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こぼれる月

「ようは、ラインをハードな感じにして、色のコントラストをハッキリさせて、影を大袈裟に表現すると……」

 僕の前で真面目くさった顔で解説を入れながら、月ちゃんはパソコンの前でマウスを動かしている。その隣で高橋や清水らと興味ありげにディスプレイを覗いている。


 映画研究会、十人超える人が集まると、だんだんグループ的なモノが出来てくる。それは人間関係が分裂したというのではなく、より会話を深く楽しむ為のもの。比較的広く浅く楽しむ永谷と小倉はコア過ぎるマニアな内容を熱く語る清水や高橋らに、若干退いたのか、最近では穏やかに映画について語る部長らといる事が多いようだ。

 そしてマニアックな映画を好む少数派が集まり、思う存分ディープな話題を楽しんでいる。僕は清水ら程マニアではないものの、彼等が話題にして来るネタの方が面白いので、コチラのグループにいる事が多い。月ちゃんは女の子には珍しく、マニアックな話題を振ってもドン引きする亊もなく、フンフンと楽しそうな目で聞いてくれる亊もあり、そこが所謂オタク人間には嬉しくマニアックグループに入ったというか、引き込まれた形でコチラにいる。


 いつも聞き役の月ちゃんが、今日は珍しく自分から話題を提供していた。

 海外にあるホテルで、五部屋だけを著名人にデザインを依頼したらしい。その部屋の一つを、マーベル・コミック(アメコミの大手出版社)の作家が担当したのだが、その部屋がなかなか面白い。ディズニーランド近くのホテルのように、キャラクターが配され作家の作品世界が展開されているのを作ると思うが、そんな直球なことはしなかった。

 彼がデザインしたのは彩度を落とした黄色い壁の部屋で、ライトブルーのベッドカバーのかかったベッドが部屋の中央に置かれ、普通にテーブルとテレビ等置かれた、何て亊無いホテルらしい部屋。しかしその部屋の写真を見ると何故かそれが写真ではなくイラストに見えてくる。というのはこの部屋、家具のエッジから部屋の角まで全てに強調するようにラインが引かれているのだ。そのため何てことない部屋がアメコミの中のコマの一つに見えている。

「面白いね!」

 そのホテルのサイトを皆で、感心していたら、月ちゃんがポツリと呟いた。

「コノ部屋みて気が付いたの。アメコミ的表現って何なのかを!」

 そして、イラストレーターを立ち上げ、部のサイトの羊を呼び出す。羊を両手足広げたやや勇ましいポーズ? といった感じにする。全体に太めシャープなアウトラインをつけ、淡いグラデーションで表現されていた塗りをベタに単色に変え、黒い影部分を加えていく。そして先ほどのサイトから部屋の写真を背景に配すると確かにアメコミの一コマのようになり、アメコミのキャラクターな羊へと見事変身していた。

「すげぇ!」

 思わず高橋が声を漏らす。

「で、擬音っぽい文字入れたら完璧かな?」

 月ちゃんは、そう呟きテキストカーソルを表示させ、そこに『Wooooooool』と入力し赤で影付きの派手な装飾を施し羊に重ねた。

 それを見ていた人間が、思わず一斉に笑う。

「ウールってどんな擬音だよ! でも、絵的には違和感なさすぎ!」

 月ちゃんは皆にウケた亊で、満足げに笑っている。そして、ふと時計を観て『あっ』という顔になる。

「清水先輩、時間マズイですよ!」

 清水は塾の時間があることで、七時前にはココを出ないとマズイ。にも関わらず、もう七時を過ぎようとしている。

「わ! もう?」

 清水は慌てたように、飲んでいたマグカップを流しにもっていく。

「マグカップなら、私が責任もって、()()()ときますから、そのままでいいですよ!」

 清水も皆ポカンとしてしまう。

「なおす? 壊れてないけど」

 月ちゃんは、ハッとした顔になり顔を強張らす。

()()しておきますから」

 慌てたように言い直す。僕も彼女の言っている意味が分からず、月ちゃんをポカンと見つめてしまう。

「月ちゃんって、もしかして西出身?」

 そのやり取りを見ていた副部長の山本さんが、楽しげに月ちゃんに声をかける。月ちゃんはその言葉に、傷付いた顔をするが、直ぐにヘラっとした笑いをする。

「バレましたか、完璧な標準語喋っているつもりだったんですが。あっ、清水先輩マグカップ()ておきますから、行ってください!」

 その言葉に、清水は慌ただしく鞄を抱えて部室を飛び出していった。

「やっぱり、従兄弟も、『片付ける』事、『なおす』って言うから。月ちゃんも九州とか?」

 相変わらずヘラっと笑う月ちゃんは山本さんの言葉に頷く。僕にはその彼女の顔が本当に笑っているのではないのが、なんか分かった。他の人は多分誰も気が付いてない。

「え、九州ということは、月ちゃん博多弁とかしゃべるの? 何かしゃべってよ!」

 北野がそう月ちゃんに声をかけ、会話に参加してくる。 

「……博多弁はしゃべれません! それに方言といってもそんな期待するほど面白くないから!」

 皆は、月ちゃんに『九州弁を喋ってみせてよ』とか『方言しゃべる女の子っていいじゃん』とか、かなりしつこく方言を喋ってもらおうと求めたけれど、彼女は笑顔であるものの頑なにそれを拒否した。


 部長が別の話題をふってきたことで、皆の意識が月ちゃんからそれたとたんに、彼女の顔から笑顔がスッと消えるのを僕は静かに見ていた。その表情に僕はハッとする。初めて僕が見た、彼女が笑顔で誤魔化してない素の表情だった。怪我を追った人のように顔を歪め辛そうな表情は僕の記憶にはズッと残っている。

 月ちゃんは僕の視線に気が付いたのか、ちょっと戸惑ったような顔をしていつものヘラっとした笑顔をコチラに向けてきた。僕は、そんな彼女にニコリと笑みを返す。

 月ちゃんはそんな僕を見て、目を丸くしてビックリしたような顔をし、照れているというか困っているような笑みを浮かべた。いつもの脳天気に見える明るいヘラっとした笑顔より、僕はその表情に何故か愛しさを覚えた。つい抱きしめあげたくなる、迷子になった小さい子みたいな表情だった。


【こぼれる月】

2003年 日本映画

監督・脚本・撮影:坂牧良太

キャスト:岡元夕紀子

河本賢二

目黒真希

岡野幸裕

平井賢治

大鷹明良

田島令子

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