表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/75

ひとひらの雪

 今日は雪が降るという予報だったが、重く垂れ下がった雲はまだ雪も雨も街には落としていなかった。とはいえ雪が振ってもオカシクないくらい空気は寒い。北国育ちだからって、寒さを感じないわけではない。僕は凍えきった身体で校内に飛び込む。暖房の効いている校内はいつも以上に学校を素敵な場所に思えた。

 寒さで強張った身体を少しづつ廊下で解凍しながら教室に辿り着くといつもより来ている生徒は多い。雪が降るという事で電車も遅れる可能性があるために、僕と同じように早めに出た人が多かったようだ。


 自分の席の方を見ると、前の席にはもう薫がおり、クラスメイトと楽しそうに話をしている。相手は確か田中という野球部に入っているウチのクラスでは珍しいスポーツマンタイプの男。インドアの僕達とは余り接点のないクラスメイトだ。

「凄いじゃん、主将になるなんて。田中頑張ってたもんな」

 目をキラキラさせながら、会話している薫は僕の登場に気が付いてないようで田中と夢中で話している。 盛り上がって話をしているようなので、邪魔しても悪いかな? と思い僕は席をつき本を取り出し読むことにする。

「いや、主将なんていっても、ウチの学校の野球部だからね」

 間近でされているだけに、思った程本に集中できず、目の前の学園ドラマのような光景に意識がいってしまう。

 薫は首をブルブルと横にふり、田中を見つめる。普段馬鹿な話をしている時は忘れていたけれど、顔が生半可なく整っていて、綺麗な顔立ちしていると思う。長い睫毛に大きいく瞳、厚みのなくシュッとしていて綺麗な形をした唇、さらさらの髪。顔立ちは綺麗なのに全体的に切れ上がってスッキリしているので女々しい印象はまったくない。頭蓋骨レベルで考えると僅かな差なんだろうが、なんなんだろうこの顔の差はと、僕はつまらない事を考えていた。

「いや、ウチの学校だからこそ部活でも活躍しているというのが凄いんだよ、僕なんて成績維持するのがやっとで、運動までなんて出来ないよ」

 謙遜してくる田中に、薫は頭をブンブンとふってからそんな風な言葉を返す。珍しいな薫がそんな自分を卑下するような言葉を出してくるのは。そこまで仲良くない田中もそう思ったようで意外そうな顔をする。

「鈴木の口からそんな言葉出るなんて意外だな。自身家で、気取ったヤツだと思っていたから」

 薫はその言葉に唇を突き出して困ったような顔をして、ゴニョゴニョした言葉を返す。そして視線を逸らし僕が登校している事に気が付いたようだ。

「わっ! ヒデ来てたなら声かけてよビックリした」

 慌てている薫がなんか可笑しくて笑ってすまう。

「いや、挨拶したけど、薫は田中と夢中で話していて気が付かなかったみたいで」

 薫は酷く慌てた様子で、顔を思いっきり横にふって否定する。

「そ、そんな事ないよ、な、田中」

 そうして、田中に同意を求める。田中もそんな薫がなんか可笑しかったのか笑い頷く。

「なんか、鈴木の印象って今日で変わったよ、なんか可愛いというか面白いヤツだったんだな」

 田中がクククと笑いながら言う言葉に薫は真っ赤になる。薫って顔がどちらかというとクールだし、シニカルな言葉の言い方をする為、取っつきにくい印象を人に与えている。でも付き合ってみると暖かくてイイ奴なんだとよく分かる。

「男で可愛いなんて言われてもね」

 薫は不満そうな声をあげる。でも耳まで真っ赤にしている薫は、僕の目からみても可愛いと思ってしまった。

「イケメンでタッパもあって、頭もよくてって存在そのものが嫌味な所あるから、同じ男としてどうかと思う所があったけど」

 田中って、ストレートにそういう事を言ってくるところは、流石スポーツマンというのだろうか?

「お前は、それに運動神経も良いが加わってるから、さらに嫌味な存在にならないか?」

 薫の反論に田中が驚いた顔をする。確かに田中は男らしい格好良い顔はしているのかもしれない。太い眉にハッキリした目と口で精悍な顔立ちとは言えるかもしれない。野球部という事で髪の毛も短くてスッキリしているし爽やか好青年といった所だろうか? 確かにイケメンと言えなくはないかもしれない。僕は今まで気にしたことはなかったけれど。

「嫌、俺は、頭もこのクラスに辛うじていれるレベルだし」

 田中も『お前格好いいよ!』と言われて流石に照れたようだ。イケメン二人が褒め合って照れあってなんとも不思議な対話である。そこに僕が加われる要素はなく、ただ二人のやりとりを聞いているしか出来なかった。

 多分女の子って、薫や田中みたいな人を格好いいと思って、惚れるものなんだろうなと僕は考えていた。僕が女だったら、格好いい男の人に惚れると思う。僕のように何の個性もなくてつまらない人間とは違って。分かってはいるものの、その現実に僕は溜息をつく。

「おはよ~! 参ったよ雪ふって来やがって」

 清水が自分の席に荷物を置いて、俺達の所にやってくる。

「あれ? 田中もおはよ! 珍しいメンバーで何を」

 挨拶を返す三人に、清水はアレっという顔をしてそんな事を聞いてくる。その言葉に田中はハッと何かを思い出した顔をする。

「あ! 鈴木ノートありがと! すぐに書き写してくるから借りるな!」

 そう言ってノートを手に自分の席に戻っていった。なるほど宿題を忘れて薫を頼ってきたらしい。薫は唇を突き出して何かを考えるように去っていく田中をジッと見つめていた。

「何? お前なりの罪滅ぼし?」

 ニヤニヤその様子をみていた清水がそんな事を言ってくる。薫は思いっきり顔を顰め、清水を睨む。

「そんなんじゃないよ!」

 僕は意味が分からないで首を傾げる。清水は僕に顔を近づけコソッと事情を説明してくれる。どうやら、田中の彼女だった女性が薫に惚れて告白してきたという事があったようだ。田中と彼女は別れたし、薫も断ったので結局今は三人ともフリーな状況ならしい。そういう事に疎いとはいえ、近くでそんな凄いドラマがあった事に僕はまったく気が付いていなかった。

「あの女も馬鹿だと思わない? 田中みたいな最高な彼氏いて、なんて目移りなんかするのか訳分からないよ」

 清水はクククと笑う。薫は真っ直ぐな性格だからそういうのが見えてしまったら余計に、そんな相手とはつきあえないだろう。そんな事があっても普通に接してくる田中もイイ奴である。

「男を観る眼がないのは確かだな、お前のような捻くれた男を好きになるなんて」

 薫は思いっきり顔を顰めるが、なにも言い返さなかった。

 僕はもし月ちゃんと薫が付き合いだしたら、薫と普通に接することができるだろうか? でも二人が付き合いだしたとしても月ちゃんは好きだし、薫という人間も好きなのは変わらない、このまま友情関係を続けていくのだろうなと思い薫の顔をジッとみていた。

「ん? ヒデなに? そんなジッと見つめてきて」

「いや、薫って本当に格好いいよなと思って」

 僕の言葉に清水は唖然として、薫は呆然とする。

「今日って何? 人を褒め千切ろうデーとか?」

 薫は怪訝そうにマジマジとみる。清水も不思議そうな顔で僕の顔をみてくる。

「いや、違うよ! ただ清水も思うだろ?」

 清水は困ったように首を傾げる。

「ま、顔だけはな!」

 清水の言葉に薫は大げさに溜息をつく。

 清水はこう言ったけど、薫は真っ直ぐで優しくて性格も格好いい。しかも女の子と自然に接することが出来るので、女性からみても付き合いやすいだろう。

 薫は月ちゃんに友情以上の感情を抱いているように僕には見えた。今にして思えば薫と月ちゃんは初めて会った瞬間から惹かれ合い、あれよあれよと距離を縮めて、今では自称『仲良し兄妹』と言い張る関係までになっている。

 兄妹と言ってた関係が恋人になるのも時間の問題な気もする。


 焦りと良く分からない恐怖が、心の中で雪のように積もって行くのを感じた。この積もっている感情はどうすれば良い? 春になれば勝手に溶けるのか、雪かきのように処理すべきなのか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ