ニュー・イヤーズ・デイ 約束の日
晴れているのに関わらず、寒波が来ているらしく異様に寒かった。日の光が僕を暖める前に、肌を刺すような冷気を帯びた風が僕を凍えさせていく。
最寄り駅のホームで、僕が頬を強張らせているのも寒さの所為。ダッフルコートのポケットに手を入れ僕は寒さに耐えていた。電車がホームに入ることでおこった風に僕は肩をすくませる。
「先輩!」
開いたドアから電車に乗ろうとすると、一両先の車両からフワリとしたロングコートに赤いマフラー姿の人物が走って来る。この後川崎駅で会う予定の月ちゃんだ。どうやら同じ電車だったようだ。
ドアが閉まり、二人で改めて顔を見合わせると意味もなく笑い合ってしまう。
「月ちゃんも、この電車だったんだ」
僕の言葉に月ちゃんは嬉しそうに頷く。
「良く、ホームの僕に気が付いたね」
月ちゃんは、ヘラっと笑う。
「気が付きますよ! そりゃ」
当たり前という感じの言葉を返される。ニコニコ笑う月ちゃんの顔を見ていると、身体の凍えも少し忘れる。
「月ちゃん、あけましておめでとう」
そういえば、挨拶を忘れていた事を思い出し、正月ならではの挨拶をする。
「おめでとうございます! 先輩」
ニッコリとした笑顔で、月ちゃんも挨拶を返してくる。既に電話でしているこの言葉なのに、また口にするとなんとも目出度い気持ちが盛り上がってきて、楽しくなってくるから不思議である。そうしている内に武蔵小杉駅に電車は着き、反対側の扉から多くの人が乗り込んでくる。その人に押され僕と月ちゃんの距離が否応なしに近くなる。僕は窓に腕を突っ張り、月ちゃんがつぶれないように守る。月ちゃんの体温を近い所にある。その暖かさがなんとも心地よい。
周りにいっぱい人がいるこの状況だけど、周りの人の事なんていないも同然で気にもならなかった。そして月ちゃんを独り占めしているようなこの状況がなんとも嬉しかった。
そんな楽しいワクワクした時間も川崎大師駅で降りて、外の寒さに晒されることで現実を思い出し我に返る。普通なら歩いてすぐにたどり着ける川崎大師までの道のりなのだろうが、正月だけあって初詣の人でごった返していた。
「スゴイ人ですね! 流石、川崎大師」
あまりの人に呆然としている僕の横で、月ちゃんは面白そうにその様子を見ている。
「じゃあ、行こうか?」
僕はその人並みに圧倒されながらも月ちゃんを促し、その流れにのることにする。川崎大師に入る前から参拝者の列は続いており、僕らは他の人同様にその列に並ぶことになる。最初はまだ良かったけれど、時間が進むにつれ外気が容赦なく僕らの体温を奪っていく。かなり寒いのだろうけど、月ちゃんは健気に笑顔をつくり僕に話しかけてくる。
「そうだ! 先輩寒かったらコレ一個どうぞ!」
月ちゃんはポッケからホッカイロを取り出し僕にそっと手渡す。
「いいよ。月ちゃんが寒いよね?」
僕の言葉に月ちゃんはフフフフと何故か誇らしげな感じで笑う。
「実は、私背中に貼るタイプとかのカイロもついて重装備してきたので、一個くらいなくても大丈夫だったりします」
月ちゃんと初詣というので浮かれて何も考えていなかった僕とは異なり、月ちゃんは防寒対策をシッカリしてきているらしい。頭にも赤い耳当てがついていて、しっかり耳を保護しているのに気が付いた。後頭部から両耳を押さえる形のソレには見覚えがあった。薫がクリスマスに送ったプレゼントである。
僕の視線に気が付いたのか、月ちゃんは『わかります?』と言って笑ってくる。
「コレ、いいですよ! 耳をこうして守るだけでスッゴク暖かいんですよ! お薦めですよ!」
月ちゃんは良いながら耳当てを外し僕の頭に装着する。月ちゃんの体温も移っている事もあり確かにその耳当ては暖かかった。
「そうだね。でも外すと月ちゃんが寒いから、僕はフードがあるから大丈夫」
僕はそう言って耳当てを返し、ダッフルコートのフードを被ることにする。月ちゃんが耳当てを再び着けるのを、僕はなんとも言えず嫌な気持ちで見つめていた。こんな二人っきりの状況でも、薫の存在を感じる事に僕は溜息をついてしまう。
月ちゃんから貰ったカイロの暖かさを薄っすら感じながら、月ちゃんを薫があげた耳当てが寒さから守っているという事を苦い思いでみていた。
「先輩、大丈夫ですか?」
溜息をついた僕を、不安そうに月ちゃんが見つめてくる。
「いや、何でもないよ。月ちゃんは大丈夫? 寒くない?」
「寒いけど、楽しいです。この人出、この寒さ、これも初詣の醍醐味ですよね?」
あまりにもポジティブな発言に思わず吹き出してしまう。
「なんか、月ちゃんといると、どんな事でも楽しく感じてくる」
何故か照れたように月ちゃんは顔を伏せる。
「私もいつでも何処でも楽しんでいる能天気な人でもないですよ。誰と一緒かでも変わりますよ……」
僕は笑いながら頷く。それは同じだから。
「今一緒にいるのは月ちゃんだから良かった」
月ちゃんは僕の言葉にフワリと笑った。しかしその笑顔も突然吹いてくる木枯らしが吹き飛ばしてしまう。耐えるように身体を強張らして月ちゃんは身近にある暖かさを求めるように僕に身体を寄せてくる。僕も同様に月ちゃんの暖かさを感じるように月ちゃんに身体を寄せる。ネイチャードキュメンタリーで、寒の南極にて身を寄せ合って寒さに耐えるペンギンのようだ。
「なんかさ、こうしているとペンギンになった気分だね」
僕の言葉にクスクスと月ちゃんは笑う。そして僕の腕を組むように手を入れ抱きしめてくる。布越しであっても月ちゃんの体温が僕に腕にじんわりと伝わってくる。
「こうすると少しは暖かいですか?」
僕は頷きながら、僕も月ちゃんを暖かくしてやりたくて、月ちゃんにさらに身を寄せ、月ちゃんの腕を抱きしめ返す。
「うん、暖かい」
「私も暖かい!」
考えてみたら親密過ぎる二人の状況だったけど、寒すぎる気候がそういった行動を自然に僕らに行わせていた。
容赦ない寒さの中で、僕らは互いの体温だけを感じながら必死で耐え、ようやく本堂が見える所まで辿り着く。
月ちゃんはお財布からお賽銭用のお金を出し、ギュッとそれを何かの想いを込めて握っている。その様子が何とも可愛い。
「気合い入っているね、何か叶えて欲しい願い事あるの?」
そう聞くと、月ちゃんは恥ずかしそうに笑って頷いたものの、何も答えなかった。月ちゃんがどんな願い事したのか気になったものの、僕は本堂が近づいてきた事で自分は何を願うんだろうかという事も今更のように考えてしまう。
少しずつ順番が近づき、僕は隣にいる月ちゃんの存在を意識してしまう。お賽銭を投げ、手を合わせる。
――どうか、ずっと月ちゃんと一緒にいれますように――
僕は生まれて初めて、家族の健康でも、家内安全でも、実家の旅館の繁盛でもなく、自分自身の願望を神に願った。
そんな願い事をした自分に驚きつつ、僕は隣にいる月ちゃんに視線を移すと、月ちゃんもコチラをチラリとみていた。目がバッチリあってしまい月ちゃんはフワリと笑いかけてくる。その姿に僕の表情も緩むのを感じた。
僕は月ちゃんに向かって手を差しのばすと、月ちゃん妙に唇に力の入った悪戯っぽい笑みを浮かべ差しのばした僕の手の指をそっと握る。
「無事お参りも終わったから、何処か暖かい所行かない?」
月ちゃんはコクリと頷き、僕らは手を繋いだままお堂を後にする。人ゴミの中ではぐれないように僕は月ちゃんの手を強く握り直す。月ちゃんの手も僕をギュッと握ってきた。手袋超しの手だけれど、月ちゃんと直で繋がっているそんな気持ちになれた。
この日はもの凄く寒い日だったけれど、月日が経つにつれ寒い記憶は薄れ、月ちゃんのこの体温と感触だけがズッと心に残る。人の体温が心地良いというのを初めて実感したのもこの時だったかもしれない。
ニュー・イヤーズ・デイ 約束の日(New Year's Day)
監督:スリ・クリシュナーマ
キャスト:ボビー・バリー
アンドリュー・リー・ポッツ
マリアンヌ・ジャン=バプティスト
ジャクリーン・ビセット
ラルフ・ブラウン




