吹く風は秋
俺の家も百合ちゃんの家の問題も解決を迎える事なく、時間がかかっている分ややこしくなるだけ。
俺の場合は家族と物理的な距離と精神的な距離がある為か対岸の火事のようで、現実味が若干薄い問題。
家族の問題だから心配ではあるものの、母も父も姉も電話で話をしても、『別に心配する事はない大丈夫だから』といった言葉を言い俺の心配を撥ね付ける。
姉は俺に構う余裕もないこともあるのだろう。連絡入れても「心配かけてごめんね」という短い言葉返ってくるだけだった。中立の立場でいてくれる事が嬉しいとも書いてあったが、中立というより関係者にすら入れてもらえてないだけ。
妹だけが愚痴吐き出しという形で一方的ではあるものの自分の嘆き苛立ちといった本音を晒してくれた。しかし俺の反応は必要ないやり取りとも言えない対話。
離れて暮らした事による心の距離を強く感じでしまった。
百合ちゃんの方の問題は、俺と違い共に暮し、さらに慕い頼っている存在の一大事。それだけにこの出来事は彼女を憔悴させていっていた。
彼女が数少なく甘えられる存在がそれどころではない状態というのもあるのだろう、より俺に甘えてくれるようになったと思う。
抱き合った後も、身体を寄せたまま離れなかったり、自分からキスをねだってきたり。
家族との関係で疎外感を抱いでいただけに、俺にひたすら甘えて縋って来てくれる百合ちゃんの存在はその時の俺にとっても救いの存在だった。
おかしい事にそれぞれの家族が揉めれば揉めるほど、二人の関係は深まっていった。
二人で作り上げた狭いけれど暖かく優しい穏やかな世界。
そんな二人の閉鎖的だけど平和な世界は俺にとっては何よりも大切で心地よい世界でもあった。
そんな世界を再び石を投げ込み波の波紋を作るのは薫だった。
薫は直で両親と揉めてしまい俺たち以上に大変な状況を継続している。
だからこそ心配で、清水と百合ちゃんの三人それぞれでメールで働きかけていた。そんな俺たちに対して無視することはないが、薫は頑なに会おうとはしてくれない。
今どんな生活をしていて、どの辺りに住んでいるのかといった事も話してくれないので、薫の今の状況は全く見えてこない事も俺たちを不安にさせる。
薫の頑なな態度がもどかしく、怒りすら覚えていた。そんなに自分は胸の内を晒す事もできない信頼のない相手だったのか? という哀しみもあったから。
更に俺の気持ちをさらに苛立たせるのは、薫の百合ちゃんへの対応。
俺のメールには三回に一回くらいしか返さないのに、百合ちゃんには返信という形では無くメールを送り、密にやり取りをしているようだった。
と言っても百合ちゃんにも、近況や悩みを打ち明けるというのではない。
コンビニの美味しかったお菓子の話とか、道端で撮影した花やら猫などの写真とか、他愛ない内容。
それを楽しそうに送りあっていた。
百合ちゃんは俺も薫の事を心配しているのを知っているから、そういったやり取りを、隠すことなく俺に伝える。百合ちゃんにとっては疚しい事は一切ないからこそその様にしてくれているのは分かる。
しかし俺としては複雑な想いで、二人のやり取りを見詰めるしかなかった。
深い悩みの中にいる薫が必要としているのは俺や清水よりも百合ちゃんであること。同時に気になるのは薫の百合ちゃんへの気持ち。
俺や清水との方が薫といた時間は長いし、いっぱい話しをしてきたとは思う。
しかし何を話してきたのだろうか? 肝心な事は何も話していない。
していた会話はどうでも良い他愛ない事だけ。大事なことは大切な話など何も話しあってこなかった。
もし、薫とゆりちゃんが付き合っていたならば、薫の悩みは少しは緩和されてこんな大変な事にもならなかったのでは? という気持ちも過ぎる。とはいえそうなった時俺はその状態に耐えきれたのだろうか?
全ての状況は何も変わらないまま九月となった。あの鬱陶しいほどの暑さは月を超えた途端に、スイッチを切り替えたかのように秋の空気となった。
デパートのショーウィンドウはセピア色に染まり、街を歩く人も申し合わせたかのように長袖となる。
俺の姉と百合ちゃんの姉は真逆な決着をつけた。
百合ちゃんのお姉さんは結婚を最後まで許されることは無く別れてしまい、父親が強引にさせたお見合い相手と結婚をするようだ。
お姉さんはお見合い相手が気に入ったというより散々やり合った父親と一緒の空間に居たくないから結婚を選んだという。そう百合ちゃんは悲しそうに話していた。
お姉さんがヤケになってしまっている事と、家の中で味方であった姉が離れるという事も百合ちゃんを不安にさせていた。
そして俺の姉は、駆け落ちという道を選び家族と一切の連絡を絶ってしまった。あの情が深く責任感も強く真面目な姉が、家族を捨てるというそんな道を選んだ事は驚きでしか無かった。
父は「子供じゃないんだから、何とかしているだろう」とだけ言い、それ以上姉の事は話すことはなかった。母はショックを隠せない様子ではあったが、姉の穴を埋めて旅館を回していかないといけないという事で忙しさで気を紛らわせてているようだった。
離れて暮らしていたことで俺は結局姉の問題は殆どノータッチの状態だった。家族それぞれと向き合って話す事もなく、そして結果について議論を交わすこともなく、東京で百合ちゃんと、ため息つきながらそれぞれの家族の事を話し溜息をつくそれだけだった。
この事で一番変わったのは妹の聡美。
姉を追い詰め家族をバラバラにしてしまったのは自分だと強い後悔の念を抱いてしまったようでだ。その気持ちから、前までのように自由に我儘に振る舞えなくなってしまった。
姉のようにはいかないにしても、遊び歩くのをやめて旅館の仕事を手伝うようになったという。
「お前の所為ではない」とか「気にするな」とも俺に言う資格もない。元々連絡を取り合う関係でもなかったので、聡美からメールが来なくなるとそこで前のような距離感に戻るしかなかった。
百合ちゃんのお姉さんは結婚準備に忙しくしているようだが、その様子は結婚前の女性の華やいだ感じが全くないらしい。冷静は表情で淡々と作業を進めているという感じなようだ。その様子に百合ちゃんのお父さんは全く気にしていないが、お母さんは心配そうに見守る事しかできてないと言う。
そんな状況でも俺たちの生活はと言えば長閑な大学生そのもので、それぞれバイトしたり、全く異なる課題を一緒にやったり、映画みたりと平和なもの。
その日も一緒に映画館から出ながら感想を言い合い楽しく話していた時だった。とんでもない連絡が来たのは。
薫が三階のベランダから落ちて病院に運び込まれた。そのとんでもないニュースに二人は絶句して呆然とするしかなかった。
吹く風は秋
監督 鈴木雅之
原作 藤沢周平
脚本 金子成人
橋爪功
臼田あさ美
杉本哲太