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春のめざめ

 よく分からない決意は僕の生活にどれ程の変化をもたらせたのだろうか? よくTVなどで言われるような『当社比何%』程の差があるわけでもなく財布の中にヒッソリと入ったコンドームだけが違いといったら違い。でもそれは使われるなんて事もない。

 月ちゃんとは、毎朝駅で待ち合わせて一緒に通学して、昼間は薫や清水と一緒に馬鹿な話を楽しみ、放課後は月ちゃんと清水らと部活を楽しみ、月ちゃんと二人で下校する。前とも変わらないけれど、穏やかで愛しい日々が続く。


 映画が終わり、月ちゃんは少し赤い眼で照れたように少し笑う。映画で思いっきり泣いてしまったのが恥ずかしかったようだ。流石に僕は大泣きはしなかったけれど、愛する夫を失った女性が、夫が彼女に遺していった愛によって立ち直って行くという物語で、確かにウルっとくるものがあった。僕の方こそ少し潤んでしまっていた眼を見られるのが恥ずかしかったけれど、月ちゃんは僕の表情を見て少し驚いた顔をしたが嬉しそうに笑った。僕もなんか嬉しくて笑いを返した。映画に対して同じ事を感じ同じように感動したのが分かったのが嬉しかったから。感想を言う前に、気持ちを落ち着かせるために深呼吸する。

「いや~なんというか」

 月ちゃんも、大きく溜息をつく。

「大きな愛の物語ですよね」

 僕はその言葉に頷く。映画中に込められているジェラルド・バトラー演じるアイルランド男の愛がどこまでも熱くそして深い愛が圧巻で、見て溜息をつくしかない。そんな夫を亡くしたヒロインの喪失感は推して知るべし。そんなヒロインを救うのが、夫の力で亡くなった後も尚愛する妻を救い支え未来へ導いていく。

 かなりストレートに泣かせる恋愛映画ではあるのだが、その泣かせ所というのが、夫の死という現象ではなくどこまでも温かい男性の愛情なのだ。

 またアイルランド気質というのがまたよく、愛に素朴でいながら情熱的で実直に愛をみせていく所が印象的だった。ロマンチックに愛を語るフランス気質、情熱的で刹那敵に愛に生きるスペイン、どこまでの脳天気に愛を楽しむラテン系の男とは違った格好良さがそこにはあった。

 愛する女性を守るといってもアメリカ男のストレートなヒロイズムとは違い、そこに妙な力みとか熱血さというのはなく、それが当たり前という感じで女性を熱く深い愛で包み守っていく様子には素直に憧れを抱いた。自分の死後に、他の男に愛する者を託すという行動もセンチメタルな行為ではなく、自分がヒロインの中で無になるのではなく一部となって、その後の人生と共に歩いていくそんな二人の絆も僕の心を打った。片方の死別という最後を迎える二人なのに理想の恋愛に思えた。

 

 僕らは映画で良かったシーンを語りながら、映画館の外にでる。三月だというのに、その日は柔らかく温かい日差しに満ちていて気持ちが良かったのでそのまま歩くことにする。

 暑くもなく寒くもない気温の中二人で手を繋ぎながら恋愛映画を語りながら歩く。付き合う前と付き合いだした後の違いはこういう時にどちらかというと人込みを裂け裏道を歩くようになったことかもしれない。二人とも田舎育ちということもあり混雑している場所が苦手な事もあるが、渋谷の外れの住宅街は静かで二人っきりの時間を楽しむのに丁度良かった。

「そういえば、コレ新味なんですよ」

「へえ、柚子味?」

 月ちゃんが出してきたタブレット型清涼菓子はミントと柑橘系の味が混じった爽やかな味がした。そういえば付き合う前と後での違いは、ミント系のタブレットを持ち歩くようになったというのもあるのかもしれない。どちらかがタブレットを出してそれを二人で食べるというシーンが増えた気がする。

「あっ」

 月ちゃんが突然声をあげる。視線を追いかけてみるとそこには公園があり、咲く時期を間違えたのかもう桜が咲いていた。その空間だけ一足先に春が訪れているようで、なんとも華やかな温かい空間ができあがっていた。月ちゃんはニコリと僕の方を見てから、手を少し引いて公園へと誘う。公園には誰もおらず、僕達の貸し切り状態で二人でベンチに腰掛けその桜を楽しむ。

「綺麗ですね! でもなんでこの一本だけ」

 ポカポカとした日だまりが気持ち良かった。また、肩をくっつけた状態で横にいる月ちゃんから良い香りがする。シャンプーの香りなのだろうか、何の花か分からないけれどお花っぽい良い香りだ。

「街灯の下であることと、丁度この公園が奥まっているのに日当たりが良くて風がないために勘違いしてしまったんだろうね」

「慌てん坊な桜なんですね」

 二人で顔を見合わせてクスクスと笑い合う。顔を見合わせると思った以上に月ちゃんの顔が近くにある事に気が付いた。思わず笑うのを止めそのまま月ちゃんを見つめてしまう。月ちゃんも鏡のように真っ直ぐ此方を見つめ返してくる。その真剣な眼差しに僕の心はドキリとする。いやドキドキしてくる。

「キスしようか?」

 つい出てしまった言葉は震えてなかっただろうか? それ以上に、自分の胸のドキドキがあまりにも激しくその音が月ちゃんにも聞こえているのではないかという事も気になってしまう。

 月ちゃんは僕の言葉にはにかんだような顔をしてコクリと頷く。そして顔を上げ眼を瞑る。月ちゃんも緊張なのか瞼が少し震えている。僕も緊張しながらゆっくりと顔を近づけるそしてそっと触れるだけのキスをする。ほんの一瞬の触れ合いだったはずなのに、凄くリアルに月ちゃんの唇を感じた。思った以上に柔らかい月ちゃんの唇。そっと離れる時間がスローモーションのように進んだ。ゆっくりと月ちゃんの瞳が開き、間近な距離で僕らの視線が絡む。月ちゃんの瞳がいつもより潤んでいて僕の心をざわめかせる。赤らんだ頬と少しあいた唇が視界に入ってきた時、僕の中で何かが弾ける音がする。それが月ちゃんへの想いが拭き上げてきた音なのか、理性飛んだ音なのかは分からない。


 僕は月ちゃんの肩に手を回し抱き寄せるようにもう一度顔を近づける。月ちゃんも僕の背中におずおずと腕を回してくる。唇を合わせ、互いに遠慮がちに舌を絡ませていく。初キスはレモンの味というけれど、その時したのは柑橘系のミント味。先程のタブレットの味だ。さっき以上に生々しく感じる月ちゃんの存在に僕は舞い上がる。月ちゃんがギュウと僕を抱きしめてくる。キスが出来たというが嬉しいというより、月ちゃんと誰よりも近い位置に立てた自分というのが嬉しかった。


 どのくらいの時間キスしていたのか、よく分からない。自分の中ではかなり長く濃い時間を楽しんだと思っていたけれど、一瞬をそう感じただけなのかもしれない。キスを終えた後も二人で暫く黙ったまま抱き合っていた。

「早く~! ブランコーまで競争だよ~」

 遠くから子供の声が聞こえ近付いてくるのを感じた。僕らは慌てて離れる。そのタイミングで数人の子供が公園に走り込んでくる。暫くすると子供の親と思われる女性も二人公園にやってくる。僕らはベンチに腰掛けたまま桜を見上げて楽しんでいる振りをしながらまだドキドキしていた。恥ずかしさもあり会話は何もぜず、咲き急いでしまった桜を見上げる。どちらからとなく手を繋ぐ。だまったまま僕は親指で月ちゃんの手の甲をそっと撫でる。月ちゃんはギュッと僕の指四本を握り返してきた。そしてチラリと僕を見て照れるように笑った。

 この日二人でその後何をしたのか? というのをあまり覚えていない。それだけこのキスというイベントが僕の中ではインパクトが強すぎた。二人ともこの経験にいっぱいいっぱいになっていて、殆どまともな会話らしい事もできなかった所為なのかもしれない。気の早い桜に触発されて僕らは一足先に、恋に浮かれたフワフワとした春の世界に踏み込んでいった。


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