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恋の骨折り損

 部室のドアが激しく開いて、冷たい空気が流れ込んでくる。外気の寒さに似合わない明るい笑顔で北野が入ってくる。本当にいつも元気でテンションが高い。

「うー! 寒! チーッス」

 僕はその北野の顔を見てアレっと思う。北野が何故か僕らと同じイヤーマフラーを付けている。

 月ちゃんが『アレ?』という顔をするのを見て北野は嬉しそうにニヤリとする。そして荷物置きに自分の荷物をドザッと置き、イヤーマフラーは外し自分の鞄の上に載せながら、そこに既におかれている月ちゃんのイヤーマフラーを態とらしく見つけ『なんだよコレ!』と声を上げる。僕のイヤーマフラーは鞄の中に入れていたから気が付かなかったようだ。というか部においては、お揃いであることがバレないように隠して持っていた。

「コレ、月の? なんだよお前も持ってるのかよ! 真似するなよ恥ずかしいだろ~!」

 嬉しそうに文句言う北野に、月ちゃんは思いっきり顔を顰める。

 月ちゃんは三学期が始まって一週間、学校によくこれを付けてきている。なので明らかに北野は狙って買ってきたのだと思う。

「私は、去年からつけてるもん! だから真似は北野くんの方じゃん!」

 僕の右に座っていた月ちゃんが唇尖らせて反論する。関東にきて、皆がやたら『じゃん』と連呼するのは驚いたものである。それが横浜弁であることにを最近知った。月ちゃんもシッカリ関東に染まっているようだと、会話に関係な事を僕は考えていた。プンプン怒っている月ちゃんに対して北野は嬉しそうに月ちゃんとのやりとりを楽しんでいる。僕の視線に気が付いたのか、北野はチラっとコチラを見て勝ち誇ったように笑った。その顔を見ていると、ますます僕も、同じイヤーマフラーを持っている事が言えなくなってしまった。

 やることなすこと直球の北野のようになりたいとは思わないけど、その行動力は尊敬すら覚える時がある。ここまで自分の想いや感情を他人にさらけ出せるという部分は凄いとしか言いようがない。おそらくは部の全員が北野の月ちゃんへの想いに気が付いている。月ちゃんを除いて。

 そういう事もあるのか、北野が僕に対抗意識を燃やす程、僕は北野の存在に脅威を感じていなかった。

「先輩! どうかされました?」

 考えに耽り、ボーとしていたようだ。北野と月ちゃんの会話も終わっていたようだ。北野は月ちゃんのノートを受け取り書き移し作業に取り掛かる事にしたようだ。そして、隣に座っていた月ちゃんをボンヤリと見ていた僕に月ちゃんが視線を向けてきたことで見つめあってしまう。眉を寄せ心配そうな不安気な表情だ。

 『いや何でもない』と笑顔で返事を返すと、ホッとした顔になり、フワッと笑う。

「何、二人見つめあってるんだよ」

 清水が余計な事を言ってくる。さっきの北野の時からずっとニヤニヤしていて、楽しんでいるようだ。

「いや、違うよ!」

 戸惑い恥ずかしそうにしている月ちゃんに慌てて否定する。月ちゃんが恥ずかしそうに目をそらし俯いときに、僕のいる側の髪に流れ星をイメージしたようなお洒落なデザインのピンがついているのに気が付いた。

「そのピン可愛いなと思って」

 完全に後付けの理由だけど月ちゃんハッ顔をあげ、はじけるように明るい笑顔を僕に向ける。

「本当ですか? そう言って頂いて嬉しいです!」

 その笑顔にドキマキしてしまう。上手く笑い返せているんたろうか?

「なんかさり気ないけれど、お洒落で存在感あって似合っているよ!」

 自分でも、何言っているのか良く分からない。なのに月ちゃんはニッコリして頷く。

「コレ、薫さんから頂いたんですよ!」

 その言葉で、胸のドキドキはズキズキに変わる。あえて気が付かない振りをしていた現実を突き付けられた気がした。ついつい好きな子が喜ぶ顔を見たくてプレゼントしてしまう男心、好きな人から貰ったアクセサリーをつけて喜ぶ乙女心。

 僕がリアクションに困っていると、月ちゃんの反対側に座っていた清水か、何が嬉しいのかニヤニヤとしている。月ちゃんの肩に手をやり耳元に口をよせる。

「確かに、可愛いし、良く似合ってるよ! 『星の』アクセサリー!!」

 内緒話のわりに、僕くらいまでは、その声は聞こえた。そう囁かれ月ちゃんは真っ赤になり『飲み物淹れて来ますね!』と離れて行ってしまう。

 清水と僕の間に月ちゃん分の空間が出来る。ニヤリ顔のまま清水は僕を意味あり気にみてくる。

「鈴木も、なかなか粋な事するよな」

 その言葉に僕は大きくため息をつくしかない。

 気持ちだけ先走り見当違いの求愛行動しか示せない北野。何も行動しないで隣でニコニコしているだけの僕。スマートにそして効果的に想いを示していく薫。月ちゃんから見たらこの三人どう見えているのだろうか?


 コト


 そんな音がしてクリープ入りのコーヒーが置かれる。月ちゃんがニッコリと僕に笑いかけてくる。

「はい、星野先輩、清水先輩もどうぞ!」

 清水はブラックのコーヒーを苦笑しながら受け取り、何か言いたそうだったが黙ってそれを飲む。

「あれ? 俺の飲み物は?」

 少し離れた机から北野の声が聞こえる。月ちゃんはキョトンとした顔をしてそちらを見る。

「え? 北野くんも欲しかったの?」

 月ちゃんの言葉に、『飲みたいに決まっている!』とブーブー騒ぐ。

「じゃあ、何が飲みたいの?」

 その言葉に北野は何故か、フフという感じで笑う。

「コーヒーをいれてくれ」

 北野は格好つけて言ったつもりなのだろう。気取ってワイルドにそう言い放つ。月ちゃんは呆れたように笑い、キッチンの方に戻りお盆を持って戻ってくる。

「はい、好みわからなかったからミルクと砂糖は自分で入れてね」

 ニッコリ笑って、北野の前に珈琲と砂糖とクリープの入った瓶を置く。北野は思いっきり嬉しそうな顔をして、砂糖瓶に手を伸ばしスプーン大盛りの砂糖を珈琲に入れ満足げに飲む。

 その様子を見て、清水が意地の悪い顔をして僕に顔を近づけてくる。

「月ちゃんにとって、北野は本当に興味ない存在なんだな。俺や高橋の飲み物の好み覚えられているというのに」

 その言葉に曖昧な笑みを返すことしか出来ない。自分より負けている存在に喜んでどうする? 問題はソコではなく、こんな僕をどうやったら月ちゃんが見てくれるか? どうやったら一緒楽しい時間をより楽しめるのだろうか? という月ちゃんと僕との関係と距離感。

 僕は月ちゃんが煎れてくれたミルク入りのコーヒーを一口飲む。ほんのりミルクの甘さを感じられて美味しい。その顔はさっきコーヒーを飲んでいる北野と同じ満足げな顔をしているのかもしれない。戻ってきた月ちゃんが僕の隣に座り、マグカップに口をつけて満足げにフーと息を出す。つい視線は、月ちゃんの髪についた流れ星のアクセサリーにいってしまう。

「先輩?」

 その視線が気になったのか、月ちゃんがコチラを向いてくる。隣で座っているだけに顔が近いのに、月ちゃんは真っ直ぐ僕の目を見つめて話しかけてくる。

「いや、月ちゃんは何飲んでるのかな? と思って」

 月ちゃんはヘヘヘと笑う。

「先輩と同じ味です。クリープ入りコーヒー!」

 そして自慢げに自分の飲んでいるマグカップの中を僕に見せる。そこには僕が飲んでいるものと同じ色の液体が揺れていた。先程北野に対して勝ち負けなんてものはないと思った僕だけど、確かにこういう瞬間瞬間に優越感を楽しむ自分がいるを改めて気が付いた。


恋の骨折り損(Love's Labour's Lost)

1999年 イギリス・アメリカ合作 93分

監督:ケネス・ブラナー

キャスト:アレッサンドロ・ニボラ、

マシュー・リラード、

エイドリアン・レスター、

ケネス・ブラナー、


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