ブルークリスマス
岩手ほどではないにしても、東京の冬も寒い。桜ヶ丘駅のホームに降りると差すような寒さが僕を襲い、思わずダウンジャケットの前を上まで閉めてマフラーを巻き直す。
改札を出ると、月ちゃんが柱の所でポツンと立っていた。裾の少し広がった膝まである茶色のコートに、茶色のロングブーツ。寒いのだろう白くて柔らかい感じのマフラーを深めに撒いていた。手に大きめな赤い紙袋を下げている。
寒そうに顰めていた顔がコチラを見て笑顔に変わる。僕は月ちゃんに手をふって近づく。
「待たせたね。ゴメン寒かったよね?」
僕の言葉に月ちゃんは、ブンブンと顔を横にふる。
「いえ、私が早く来すぎただけです! まだ約束の時間五分前ですし」
「じゃあ、行こうか?」
僕の言葉に月ちゃんはニッコリと頷く。二人がこんな所で待ち合わせて何処に行くのかというと、薫の家に招待されているからだ。家でクリスマスパーティーをしようと話を彼が持ちかけてきた。清水は家の方の用事があるとかで欠席となり、メンバーは薫と俺と月ちゃんの三人となった。
「薫さんのお家って、星野先輩は行かれた事あるんですよね?」
僕は頷く。薫の家はドラマに出てくるような芝生と花壇の奇麗な庭のある、お洒落な家だった。人のセンスというのは、ああやって環境で作られていくものなんだと感動したものだ。その事を伝えようと思ったけれど、月ちゃんの家も、この桜ヶ丘駅挟んで反対にある事実を思い出す。月ちゃんのお家も似たような感じなのかもしれない。
「何度かね。薫のお母さんって、奇麗で優しそうな人で女優さんみたいなんだ」
月ちゃんは僕の話を楽しそうに聞いている。
「薫さんのお家の辺りは、高級住宅街ですから、お家も豪邸だったりします?」
僕は『そこまでは』と苦笑してしまう。まあ大きい奇麗な家ではあるけれど。
「月ちゃんも近所なんでしょ? なら変わらないのでは」
月ちゃんはブルブルと首を横にふる。
「いやいや、線路挟むだけで世界違います。こっち側はセレブ街ですよ!」
その辺りの土地感覚ってよく僕には分からない。僕からしてみたら東京都に住む薫も、横浜市に住む月ちゃんも都会の人という感じでお洒落な生活をしているように感じる。僕が今住んでいるのは、川崎なのだが、こっちはその二カ所に比べたら庶民的な世界のように見えてしまう。
そんな事を話していると薫の家の辺りにやってくる。待ちきれなかったのか薫が門の所から顔を出している。細身のジーンズに長めの深い緑色のニットだけという格好で寒そうだけど、元気にコチラに手を振っている。
「待ってたよ~! 寒かっただろ? 入って、入って!」
薫はニコニコと僕らを迎え家に案内する。前来た時とは異なり、シクラメンなどクリスマスらしい花が植えられ、庭にはトナカイとかサンタとかのオブジェが置かれ、玄関の窓にはクリスマスリースはつけられシッカリとクリスマスっぽくなっている事の僕は感動する。実家の旅館でも、ツリーを飾ってみるとか、少しクリスマスっぽいディスプレイをするものの、純和風の建物だけであり、チグハグな雰囲気になるのは否めないのだが、元々お洒落はお家だけに、そういった事をすると、さらに素敵になるようだ。
月ちゃんも楽しそうにそういった飾り付けを見つめている。家に入ると、薫のお母さんが相変わらず優しい笑みで迎えてくれる。
「二人ともよく来てくれたわね。星野君久しぶり嬉しいわ、それから……」
僕に奇麗な笑みを向けてから、薫のお母さんは月ちゃんを妙に嬉しそうな顔で見つめる。
「月見里百合子と申します。薫さんにはいつもお世話になっております。あ、ケーキ焼いてきたので良かったらどうぞ」
月ちゃんは良い子の挨拶をして、紙袋をお母さんに渡す。ただプレゼント交換の包みだけをもってきた僕とは違い、こういう所が女の子って細やかな心遣いをするものだなと思う。
「百合子さんね、嬉しいわ! 薫がこんな可愛らしいお客様つれてきたのって、初めてだし。どうぞリビングに入って!」
そう言ってハッと、僕の方を見る。
「勿論、星野くんも可愛いわよ!」
そう茶目っ気たっぷりに笑いかけてきて、僕は笑ってしまう。
案内されたリビングも、クリスマスツリーに、壁にもキルトのクリスマスのタペストリーがかけてあり、なんとも暖かく聖夜な空間となっていた。
テーブルにはケーキにチキンとご馳走がのっている。こんなにもクリスマスらしいパーティーに呼ばれたのって僕は初めてかもしれない。
先にリビングに入った薫に釣られて、そのままソファーに座ってしまった僕とは異なり、月ちゃんはカウンター式のキッチンの方へと進む。
「お手伝いする事ありますか?」
キッチンに向かっていたお母さんは、その言葉を凄く嬉しそうに聞いている。
「あら、百合子さん……ならば、そのグラスのトレイを持って行ってくれるかしら」
「はい!」
会ったばかりだというのに、もう打ち解けた感じで二人はニコニコと会話をしている。すごく微笑ましい光景である。ふと隣を見ると薫は何故か寂しそうな顔でその光景を見つめていた。
「ウチって、お父さんと薫で男しかいない家でしょ? だからこういう感じって新鮮だわ! 百合子さんのお家は姉妹とかいるの?」
そう言いながら料理を持って、月ちゃんと共にコチラにやってくる。
「はい! 姉が一人います」
その言葉に薫のお母さんは、羨ましそうに溜息をつく。
「いいわね~ウチってほら! こんな馬鹿でかい可愛げのない息子でしょ? こんな可愛い娘がいるというのって憧れるわ」
薫はその言葉に苦笑する。
「僕は、世間的には、まだ可愛い息子な方だと思うけれど」
ねえ、という感じで僕に意見を求めてくる。まあ、男臭いという感じもないので、素直に頷く。
「そりゃ、息子は可愛いものよ! でも貴方にはこういう可愛さってないでしょ? どう? このまま百合子さんこのまま嫁にこない? そしてウチの娘になっちゃいなさい!」
その言葉で、僕は薫のお母さんがいつもよりテンションを上げている理由がなんだか分かる。息子がこういう可愛い女の子を連れてきて紹介したという事が嬉しいようだ。
そして僕はその意味する事にドキリとする。月ちゃんは薫のお母さんからみて、太鼓判を押された彼女という状態?
「私みたいなのでは、そんな恐れ多いです」
月ちゃんは、顔を赤くして顔を横に激しく振っている。
状況に酷く苛ついてしまっている自分と、月ちゃんと薫のお母さんだったら、良い感じの関係を築けるんだろうなとも思ってしまう自分がいる。
「お母さん!」
薫がきつめの声を上げる。お母さんは少し驚いた顔をして薫を見る。
「百合ちゃんが困ってるだろう? 女の子の友達を連れてきただけで、妙にはしゃがないでよ」
若干語調をやわらげ、そう言葉を続ける。唇を前に突き出しぶすくれた顔になる。やはり家にいる事もあるのか、薫の表情がいつも以上に子供っぽい。
お母さんは、そんな薫を見てクスクスと笑う。
「ごめんなさね、でもね、薫ったら全然学校での事話してくれなくて。上手くやっているのか心配なの。でもこういう星野くんとか百合子さんみたいな素敵な友達が家に来てくれるというのですごく安心したのよね」
仲良さそうな親子でも、やはりそんな所があるんだと意外に思う。
「全然心配する事はないですよ! 薫は僕の自慢の友達です!」
僕の言葉に、横に月ちゃんがウンウンと頷いている。
「薫さんは、学校でも人気者ですよ! 私、大好きです! 私の友達も素敵だ! 素敵だって騒いでいますし」
『私、大好きです!』その言葉に僕は一瞬、顔が強ばるのを感じた。でも嬉しそうに笑っているお母さんも、ニコニコと笑っている月ちゃんは気がついてないようでホッとする。
薫も僕の言葉の段階で、顔を赤くしていて慌てていた事で、月ちゃんの言ったその言葉に部分に気が付いてないようにも感じた。
「あのさ、何の嫌がらせ? コレ!
クリスマスやろうよ! さっさと!」
そんな薫の言葉でクリスマス会はスタートする。母さんもこの日は、会話混じって楽しんだり、トランプしたりと一緒に遊んでいた。
最高に楽しく穏やかなクリスマスパーティーだったと思う。でも仲良く笑い合う月ちゃんと薫、月ちゃんを可愛がる薫のお母さんの様子を見ていると、なんとも嫌な感情が心の中にわき起こってくる。僕は必死でその感情を抑え込み、この空気を楽しまなければと自分に言い聞かせた。
プレゼント交換になり、薫のプレゼントの耳当てが月ちゃんの所に行き、月ちゃんのプレゼントの折りたたみ傘が僕の所にきて、僕のプレゼントのキャストパズルという知恵の輪が薫の所へいった。まあ三人しかいないので、このプレゼントが残りの二人のどちらかに渡してどちらから貰うという状態になるのは当たり前なのだが、月ちゃんからのプレゼントを貰うのは嬉しいけれど、薫のプレゼントを月ちゃんが嬉しそうに受け取るのがチョット嫌だった。
ブルークリスマス
1978年 日本 134分
監督:岡本喜八
脚本:倉本聰
キャスト:勝野洋
竹下景子
仲代達矢
岡田英次
小沢栄太郎
高橋悦史