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アダプティッドチャイルドは荒野を目指す  作者: 白い黒猫
手探りで進む未来への道
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ディス/コネクト

 薫は家に戻って来ることはなかった。薫は両親には『友達の所で働きつつお世話になる事にした。しばらく互いに距離を置いた方が良いと思う』とだけ連絡し家には戻らなかった。

 その話を薫のお父さんから聞いて俺は激しいショックを受ける。


 友達って誰? 結局自分が薫のほんの一部分しか知らなかった事。高校での交友関係はまだ少しは分かるが、それ以外の薫は知らない。

 また、家族には言えなくても何故か俺達にも今いる場所を教えようとはしない? とも思う。親友だと思っていたのは俺だけだったのだろうか? 清水にも愚痴ってしまったけど、清水も同じ気持ちだったのだろう苦笑だけを返してきた。


 そして、人と人ってこんなにも簡単に離れてしまうんだという事実にも傷ついた。馬鹿みたいだけど昨日の続きで今日になるのだから、今日は昨日の続きで楽しく平和だと思っていた。


 そんな状況の中、百合ちゃんは本格的受験シーズンへと突入していく。滑り止めの文学部の入試を終え、本命の美術系の試験を控え百合ちゃんの気持ちはますます余裕がなくなってくる。その顔から笑顔も消え、抱きしめる身体も細くなった気がする。

 俺は百合ちゃんの吐く弱音を聞き、『大丈夫』『心配ない』『頑張って』とエールを贈るしかなかった。百合ちゃんと甘いと呼べる時間を過ごせないのは寂しかったけど、ひたすら俺だけに縋り、頼ってきてくれる百合ちゃんの存在が、薫に不要と切られた形になっていたその時だけに嬉しかった。

 百合ちゃんも受験の不安だけでなく薫の失踪という事態にいつもより不安定になっていた。二人きりの時は俺まで消えてしまうのではないかと言わんばかりに縋り抱き付いてくることが多かった。そういう状況だから俺は腕の中の百合ちゃんを甘やかし、慈しんだ。

 俺はそうすることで、自分という存在の価値を必死に見いだそうとしていたのかもしれない。互いに互いに頼り縋っていた。


 そんな日々を過ごしているウチに百合ちゃんの本命の大学の入試三日前となっていた。俺と百合ちゃんは彼女の学校と塾の僅かな時間を縫ってファーストフードの店でデートしていた。勉強を教えるという口実で二人での一時をすごす。会話というより弱気になっている百合ちゃんに俺はただ『大丈夫だよ』といった言葉をお(まじな)いのように繰り返す。

 百合ちゃんは何度も深呼吸して口角を上げ、笑みを無理やり作り俺の言葉に頷く。少しでも不安が和らげばいいなと思い俺もポジティブな言葉を繰り返す。

 そんな事を二人でやっていた時だった。百合ちゃんの携帯が震えた。メールがきたようだ。そこに表示された文字に俺は目を見張る。

 点滅するディスプレイに書かれていたのは【鈴木薫】の文字。

 俺と百合ちゃんはその文字を確認してから顔を見合せる。百合ちゃんが慌てたように携帯を開いてメールをチェックする。

『何度もメールありがとう。そして返していなくてゴメン。ちゃんとボクに百合ちゃんの心届いていて、実は涙でるほど感動していた。でも気持ちがまだ整理できていなくて、返せなかった。

 しかも百合ちゃんも大変な時に、色々騒がしてしまって本当にゴメンね。

 そうそう、鼠小僧の墓の写真撮ってきたから、添付しておくね。コレって結構有名な受験のお守りなんだって。本当は削ったモノを持ちかえるものらしいけど、写真でお墓丸撮りしたもののほうが効果はテキメンだと思う! だから合格間違いない! 肩の力抜いて楽しんできてね。ボクも遠くから応援しているから』

 お墓の写真が添付されたそのメールを読み携帯を抱きしめ、百合ちゃんは笑う。泣きそうな顔で。そして俺の心は複雑に揺れる。そっとテーブルの上にある俺の携帯にも視線を向けるけどそちらは何も着信していない。


 百合ちゃんが受験中なのに、色々心乱れさせてしまったことの謝罪をしたいのも分かる。過去に加藤清正井の写真を前に百合から送られたからというのは分かっている。

『ヒデにも清水にも心配かけて申し訳ないと思っている。

 色々気持ちの整理がついたら、皆に会ってちゃんと話すから。

 だから、今は。本当にゴメン。そっとしておいてほしい』


  百合ちゃんが何かメールを出した返事はそれだった。百合ちゃんを塾に送りだし俺は家に帰る途中に薫にメールを出す。

『薫、ありがとう。百合ちゃんもう日時も迫っているだけに百合ちゃんも緊張して元気もなかったんだけど、薫からのメールで少しほぐれたみたいだ。

 百合ちゃんの受験終わり大学生になったら、みんなでお祝いしなきゃね』


 着信しないかと気にしながら帰ったが、その日に返信は来なかった。


『百合ちゃんが少しでも、元気出来たなら良かった。まあヒデがいるから心配なんていらないか。

 頑張った百合ちゃんにはお祝いしなきゃね!

 ボクはささやかながら何か送らせてもらうから二人で祝って! 百合ちゃんとお前の水入らずの場邪魔したくないから』

 そういうアッサリとして、それでいて強い拒絶を感じるメールが次の日に返ってきた。何処にいるの? 今何を考えているの? 前は簡単に聞けた事なのに軽々しく問いかける事も躊躇われた。

 哀しくて、悔しくて、歯痒くて、俺はそのメールの文字に向かって『薫、何でだよ!』とぼやくがその声に返事などある筈もなかった。


 三日後、百合ちゃんの本命の大学の試験が終わった。終わったとはいえ百合ちゃんの表情はまだ暗い。大学に迎えにいった百合ちゃんは疲労も溜まっていたのだろうグッタリとしていた。小さな身体がますます小さく見えた。

「もう、何も分からない。ひでくんの時はどうでした? 手応えってありました? それってどういう感覚なんですか? 今の私には何も感じられないんですが」

 百合ちゃんの口から、悲観的な言葉しか出てこない。俺はそんな百合ちゃんに『大丈夫』『よく頑張ったよ!』という言葉を繰り返し宥めることしか出来なかった。

 百合ちゃんのそんな不安の日々も、結果発表の日で終わりを告げる。瞬きもせずに自分の番号を見つめ続ける百合ちゃんの表情は喜びではなく放心しているようで虚ろだった。不安にずっと晒され続けた結果、感情が擦り切れてしまったかのように。

「百合ちゃん、良かったね」

 そっと声かけると、マネキンのように固まっていた百合ちゃんの目に感情が戻る。ゆっくりと俺の方を向き、その瞳からス―と涙が流れた。

「ひでくん、受かっていた」

 俺はウンウンと頷くと、百合ちゃんは俺に抱き付いてきてそのまま顔を押し付けた状態で泣きはじめた。

「当然だよ! 百合ちゃんそれだけ頑張ったから」

 泣き続ける百合ちゃんを抱きしめながら、俺に心にも喜びが沸き起こってくる。百合ちゃんもコレで夢に向かって歩く事が出来る。『本当に良かった』そう声に出し百合ちゃんを更に強く抱きしめた。


ディス/コネクト Disconnect

2012年 アメリカ

監督ヘンリー・アレックス・ルビン

キャスト

ジェイソン

ホープ

フランク

ミカエル


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