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月のひつじ

 季節は少しずつ変化していく。柔らかな色合いを見せていた木々の葉も日に日に色を濃くしていき、太陽は日に日に激しさを増していく。

 西日が差しセピアに染まった部室の中で、パソコンに向かっている高橋と月ちゃんが座りその回りで部員が楽しそうに画面をのぞき込んでいる。

「すっげ~良い感じじゃん」

「羊さん可愛い!」

 感嘆の声を上げる北野や小倉に、高橋と月ちゃんが顔を見合わせてニヤリと微笑みあう。 ディスプレイの中で、長い亊放置されていた部のサイト「仔羊映画祭」が、見間違えるくらい綺麗になって蘇っている。全体的に青空をイメージした感じで、青を基調にしてありパッとみた感じとても爽やかだ。三日月にモコモコした羊が腰掛け釣りをしているという、映画会社のドリームワークスのシンボルマークムービーをパロディーにしたタイトルイラストがなんとも可愛い。そしてよく見ると、全体に散りばめられたようにチラされたアイコンの雲が、実は羊なことが分かる。

 青春真っ只中の自分達を、聖書の「迷える神の仔羊」になぞらえてこのタイトルになったこのサイト、僕が、入部した時にはもう動いていなかった。それを、部室でネットサーフィンしていた新入部員がお気に入りから見つけ、再びネットで活動してみようかという流れになったのだ。

 中心になったのは、アメコミ系の世界方面に明るく自分でもサイトを持っている高橋と、月ちゃん。任命されたというより、一番張り切った二人が行動した結果である。

 すでにホームページを作っているという高橋は兎も角、月ちゃんかパソコンが得意だというのは意外だった。女の子はパソコンに弱いというのは偏見なのは分かるが、大らかで細かい事が苦手そうに見える月ちゃんとパソコンというのがどうも繋がらないのだ。

「失礼な! 兄の部屋に忍び込んで、時々ネットとか見てるからこんなの、余裕ですよ! しかも兄は理工系ですから」

 二人に任せて大丈夫かな? と心配する皆を前に、よく分からない根拠を述べ、月ちゃんは威張るように胸を張った。

「しかし、月ちゃん、よくマウスだけで、このイラスト描いたよな~今度、なんかアメコミヒーローのイラスト描いてよ! 俺のサイト用のヤツ」

 高橋が感心するのも無理はない。確かパソコンの中で眠っていた古いバージョンのIllustratorをつかってマウスだけで、ここまでのイラストを描いてくるのは、凄い才能である。しかし、眉に皺をよせ、月ちゃんはイヤイヤイヤと困ったように首を横にふる。褒められるとココまで困った顔をする人って、この子と友人の薫くらいかもしれない。ホント面白い子だなと僕は、その表情を見つめていた。

「うーん カッチョイイ感じのイラストは、私描けないよ~多分高橋くんのサイトで浮くよ!」

 高橋が基本を組み立て、月ちゃんがそれを配色などアレンジしたようだ。そういう意味ではナイスなコンビだったのかもしれない。部長も後ろからディスプレイを見て満足気だ。

「先輩方が残した映画の評論に、これからみんなの映画評論加えていけば、より内容に厚みもでて、面白くなりそうだな。とりあえず、みんなが最近観た映画の評論というか、感想文を書くか!」

 部長が、顔を上げ皆に呼びかける。

「じゃあ、俺、ディム・バートンのバットマンの感想書こう!」

「TVで観たやつでもいいの? なら『アルマゲドン』にしようかな」

「ジブリ作品なら私、書けるかも!」

 高橋の言葉が呼び水になって、皆次々と、参加を表明する。なんか凄く映画研究部らしい空気になっているようだ。どうしようかな? 僕は、パソコンに近づき既に記事になっている作品の一覧に目をやる。『フィールド・オブ・ドリームス』はもう書かれている。『ギルバート・グレイプ』もあるな……。無難に最近観た『ヘドウィッグ・アンド・アングリ-・インチ』にでもしようかな? と考えていると、視線を近くで感じる。横をみると、思いの外近い位置にあった月ちゃんの顔にドキっとした。ノートパソコンの前で座っているから当然といったら当然だけど、月ちゃんの座っていた椅子の背もたれに手をおき、パソコンをのぞき込んでいた事で、無意識にえらく馴れ馴れしい距離感に立っていた事に気が付き動揺する。

「感想って、なるべく前のデータと被らないほうがいいですかね~」

 首を傾げ、間近で真っ直ぐ僕を見つめながら、そんな事を聞いてくる月ちゃんに、恥ずかしくなって視線を大きくそらす。

「ど、どうかな? 同じ映画でも、人が違えば違う面見えてくるし。先輩どう思います」

 姿勢を戻し、さりげなく距離をとり、部長へと会話をふる。

「そうだな~それはそれで、面白いけれど、まずは評論されている映画の数を増やしたいかな~また、被ったものをどう見せていくかは、おいおい考えるか」

「分かりました! なら、『ヘドウィック』は、星野先輩が書かれますよね?」

 月ちゃんの言葉に僕は、まだ続いていた動揺の為、言葉じゃなく頷いて答える。

「なら! そのジョン・キャメロン・ミッチェル繋がりで、私『ショートバス』の記事でも書こうかな~」

「えぇええええ?」

 僕は思わず、大声を出してしまった。

 この映画を知っている部長らも、目を丸くして、月ちゃんを見た。逆に一年は誰もこの映画の存在すら知らないようで、ポカンとしている。

「月ちゃんはさ、その映画、君がまだ観たらダメな作品だと分かっている? 年齢的にさ」

 いち早く、我に返った、部長は、可愛い後輩に優しく語りかける。その言葉に月ちゃんも、ある事に気が付き『あっ』という顔をしたが、ヘラっと笑う。

「三歳くらいは、誤差の範囲ですよ」

 そう、彼女が観たという映画は、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督が作り出した『愛と性』がテーマの真面目な作品ではあるが、かなり過激な性表現の映画であることでも有名。なのでR-18作品に指定されているはず。

「でもね、高校のサイトだからレイティングはR―15までOKということで、ソレは止めとこう」

「なら、R-15の作品で考えます」

「いや、R―15縛りでなくて良いから!」

 神妙な顔で返事をする月ちゃんに、部長は苦笑してツッコむ。

 自分もその作品観ておいて言うのも何だけど、こんなあどけない感じの月ちゃんがどんな顔で、あの映画を観たというのだろうか? 

「おぉぉお、『大都会の片隅で愛を求め合う人々の姿を、リアルで過激な性描写で描いた物語』って、これエロいの?」

 ネットでこの映画をググった高橋が、声を上げる

「エロいというのかな? そういうムラムラする性描写ではないかもしれないな、って、お前等は十八歳になってから観なさい」

「あれ? 先輩達も、たしかまだ十八歳になってませんでしたよね」

 永谷が余計な事に気付く。なんだろう、R-18といっても、アダルトビデオを観たわけではないのに、同じような冷たい目でみられるのって、なんか不条理な気がする。エロを期待してみているわけでもない。月ちゃんの目が、共犯者というか仲間だという感じで嬉しそうに細められる。

「月ちゃん、その映画見て、最初のシーンで退かなかった?」

 俺は恐る恐る聞いてみる。月ちゃんは、クリっとした目をコチラに向ける。あっコレってある意味セクハラになるのだろうか? 過激なセックスシーンの感想を女の子に求めるなんて。でも月ちゃんは嫌がるわけでもなく、恥ずかしがる顔をするわけでもなく、ウーンと考えている。良かったセーフ?

「退くというか、のっけからの凄い光景に、目が点になりましたね。目が点になっているうちに、物語が進んでいき、テーマが見えてきて、ああ~なる程と思いました。結局ヘドウィッグと同じ事を言ってますよね。他人とあらゆるものを越えて感じあいたいと。見終わった後に、思わず隣に寝ていたネコ、抱きしめちゃいましたよ」

「なんか、その気持ち分かる! 残念ながら僕は、家にはネコもイヌもいないから寂しいままだったけど」

 そう、『ヘドウィック・アンドアングリ-インチ』と『ショートバス』二つの主人公は、満たされない心を他者との融合で埋めるために求めて彷徨う。両方が本当に求めているのは身体での繋がりというよりもっと、深い所で相手を感じる事。寧ろアーチスティックに見せている『ヘドウィック』とは異なり『ショートバス』はテーマにストレートで『性』を前面に出している。ギョッとするほどのラブシーンのある映画に関わらず、見ている人を淫らな気持ちにさせるさせるのではなく、どこか胸を切なくさせるものがある。登場人物がとにかく生きる事に必死で、見ている人の目を釘付けにする何かがある。だからこそ、日常生活においてはあり得ないようなアブノーマルなシーンも、すんなりと受け入れて観てしまう。そして見終わった後に、無性に人肌が恋しくなる。なんか人と触れ合いたくなるそんな映画なのだ。一人で観たためにあの時誰にも発することも出来ず行き場を失っていた感覚を共有できた事が嬉しくて、つい月ちゃんと、(言葉に出来ないようなシーンはなるべく避けつつ)語り合ってしまう。

「じゃあ、これってカップルで見たら良い感じなの」

 二人の会話を聞いていた二人はニヤニヤしている。嬉しそうな北野と高橋、この年齢の男はエロというものに敏感だ。目が爛々としている。確かに高校の中で会話するには相応しくない会話だったかもしれない。

「いや、止めたほうがいいよ」

「それはチョット止めたほうが!」

 思わず僕と月ちゃんが同時に似たような言葉を発してしまう。

「普通の女の子は、最初で退くよ! あと、君らも固まると思うよ! この映画ある程度色々な経験積んでから観るべき映画! この二人が観ている事自体が間違いだから!」

 あっと、顔を見合わせて、続きをどうぞと譲り合っているうちに、部長が先を続けてくれた。一年しか変わらない先輩もそこまでの経験を積んでいるとも思えないが、いつも自分らよりも遥かに大人な言動をしてくる。多分、まだ誰とも恋愛をしたことないと思う月ちゃんのような女の子や僕が観るべき映画ではないのは確かなのかもしれない。先輩は彼女いるから、やや映画の観え方も違うのだろう。

「普通の女の子って……」

 隣で月ちゃんのつぶやきが聞こえた。俺は『まあまあ』とその頭を撫でてやる。月ちゃんは、ビックリした顔をしてコチラを見たが、その後照れたように嬉しそうにヘラっと笑った。


月のひつじ 2000年オーストラリア

THE DISH

製作・監督・脚本:ロブ・シッチ

製作・脚本:サント・シラウロ

トム・グレイスナー

ジェーン・ケネディ

キャスト:サム・ニール

ケビン・ハリントン

トム・ロング

パトリック・ウォーバートンジェネビーブ・モーイ

ビル・ブラウン

ロイ・ビリング

アンドリュー・S・ギルバート

レンカ・クリパック

マシュー・ムーア

エリザ・ゾニート

ジョン・マクマーティン

カール・スニール

テイラー・ケイ

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