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真昼ノ星空

 僕の事を、友人はイイ奴と言い、大人は素直で良い子と言う。それが『全くの間違いだ!』とまでは思わないけど、僕はその評価が嫌いだった。いや正確にはそう言われる自分の事が嫌いだ。

 実家が旅館を経営していることもあり、家にはパーソナルスペースというものがない。住居部分は従業員も出入りするし、一歩旅館エリアに行くとお客様が我が物顔で歩き回っている。そんな中で生活していくには、全てを笑顔で誤魔化し、『良い子』を演じていくしかない。旅館のお客様も、子共ながら手伝いしている僕を見て、皆一様に『良い子』だと言い、それに僕は期待どおりの『良い子』な返事を返す。

 旅館の仕事は二十四時間仕事で、両親は子共にあまり構っている暇もない。親に褒めてもらいたくて僕は必死で勉強しテスト良い点をとって自慢しても、両親はその答案用紙をみて『すごいね』と一言だけ言ってくれるが、そのまま仕事に戻ってしまう。そんな事を何度繰り返したのか。両親の大変さを間近で見ているだけに、悪さして心配をかけて構ってもらおうなんて子共っぽい事もできない。結局ニコニコとした、優等生を演じるしかなかった。本当の僕ってどんなんだったかも、もう分からない。

 そんな生活に息を詰まらせていた所に、祖母が東京への進学を薦めてくれ、僕はその誘いに飛びついた。でもココで僕は本当に自由になったというのだろうか? 今度は祖母の為に良い子を演じているだけだ。


 ボコ! 後頭部に何かがあたる。

「メシ! お昼だよ。何ボーっとしているの?」

 薫が弁当箱のはいった袋で僕の頭をなぐったらしい。後頭部が鈍く痛む。

「ゴメン、今日どこで食べる?」

「天気良いから外いかない?」

 天気は良いけど、暑くないかな? とも思ったけど素直に頷くことにした。

 たしかに暑かったけど、ずっと午前中教室に押し込められていたこともあり外の空気は気持ちよかった。二人で校庭脇のベンチに並んで座り弁当を広げる。

「あのさ……さっきはゴメン」

 唐突に薫が謝ってくる。視線は校庭に向けたまま。唇を前に尖らせている。

「いや、あの時は頭痛かったけど、もう大丈夫」

 弁当に殴られた事なのかと思い、そう答える僕に薫がコチラを見て苦笑する。

「いや、それも悪かったけど……朝の事。余計な事言った」

 僕は朝の一件を思い出し、心の底にチクリと痛む何かを感じつつも、笑いながら首を横にふった。

「別になにも」

 僕の表情を見て、薫が指先を軽く切ったかのような痛そうな顔をする。

「嫌だよね、人に『お前ってこうだよな』と指摘されるのって」

「……いや、本当の事だから。薫は鋭いよね、なんか凄いよ」

 薫は首を横にふる。

「一年も一緒にいればなんとなく分かるよ……それに、僕もそんな所あるから、気付けたのだと思う」

 意外な言葉に、薫の顔を見る。いつになく真剣な顔で僕の顔を見ている。そして、唇を突き出し、ジッと何かを考えていたようだが、小さく溜息をつき口を開く。

「自分でも嫌になってくるよ、優等生面して澄ました顔している自分が」


 考えてみたら薫が初めて、僕に愚痴らしきものをもらした瞬間だった。余裕でどんな事をこなしていると思っていた友人の初めてみせた弱さだった。薫の弱さを知ったからというより、自分に己をさらけ出して話しをしてくれるその事実が嬉しかった。

「そのわりに、僕に対しては横暴だけどな」

 なんとなく、茶化した感じで言ってしまったのは、僕もなんだか照れ臭かったから。

 薫は眉をよせ唇をアヒルのように突き出す。段々わかってきたけど、薫って照れるとこんな顔をする。

「お前だから、つい甘えている。なんかヒデは分かってくれると思ってしまう所があるから」

 そしてプイっと明後日の方向を見る。そんな様子を、可愛いと思ってしまった。本人に言うと怒られそうだから言わないけど。

「だからさ、バレバレなのだし、僕にまで笑って誤魔化すなんてするな」

 その薫の言葉がなんか嬉しかった。

「分かったよ。ありがと」

 薫はいつになく、優しくふわりと笑った。つい僕もそれにつられ笑いあってしまう。しかし薫の顔がすぐにいつものニヤリとした笑みに変わる。

「なんかさ、こうして見つめ合って笑い合うって、変な光景だよね」

 たしかに、ベンチに隣合わせに座って、男子高校生二人は見つめ合って微笑み合う。端からみたらかなり気持ち悪い光景かもしれない。二人でブブっと笑う。

 朝沈んでいた気持ちは、この出来事で一気に軽くなる。薫という存在が今まで以上に近く感じた。


 『映画とは退屈な部分がカットされた人生である』

 アルフレッド・ヒッチコックの名言がある。

 僕の人生から退屈な事ばかりカットしたら、どれほどのシーンが残るかは謎だけど……。この時の事は、僕の記憶のフィルムに深く刻み込まれるシーンとなった。

 そして後々この時の事を思い出す度に、初恋の思い出以上に切なく、そして苦い想いをすることになる。

 僕の初恋の日々の記憶も薫無しでは語られない所があるので、結局は青春時代の思い出の全てがほろ苦いものとなる。青春の日々をレモンで表現される亊が多いけどなかなか上手い例えだ。あの日々の風景は爽やかで瑞々しく、どうしようもなく酸っぱくて苦い。


2004年 日本

監督:中川陽介

出演:鈴木京香

ワン・リーホン

香椎由宇

柳沢なな

玉城満

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