結婚の条件
冬の次に当たり前のように春がきたように、俺は大学二年生となり、高校を卒業した百合ちゃんは短大学生となった。しかし薫はまだ家出したまま。大学にも通っていないようだ。薫からの連絡は百合ちゃんの方には来ているようで、無事ならしいのは分かるが状況はまったく分からず。百合ちゃんも無理に聞くことができないようで、簡単な自分の近況や良い感じに撮れた写真へのリアクションという形なので薫が今どこで生活してどのように生きているのかは分からない。
薫の事を心配しつつも、俺は大学生活にバイトに勤しみ、友人や百合ちゃんとの生活を楽しみ、薫がいなくても自分の人生を普通に生きている。百合ちゃんも自分の志望していた道に進み新生活を楽しんでいるようにも見えた。
『もう、面白そうな講義がイッパイで、どれを履修するのか迷ってしまい、気になる講義を取れるだけとってしまいました!』
と言うことで忙しい短大生活を過ごしているようだ。意匠学デザイン、古美術研究、美学、色彩学、工芸デザイン、インテリアデザイン論、絵画、彫刻……など俺の大学ではまずない講義名が並んでいて面白い。筆や絵の具を使う実技も多いようで、大学になると百合ちゃんはコットン系のラフな衣類が増えて、小さいのに、大きなルーズリーフを持ち込む画材が詰まった頑丈そうなカバンを持ち歩いていた。大学のロッカーに置いてもよいのでは?と思うのだが、課題も多く家に持ち帰る必要があるようだ。
そしてその大量の課題をこなす為に平日のデートは俺の家になる事も多くなった。その頃百合ちゃんの姉とご両親が結婚問題で上手くいってないようで、その険悪な空気に耐えきれず家に逃げていたこともある。フリーランスの仕事している男性と結婚を望むお姉さんと、そんな男との結婚が許せない両親との話し合いは平行線で決着を見せる様子はない。
百合ちゃんは今日、喜怒哀楽を水玉模様で表現しろという良く分からない課題を我が家のリビングで勤しんでいる。『友達の家で一緒に課題頑張る』という事で、今夜は家に泊まる事になっている。保護者である祖母の協力もあり、そういう事がしやすくもなっていた。
祖母は百合ちゃんも自分の孫のように扱い、三人で過ごす時間は時間で楽しかった。
絵手紙とか籐細工とかパッチワークなど色々手作りするのが祖母も好きなだけに、アートの道を歩む百合ちゃんを、彼女の両親よりも暖かく見守ってくれていた。
俺よりもそういったセンスもあるようで、課題をしている百合ちゃんの相談には役にたっている。俺はそんな二人を見守りながら自分の人から見たら面白くもないであろう経済学の課題をする。
恋人同士の俺と百合ちゃんはこのまま結婚しても、このように三人で仲良く過ごしていくのだろうな。そんな淡い夢を未来に描いていた。
彼女のお姉さんの事考えると、百合ちゃんの結婚相手として彼女の両親が納得するような企業に務めるべき。そしてクリエイティブな仕事をする彼女を支えていく。それがその時の俺の夢だった。そしてその未来を本気で求めていたし、不可能でもない未来にも思えた。
祖母の入れてくれたココアを三人で飲んでいたとき、俺の携帯が震える。みると電話でデイスプレイには妹の名前である『聡美』とあり、首を傾げる。しっかり者の長女、どちらかというと物静かと言われる俺とは異なり、妹は勝気でいて自由人。うちの兄弟で一番のはねっかえりで俺が東京の高校に行くと言った時も、散々ごねて自分も行きたいと我儘いいごねたものだった。
叶わないとなると、ことあるごとに『お兄ちゃんだけズルい』『一人だけ逃げるなんて』とチクチク嫌味を言ってきて正直面倒な所があった。そういう状態だからマメに連絡を取り合うこともなく、時々実家に帰ったときも、彼女は遊び歩いていて家にいないこともあり、ここ数年まともに会話もしていない。そんな妹が何故いきなり電話してきたのか? 嫌な予感しかしない。
『お兄ちゃん、どうしよう! 取返しのつかないことしちゃったかも』
電話を出た瞬間に聞こえてきたのはそんなとんでもない言葉だった。ただならぬ様子と口調に俺も慌てる。動揺して要領の得ない妹の電話をジックリ耐えながら聞いていくことで状況を把握に努める。驚く事に、あの真面目でシッカリ者の姉が家出してしまったという。
「で、姉さんの今の状況は?」
グスグスという泣き声の合間に聞こえる言葉を必死で俺は聞くしかない。
「多分、彼氏の所だと思うけど、住んでいる場所も分からないし……私どうしたら? このまま姉さんが帰ってこなくなったらどうしようか」
長女がどうやら外国の男性と最近お付き合いを始めていたらしい。
その様子を見て、もし姉がその男性と結婚ということになったら家を出てしまい、自分が旅館の女将という仕事を押し付けられるのではないか? そう危機感を覚えた妹が、両親にその事をばらしてしまったらしい。
しかしそれが逆効果で、驚き反対をしてしまった両親と姉は揉め喧嘩となり、そのまま家を飛び出して帰ってこなくなったという。動揺しまくり感情的で要領を得ない会話から聞き取れたのはそんな内容だった。
「姉さんは今何処に?」
そう聞いても、知らないわよ! キレられる。言いたい事散々言い散らして電話をきられてしまった。母親に電話してみたら大きく溜息をつかれる。
「ゴメンね、コチラの問題であの子ったら貴方まで騒がして。まぁなんとかなるわよ。希美子も落ち着いたら連絡してくると思うから」
そんな言葉を言ってくる。その言葉にホッとするよりも、俺は寂しさを感じる。気が付けば家族の問題も無関係とされる存在となったように思えたから。かといって大学休んで実家に帰って姉なり両親を説得するという理由にもいかない。
結局遠くから経緯を、見守るしかできない。
その事を聞いて百合ちゃんは心配そうな顔して、『なんか二人共お姉さんが大変な事になりましたね』と困ったように笑った。祖母は何故か愉快そうだった。
「自分がやった事をやり返さえられるなんていい気味! 因果応報ね」
そう言い切り笑った。父を恨んでいるのは理解していたが。こう言う言葉を聞きその事を見せつけられると俺としては、祖母とこの問題でどう向き合うべきか悩んでしまう。でも出来たのは何も言えず、苦笑いを返すだけだった。
家の中のなんとも微妙な空気を察して困惑している百合ちゃんを安心させるように微笑んだ。祖母も百合ちゃんの表情に気が付き、少し表情を緩め『いやね、あの子らも親の反対押し切って結婚したから』と簡単すぎる説明をしながら誤魔化すように笑った。
二人の姉の問題は、想定以上に長引くこととなり秋を迎えてもなんと決着も見せなかった。
俺の姉は一応母と姉は連絡をとってはいるようだが、今まで優等生で親に一切逆らう事もなかった姉が珍しく譲らず、若女将の仕事も完全に放棄し、恋人を否定されたくない為に今暮らしている場所すら明かさない状態なようだ。
母としては相手が海外の人という事が心配だったようだ。田舎に住んでいるだけあり、そういう事に余計に抵抗もある。
百合ちゃんは姉とその恋人と会ったこともあり、姉からの惚気も散々聞いていたようで、二人を影ながら応援していたようだ。
それに夢をもってそれを叶え、売れているとはいいがたいけどプロの作家として頑張っている姉の恋人を尊敬していたようだ。
そして母親から懐柔しようと色々情報流していたようだが『良い人なのは分かるわよ。でも結婚するとなるとね~。あの人の作品も読んだけど、なんというか人気が出るような感じの内容でもないし……。
貴方も麗子の幸せな人生の事考えると分かるでしょ?
女は安定した生活をするほうが幸せになれるのよ』そういった答えしかかえってこないようだ。
親世代の人にとっては、【愛しあっている】という問題は心を動かす要素ではないようだ。それがあるからの結婚で、それがあるからの幸せだと思うのに、俺達はそんな会話をして大きく二人で溜息をつく。
結婚の条件
原題 She's Having a Baby
製作年 1988年
製作国 アメリカ
監督ジョン・ヒューズ 脚本ジョン・ヒューズ
キャスト ケビン・ベーコン
エリザベス・マクガバン
アレック・ボールドウィン
ジェームズ・レイ
ウィリアム・ウィンダム