなのがあるんだ……)
かなえは【星川町揉め事相談所】なる建物を見るなり、また何気なく思った。
※
新しい家にはすぐに到着した。
その家は三角屋根の2階建てで、2階にはベランダがある。ハッキリ言って……あまりにも普通過ぎる家だ。最近の、壁がレンガで造られている家と比べると少し地味に見えた。
そんな地味気味な印象を受ける家の玄関の前に、黒いスーツを着た20歳前後の見知らぬ男が立っていた。かなえ達は、一瞬遅れてその事に気付く。
男は、手に数枚の書類と1本のボールペンを持っていた。見るからに役所辺りに勤めていそうな男だ。
新居の車庫へと車を入れ、そこからかなえ達が出ると、男は営業スマイルで彼女達にこう言ってきた。
「星川町へようこそ」
「……えっと……あなたは?」
キョトンとしながら、哲郎は男に訊ねた。
本当は自分から名乗るのがスジであろうが、予期せぬ謎の男の登場で、うっかり忘れていた。
しかし男は、その事で気を悪くした様子は無かった。
それどころか、先ほどからずっと続けている営業スマイルを維持したまま、
「申し遅れました。僕は、こういう者です」
胸ポケットから名刺を取り出し、哲朗に渡した。
名刺には『星川町町長補佐 黒井和夫』と書いてある。どうやら町長の使いの者のようだ。
「他の町と比べると、少々特殊なこの町の説明のために参上しました。どうぞよろしく」
言い終えると、和夫は頭を下げた。
「「あ……いえっ……こちらこそ」」
哲郎と香織、そしてかなえも、すぐに頭を下げる。
数拍置いて、双方共に頭を上げると、和夫は家の方に目配せをしつつ言った。
「まぁ、ここでの立ち話もなんですから、とりあえず家の中に入りましょう」
※
新居の中は、まだ開封されていないダンボールでいっぱいだった。
けれどテーブルと椅子だけは裸のままで、リビングの中央に置かれていた。説明のために和夫が出したのだろうか。分からないが、かなえ達はとりあえず、和夫が座るのと同時に椅子に座った。
かなえ達が着席したのを確認すると、和夫は早速、話を始めた。
「では、この町に在住する上で守ってほしい注意事項をいくつかお話しします」
反射的にかなえ達は、注意深く和夫の話に聞き入った。
「まず初めに、何かあったら、ここにご相談ください」
和夫は、1枚の紙をかなえ達に渡した。その紙は、なんと先ほどかなえが町中で見た【星川町揉め事相談所】の宣伝広告だった。
「必ず力になってくれますよ」
和夫は、相変わらずの営業スマイルでそう言った。
「は……はぁ……」
かなえの両親は、とりあえず頷いた。もっと重要そうな話をされると思っていたので、拍子抜けをしたのである。
「次に、夜は絶対に……中学校には近付かないでください」
「えっ? 何かあるの?」
気になったので、香織は訊ねた。
中学2年生に進級したばかりの娘のかなえが通う事になるかもしれない中学校の話なので、表情を引き締めながら。
「えっ……そりゃあ……ってあれ? この町を紹介してくださった方から、聞いていらっしゃらないのですか?」
「えっ? 何も聞いてないけど?」
和夫からの予想外の質問に、哲朗は正直に答えた。
すると和夫は腕を組み、なにやら考え事を始めた。
(どこかで連絡の行き違いでもあったのか)
哲郎は思った。
するとすぐに、和夫は何かに思い当たったのか「あぁ。そういう事ですか」と、納得した顔でうんうん頷いた。
「えっ? いったいどういう事なんですか?」
だがその和夫の台詞があまりにも意味深だったので、哲朗は改めて彼に訊ねた。
「まぁ、今言ってもいいですが」だが和夫は困った顔をしながら「いずれ分かる事ですし。僕も忙しい身ですので、その話は省かせていただきます」と話を締めた。
「き……気になるじゃないですか。話してくださいよ!」
しかしそうもったいぶられては、逆に気になるモノである。そしてもしもそれを知っているか否かでこれからの生活が変わってしまったらと思うと、哲郎は思わず不安げな声を出した。
すると和夫は、真っ直ぐな目で……かなえ達にこう告げた。
「……すみません。ですが、これだけは言えます」
「この町は、絶対にあなた方を裏切りません」