君に届く声
季節が秋から冬へと進につれ、さらに状況は大学受験一色になり勉強と勉強の細い隙間に日常があるような感じ。
部も引退する事になり、気晴らしは薫や清水との受験生特有の自虐的なジョークを含む馬鹿話と百合ちゃんとの他愛ないやり取り。
『龍のような雲みつけました!』
『この狛犬さん、なかなか凛々しいです』
百合ちゃんの思うメデタイ画像が僕の携帯に少しずつ増えていくにつれ、僕の中のポジティブな気持ちが膨らんでいく。この応援画像メールは、元々僕にだけ送られていたのだが、薫も欲しがり二人に送信されるようになり、それに気が付いた清水が拗ねた事で三人に届けられる事となる。三人でその写真を見ながら話をするのも楽しかった。多分その時はもっと色々悩み苦しみテストの結果に一喜一憂してと大変だった筈なのだが、そういった記憶は時と共に抜け落ちて、三人でふざけて会話していた時の思い出ばかりが残っている。というか僕が後でやり直したいと思うのがその部分だからなのかもしれない。この時、馬鹿話でなくもっと真面目で深い話をしていたら僕は友人をあんな形で失う事もなかったと思う。
「しかし、月ちゃんも良い子だよな」
清水が携帯画面を見つめながら笑う。薫も僕も『今更何を?』と思って清水を見る。
「俺らはオマケだとは思うけど、お前の為に神社仏閣巡りして、合格祈願しているんだよな」
その事には、僕も気が付いていた。土日も塾があることもありデートも出来ていない。その土日のいずれかに神社仏閣巡りをする事が増えていた。何のために? 考えるまでもないだろう。恋人がいる幸せというよりも、人に特別な存在として想って貰えて、僕の為に人が頑張り何かしてくれるという、それまでの人生感じた事のない喜びに僕は舞い上がっていた。
三人の携帯が同時に震えた。ディスプレイを見ると百合ちゃんの名前がある。
『清正井です!!
この井戸の画像を待ち受けにすると奇跡が起こるそうですよ』
三人で同時に、フッと吹き出してしまう。
「奇跡って……僕ら奇跡が必要な程ヤバい状況なの??」
清水がそうつぶやく薫に皮肉ぽい顔で笑う。
「お前は余裕かもしれないけれど、俺らは加藤清正さんでも、何でも後押しが是非とも欲しい状況だよ」
薫は慌てたように顔を横にふる。
「僕だって、余裕はないよ。もういろんな事でイッパイイッパイだよ」
唇を突き出して言う薫の顔を改めて見て、僕はその顔が前に比べてこけていて明らかに痩せている事実を実感する。百合ちゃんに昨日メールで指摘されて気が付いた。ずっと一緒にいた僕はこんな事も気が付いていなかった事に唖然とする。
「薫大丈夫? 最近痩せたよね?」
薫は僕の言葉に恥ずかしそうにうつむく。
「ま、お前らと違って繊細だから、色々考えちゃうのよ」
志望校も余裕の安全圏内で、目標もしっかりしている。そんな薫に痩せる程悩む事なんてないと思うのにそんな事を言ってくる。
「お前は、そう見えないけれど結構、ウジウジ悩む所あるよな」
薫が清水の言葉にムッと眉をよせる。
「お前よりも、明らかに繊細な見た目と性格だろ?」
見た目からいうと、目が細くつりあがって眼鏡かけている清水の方が神経質に見える。しかし清水は皮肉屋だけどこの三人の中で一番おおらかだったりする。薫のムッとした感情をモロに出た反応を面白そうな笑みを返す。
「お前の事だから、余計な事色々悩んでいるんじゃねえの! 大学入った後の事や、そのさらに後の事」
薫が驚いたように目を見開き、清水を見返す。図星だったようだ。
「それって、大人になるには必要かもしんないけど、今は今の事だけ悩めばいいんじゃねえの!
今日は今日の悩みだけ向き合って、来年悩めば良い事は、来年悩めばよいよ」
清水って冷静に周りをみていて、僕や薫に適格なアドバイスを与えてくれるそんな所があった。僕は、薫が何かを悩んでいる事はなんとなくわかったけれど、それに対して何もしてやることも出来なかったけれど、清水はこういう感じで薫に薫を助けていたように見えた。三人の中で一番大人に物事を考えられる所に僕も救われる事も多かった。
「……お前って、時々そういう恰好良い事言うよな」
そのあとの薫の態度は、ニヤリとした笑みと清水を茶化す言葉だった。
「人がせっかく悩める友に良い事言ったのに、そういう態度かよ!」
僕はそんな二人をみてつい笑ってしまう。
「映画好きって、時々名セリフ的な事言ってくるよね! やっぱ映画見ながらそういう勉強してんの?」
薫はニヤニヤしてそんな言葉を続ける。
「別に僕はそんなカッコいい言葉を言った事ないだろ?」
清水はフフフと笑う。
「こいつの場合は天然で、元々そういうキャラなんでは?」
二人でなぜか意味ありげに目を合わせ笑い合う。そんなカッコつけた言葉や、クサい台詞っぽい言葉を言った試しはない。
「僕って、そんなに言われる程変な事言っているかな?」
清水は顔を横にふる。
「変な事は言ってないよ。でもなんか和む言葉を言ってくるというのかな?」
薫がその言葉に『そうそう』と頷く。僕は二人が言わんとしている事あがわからないので、首を傾げるしかなかった。二人にとっての僕の役割っていったい何なのだろう。単なる友達? つるんでいるらだけの相手? 僕はボンヤリとそんな事を考えたけど、すぐに塾の講義が始まりそんな事考えた事も忘れた。