ありふれた事件
【今病院なんだ。
三階から落下しちゃって救急搬送。バカだよね何やってるんだろ
自分で自分がイヤになる】
そんなメールが、薫から百合ちゃんへと届けられた。三階という高さでも下に植栽があった事もあり、奇跡的に打撲と擦り傷と足の骨折だけで済んだとらしい。
最初に話を聞いて一瞬過ったのは【自殺?】という疑い。しかしそうでなく、【馬鹿な事故】でと言う話だった。
だから良かったとも言えないが、薫が無事で、怪我しているものの命に別条はなく骨折が治れば元通り歩けるだろういう事には安堵した。
薫自身から百合ちゃんへと持たされた連絡なのに。薫の秘密主義は相変わらずだった。
お見舞いに行って無事な姿を確認したいが、入院先の病院は絶対に教えてくれない。
なんでそんな事態になったのかも話さない。
何とか聞き出せた事は、喧嘩の末に取っ組み合いとなりそうなったらしい。
喧嘩っ早いことも無く、むしろ余計な争いは避ける薫が何故そんな事に? と俺は首を傾げるしかない。
顔文字のついた短い言葉のどこか能天気にも見えるやりとりな為、詳細は全くわからない。
ネットで調べたが、薫が関係したであろうニュースも全く見つけれなかった。
喧嘩で人が落下するなんてとんでもないで事件だと思うのだが、社会的に見てそれはニュースにすらならない小さなことのようだ。
断片的な会話から、相手は捕まり拘留され、損害賠償で争う事になるとか、なかなかインパクトの強い言葉だけが目立つが詳細は全く見えなかった。
結局どういうことがあってそんな事態になったのか? 薫を付き落とした相手がどんな人なのかも分からないまま。
『事故の後、動揺して心配かけるようなメールを送ってしまってゴメンね。
もう大丈夫だから!
今は一日でも早く退院できるようにリハビリ頑張ってるんだ。
生活費を稼がないといけないしね!
足が動かせないだけで、もう元気だから心配しないでね!』
そんな明るめなメールで、その話はお終いという感じにされてしまった。
突然とんでもない連絡を受けた百合ちゃんは心配で堪らない様子だったが、そこまで頑なな薫を、じっくり見守る事に決めていたようだ。
「薫さんのタイミングに任せるしかないね。今は話す気分ではないんだよ。
でもそのうち、あのヘラッとした笑顔でやってきて話してくれるよ」
そんな事を言って、薫が喜びそうなネタを探してはメールをしていた。
その様子を見て薫が何故、百合ちゃんに対してだけ返事を返すの分かった気がした。
今の薫を受け入れて、あえて普通なメールのやりとりをする。
どんな些細な内容でもメールしてもいいんだよと笑いかける。
敷居を低く間口を広げて薫が気楽に接してこれるようにしていたのだ。
意図しての事か、無意識何かは分からない。百合ちゃんが薫との切らすことなく縁を続けたい。そういう気持ちからだとは思う。
だからこそ、事故か事件で動揺していて誰かにそのショックな感情をぶちまけたい時、薫はその相手を百合ちゃんを選んだ。
それが分かってから、俺は薫へのメールの内容を変えた。
【元気?】
とは聞くけど、それ以上の質問はやめて自分の事を書くようになった。
最近読んだ本や、百合ちゃんと観た映画の話、バイトの事。
薫も今回の事は反省したのか、俺の接し方が良かったのか、前より返事をくれるようになった。
ほぼ同姓同名の友達が出来て、その人物が少しゆりちゃんに似ているとか、最近料理に少しハマっているとか、彼の日常を話すようになった。
しかしその内容は彼根底にある問題については一切触れる事はなく、語るのは彼の今の生活のほんの一部でしかない。
しかし考えてみたら、それは俺のメールも同じ。
俺や百合ちゃんの家族の問題は話していなき。
それに薫を心を変に刺激しないように大学の話は避け、俺が薫に対して感じている嫉妬や不安は見せない上っ面な内容。
お互い様といったらお互い様。
俺は踏み込ませてくれない薫に物足りなさ感じつつも、実際本音見せつけられた時の恐怖感じていた。
百合ちゃんの愛は疑ってはいない。
ただ薫が百合ちゃんに早くに気持ちをぶつけていたら、百合ちゃんと薫が付き合っていたということもあったのでは? とは思うことがある。
薫は良い奴だし、カッコいい頭も良い。
俺が女の子だったらこんな冴えない俺よりも薫を選ぶ。
今にして思えば、薫は俺より先に俺の気持ちに気がついていた。
だから俺の恋を応援してくれていたようにも感じる。何故そんな事をしてくれたのだろうか?
幸せを譲ってもらったような形だけに、薫には俺よりもっともっと幸せになって欲しいという気持ちもあった。
薫の無邪気で明るく見えるメールからでは、薫の今の生活の様子、本音は良く見えなかった。
「一つご報告!
親とも話し合って春から大学に戻る事になりました。
怪我の功名というのかな?
昨年のあの大怪我が切っ掛けで、親とも話す機会も出来たんだ。
そして向き合い本音で語り合えた。
ヒデにも色々心配かけてしまって本当に悪かった。
もう大丈夫! もう心配しないで。しっかり前に進むことに決めたから。
こんな自分を見捨てず、ずっと見守ってくれてありがとう! 感謝しています」
年明けてそんなメールが薫から届いた。
百合ちゃんにも清水にも少しずつニュアンスが違うものの同じ内容の連絡がいったようだ。
三人で安堵し喜び、四人でお祝いしようとしたが、それは叶わなかった
薫がお祝いしてもらう事でもない固辞したからだ。
復学ではなく別学部に転部してのリスタートで勉強が半端なく大変だということと、中途半端な状態で三人に合わせる顔がないと言う事で頑なに会うことを避けるのは相変わらずだった。
会えない事には不満はある。
メールから見えてくる、前より前向きにしっかり目標を持って大学で頑張っているようなので待つしかない。
両親とも多少ギクシャクしなかまらも向き合って関係を作り上げようとしている薫を応援することにした。
ありふれた事件
監督 レミー・ベルボー アンドレ・ボンゼル ブノワ・ポールブールド
原案 レミー・ベルボー
ブノワ・ポールブールド
レミー・ベルボーレミー・ベルボー
アンドレ・ボンゼルアンドレ・ボンゼル
ジャン=マルク・シェニュジャン=マルク・シェニュ
何故薫が取っ組み合いの喧嘩により三階のベランダから突き落とされる事になったのか?
その辺りの事情はコチラではもう描かれる事はありません。
どうしても気になる方はネタバレ覚悟で同じシリーズにある【欠けている】を読まれている下さい。