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アダプティッドチャイルドは荒野を目指す  作者: 白い黒猫
手探りで進む未来への道
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三角の月

 夏から秋になり、大学生活に浮かれている俺とは異なり、受験生の百合ちゃんの表情は固くなり、暗くなっていく。

 後から思えば、人生の単なる通過点の一つでしかない大学受験。でも当事者にとっては人生の最大の関門であり、失敗したら即人生が終わったように思えるイベントだからだ。

 百合ちゃんの口から弱気や不安が漏れる事も多くなった。

「そもそも私が美術系の大学行ったとしも意味あるのか微妙ですよね」

「そんな事ないよ! 百合ちゃんは部でも大活躍していただろ? クリエイティブな才能あるよ! だから大丈夫!」

 そう俺が言うと、百合ちゃんは弱々しく笑った。

 百合ちゃんの家は、そちら方面の道に進もうとしている事への理解がないようで、滑り止めの文系に入れるかどうかを気にしていて、デッサンの勉強に受験の貴重な時間を割かれているのをよく思っていないようだ。何故娘の夢を応援してやれないのだろうか? とも思う。こんなに素晴らしい才能をもった娘を持っているというのに。

 俺は受験のプレッシャーから押し潰されそうになっている百合ちゃんを、必死に応援するしかできなかった。同時に俺にそういった弱さや甘えを見せてくるようになった百合ちゃんの事が嬉しかった。頼られる事で男になれた気がした。


 そんな時母親から世界的に有名な前衛芸術家の展示会のチケット貰ったから行かないか? と薫から連絡がきた。俺だけを誘ったのではなくて、少し行き詰まっている百合ちゃんの息抜きの為。薫なりに気を使って百合ちゃんと二人で行くことはせずに俺にも声かけてきたようだ。会場で気付いたのだが、俺と百合ちゃんは二枚の招待券だったのに薫は一枚だけ前売り券だった。二枚しかないチケットなのに俺を態々誘って来てくれた薫の心遣いを俺は密かに感じたけど、俺と目が合い気まずそうな顔をされてお礼が言えなくなってしまった。

 三人で見ることになった展示会は確かに面白くはあるけれど、前衛芸術は素人には難解。ただのヒビの入った厚い硝子が数枚立てられている物や、作者か全身に絵の具をつけて紙の上を転がり回って付けただけのものとか、理解に苦しむモノが多かった。

 百合ちゃんと薫はそれらを感嘆の声を上げながら無邪気に楽しそうに見ている。数ヶ月前に見た時よりも薫は更に髪が伸びていて、肩に垂れる所まで伸ばしていたが、それがまた似合っている。ズボラで伸ばしているのではなくお洒落にカットしているのだろうモデルみたいに格好良い。こう言う髪型が似合うのも薫だからかもしれなない。俺がやったら昭和のフォーク歌手かオタクのようになると思う。


 薫と百合ちゃんは、タイトルを見ないでその作品から受けたインスピレーションでタイトルを付けて、俺にどちらが近いか採点させるという感じの遊びを始めていた。

「【静止した時間】?」

 天井から吊るされた振り子時計から針と振り子が落ちて地面に突き刺さたっているという作品の前で百合ちゃんは首を傾げそう命名する。

「そう来たか~!

 【世界の崩壊】!」

 俺がチラリとタイトルを見ると、【失われた愛】とある。これはどちらが近いか悩ましい。

「ウ〜ン、百合ちゃんの方が近い? 【失われた愛】だって」

 そう言うと薫が唇を尖らせてくる。

「え~それは恋人贔屓ってやつ? 失恋したから世界崩壊したのかもしれないじゃん!」

 そうブツブツ言う薫に百合ちゃんはクスクス笑う。

「愛の終わりと共に時が止まったのかなと……」

 そう言っても薫は納得言ってないようだ。

「まぁ、どちらも近くはないですよね」

 そんなやり取りを三人で楽しむ。百合ちゃんがこんなに笑っているのも久しぶりに見た気がする。

 明るい薫がいるだけで場がなんとも華やぐ。そして他の他の観覧者にぶつかりそうになる百合ちゃんを薫はスマートに抱き寄せ守るなど、俺よりも格好よくエスコートしている事に少し面白くないものを感じる。

「はぁ~なんかこんなに笑って楽しんだの久しぶり」

 展示会見終わった後、休む為に入った喫茶店で薫はそう言って満足げな声を上げる。百合ちゃんの気晴らしに来たはずが、薫が一番晴々とした顔をしていて俺と百合ちゃんは笑ってしまう。

「私もです! なんかああ言う見ると自分のちっぽけな良識とか概念とかで悩むのバカみたいになりますよね」

 薫は百合ちゃんの言葉に何故か一瞬顔を真顔にするが、ヘラリと笑う。

「確かにね、あれくらいぶっとんだ思考で生きたら楽しそうだよね。芸術家って楽しそうな商売だと思ったよ!」

「いやいや、楽しいだけでなないでしょう、常に生みの苦しみを抱えて」

 何時もよりも楽しそうな百合ちゃんと、俺や清水といる時よりもテンション高い薫の横で俺ニコニコと笑いながらも見た目程内心穏やかではなかった。

 三人でいることの楽しさと、薫と比較してしまう事からくるコンプレックスを思い出す。

 百合ちゃんが選んだのは自分だと言い聞かせながら、俺は二人の会話を聞いていた。

「そうだ! 百合ちゃんに似合いそうだなと買ったんだ! このヘアーアクセサリー!」

 薫は鞄から紙袋を出して、机の上に並べていく。シュシュと呼ばれるものからヘアピンまで。

 戸惑う百合ちゃんに薫は笑う。

「いやさ、今、僕もこんな髪の長さだからヘアーアクセサリーとか気になって、その時ついでに買ったもんなんだ。こんな僕使えないし、だからね。それに少し可愛いヘアーアクセサリー付けて勉強したらテンションあがらないかな? と」

 少し苦しい言い訳である。百合ちゃんの為に選んだのだろう。

 百合ちゃんはそんな薫にフフフと笑いそれを嬉しそうに受けった。薫は百合ちゃんの髪に早速そのアクセサリー付けて『やっぱ可愛い!』とか言いながら喜んでいる。

 俺に足りない女性のファッションに対するセンス。そういう所は流石だと思う。

「大学生になったら、思う存分お洒落楽しめるね。その時洋服買いに行こうよ」

 そう言う薫に百合ちゃんは少し困った薫をする。

「なんか薫さんの選ぶ洋服少し乙女過ぎて怖い気がします」

「え~似合うのに、ねぇ! ヒデ」

 薫が突然俺に話を振ってくる。

「ん~。でも少し百合ちゃんポクはないかなとは思う」

 薫の選ぶ洋服は、かなりお嬢様っぽいというか可愛らしいのが多い。

 可愛くはあるけれど、百合ちゃんらしいかというと違う気もする。俺は首を傾げてしまう。

「百合ちゃんはあそこまでフリフリした服着ているイメージはないかな」

 薫は俺の言葉に不満そうだ。

「女の子に産まれたら、ぜったいそういう恰好楽しむべきだと思うんだけどな~」

 そう主張する薫に百合ちゃんと俺は困ったように視線を合わせそして同じタイミングで笑ってしまった。

 俺の方がやはり百合ちゃんを理解している。そう感じ少しホッとしていた。

「ま、それは置いといて、百合ちゃんの受験が終わったら清水も呼んでさ! 皆でお祝しよ!」

 薫の言葉に百合ちゃんはハァと溜息をつく。

「あの、お祝い出来るかどうかもまだ分からない状態なんですが」

 表情を少し曇らせた百合ちゃんに、薫はニカリと明るく笑う。

「大丈夫! 大丈夫! そして受験終わったら一緒に遊ぼう!

 偶には二人じゃなくて僕もデートに誘ってよ!」

 百合ちゃんは、その笑顔につられフフと笑って頷く。そして俺を見て二コリと笑った。

 この時は俺も百合ちゃんも、今後もこの三人の関係は続けていくつもりだったし、普通に続くものと信じていた。まさかこの時が三人で過ごす最後の時になるなんて思いもせずに、無邪気に馬鹿な事を言い合っていた。

三角の月

原題 Three Cornered Moon

監督エリオット・ニュージェント

キャスト

クローデット・コルベール

リチャード・アーレン


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