表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/75

ブルーバレンタイン

 二月にはいって一週間ちょっと。世界はまだフリーズしたまま、変化なし。

 毎日も同じ事繰り返しで時間までが空回りしているかのように感じた。いや、前に進んで欲しくないだけなのかもしれない。

 いつもの様に家を出て、同じ場所からいつもの電車に乗り、何時もと同じ時間にホームにつき、学生で溢れた改札を出る。空を見上げると昨日と同じような曇り空が広がっていた。


 視線を通学路に戻すと、三メートル程前を、薫が歩いているのが見えた。長身な事もあり薫はこんな人混みの中でも目立つ。

 僕は人混みを掻き分け先を歩く薫を追いかけるが、あと二メートルというところで足を止めてしまう。薫の隣で、楽しそうに笑う月ちゃんの姿に気がついてしまったから。薫が少し屈み月ちゃんの耳元で何か話すと、月ちゃんが顔を赤くして何か言い返している。そんな月ちゃんをニコニコと見つめる薫。親密で愉しげな二人。 声をかけるのも躊躇われた。

 歩きながら月ちゃんが下げている紙袋から、水色の小さい紙袋を取り出し薫に渡す。僕はその事で、今日がバレンタインであることを思い出す。

 驚いた顔をしたものの、嬉しそうに薫は受け取り笑う。僕の心がどうしようもなく切なく締め付けられる。映画の一シーンのようなそんな光景を僕は少し後ろを歩きながら見つめることしか出来なかった。


 すっかり観客の立場になりきっていた僕は、突然薫と目が合いドキリとする。コチラを見て笑う薫の表情がいつも以上に晴れやかに見えるのは気のせいではないだろう。


 僕は内心の動揺を隠し、笑顔の仮面を被り二人に近づく。挨拶する僕に二人はいつもの通り笑顔で挨拶を返し、その後意味ありげに視線を絡ませ、目だけで何だかの合図を送ったりと会話している。

 その様子はあまり見ていて楽しいものではない。二人が何をそこまでコソコソと僕の前でしているかも気になる。同時に「僕ら付き合うことにしたんだ!」と報告されるような恐怖も感じた。

 もじもじと恥じらう表情を見せる月ちゃんの様子を、恋のドキドキとは違って、危機感でドキドキさせていた。

 そんな僕の視線の中で月ちゃんは緊張した面持ちで口をひらく。

「先輩! あの」

「は、はい!」

 僕は緊張から思いの外大きな声で返事をしてしまう。月ちゃんは変に思わなかったか気になったが、紙袋に手を入れてゴソゴソしていて、コチラをみてない。そしてピンクの小さな紙袋に入ったモノをコチラに差し出した。 

 僕はおずおずとそれを受け取ってしまう。袋の上から見ると自分でラッピングしたと想われるピンクの丸い包みが入っている。

「今日、バレンタインなので、チョコクッキー焼いて来たんです!」

 凄く嬉しいけれど、このプレゼントをどのような意味どとってよいのか分からず戸惑う。薫の顔を探るように見ると、薫もジッと何か探るような目でコチラを見ている。

「あ、ありがとう嬉しいよ!」

 僕の言葉に月ちゃんは、照れたように下を向く。

「いえ、いつも先輩にはお世話になっていますし……」

 ゴニョゴニョと月ちゃんは言葉を返す。「いつもお世話に」の言葉に、やはりなと納得する。単なるお世話になっている先輩への親愛の記しなんだろう。

「何かこういうの嬉しいものだね。可愛い後輩から、しかも手作り菓子貰えるなんて」

 僕の言葉に何故か月ちゃんは困ったように笑う。そのまま他愛いけれど、とごかチグハグしては弾まない会話をしているうちに三人で校門にたどり着いた。「また、放課後に」と言って学年の違う月ちゃんは違う校舎の入り口へと離れていった。

 薫はその後ろ姿を見て大きく溜め息をつく。

「どうかした?」

 僕の問いかけに薫は唇を突き出し、チロっと軽く睨んでくる。

「コレだから、気が利かないヤツって……」

 そう言いながら玄関に入っていく。薫としては、先程の状況は面白くはなかったかもしれない。好きな女の子からバレンタインプレゼント貰ったかと思った直後に、その子が別の人にもプレゼントする。

「あ~まったく!」

 薫が自分のシューズボックスの前で不快そうな声を上げる。薫の使っているスペースにいつもと違って、赤やらピンクの包みが入ってる。薫はそれを雑に月ちゃんから貰った紙袋にではなく、サブバックからだしたレジ袋に乱暴に詰め込んでいく。

 僕は何も余計なモノが入ってない事でスムーズに靴を履き替えて薫に近づく。まだ機嫌が治ってないのかブツブツ文句言っている。

「凄いね」

 刺激与えないように、主語のない言葉をかける。薫は大きく溜め息ついて、苦笑いして僕を見る。

「あのさ、下駄箱に食べ物入れるセンスって、人間としてどうかと思わない?」

 その言葉に思わず笑ってしまう。実際、そのような形でチョコとかもらった事がなかったけれど、考えてみたらそうなのかもしれない。


 その後、薫は教室の引き出しに入っていたチョコも同じように溜め息つきながら、直接渡されモノは困ったような顔で受け取り、一つの袋に放り込んでロッカーに投げ入れていた。丁寧に鞄の横に置かれている月ちゃんから貰った紙袋とはえらい扱いの差である。


 そして僕のロッカーには、月ちゃんから貰った紙袋だけがチョコっと置かれていて、その光景は一日変わる事はない。勝負したい訳ではないけど、世間で言う所の薫と僕の一つの評価の違いを再認識した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ