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アダプティッドチャイルドは荒野を目指す  作者: 白い黒猫
何かが生まれていく季節
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未来は今

 通常の試験に加え、学力判定試験、模擬試験といった感じのテストが増えて常にテスト勉強の毎日である。

 結局進路の事を一番気兼ねなく相談できるのは、友人であり同じ受験生である清水と薫だった。考えてみたら、真剣な悩みを人にしたのもこの時が初めてだった。それだけ今までその必要がなく生きてきたと言うのもあるのかもしれないが、悩みと未来に対する不安は日に日に脹れあがり、コレ以上抱えきれなくなっていた末の行動だった。友人の二人はそんな弱さを見せた僕を馬鹿にするでもなくなんでもない事のように普通に受け入れてくれて、僕はようやくホッと息をつくことができた。二人の僕に対する扱いは変わらないのに、この事によってさらも二人は近い大切な存在へと変化していた。他者と自分の距離をつくる要因は、僕自身が作り出していたものなのだというのを実感する。

「そこは、逆に考えたほうが良いのでは? 俺らは寧ろ学力的に選択肢も広いからラッキーだって」

 清水の言葉にに僕は『うーん』と曖昧な反応を返す。

「そうだよ、お前だったらこの辺り色々狙えるんだから選び放題じゃん。だったら気になる大学を見学とかして雰囲気があった所に行くとか!」

 そんな雰囲気で決めてもよいものなのだろうか? 僕は首を傾げる。

「たしかに雰囲気は大切だぞ! 俺昨年気になる大学の文化祭見学行ったけど面白かったし参考になったぜ」

 確かに大学と言うものを漠然としか認識していないから迷うのかもしれない。直に感じる事で見えてくるものもあるような気がする。

「ありがとう! なんか踏み出すきっかけが見えてきたよ! 何校が大学を見てくる事にするよ」

 僕の返事に二人は頷き、再び資料に視線を戻す。関東の大学については、やはり二人の方が詳しい。彼らが知っている範囲の情報を色々説明してくれた。

「ここも、面白そうなんだよな。校風も自由な感じらしいし」

 僕の合格圏内の大学リストの資料を覗き清水がシャープペンで印を入れる。

「だったら、こことか良くなくない? 僕滑り止めに受けようとおもったる所だから見てみたいし」

「人の本命候補になるかもしれない大学を、滑り止めって言い方はないだろ」

 清水の呆れたような声に薫が慌てて首を横にふる。

「他の学科はいいと思うけど、医学部で考えると、この大学は少し弱いんだよ」

 密かに動き出す事を決意している僕を置いて二人が議論して見学する対象を勝手にマークつけていっている。

「どうせなら、来週の試験の後にでも、気晴らしに見てくるのもいいかもな、何処からいく?」

「僕的にはコチラとか見てみたいな、キャンパスお洒落だし」

 なんか僕抜きで、話が進んでいっている。

「あれ? 二人も見学するの?」

 二人は当然! という表情を返してきた。

「俺もまだ見てみたい所もあるし、大学生活を迎えるにあたってのイメトレってやつ?」

 清水の言葉に薫はウンウンと頷く。

「あと、面白そうじゃん! ちゃんとお前の雰囲気にあっている感じかもチェックしてやるから」

 二人の言葉に僕は少し感動する。

 とはいえその感情を単純には表現しにくい。何の(わだかま)りをもつ要素もない清水の好意は素直に受けられるのだが、薫に対して複雑な感情は日に日に増していく湿度と気温のように僕の中でも上昇していて嬉しいと思う反面チリチリとした痛みを伴う。かといって薫との距離感は色々と将来の話をしていく事で気持ちは離れるどころか、ますます近付いて大きくなっていく。僕が薫という人物がの事も大好きなのが最大の理由なのだろう。

 こうして、キャンパス見学を三人で行く事が、なし崩し的に決まった。

 当たり前だけど、僕だけの為のイベントではなく、それぞれが目指している大学などもルートに入れて互いの志望校を三人で楽しむ。大学に許可をとった上だとはいえ制服姿で校舎に侵入するのは色んな意味でドキドキする体験だった。そういう意味でも二人がついてきてくれたのは心強かった。

 今まで一括りに大学と考えていた世界が、入学課で説明をうけ、キャンパス見学をしていると、大学それぞれでかなり違った空気をもった場所である事が分かる。薫や清水が第一候補で目指している大学というのも、それぞれがそこを目指しているのも納得できる面白さと拘りを感じる世界で、少しだけ大人になった二人が通っている姿も想像できて面白かった。それに三人で歩くことにで、来年このように友人と過ごす雰囲気も掴めた。

 また通っている学生も、その大学がどういう所なのか? というのを僕達に教えてくれる重要な要素。学ぶ事を楽しみ友達と講義の内容を議論している学生がいる大学、部活動が活発で寧ろそちらの方で楽しんでいる感じの所、見るからにチャラチャラしていて大学生活はだるそうにしている学生ばかりいる所。実際大学を見る事で大学と言うものが、ハッキリと存在感をもち、望む道もうっすら見えてきた。


 家に帰り麦茶を飲みながら、貰った大学のパンフレットを見ていると、祖母が興味ありげにニコニコと近付いてくる。

「とうとう、ひいちゃんも大学生なのね」

 祖母の言葉に僕はつい笑ってしまう。

「その前に受験だけどね」

 祖母は明るく笑い、パンフレットを見ながら顔を横にふる。

「あなたは本当に頑張ってきたから大丈夫よ! それに私も精一杯応援するし! 二人で頑張れば大丈夫」

 祖母の言葉に、ジワリと心が温かくなのを感じた。応援してくれる友人、家族がいるのに自分は何故、一人でウジウジ悩んでいたのだろうか?

「ありがとう。心強いよ、お祖母ちゃんかいてくれたら」

 祖母はフフフフと笑う。

「昌子を育て上げた実績もあるから、ドーンと頼ってちょうだい♪」

 僕が素直に頷くと、祖母は少し照れた顔になる。

「といっても、昌子もひいちゃんも、本当に良くできた子だから、あんな良い子だったら誰でも立派に育てられるわよ! って友達に言われるのよね」

 祖母が珍しく母の事を穏やかに口にした。

「お祖母ちゃんが応援してくれたから、母も頑張れたし、僕も頑張れるんだと思う」

 祖母が僕の言葉にビックリしたように目を見開く。笑っているような困っているような顔をする。何か口を開き言おうとしたようだがやめて、パンフレットに視線をむけた。

「実はさ、まだ、何処受けるか決めかねていて。それで友人と大学見学していたんだ」

 それまで心配かけたくないから、『大丈夫』と言う良い言葉しか祖母にしなかったけれど、初めて祖母に相談らしき言葉を投げかけた。考えてみたら悩みというものを祖母に見せるようになったのもこの頃からだと思う。人をそういった形で頼るという事を、この年でやっと覚えたという事なのかもしれない。

 そんな孫に戸惑うでもなく、祖母は寧ろ喜んで向き合ってくれた。

「この大学は丸山さんとこの長男が行っているけど、公務員就職には強いとか言ってたわ。ここの学校は――」

 祖母は祖母で独自のルートからの情報を持っていたようで、また違った視点からの大学が見えてくる。

「この大学、昌子が通っていたのよね。合格したときは二人で抱き合って喜んだものよ」

 有名国立大学のパンフレットを見て祖母は目を細める。母の母校である事を知っていたが僕はただ頷く。その大学は僕の今の学力からいうとやや高め。いくとなるとかなり頑張らないと行けないだろう。でもキャンバスの雰囲気もが良い感じで学生も空気も生き生きしていて、惹かれたのはこの大学だった。僕がこの大学を選択すると祖母も喜んでくれる気もした。

 その週の金曜日進路希望の紙にその大学を第一希望に書き提出した。安全をみて慎重第一で行動してきた僕にしては冒険ともいえるその行為。不思議と不安はなく、気分はいつになく盛り上がっていた。自分の未来の為にだけでなく祖母や母の為にもなるならば僕もより頑張れる。

 母が出来なかった祖母の期待した人生を僕が歩むことで、祖母と母の関係も改善するかもしれない。そう淡い期待も抱いていて、変な使命感も僕を奮い立てていた。

 僕の決定を祖母は案の定大喜びをして、薫と清水はどこか納得したように静かに聞いてニッコリ笑い共に頑張ろうとエールを送ってくれた。

 百合ちゃんは目を丸くして驚いたけれどすぐにハジケルような笑顔をみせる。

「ひでくんヤッパリスゴい! 頭いいのは分かっていましたけどそこまでとは!」

 もう受かったかのような彼女の言葉に笑ってしまう。

「いやいや、あくまでも希望だから。落ちるかもしれないし」

 僕がそんな事言うと、百合ちゃんはブンブンと首を横にふる。

「大丈夫です! 私も全身全霊をかけて応援しますから!」

 根拠もなにもない『大丈夫!』の言葉だけど、僕に前向きのやる気と勇気を与えてくれる。百合ちゃんの尊敬に満ちた眼差しがくすぐったいけれど、そんな視線が堪らなく誇らしく嬉しかった。こうして僕はもうひとつその大学に向けて頑張る理由が出来た。


未来は今(The Hudsucker Proxy)

アメリカ

監督 ジョエル・コーエン

キャスト

ジェニファー・ジェイソン・リー

ポール・ニューマン

チャールズ・ダーニング

ジョン・マホーニー

ジョー・グリファシ


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