UDON
色々、クラスの雑用を済ませていたら部に参加するのがかなり遅くなってしまった。とは言っても僕の部の活動内容は『映画研究』と、最らしいものだが、その実情は井戸端会議。よく言えば映画の枠超え、あらゆる事象について語りあっている。
だから遅刻とかいった概念がこの部活にはない。好きな時間にきて、好きな時間に帰る。そんな状態だから昨年の会計を務めていた佐久間先輩と、僕の同級生の清水みたいに、活動時間帯が見事にあわず、半年後の文化祭シーズンに初めて顔合わせるという亊も平気で起こる。二人とも男だが、『レディーホーク』な二人とからかわれていた。(片や昼間は鷹の姿なっていて、片や夜狼の姿で人間の姿で出会う事のできない恋人を描いた映画)
自由気侭がこの部活の最大の売り。
部室のドアを開けると、珍しく何か揉めているようだ。いつもなら嬉しそうに出迎えてくれていた月見里百合子の笑顔が今日はなかった。彼女は憮然とした表情で、ジトっと北野 剛を睨んでいる。
「大体、北野くんは、忘れ物多すぎなのよ! いつも月ちゃんに借りに来てばかりで。甘えすぎ!」
「だって、他に借りれる人いないし」
月見里百合子と北野剛が言い争いになっているのではなく、一年の永谷恵美子と小倉まりこが北野を一方的に責めている状況なようだ。他の部員がその情景をニヤニヤしながら見ているところをみると、そこまで深刻な内容でもないのだろう。
とはいえ比較的すぐにムッとする永谷と、すぐに悄気た顔をする小倉ならわかるけど、穏やかで感情豊かなわりに、負の表情を見せない月見里百合子がこんなぶすくれた顔しているのも珍しい。いつもニコニコしている印象しかない。
三人とも月見里百合子が部に連れてきた新入部員である。同じクラスの永谷と小倉とは異なり、北野は隣のクラスだとか。北野は剛という名前がよく似合う、色黒でガッシリした体格の男の子で、どちらかと言うと、野球部とか、サッカー部等スポーツの部に入りそうな外見だ。映画もアクション超大作とかハリウッド系のSFとかが好き、と言うよりそういった映画しか観てない。でも、明るく開放的な 性格で良いムードメーカーになっている。月見里百合子がボケで北野がツッコミを担当し場を良く盛り上げている。否、キャラとは違って、北野のボケに月見里百合子がツッコミという感じか。
今日揉めているのも、北野は忘れ物が多く、月見里百合子の所にすぐ教科書やら辞書やらを借りにいったことに起因するようだ。
そもそも、中学もクラスも違う月見里百合子と北野が友達になったかというのも、入試の時に北野が消しゴムを忘れた事が理由らしい。試験会場でその事に気が付いた北野は、真っ青になる。しかも同じ中学からの受験者もおらず頼る相手もいない。そして偶々《たまたま》前に座っていた月見里百合子に助けを求めたというわけだ。月見里百合子は、驚いた顔したが、すぐにニッコリ笑って、自分の消しゴムをその場でポッキリと折り半分を貸してくれたらしい。
北野は事あることに『俺がココにいるのも、全ては月見のお陰!』と豪語している様子からも、月見里百合子に深い恩義を感じているようだ。そして結果発表の日、偶然再会しそこでお茶をして仲良くなったとか。その話を聞いた僕達は、その再会は果たして偶然だったのだろうか? と疑がっている。試験の日の事もあり、発表の日早めに来た彼は自分の番号の前も合格している事を確認して、月見里百合子がくるのをひたすら待ち、彼女に声かけたに違いないというのが、部のみんなの共通の意見である。映画ファンでもないのに、この部活にいるのもそういった事だろう。
今彼らの言い争いを聞いていても、忘れ物をした北野は同じ部活である永谷にも小倉でもなく月見里百合子だけに借りに行っているようだ。なんともいじらしい行動だが、残念な事に彼の行動の殆どは『世話のかかる友人』という認識しか与えていない。
そして、毎回のように何かを借りにきた北野の所為で、月見里百合子がクラスの人にからからかわれて、三人がその事に憤慨しているようだ。
「まあ、虐められたとかいうわけじゃないのだろ? 北野も謝っているからもう許してやれよ」
北野の同じクラスの高橋もフォローに入る。
「殆ど、虐めですよ! あんなの」
永谷は北野から高橋に視線を動かしキッと睨む。彼女のポニーテールがブンと揺れる。その言葉に、その時の状況を思い出したのか、月見里百合子が痛みを感じたように顔を歪める。
「月見さん? 何って言われたの?」
なるべく、優しい声で言ったのに、月見里百合子の顔がさらに強ばり、永谷と小倉が何故か、今度は僕を睨んでくる。
「…………………………………………『うどん』って」
小さい声で、月見里百合子がつぶやいてくる。意味が分からず、僕は思わず聞き返す。
「北野くんが、あまりにも教室にきて『月見!』『月見!』って連呼するから……『月見って、うどんかよ!』って……」
ブッ
真剣に喧嘩している一年には悪いけど、僕は思わず吹き出してしまった。僕だけじゃなく、部室が直後に爆笑の渦に巻き込まれる。
「誰だ、そんなナイスなネーミングをしたのは」
部長の林さんも、お腹抱えながら笑って苦しそうだ。
「それって、俺の所為なのか?」
北野は首を傾げる。
「クラスの人の前で、『月見』って呼んでくるのは、北野くんだけだからね」
いつもはおっとりしている小倉も、北野に向かって責めるような口調を投げかけてくる。こういう時の女の子の団結力は強い。
月見里百合子と同じクラスの永谷恵美子と小倉まりこは『月ちゃん』と呼んでいるが、この部室では、皆『月見さん』である。まあ北野の場合『さん』なしにしたから、よけいに『月見』のフレーズにインパクトを与えたのだろう。
「……まあ、言ってる人は悪気ないようだけどね。動物ならともかく、食べ物って……ね」
月見里百合子がボソっとつぶやく。そして大きく溜息をつく。
「ワルイ! 今度から敬意を込めて『お月様』って呼ぶから!」
ヘラっと脳天気な北野の言葉に、月見里百合子はまた溜息をつき、力なく笑う。
「もう、なんかどうでもよくなってきた。好きなように呼んでくれればいいよ」
北野としては、いつものように明るくツッコンでくることを期待したのだろう。だが、思いの外反応の悪い彼女に慌てる。まあ、周りからしてみたら面白くはあるけど、女性にとって『うどん』という呼ばれ方は、笑えないものがあるのだろう。
この日を境に、部活での月見里百合子の呼び方は『月ちゃん』となる。流石に『月見』とは呼び辛い。
そして、その後、月見改め月ちゃんのクラスでは、クラスメイトを食べ物で呼び合うのが流行ったようだ。『茶漬け』と呼ばれるようになった永谷や、『羊羹』と呼ばれるようになった小倉は、後日、部室で複雑な表情をしていた。
「月ちゃんが、根木君に、『自分だって、根木雅人ってネギマで焼き鳥な名前のくせに!』と言い返してから、流れがオカシクなったのよね~」と二人は溜息をつく。
結果、一年生独特のバラけていて、ぎこちない空気の流れていた教室が、その食べ物の名前がきっかけで良い感じに纏まったらしい。
僕もそうだったけど、同じ中学の友達がまったくいない状態で、高校生活を始めるというのは、期待以上に不安が大きいものだ。
あのときのこの三人も、実はかなりナーバスな状況だった。実際三人は五月半ばまで何処か必死な所があり、気を張っている感じ。その状態がますますこの三人の結束を深めていたのだろう。何処いくでも一緒でベッタリという感じで、一緒に部活に来て、帰るのも三人一緒だった。最近は余裕がでて、それぞれが自由にクラスでの時間、部活を楽しんでいる。
三人での会話にも、チラホラと他のクラスメイトの名前もあがるようになり、青春を満喫しているようだが、北野は何故かその三人を面白くなさそうに見ていた。男心というのも複雑なモノがあるものだ。
UDON 2006年日本 東宝
監督:本広克行
脚本:戸田山雅司
キャスト:ユースケ・サンタマリア
小西真奈美
トータス松本
鈴木京香
木場勝己